クエスト42 おじーちゃん、子猫のために『配役』を演じる
同じキルケーの街を拠点として、以前は野良のパーティを組んでいたこともあったらしい嘉穂ちゃんのことを覚えていた者も居たのだろう。
それまで、嘉穂ちゃんの名前を――『カホ@くろネ子』というプレイヤーネームを告げても大して反応しなかった彼らのなかに、一人、二人と、少女の特徴的な黒い猫耳と尻尾に十二歳にしても幼過ぎる外見を見て「あ」と声をあげる者がチラホラと見え。どころか、いきなり登場するや、深く頭を下げる彼女を見て一番反応していたのがクラン『漁業協同組合・漢組』の団長であるダストン親分であったことは嬉しい誤算か。
なんにせよ、少女の頭上に浮かぶ三角錐が赤いことも、これで十分に周知できたろうし。あとは予定通り、『この場でもっとも尊重すべき少女の言葉』を多くの者に伝えるだけ。
それこそ、あの志保ちゃんをして説得できなかった――それまでの三人での話し合いでは、嘉穂ちゃんの登場は無かったのだが、彼女はただ『謝りたい』と言って。それだけはしたい、しなくちゃいけない、と儂らに頭を下げて……。結果、未だにふらつく体に鞭をうって、少女はここに現れたわけで。
ゆえに、ここからの少女の言葉を、儂は安易に否定できない。
「カホ、馬鹿だから……。言われるがままで、あんまり考えてなかったから……。み、みんなに迷惑かけちゃって……ごめんなさい!」
果たして、顔を上げた嘉穂ちゃんは、自身に集まった視線の多さに一瞬だけひるんだ様子を見せたが――しかし、すぐさま眉根を寄せ、下がろうとした足をその場に縫い付け。震える拳を抱きしめて思いを口にし、この場に居るすべてのプレイヤーを見回して、再度、その小さな頭を下げた。
「馬鹿で、ごめんなさい……!」
……違う。
「悪い子で、ごめんなさい……!」
……そうじゃない、と。
嘉穂ちゃんは悪くない、と。そう否定したところで、きっと意味など無い。伝わらない。
しかし、嘉穂ちゃんが、ついには視線を男たちへ――自身を孤独に追いやり、PKという誰も彼もに忌み嫌われる汚れ役とした者たちへと向けられ。
「ごめんなさい。カホ、『ひみつ』も『やくそく』も、守れなかった……」
ごめんなさい、と。泣きながら。
ごめんなさい、と。自分のことを憎々し気に睨む男たちの表情に怯え、震えながら。
ごめんなさい、と。少女はそれでも笑顔をどうにか作って告げるのを見ていることしかできないのは――……嗚呼、なんと歯がゆいことか。
「カホにしかできない、って……。言ってくれたの、嬉しかった、です……。頼ってもらったの、はじめてだったから……。嬉しかった。……ウソでも、嬉しかった。だから……ごめんなさい。カホ、もう……ぴーけー? それ、やめます」
カホね。友だちができたの、と。
カホね。あなたたちの『うそ』のおかげで、シホちゃんと仲直りできたの。
「だから、ごめ――……ありがとう、ございました」
そう最後には謝るのをやめて。震え、怯えながらも感謝を口にする少女に――真の愚者は、ただただ愚かな振る舞いで返す。
「――ハッ! この裏切り者のバケモンが! その気持ち悪い顔をよく出せたもんだなぁ、おい!」
その言葉。その悪意。その嘲笑を受けて幼い猫耳の少女は再び涙を流し、
「お前らも騙されんな! そこのクソ猫はなぁ、現実世界じゃあただの『脳みそ』だ! VRン中でしか体のない『亡霊』だ!!」
バケモンなんだよ、と。そう怒鳴り、笑い、震える少女に凄んで見せる男二人。その姿の、なんと醜いことか。
「お前らんなかにも組んだことあるのが居るだろう? わかるだろ? このクソ猫が、下手くそなくせにレベルだけは無駄に高くってよ! その理由は、正体が『亡霊』で、誰よりプレイ時間が多かったからなんだよ!!」
もはや、本人たちも何を訴えたいのか――現状を良くするために何をどう論じれば良いのか分かっていないのだろう。
「知ってる奴も居るよなぁ!? このチビ、何でも言う通りにすっからよぉ! 言ってやったんだ。お前みたいなログアウトしなくて良いバケモンにしかできないことがある、って。そこの未確認のダンジョンへの転移結晶を他のプレイヤーから守ってくれ。いつか迎えにくるから、それまでここに来るプレイヤーを全員殺せってなぁ!!」
