クエスト47 おじーちゃん、子猫に見せたい『魅せたい世界』
――嘉穂ちゃんの【投擲術Lv.30】は【投擲術・弐Lv.0】に変化した。
同時に、『スキル設定』や『控えスキル』の枠を2つ分埋めるかたちになったようで。……それだけでも弱体化となるものだったが、そのうえ【スキル】のレベルが『0』まで下がってしまったことで、【投擲術】のアーツがすべて使用できなくなったという。
ゆえに、少なくとも『弱体化』は無いだろうと思っていた子猫は、一転して顔から血の気が失せ。……おそらくは『やってしまった』というふうにでも思ったのだろう、今にも泣き出してしまいそうになっている少女を「まぁ、それならそれでやりようはある」と言って、どうにかこうにか宥めすかし。彼女がログアウト休憩するまで保たせることはできたが……さて、どうしたものか。
これまで儂らが格上の魚人を、それも人数差と地の利のある相手に対して曲がりなりにも勝ててきたのは、彼女の『火力』――全プレイヤー中、随一だろう【投擲術】に頼ってきたところがあり。それが失われた、というのは何の比喩でもなく戦力の低下を意味するわけじゃが……まぁ、こうなっては仕方ない。
とにかく、泣きべそをかいとる子猫を慰めよう、と。せめて【投擲術】のレベルを1以上にしよう、と一計を案じて。ちょうど手元にあった球体のアイテム――『魔石』をボールに見立ててキャッチボールでも、と。せっかくじゃからと一般的な投球フォームを教えたり、『変化球』の投げ方を教えてみたりなどもして、とにかく少女を楽しませ、遊びながら【投擲術】のレベル上げをすることに。
……【投擲術】などの戦闘系の【スキル】は、与えたダメージが多いぶん、得られる経験値が増える。
ゆえに、『魔石』なんていう攻撃力皆無のアイテムでも儂が『初級服』を纏い、就く〈職〉を〈運び屋〉のような『器用』や『丈夫』などの防御力を上げるステータス補正の無いものにしておくことで、受けるダメージを増やす工夫したりもして。とにかく、【投擲術】のレベル1で使用できる『ターゲッティング』――『直前にシンボルをクリックした相手に投擲した武装の向きを変える』効果を一定時間得られるアーツ――を再び使用できるように努めた。
……なにせ、この『ターゲッティング』さえ使えるようになれば、威力はともかくとして、魚人相手にも【槍術】のアーツである『流星槍』を使った戦闘が行えるようになるし、戦闘し続けることで一気に【投擲術】のレベル上げができるじゃろうからな。
ゆえに、
「……≪ステータス≫、オープン」
とにかく、自身の現在値を開いて。眼前に表示されたそれを戦闘時のものへと調節したうえで、確認。
『 ミナセ / 初級戦士Lv.26
種族:ドワーフLv.11
職種:戦士Lv.15
副職:漁師
性別:女
状態異常:【害悪】
基礎ステータス補正
筋力:2
器用:7
敏捷:3
魔力:0
丈夫:14
装備:初級冒険者ポーチ、デスティニー作クラブアーマー、デスティニー作クラブシールドセット、薔薇柄のスカーフ
スキル設定(6/6)
【強化:筋力Lv.2】【暗視Lv.10】【盾術Lv.13】【斧術Lv.11】【槌術Lv.12】
【水泳Lv.14】
控えスキル
【収納術Lv.12】【翻訳Lv.2】【鍛冶Lv.7】【回復魔法Lv.4】【看破Lv.9】
【聞き耳Lv.10】【忍び足Lv.6】【慧眼Lv.1】【潜伏Lv.6】【漁Lv.1】
称号
【時の星霊に愛されし者】【粛清を行いし者】【七色の輝きを宿す者】【水の妖精に好かれし者】 』
――この時点で、儂の総合レベルは26。嘉穂ちゃんがレベル32まで上がっていたゆえ、レベル35の魚人相手も『頑張れば、なんとかならないこともない』といった具合で。
ちょっとまえに儂も保有する【スキル】のレベル合計が100以上となって『スキル設定』にセット可能な【スキル】の最大数が6つになり。……その少しまえに嘉穂ちゃんが【スキル】のレベル合計200以上の達成報酬を得ていたし、こうなることは事前に知っていたゆえ、大して喜びもせんかったが。ともあれ、一度にセットできる【スキル】の最大数が増えたぶんだけ戦闘は楽になるから、ありがたいことに変わりはない。
