チュートリアル かくしてわたしは、想いのままに叫んだ
10万PV越え記念の短編です。
時系列的には、1章終盤。視点は、もちろん美晴ちゃんです。
――おじーちゃんが倒れた。
はじめは、転んじゃっただけかと思ってた。
ずぐに起きれないのも、きっとすごく疲れてたみたいだったから、ちょっと休んでるんだ、って。でも、ここはフィールドで、モンスターだってまだまだ残ってるから危ないよ、って。そう苦笑しながら言って、内心では「お疲れさま」、「ありがとう」って……。寝ちゃうのは早いよ、って揺すって……。
でも…………おじーちゃんは、起きなかった。
見た目は、ただ目をつむって寝ているだけのようで。だから、最初は起こせば大丈夫だと思って。だから……混乱した。おじーちゃんが、いくら呼びかけても起きない。揺すっても、反応してくれない。
それが、まるで死んじゃったみたいに見えて――そんな思いがよぎって、血の気が引いた。
それで――……そこからの記憶は、あんまりない。
わたしは、馬鹿みたいにおじーちゃんのアバターを抱きしめて泣いてて。周りに居たモンスターは、志保ちゃんが最初はどうにかしてくれてたみたいだったけど、途中からは知らない獣人の人が対応してくれてた、らしい。
そのあとで、運営直轄だって言う神官だろうNPCの男の人が来て。志保ちゃんと話して。志保ちゃんが、おじーちゃんは『強制ログアウト』した、って言って。その意味は、よくわからなかったけど、おじーちゃんの『中身』が、もうゲームのなかに居ないのはわかって。言われるがまま、おじーちゃんのアバターを預けて。ログアウトして。すぐにおかーさんに電話した。
おかーさんに、なんて電話をしたか……よく覚えてない。でも、混乱と心配と恐怖と、なんだかいろいろな気持ちでぐちゃぐちゃになった頭で、「おじーちゃんが! おじーちゃんが……!!」と何度も泣きながら訴えたのだけは覚えてるし。そんな様子だったせいで、まだ起きてたおにーちゃん達にも見つかって。訊かれるがままにわけを話して。
それで…………すごく、怒られた。
おじーちゃんが――水無瀬 修三という人が、どれだけ水無瀬の家にとって重要な人かを説かれ。そんな人に『わがまま』を言ったことを怒られ。なにかあったらどうするんだ、って怒鳴られて……声が枯れるんじゃないかってほど、泣いた。
それで、気づいたときには、おかーさんに抱きしめてもらってて。耳元で何度も「大丈夫」って言われて、何度も何度も優しく背中や頭を撫でてもらってるうちに寝ちゃってて……。
次の日は、学校を休むよう言われた。それも、わたしだけじゃなくって、おにーちゃん達も全員。
おとーさんは会社に行ったけど、そのまえに「もしかしたら、パパ、お仕事辞めちゃうことになるかもだけど……大丈夫だからね?」って言われて。意味はよくわからなかったけど、おとーさんの『つくった笑顔』を見て……無性に泣きたくなった。
おかーさんも、家を出て行ったけど……そのまえに、また「大丈夫」って抱きしめてもらって。頭を撫でられて。涙がこぼれた。
それで……両親が家を出てからは、部屋に引きこもった。
ずっとベッドのなかで丸くなって。学校を休んだことで心配してくれたのだろう、クラスの子たちからいっぱいメッセージをもらったけど、返す気になれなくて。それでも志保ちゃんにだけは、思いのまま――不安と恐怖のままにメッセージを送って。その日はずっと泣いて、ふるえて、過ごした。
そして、そんな状態だったから、AFOをやろうなんて思えるわけもなく。
だけど、そんな状態だったから、AFOで会って話そう、って。そう志保ちゃんに言われて、すぐにログインした。
「志保ちゃん……! 志保ちゃん、志保ちゃん、し、ほ、ちゃぁあん……!!」
アイギパンの転移魔方陣広場で。金髪碧眼のエルフ少女を見つけて、すぐ、なにを考えるでもなく抱きついて、泣いた。泣いた。ただただ、泣いた。