その結果がこれだ。今日まで俺らの言うことを信じて、本当にプレイヤー全員を教会送りにしやがってよ。どっかで誰かにぶっ殺されて、無理やりキャラデリさせられると思ってたのによお、と。狂ったように笑い。哂い。嗤いながら、男たちはただただ思いつくがままに悪意を投げつける。
「わかったろ? こいつは寄生虫なんだよ。こいつらは他人に寄生しなきゃ生きていけないような気持ち悪いバケモンで――だから、作り物の、アバターの見た目に騙されんなよ。寄生虫に同情なんてしてんなよ!」
「そもそも、そのバケモン本人だって認めただろ? こいつがPK野郎で。この洞窟に来たプレイヤー全員を教会送りにしてきた元凶! だから、こいつをみんなでぶっ殺して称号ゲットしようぜ!」
加えて、「そこの赤毛のガキだって、じつは『脳みそ野郎』なんじゃねーの?」と。『姫プレイ野郎』って言われてんだ、どうせ男に媚びてレベル上げや装備巻き上げたりしてる寄生野郎だろ、と。だから、とっととこいつも一緒にフクロにしようぜ、と。そう呼びかけて笑い、哂い、嗤って。
そんな彼らの剥き出しの悪意を受け、もはや耐えられなくなったのだろう。ついには座り込み、泣き出してしまった嘉穂ちゃんを見て「……あんの屑どもが!」と、額に青筋を浮かべて歩き出そうとするダストンさん。
それを、彼の丸太のような腕を掴み、「ダメですよ」とダイチくん。青年に振り向き、射殺さんばかりの眼光で睨む巨漢の代表を彼はまっすぐ睨み返し、
「わかりませんか? この『決闘』は、すでに――僕らのものです」
だから、黙って見ていてください、と。彼自身、奥歯をかみしめ、小さな声を震わせながら告げ。
「つーか、ズルぃよなぁ。『脳みそ』だけんになって、一生ゲームんなかとかよ。このガキ、ずっと学校も行ってないし、これからも行かないんだぜ? 働かないんだぜ?」
「マジでさぁ。あーあー、羨ましいねぇ。ずっと親の脛かじってゲームしてるだけで良いなんてよお。いっそ、俺らも『脳みそ』だけになるか? そうすりゃあ、一生遊んで暮らせるんだろ?」
ははっ、そりゃあ良いな! みんなで『脳みそ』だ! みんなバケモンになろうぜ、と。そう言って馬鹿みたいに笑いだす男二人に対して――
「……は。はっは。ははははははははッ!!」
計画通りに、連中の狂騒を吹き飛ばす『主人公』の嘲笑。
これまでの、『誰が見てもわかる、悪役に嬲られ、泣かされる被害者役』に成り代わり、儂もようやく舞台へと上がる。
「はは! なんじゃ、なんじゃ、そうか。そうじゃったのか。いや~、すまんすまん、まさかおまえさんらが『十二歳未満』じゃとは思ってなかったでな。はは! いやぁ、儂としたことが大人げなかった!」
笑う。
哂う。
どこまでも冷たく、小馬鹿にするように、嗤う。
「いや~、儂の知り合いもな。小さなころ、同じように言っておったよ。『ずっとゲームしていてズルい』、『学校行かなくて良いなんてズルい、私も!』と。いやはや、たしかに――同じ、養われることが当然の子供同士なら、そういった見方もあるじゃろうな!」
笑みを浮かべ、どこまでも見下すようにして告げる。つまり、お前たちは子供である、と。お前たちが馬鹿にして妬む相手と、お前たちは同じだ、と。
「っ! こ、このガキ、言わせておけば――」
「そもそも。子どもが『働かなくて良い』のは当然じゃろ? ……まさか、おまえさんらは『子どもにも働かせるべきだ』などと考えている口か?」
バカバカしい、と。儂は大の男の怒気を真っ向から叩き潰し、
「加えて言えば、ずっと『ゲームをしていることを許す』のも『学校に通わなくて良い』とするのも親の裁量。その点で『他所の子』が恵まれているように感じるは、そのほとんどが保護者の甲斐性で。そのことを『ズルい』と責めるは、如何にも道理を知らず、同じ目線でしか語れぬ子どもの理屈じゃ」
何を勘違いしているのか、と。
何を見当違いのことを言っているのか、と。
もはやどちらが子どもで、どちらが大人かわからないほど儂と男たちの主張は、正しく立っている『目線の違い』を浮き彫りとするもので。
「さらに言えば、さきほど『ズルい』と『他所の子』を羨んだ子は、そのあとでしっかりと『友だち』の状態を調べたうえで、『十二歳以上』になってから『何も知らなかった』ことを謝っていたがのぅ……」
では、おまえたちはどうか? まさか『十二歳の子供』が、後日、ちゃんと調べて。その結果、自分の無知を謝罪したのに、おまえたちはどうだ?