儂の攻撃では、未だに大したダメージを与えられんが、受けるダメージも『蒼碧の水精遺跡』に来てすぐの頃よりはマシになってきた。……そこに、今までは相棒の大火力を降り注ぐことで短期決戦を強いてアイテムその他の消費を抑えてきたわけじゃが、それももはやできん、と。
いっそ、嘉穂ちゃんにも前に出てもらって【槍術】で――なんて思わないでもないが、レベルはともかく『ステータス補正』的に子猫をまえに出すのは怖い。
『筋力』的には限界いっぱいまで『強化』した防具を着せて接近戦をさせられるが、『器用』の補正で物理防御力がそれなりにあって、『敏捷』の補正と【水泳】のレベルの高さからして回避もできるのだろうが……性格的に、彼女は致命的なまでに近接距離での殴り合いに向かんからなぁ。
これが美晴ちゃんやダイチくんなら、儂と並んでの接近戦もアリなんじゃろうが……。なんにせよ、HP全損でキャラクターデータの消失という現状、こうまで高火力の相手の出現するダンジョンで、『一撃死すら十分にありえる』最前線になど立たせたくはない。
ゆえに、考えるべきは儂の早急な戦力アップじゃが……それが一朝一夕でできるのなら、苦労はない。
もっとも、
「……ふむ。本当は、もう少しあとで、と考えていたんじゃがな」
ため息を一つ。浮かべていた≪ステータス≫を弄り、〈鍛冶師〉に転職。そして、≪インベントリ≫を開いて、今日までに買い溜めしていた『魔石』の数を確認。……ふむ、やはり装備すべてを『強化』できる数は無い、か。
できれば、1度にすべて『+1』にしてしまいたかったが……仕方ない。とりあえず、『シールドセット』と『特殊武装:斧槌』を『強化』するか。
AFOの仕様上――というより、この手のゲームの仕様上、こうした『防具』や『盾』を装備したプレイヤーは、ただそれだけで防御力が上がり。面白いことに、纏った防具や手に持った盾ではない部分に攻撃されてもダメージを減少させられるという。
それでも、露出した部分や人体の構造上『急所』とされる箇所への攻撃は、その仕様があっても大ダメージを負うようじゃが。とにかく、魚人からの攻撃をこれからはいっそう多く受け止めることになる『シールドセット』の『強化』は必至じゃろうし。これだけで素の防御力も上がるので、決して無駄になることもない。
懸念していた重量の変化による『装備不可』という事態は、これらを受け取ったときと比べてかなり総合レベルが上がり、【強化:筋力】のレベルも上がっていたこともあってか大丈夫だったようで。
とにかく、これで1戦。嘉穂ちゃんがログアウト休憩から戻りしだい、少しばかりは無理をしてでもフィッシャーマン3体を相手に勝ってみせんとな、と。そう決意を新たにして。
――嘉穂ちゃんが『蒼碧の水精遺跡』で目覚めてから、今日で3日目。儂らはまた、新たな一歩を刻む。
「……うぅ。み、ミナセちゃん?」
「大丈夫じゃ」
――【投擲術・弐Lv.1】の採用により、今日から嘉穂ちゃんの『スキル設定』は【収納術】、【暗視】、【槍術】、【水泳】と【投擲術・弐】の5つになり。さすがに余裕が無くなって【漁】を外さざるを得なくなってしまったが……これはもう、仕方ない。
とにもかくにも、不安げな子猫に『大丈夫だ』と言葉だけではなく結果でもって示すために。
「さて――行くか、嘉穂ちゃん!」
そう、繋いだ『フレンドコール』越しに相方に告げ。駆け出せば、
『うん! 「流星槍」!!』
返答と同時。儂の背後から、閃光を纏って通り過ぎる一撃。
嘉穂ちゃんの『流星槍』を受け、仰け反る1体はさておき。一斉に儂へと振り向き、そのまま『流星槍』の再充填に入った後方の子猫へと敵意を向けようとする魚人どもに駆け寄り、背中の『シールドセット』から1つを引き寄せて【盾術】のアーツ――『自身に敵意を集中させる』効果をもつ『ヘイトアピール』を使用。
