チュートリアル 熊の薬屋さん2
祝30万PV達成記念SS
予期せぬ入院と、それによって得られた暇を今日も今日とてAFOで潰す私に、ちょっとお使いに行ってくれんか、と。そんな軽い調子で師匠に頼まれて、特に深く考えることなく「いいですよ」と答えた10分まえの私、なにやってんの!? ダメだよ、もっとちゃんと守銭奴ババア――もとい、AFO唯一のNPCが経営しているアイギパンの『薬屋』の店主こと、私の〈薬師〉の師匠を疑おう。いつも、そんな『一見、とても楽そうな依頼』で大変な思いしてたじゃん。
ちょっとまえにも似たような感じで『お使い』を頼まれて、たくさんの『耐久値回復薬』持って向かわされた『武器防具屋』で、なぜか〈鍛冶師〉に転職させられたうえで修理依頼の手伝いさせられたじゃん。これ、文字通り〈薬師〉の仕事じゃないよね!? って内心『ひーひー』言いながらドワーフの店主が積み上げてった武器に防具を『修理』したじゃん。学ぼうよ、私。
師匠が年老いて皺くちゃになった顔をニヤリと歪めて「じゃあ、冒険者ギルドに行って来な」って言った時点で怪しもう? 「手紙をギルドの受付に渡しゃあギルド長に話が通るから」って言われた時点で気づこう?
そして、師匠に渡された手紙を受け取った受付嬢さんに言われるがまま待つことになったギルドの裏庭に「おお。あんたが今回の協力者さん?」って声かけてきたのが歴戦の戦士を思わせる冒険者のNPCだった時点で、「あ、このお使いも普通じゃない」ってさ、なんで気づかなかったかなぁ。
「ん? なんだ、あんた、もしかしてまだ〈運び屋〉に就いてないのか?」
……そりゃあ、そうですよ。私、『ちょっとそこまでお使いに行く』つもりで来ただけですし。まさか〈運び屋〉に転職させられたうえに片道半日かかる距離を、大量の荷物を持たされたうえで逆立ちしたって勝てないような強力なモンスターが跋扈する森を突っ切って運搬させられるとは思ってませんでしたもん。
てかもう、普通に「ちょっと」の範囲じゃないよね!? あのババア、また私に詳細知らせずに長時間の重労働なんぞさせよってからに……。この世界の『労基』はどうなってるんでしょうねぇ、本当に!
「へぇ……、まさか『あの』婆さんに弟子入りする物好き――もとい、ドM――じゃなくて、世間知らずと言うか怖いもの知らずが居るとはビックリだわ」
はい、なんか今回のことを愚痴った護衛の冒険者さんにすごいこと言われましたー。
「つーか、それじゃあまさか、俺らの護衛依頼が『現地で3泊したあとの帰り道も』ってのも知らない?」
…………ほわい?
「……あんた、大丈夫か? 『薬屋』の婆さんの手紙にゃ『現地で3日働かせるから』とかなんとか書いてあったって言うけど……マジで何も知らされてない?」
……りありー?
「とりあえず『鉱山道』で〈鉱夫〉に就かせて1日。護衛ありで森に入って〈樵〉で1日。〈鍛冶師〉に就かせて1日使ってやってくれって『手紙』に書かれてたって話が……」
おぅ、あんびりぃばぼー……。
もうね、何度目かもわかんない愚痴を言わせてもらっていいかな? ――それって、ぜったい〈薬師〉の仕事じゃないよね!? 「ちょっと」の範囲でもなければ、「お使い」かも怪しいよね!? もう、どうしてこうなった!?
「ああ、まぁ……強く生きてくれ」
……ふっ。まさかNPC冒険者さんに同情される日が来ようとは。
ちなみにババアからの護衛は無理ですか? ……そうですか。
「おう、あんたが助っ人の熊か。【槌術】と【暗視】は持ってっか?」
森のなかで一晩すごして辿り着いた鉱山街で。さっそく連れて行かれた、見るからに坑道とわかるそこで待っていたドワーフのおじさんに〈鉱夫〉に転職させられたうえで訊かれ、【槌術】なら〈鍛冶師〉やらされたときに取得したけど、【暗視】はまだ持ってないと伝えれば、「なら、最初はけっこう大変かもな」と言われ。
私の直属の上司と言うか、担当だと言うドワーフのおじさん曰く、なかは基本的に光源が少ない暗所で。【暗視】が無いと道に迷うかも知れないから気を付けるように、と。それから、【採掘】が取れるまでは指定した場所をツルハシでぶっ叩き続けろ、と言われて『量産武器:ツルハシ』を貰ったけど……私はこんなところで何をしているんだろう?