「何も知らず。知ろうとすらせず。勝手に自分にとって『羨ましい部分だけ』を見て、妬み、吼えるさまは、まるで負け犬が鏡に向かって必死に虚勢を張ってるようで……いっそ哀れじゃな」
やれやれ、と。肩をすくめ、同情するような表情まで作ってそう告げる儂。
対して、微妙に視線を逸らし、密かに居たたまれないような表情になっている者たちは……おそらく、多少なり儂らのような『長時間のログインを可能とし、学校に行くこともなければ働くこともない』という一点だけを見て『羨ましい』と思ってしまったのじゃろう。
……まぁ、ゲーマーなら仕方ない心理だとは思うが、な。
しかし、
「……そもそも。おまえさんらの言う『ログアウト不要』は間違いではない――が、それは『AFOのような体感時間を弄られたゲーム外では』という注釈が入り。『強いストレスや蓄積疲労などで疲弊した場合は命に関わる』ということを知っていて言っておるのか?」
よもや、おまえさんらの言う『亡霊』とやらが『睡眠まで不要』などと勘違いしてはおらんか? と、そう問いかければ、観衆のなかにも「……え?」と声を出したものが何人か居り。……事前にダイチくんたちに確認したところ、多少なりVRデバイスに詳しい人間でも、てっきり『からだ』を失っているのだから睡眠なんて要らない、と勘違いしている者は多いと聞いてはいたが、さもあらん。
儂にしろ、千春や小春たちにしろ、その辺をいちいち公表しようとはしなかったし。知っておった志保ちゃんにしても彼女は身内に『あたま』だけの嘉穂ちゃんが居て、苦労して専門知識が羅列された医療機関のデータベースなどにアクセスして調べたうえで知り得た情報だと言うのだから、その無知を責めるつもりはない。が、勝手な憶測にて他者を蔑み、妬んだ挙句に食い物としようとした蛮行だけは許すつもりはない。
「第一、『一生遊んでいられる』などと……どこからそんなお気楽な発想がでるんじゃ? 少なくとも保護者が居なくなれば常人と同じ――いや、常人以上のハンデを抱え、生きるために金銭を稼がねばならんのじゃから、いったいどこに羨む要素がある?」
そもそも、『からだ』を失くして『あたま』だけになる手術の費用や、生命維持に幾らかかるか知っていて『ズルい』と。『なってみたい』と言っているのか? と、いよいよ連中の浅はかさを――無知からくるやっかみを、具体的に、且つ徹底的に殺しにかかる。
「ほれ、黙っておらんと吼えてみよ、負け犬。おまえさんらは『ゲームのなかに一生居られる』と言うがな。それは、つまり『一生、現実に帰還できない』と、『VRのなかこそが現実に成り代わる』だけじゃと、それをわかったうえで言っておるのか?」
「――付け加えるなら、そもそもお姉ちゃんを『亡霊』と勘違いしている件について」
果たして、ここで志保ちゃんからの偽情報が、この場の空気を決定的に変える。
「おおかた、ミナセさんたちが使っている『長時間のログインを可能にする医療用の専用VRデバイス』のことを知らないで、『本来ならR18指定の、廃人御用達のデバイス』並みに長時間プレイできるお姉ちゃんのことを勘違いしたんでしょうけど」
いい加減にしてくれませんか? と、氷点下の視線を男たちに向け、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた姉を抱きしめる志保ちゃん。
「ねぇ、どうしてお姉ちゃんが寝る間も惜しんで、あなた達のような愚者との『約束』のため――『秘密』を守るために、これまで必死にがんばってきたのを笑えるの? お姉ちゃんたちが無理をすることが、どれだけ生死に関わるか考えたことは無いの? どうして、羨むだけでお姉ちゃんたちの苦しみを想像できないの?」
お姉ちゃん、本当は暗いところが苦手なんだよ? 寂しがり屋で、自分に自信が無いから『頼ってもらえた』ことが嬉しくて……だから、私たちとも泣きながら戦ったんだよ?