3体すべての注意を一身に引き受け。突き出された2本の銛を手の中の斧槌で弾き。盾で逸らし。足を止めることなく駆け寄り、肉薄して。3本目の突き出された銛の一撃を再び盾で逸らし、再度『ヘイトアピール』を使ったうえで盾から手を離して。
「『グランド・バースト』!!」
斧槌の、槌の側で最初に『流星槍』を受けた魚人を打っ叩き。アーツの効果で発生した衝撃波で吹き飛ばして、間を作り。左右から突き出された銛を弾き、躱し。
ちらり、範囲知覚で嘉穂ちゃんの方を『視て』。『フレンドコール』越しに、少女へ吹き飛ばした魚人への追撃を頼んで立ち位置を調節。最初に使用したのとは違う盾を背中から引き寄せ、2体の攻撃を弾き。防ぎ。そのうえでなお削られるHPを尻目に、
『「流星槍」!!』
再度、水路を走り抜ける流星。
それを受けてなおHPを残す魚人に向けて斧槌を、『ブーメラン・アックス』を使用したうえで投擲。と、同時に両手で盾を持つ形になって他の2体による攻撃を捌き。3度目の『ヘイトアピール』を使いながら、範囲知覚で確認するが……ふむ。これだけ集中攻撃してなお、1体目を倒しきれんか。
とりあえず、片手を空けて。次の瞬間、手元に戻ってきた斧槌を掴み。範囲知覚にて、間髪入れず新しい得物を取り出し、再び『流星槍』を使おうとしている嘉穂ちゃんを『視ながら』、
「『グランド・バースト』! 『ヘイトアピール』!」
吹き荒れる衝撃波。上がる水しぶき。
銛の連続突きに削られていく残存HPを『視て』、「知覚加速」と呟き。体感時間を操作。
瞬時に〈職〉を〈治療師〉に、『スキル設定』に【回復魔法】と【慧眼】を加えて回復魔法を使用し。魔法発動のエフェクト光のなか、とにかく残り2体の魚人を――
「――ッ!? しまっ……!?」
気づく。先ほどの『流星槍』にてHPを全損させられたのだろう、ポリゴンの粒子へと変じる魚人から無意識に、そして完全に、意識を逸らしていたことに。
目を剥く。件の、最初に撃破できた魚人が光の破片へとなりながら銛を投擲したことに。
慌てる。なにせ、その攻撃の先は――嘉穂ちゃん。
ま、まずい……!! とにかく、再び〈戦士〉に転職しようとしていたのを変更。儂の『職歴』のなかでもっとも『敏捷』にSPを振っていた〈商人〉へと就き直しながら、装備も『外装』を外した『旧式女児用競泳水着』へ着替えて。
とにかく、早く。速く。粘土のように纏わりつく空気のなか、もどかしさすら感じる加速世界で、投擲された銛を一瞥し。その射線を遮ろうと動くが――くそっ! このまま体感時間を操作し続けるにはTPが保たんか!
ならば、と。『副職』に〈治療師〉を設定して、腰の『ポーチ』に触れ。斧槌をしまって身軽になったうえで『TP回復ポーション』を取り出し、使用。と同時に、残る2体の魚人の攻撃――その軌道を読んだうえで、体感時間の操作をやめ。突きだされた2本の銛を、紙一重のところで避ける。避ける。避ける。
邪魔を、するなぁぁあああッ!! と、内心で絶叫をあげながら。
現在の儂の装備からして、下手に受けるわけにもいかず。最短距離を駆け抜けたいのに、回避行動をとらねばならず。
知覚範囲で消えゆく魚人と、その魚人が投げつけた粒子の光へと変じ続ける銛とを視ながら、焦る。これは……やはり間に合わんか!?
魚人と、その銛が完全に消えるまえに嘉穂ちゃんに投擲が届いてしまう。
儂の位置と敏捷値からして、射線を遮るのは不可能――と、わかっていてなお、諦められん!!
……ちぃッ!! 奴から注意を逸らすのが早すぎた!!
失敗した! こんなことになるのなら、嘉穂ちゃんの防具を限界まで『強化』しておくんじゃった!!
儂が今日まで一切の攻撃を通さず、嘉穂ちゃんは嘉穂ちゃんで『ポーチ』にギリギリいっぱいまで得物を持ち歩きたがったゆえ、なけなしの『魚人の死骸』を使った『強化』は武器の方を優先したわけじゃが……今のあの子は【投擲術】のアーツのほとんどを使えず、『流星槍』を使って1本ずつ投げているのじゃから『ポーチ』に大量の武装を持つ意味が無い! それこそ、1本の最強武器だけあれば良いのじゃから、防具の『強化』をこの際、しておくべきじゃった!!
失敗した。失敗した! 失敗した!!