そして、泣きながら、こんなときでも冷静な親友に頭を撫でられつつ『パーティ』を組み。『パーティチャット』という、パーティを組んでる人にしか声が届かないそれを使って。話して。促されるまま移動して。
「……そう。ミナセさんは、まだ」
そう言って視線をわずかに逸らす志保ちゃん。その、わたし以外だとただの無表情にしか見えない、彼女にしてはけっこう分かりやすい『憂い顔』をまえに、わたしも項垂れる。
「……ねぇ、みはるん。こんなときに、って思うかもだけど……私は今から、レベル上げがしたい」
その言葉に、バッと勢いよく顔を上げて。それこそ彼女の言う通り、「こんなときに何言ってんの!?」って怒ろうとして、
「私は……あのとき、ミナセさん一人に全部を背負わせちゃったことが、悔しい。あの日、私がもっと強かったら、って……どうしても思っちゃう」
その顔。その言葉を告げたときの親友の想いを感じて、
「『次』は、私も一緒に戦いたい。私のPSじゃあ足手まといかも知れないけど……『今度』は、ミナセさんと一緒に頑張りたい」
だから、強くなりたい。弱いままでいたくない、と。そう真剣な瞳で告げる親友に、
「うん!」
わたしは、顔を上げることにした。まえを向くことにした。
「えへへ。次におじーちゃんとAFOやるときはさ、わたしたちがどれだけ強くなったか自慢しよう!」
今はまだ、泣きそうな笑顔が精いっぱいだけど。
でも、次におじーちゃんと会ったときには、ちゃんと笑えるように……頑張る。それこそ、おじーちゃんがどうにかなっちゃったらレベル上げなんて意味ないのかも知れないけど……。きっと意味があるって信じて、今は頑張る。
「ふふ。じゃあ、とりあえずミナセさんにメッセージでも送っとく? 私たちがログアウトしてるとき、ログインしたら読んでもらえるように」
そう笑って――ほんの僅かに口もとを緩ませ、見慣れている人でも気づけるか怪しいほど少しだけ瞳を細めて――告げる志保ちゃんに「それ、イイね!」と返し。今の心境から言ったら簡潔に過ぎる文章を綴って、『フレンド』の項を開いてメッセージを送信。
そして、それから。わたしと志保ちゃんは時間の許す限り、レベル上げをして。
家は、未だにお通夜みたいな空気だったけど、次の日の朝にはおじーちゃんが目覚めたって報せがあって、どうにかどんより空気が直った。
わたしも、目が覚めてすぐにAFOをおじーちゃんが再開したっておかーさんに聞いて。志保ちゃんの提案通りにメッセージに添付しといた、わたしが普段使ってる通信デバイスの方におじーちゃん本人からのメッセージをもらって、ようやく自然に笑えるようになって。
その日は、学校でずっとそわそわしながら放課後を待って。おじーちゃんとまたAFOができる、そのときを待って、待って。
それで、
「あー……。ねぇ、みはるん? 今、ミナセさんの画像データがAFOの『掲示板』にあがってるんだけど……」
そう、なぜだか言いづらそうな雰囲気をまとって告げる志保ちゃんの言葉に飛びつき。おかーさんの言葉やメッセージで知っていても不安だったおじーちゃんの、その無事を確認できるとあって逸る気持ちそのままに、教えてもらったスレを覗きに行けば――
そこには、多種多少な衣装をまとってポーズを決めた赤髪美少女の写真があった。
たくさん。たくさん、あった。
「な、なにやってんの、おじーーーーーーーちゃーーーーーん!?」
そう、思わず絶叫したわたしは悪くない。
だって、昨日まで意識不明の重体で。下手をしたら命にかかわるとさえ言われていた、祖父が――なぜかノリノリな様子で『ファッションショー』をしてるんだもん! これに驚かず――安堵せず、涙を流さないわけがないじゃん! もう、何やってんの、おじーちゃんは!
「あ、あははは……! こ、これ、ぜったい……おじーちゃんに会って、ちょくせつ、もんく……言って、やるんだ、からぁ……!」
そう笑い。笑いながら膝をついて、涙をポロポロと零すわたしを、志保ちゃんはいつかみたいに優しく抱きしめ、頭を撫でてくれたのだった。