「どうして、あなた達は泣いている女の子をまえに笑えるの?」
その静かな問い。心の底から不思議そうに――それでいて、どこまでも無色透明に済んだ音色を響かせての言葉に、彼らは言葉を失くし。
そして、
「ダイチくん。嘉穂ちゃんと志保ちゃんを、頼めるかの?」
チラリ、これまで静観に努めていてくれた青年に視線を向け。手の中の斧槌を、静かに肩に背負って歩き出す。
「ほれ。『称号』が欲しいのなら――かかってこい、三下」
一歩。また、一歩。
ゆっくりと儂が近づけば、また何やら喚き散らす男たち。この期に及んで「おかしいだろう」と疑問を口にし、儂らのことを「片や『脳みそ』だけのバケモンに、もう一人は馬鹿な男を食い物にしてる『姫プレイ』野郎だぞ?」と卑下し。自分たちが今、周りのプレイヤーにどう見られているのか、わかっているのか、いないのか、「なんで俺たちが……」などとのたまうのは、どういう理屈なんじゃろうな?
「そもそも、きみたちって他人のリアルを卑下できるほどリア充なの?」
なんて、ダイチくんが思わずといった具合に呆れ顔で問えば、何故か彼を親の仇のように睨みつけるし。
志保ちゃんがトドメとして「第一、お姉ちゃんはバケモンじゃないですし。『脳みそ』だけとか、そんなのじゃありませんし」と告げ。儂を含めて『ただの病弱な少女』と、嘉穂ちゃんのことを、『汚い大人に騙された被害者』と語り。男たちの苦し紛れの反論――そのことごとくを理路整然とした物言いで封殺することで、連中は『作戦』通り、『幼い少女を騙し、PKに仕立てた挙句に泣かせ、笑う、外道プレイヤー』という配役が決定的となり。
さらには、今回の『主人公役』の儂が完全武装で「どうした? かかって来んのか?」と挑発すれば、もはやこの場の空気を彼らがひっくり返すことは不可能じゃろう。
「……は。は、ははッ!! 馬鹿だ! どいつもこいつも、馬鹿だ! 大馬鹿だ!! こいつも、そこのクソ猫も! とっとと全員で攻撃なり魔法なりを使ってぶっ殺しちまえば称号が――」
「ふん。『称号』に惑わされ、キャンキャン吼えるしかできん負け犬と一緒にされるのなら、大馬鹿ものの方がよっぽどマシじゃろうよ」
良いから、かかってこい、と告げながら。いい加減、自分たちが孤立し、ここが既に死地だと気づいて欲しいものなんじゃが、と内心で苦々しく思う儂。そろそろ、この茶番も仕舞いにして嘉穂ちゃんを本格的に休ませたいのじゃが……さて、どうしたものか? と、密かに思案し。思いつく。
「ん? なんじゃ? この装備が怖くて二人がかりでも腰が引けとるのか?」
と、ニヤケ面を浮かべて言い。これ見よがしに『クラブアーマー』や『クラブシールド』に斧槌などの『見るからに凄そうな武装』をしまい。代わりに『初級服』という、一見して防御力なんてあって無いような貧相な装備のみの、武器すら持たずに手招きまでしてやれば、ようやく彼らも動く気になったようで。
「そんなにぶっ殺して欲しいってんなら、お望みどおりにしてやらぁぁぁあああああ!!」
と、怒鳴り、儂からしたら本当に『今さら』男は剣を抜き。もう一人は儂を睨んで弓を構え、しっかりと先制攻撃を放ってくれた。
……よし。これで反撃による戦闘開始という、大衆に与える印象のなかでも儂らが敵対勢力として映り難い前提はできた。