嘉穂ちゃんの防具なぞ、所詮は『冒険者ギルド』で買える100G防具で。『見習い服』よりマシという程度の、『無いよりマシ』といった防御力しかない。『ステータス補正』も、『器用』にこそSPを振っていたが、『丈夫』には一切消費していなかった。
ゆえに、レベル35のフィッシャーマンからの投擲攻撃を耐えられるわけがない。
ゆえに、このままでは嘉穂ちゃんは――この黒髪褐色肌の猫耳幼女のデータは消えてなくなってしまう。
そんなこと、許せるか!?
[ただいまの行動経験値により【水泳】のレベルが上がりました]
流れるインフォメーションを尻目に、歯噛みする。
……足りない。
まだ、わずかに遅い。届かない!
『――んじゃ、嘉穂ちゃん! おじーちゃん! またね!』
『ミナセさん。お姉ちゃんのこと、くれぐれもよろしくお願いします』
そう、美晴ちゃんと志保ちゃんに約束した。頼まれた。
ゆえに、間に合え!
とどけ!
とどけ!!
間に合わないとわかっていても、諦めるな!!
とどけ! とどけ!!
……あと少し。ほんのわずか、敏捷値が足りん。が、そんなことは最初からわかっていた。わかっていてなお、駆け出した。
諦められなかった。諦めたくなかった。
ゆえに、手を伸ばした。
ゆえに、足を止めなかった。
ゆえに――
[おめでとうございます! ただいまの行動経験値により称号【水の妖精に好かれし者】が【水の妖精に愛されし者】に進化しました]
――間に合った。
『ッ! み、ミナセちゃん!?』
視界隅を過るインフォメーション。それに伴って『わずかに加速された』世界で、決して届かなかったはずの手が、届いた。
滑空する銛の端に、触れられた。裏拳を、当てられた。それで、嘉穂ちゃんへと放たれた銛の軌跡がわずかに逸れて――子猫に当たることなく空を切って、消えた。
……もっとも、今の攻防で儂が回復させたHPが吹っ飛び、傍目には『辛うじてHP残量を示す縦棒がある』といった具合で。防具も頼りない『水着』のまま、武器はおろか盾すらない状態なのじゃから、少女が心配するのも当然か。
とは言え、
「大丈夫じゃ、心配ない!!」
嘉穂ちゃんの悲鳴じみた声に、にやり、と。わざわざフィッシャーマンからの連続攻撃のなかで背後の子猫に笑いかけて。慌てず、騒がず、回復魔法を発動。
……幸いにして、『副職』の操作をせんかったから〈治療師〉のままで。【スキル】もまた【回復魔法】と【慧眼】を設定したままだったこともあり、回避に専念しながらの魔法行使もできたが……やはり、さきの『称号の進化』を告げるインフォメーションが来て以降、動作が早くなっておるな。
『ちょおッ!? よそ見、怖い! ミナセちゃんが大丈夫でも、見てるこっちが怖い……!!』
そんな、再びあがった子猫の悲鳴に内心で苦笑し。まずは、嘉穂ちゃんを安心させるために姿勢をしっかりと魚人2体に相対するものにし、腰の『ポーチ』から斧槌と『HP回復ポーション』を取り出して、使用。
と、ほとんど同時に「知覚加速」と呟いて体感時間を操作。≪ステータス≫を開いて新たに得られた――というより、インフォメーションの言う通り、称号【水の妖精に好かれし者】が変化したのだろう。称号【水の妖精に好かれし者】が無くなって、代わりにあった称号【水の妖精に愛されし者】を、【慧眼】にて選択。その効果についてを記したウィンドウを呼び出し、
〇 称号【水の妖精に愛されし者】
・取得条件:100時間以上連続で液体に身を浸し続け、濡れた状態を保つ。
・効果:水場での行動にプラス補正。また、水属性の攻撃の威力と効果を上げ、ダメージを減少させる。
その取得条件を見やり、「……ああ、そう言えばもう100時間か」と。嘉穂ちゃんが【投擲術】を失ったことで儂も頭がいっぱいいっぱいとなっていたことに遅ればせながら気づいて密かに苦笑し。『効果』の説明文が【水の妖精に好かれし者】とまったく同じなことに眉根を寄せつつも「相変わらず分かり難い文章じゃが、おそらく強化の倍率が向上されているのじゃろう」とあたりをつけ、とりあえず称号【水の妖精に愛されし者】のことは後回しに。
腰の『初級冒険者ポーチ』に触れ、『デスティニー作クラブアーマー』を纏い直し。〈戦士〉に転職。さらに『デスティニー作クラブシールドセット+1』と『特殊武装:斧槌+1』を取り出して、体感時間の操作を終了。
右手に盾を、左手に鉾を持って魚人2体からの攻撃を弾き。逸らし。捌いて、さきに使った回復魔法の発動中を示すエフェクト光が消えるのを待って、再度『ヒール』。と、これでおおよそMPが無くなってしまったが……MP回復よりTP回復の方が先か。
なんにせよ、
『――「流星槍」!!』
嘉穂ちゃんの攻撃を待ち。それに伴って再びフィッシャーマンたちの敵意が少女へと向くのを『ヘイトアピール』を使って遮り。
盾を持っていた左手を空けて『ポーチ』へと伸ばし。突き出された銛を斧槌で弾きながら『TP回復ポーション』を取り出して使用。『薬品』による回復光を尻目に、残存HPも確認。と、やはり称号【水の妖精に愛されし者】を得てからの方が受けるダメージが減っておる?