「悪ぃな。今、ちょっと信用できるあんた達みたいなプレイヤーが少なくって困ってたんだわ」
聞けば、なんでも最初にこの鉱山街へ『お使い』で連れて来られた女の子も今の私みたいに重い荷物の運搬に困っていた〈鉱夫〉のおじさんたちの手伝いをしたんだそうで。それまで、なんとなく余所者であり、NPCの方たちからしたら得体の知れない、言葉すら通じない私たちプレイヤーを忌避していたこの街の人たちも、そんな少女の見返りを求めない善意に触れて態度を軟化。
相手が『年端もいかない、幼い女の子』という外見ながらもプレイヤー固有のインベントリを利用して、とくに何を言うでもなく誰よりも多くの荷物を運んでくれたことに感謝し。それでも『プレイヤーなんて訳の分からない連中なんぞ信用できん』と、そう大人げなく告げる者たちも居たが……驚いたことに、言われた当のプレイヤーである筈の女の子本人はその言葉を肯定。「自身と違う者やよく知らん者を疑うのは当然で、簡単に信用するのは間違っておる」と首肯したうえで、「ゆえに、まずは知ろうとしてほしい」と頭を下げたのだそうで。
そんなまっすぐな少女の言葉と態度に鉱山街の頭の固い上役たちも感じるものがあったのか、試験的にでもプレイヤーの鉱山街までの『お使いクエ』が正式にアイギパンでスタートし始めたの言うのだから驚きで。私のようなへそ曲がりからすれば「いや、それ。ただ単に最初のプレイヤーがフラグ建てただけでしょ?」という程度の認識であり、こうして語り草として残ってしまうことになる『最初の女の子』は、果たして嬉しく思うのかどうか……。目立ちたがり屋なら喜びそうだけど……私だったら嫌だなぁ。だって、今みたいに誰彼かまわず言った台詞をそのまま吹聴されるんでしょ? なにそれこわい。
てか、それはもう新手の羞恥プレイっていうか、普通に嫌がらせの域だと思うんだけど……空気の読める熊さんは「へぇ、そうなんですかー」とだけ返し、とくに否定も肯定もしませんよ、ええ。
……だって、もし私の台詞でせっかく『最初の女の子』が生贄となって建ててくれたフラグが折れちゃったら嫌じゃん。聞けば、今はたまにアイギパンから『お使いクエ』を受けてきたプレイヤーが鉱石系の素材アイテムを求めてそのまま鉱山街に居ついたりすることも増えたって言うし。それを私なんかの不用意な一言でぶち壊しにしちゃったとなれば……確実に晒される! AFOを続けられなくなっちゃうよ!
て、ことで。私はそれから3日。ただのYESマンとして流されるように過ごし――はい、いつも通りですが、なにか? ――師匠のお使いとしてなぜかこんな遠くまで来て〈鉱夫〉に就いたり、〈鍛冶師〉に転職して工具の『修理』をやったり、〈樵〉に就いて【伐採】のレベル上げをさせられたりしたわけで。やっぱり、どう考えても『薬屋』の店主の一番弟子である熊さんのやる仕事には思えなかったけど、
「よお。あんだがあの『薬屋』の守銭奴に弟子入りしたって物好きかい?」
最後の最後にやってきた、この街の顔役だというドワーフの――声からして、たぶん女性だろう。外見上は同じような髭もじゃ筋肉達磨で見分けがつかない――彼女に「ほら、頼まれてた品だ。受け取んな」と言って渡された、『初級調薬セット』というアイテムを目にして諸々の愚痴が吹っ飛んだ。
「……フン。あたしゃ、やっぱりあんたらプレイヤーって連中は信用できんがね。それでも、昔の知り合いが紹介してやってきたあんたが、便利な小間使いみたいにあたしら現地の者に使われても文句一つこぼさなかったって聞けば、少しは考えるさ」
そう言って、私のお礼の言葉など聞く気もないと告げるようにさっさと足音を響かせて去っていくドワーフの女性。
……あとで知らされたことだが、この『初級調薬セット』というアイテムは、この『未完成』の鉱山街でしか入手できない、当時は大変希少なアイテムで。その取得条件も、このときはまだ鉱山街の上役の一人に〈薬師〉が居るので、そのNPCに認められること、だったようで。
私の場合は、師匠であるアイギパンの『薬屋』の店主が鉱山街の顔役と、じつは知り合いで。私が〈薬師Lv.10〉になったことがフラグとなって今回の連続依頼が発生。審判役が顔役のドワーフ女性というイレギュラーな状態となったが、無事に判定に合格がもらえたようで、このレアアイテムを入手できた、と。じつは、あの顔役の判定は他の審判役NPCの誰より判定が厳しいキャラクターだった――と、これに気づくのはかなりあとになってからで。当時の私には「なんだかよくわかんないけど、〈薬師〉の専用アイテムげと」と気楽に喜ぶだけだった。
しかも、その帰りしなに、私の護衛を担当してくれていた冒険者NPC――『山間の強き斧』というらしい、パーティメンバー全員が何かしらの斧系の装備を持っている高レベル冒険者4人組に『お守り代わり?』に私ではちょっと買えないような額の『量産武器:手斧』を貰い。ちょっとまえに言われた「その……強く、生きてくれ」という言葉まで頂戴したんだけど――え? そんな、ここまでの高レベルの冒険者パーティの面子が心配するような相手に私ってば弟子入りしちゃってるの!? この手斧っていうか、山刀って、もしかして『お守り』じゃなくて『たむけの品』!?
……ああ、だからアイギパンに着くかどうかのタイミングで〈狩人〉に転職させてもらったうえでレベル上げを手伝ってくれたんですね? これでヤバいと思ったら【潜伏】と【忍び足】で逃げろ、と。……え? 違うんですか? 「『薬師』のババアからは逃げられない」って、またまたー……。なにそれこわい。
だ、だけど! 今回の連続依頼で見事に私の『職歴』に7つの〈職〉――〈戦士〉、〈樵〉、〈薬師〉、〈鍛冶師〉、〈運び屋〉、〈鉱夫〉、〈狩人〉――が登録されたことで、今≪掲示板≫でもっともホットなニュースというか、流行の称号【七色の輝きを宿す者】が手に入ったよ! やったね、熊さん、これで今まで以上に師匠に便利に使われるよ?
「……え? もしかしなくても、それが今回の真の師匠の狙いだったりは――」
まさかー、と。そう冷や汗を流し、震えながら『山間の強き斧』の4人に問えば、全員が視線を逸らしたー!?
……えっと、皆さんを護衛に雇うのはいくらでせう?
え? 『薬屋』のババアに敵対したら生きていけない? ……ちょっと、待って。あなた、たしかリーダーでレベル60以上でしたよね!? うちの師匠、どんだけですか!?
だ、誰か、タスケテー……。