あとは、数メートルの距離にて放たれた矢を、儂が見もせず片手で掴み止めたことで目を剥く男は、しばらく無視するとして。切りかかって来た方の男の、明らかに素人然とした振り下ろしを半身になって避け。
同時に、右手を突き出し。カウンター気味に顎を打って『現実であれば脳を揺らしただろう』攻撃で膝をつかせ、
「なっ!? て、テメェ、まさか武術かなんかを――」
「武術を修めていたら、なんじゃ?」
言葉を遮り、殴る。
「まさか、『卑怯』だと? それともまた『チート』だとでも喚くか?」
殴る。
「……いい加減、その手の『自身に都合が良い敗因』を叫ぶのをやめよ。みっともない」
殴る。
「単に、おまえさんが儂より『弱い』というだけじゃろ?」
これまでの暴言に対しての制裁として。
泣かされた嘉穂ちゃんと密かにブチギレてそうな志保ちゃんのぶんも拳に乗せて。
「単に、今日までおまえさんが大した修練をせんかっただけじゃろう?」
殴る。殴る。殴る。
「な、なんでだよ……!?」
おかしいだろ。チートだろ、と。未だもって喚き、叫ぶ男にため息を返し。
ヘロヘロな素人剣を避け、範囲知覚で『視ている』からこそ簡単に背後からの矢も躱し。
「……認めよ。自身の弱さと怠慢を」
妬むまえに。蔑むまえに。
今、すこしでも悔しいと思うのなら、努力せよ。
励め。学べ。歩みを止めるな!
「誰もが最初から強者だったわけではない。そして、誰もが『ただただ時間をかけただけ』で強くなれるわけでもない」
とある少女は、いつかの無知を恥じ。心無い言葉を吐いたことに苦しみ。それゆえに、よく調べ、よく考えるようになり。今では誰よりも賢くなった。
とある少女は、いつかの『やくそく』のために何度も泣いて。孤独に苦しんで。それでも、震えながらも歩みを止めなかった。そうして誰よりも強くなった。
「ゆえに――敢えて、問おう。おまえさんらは、今日まで何をしてきた?」
今日という日のために、少女たちがどれだけ頑張ったか。どれほど涙したか。
今日までに、何度、諦めそうになったか。何度、震える両足に喝を入れて歩いてきたか。おまえたちに、わかるか?
いや、それ以前に――
「誰かのために歯を食いしばって頑張っていた子を笑いにきたのじゃろう? だったら、『あの子』より歯を食いしばれ、簡単に諦めるな!」
泣いてでも立ち上がれよ、下郎!! と、そう怒鳴り。殴りつけ。
「ぶっ、ボっ、ぐぁッ! か、回復を――」
「ちなみに、アイテムで回復しようものなら、こちらも装備一式取り出して『獲りに行く』でな」
覚悟せよ、と。そう正面の男にニヤリと笑って釘を刺し。
背後や側面に回っては矢を放ち、「なんでだ、なんでだ、なんでだ!?」と喚くだけのもう一人は敢えて視界に入れていないよう振る舞いながら。
殴る。蹴る。投げる。打つ。
果たして、それで良い具合に剣を振るう男のHPが削れたのを【看破】で確認し。我らが作戦参謀が描いた戦略目標を完遂するために、二人の位置関係と放たれる矢の軌道を範囲知覚で確認。
放たれた矢が、アーツの発現によってだろう光を纏っているのを『視て』、
その推定ダメージ量と、目の前の剣を振るう男の残存HPとを見比べたうえで――
避ける。
結果、儂に避けられた矢は、『狙い違わず、相方だろう男』へと命中し。
そして、その一矢がトドメとなり。
男が一人、光となって消え。
残った男は――
頭上の三角錐を赤く染めたのだった。
次回、第二章完結。