つまりは、防御力が上がった? と、なれば攻撃力も上昇している? 敏捷値が上がったのは瞬時に察せられたが……ふむ。試してみるか?
とりあえず、嘉穂ちゃんによる『流星槍』がまた放たれたのを横目に、再度『ヘイトアピール』を使ってから盾から手を離し。浮かべたままにしていた≪ステータス≫のなかの『スキル設定』に視線を向け。思考選択でもって【回復魔法】と【慧眼】を外し。【斧術】と【槌術】を設定。
そして、「嘉穂ちゃん、『ケムリ玉』を使うぞ!」と注意を呼び掛けて『ポーチ』から『ケムリ玉』を取り出し。足下に投げつけて発動。
『えっと……TPはまだ十分だから。わたしは、とにかく「流星槍」を準備してればいいのかな?』
……事前の話し合いで、『ケムリ玉』を使った煙幕は一時的な時間稼ぎというか『ほんのわずかな時間、後衛の存在を隠す』ためで。投擲攻撃で忙しい嘉穂ちゃんが自身の状態を把握し、場合によっては『ポーション』を使って回復したりするための『間』を作るために『ケムリ玉』を使うかも、という内容を伝えてあったわけじゃが――今回は違う。
また子猫の充填時間を稼ぐ――というのは当然として。今回の『間』の使い道は、儂の準備のため。
いきなり視界情報を遮られ、モンスター的には『耐え難い異臭』を発しているらしい『ケムリ玉』をまえに混乱するフィッシャーマンたちを範囲知覚で『視つつ』、斧槌を『ポーチ』にしまい。『シールドセット』はもちろん、『クラブアーマー』の外装すら『これからの演舞』の邪魔になりそうじゃから外して。
代わりに、今の今まで使用されることなく『ポーチ』にしまわれたままだった『それ』を――2つの『ヌンチャク』を取り出し。両手に構えて、
「『ヘヴィ・ハンマー』、『ヘヴィ・ハンマー』」
左右、両方に対して【槌術】のアーツを発動。2つのヌンチャクの重量を上げ、一定時間攻撃力を増したうえで振り回し。しっかりと重くなっても使えることを確認したあとで、
「『グランド・バースト』!」
――アキサカくんに貰った当初より随分とレベルも上昇し、【強化:筋力】をセットした累計時間が200時間を越えてレベル2となった今、素のままでは軽すぎ、攻撃力も大して高くないとあって使う場面の無かったヌンチャクも、『ヘヴィ・ハンマー』をそれぞれ付与できるとなれば話は別で。
狭い空間。近距離での戦闘では、やはりヌンチャクは――強い。
「『グランド・バースト』!」
左右、両方それぞれで【槌術】のアーツを使用し。吹き荒れる衝撃波で煙幕は晴れてしまったが、
『え、ええーっ!? ちょ、ちょっ、なんでまた「水着」なんて――』
「――ははッ! なんじゃ、思ったより余裕ではないか!」
驚愕の声をあげる子猫をあえて無視して笑い。すり足と旋回する動きでもって魚人の片方の背後を取り。もう一度、『グランド・バースト』を叩きこんでバランスを崩させ。
ようやく儂を認識したもう1体からの突き出しを、ヌンチャクを振り回して弾き。逸らし。
振り向く魚人と、そんな相方の横へと廻って駆け寄ろうとする2体目の魚人。それらをまえに姿勢を整え、
『も、もう……! よくわかんないけど――行くよ! 「流星槍」!!』
迸る閃光。
その一撃こそ、累積ダメージの多そうな個体を狙ってのものではなかったが……まぁ、煙幕で嘉穂ちゃんの視界も遮ってしまったからの。残存HPを視れるわけでもなし、同じモンスター2体を見分けるのは少女には無理じゃろう。
もっとも、
「なに、儂もそれなりに成長しておるでな」
子猫が魚人を1体、怯ませてくれた。『流星槍』を見て、2体の魚人の敵意が儂から移り、後方の少女へと向き直った。……さきほどまでなら、ここで『ヘイトアピール』を使って2体の注意を儂へと向け直すのじゃろうが――今の、両手にヌンチャクを持っている儂には、それだけの『間』があれば十二分。
「ヒュッ……!!」
鋭い呼気を一つ。『円』の動きを意識して、脚を前に。前に。前に。
両手のヌンチャクを叩きつけ。叩きつけ。叩きつけ。
1対2でも関係ない。問題ない。
相手が人型で。本来であれば、最悪と言って良い水場でも【水泳】と称号【水の妖精に愛されし者】で動作を邪魔することはなく。半身を浸しているのに、むしろ地上より動き易いという不可思議な仕様となっている現状、接近戦で儂が遅れをとる理由など無い。
『うわ、すごっ!? ミナセちゃん、すごい! すごいすごいすごい!!』
子猫があげる歓声に表情を笑みとして応え。とにかく、視界隅に映る自身の残存TPの量を気にしながら、最初に使用した『ヘヴィ・ハンマー』の効果が切れるまでは踊ってみせよう、と。
ついには、嘉穂ちゃんの放った『流星槍』によって2体目のフィッシャーマンがポリゴンの破片へと姿を変えるまで、儂はほぼほぼ攻撃と回避だけで捌ききり。
[ただいまの行動経験値により【槌術】のレベルが上がりました]
[ただいまの行動経験値により〈戦士〉のレベルが上がりました]
そして、ようやく残り1体となったのを確認するのとほとんど同時に両手のヌンチャクが軽くなり。『ヘヴィ・ハンマー』の効果が切れたのだろう、と察して。『ポーチ』にしまっても、もう使わないじゃろうと思って手放し。
放置されたヌンチャクが時間経過とともにインベントリ内へと消えるのをそのままに。空いた両手を腰の『ポーチ』へと伸ばして。まずは、防具を装備し直し。『シールドセット』と斧槌を取り出して。
最後の魚人――その、今まさに嘉穂ちゃんへと投げつけられようとしていた銛を斧槌で打って弾き。……同時に取り出していた『TP回復ポーション』を使用。ある程度、TPが回復するのを待って、背中の『シールドセット』から1つ、盾を引き寄せ。『ヘイトアピール』を使って魚人の注意を引く。
『ん、もう……! ミナセちゃんがすごいのはわかったけど、やっぱり防具が「水着だけ」っていうのは心配だからやめてよ~』
などという『フレンドコール』越しの苦言に内心で苦笑し。それを言うなら、嘉穂ちゃんの防具も大概なんじゃが、という返事は心のなかだけでして。
「なに。ちょっと、『実験』したくなってな」
対外的には、称号の効果の確認として。
しかし、その実。儂がしたかったのは――
『……「実験」?』
そう。儂は、ただ、子猫に見せたかった。……儂自身、一対一という状況であれば、すでに魚人を圧倒できるということを。
少女を、魅せてやりたかった。誰でも頑張れば、これだけの動きをできるようになる、と。まだまだおまえさんの知らない世界が、技術が、教えられることがあるのだと示したかった。
そして、
そのうえで、
「嘉穂ちゃん! トドメを!!」
『っ! りゅ、「流星槍」!!』
大切な相棒に、伝える。
今の嘉穂ちゃんでも役に立てる、と。
どれだけ弱体化しようとも、儂がおまえさんを必要としないことにはならない、と。
そのために――あえて、この場では演技ではなく、戦闘終了直後に倒れてみせる。
『――ッ!? み、ミナセちゃん!!』
駆け寄る少女に、あえて荒い息を聞かせ。まだまだ彼女が居ないとツライのだと示し、
『み、ミナセちゃん! ど、どうしてこんなに無理を――』
「ああ、ほんとうに……おもしろい、な」
少女に抱き起され。涙目を向けられながら、あえて笑顔を作って告げる。
「ふふ……。嘉穂ちゃん、これからも……よろしく、の」
果たして、その言葉、儂の表情を見て。子猫は――……なぜか、大号泣?
…………はて? 儂は、なにか失敗したのかのぅ?




