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おじーちゃん、『姫プレイ』なう!?  作者: 堀〇
第二章 全プレイヤーに先駆けて最強PKを攻略せよ!
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クエスト40 おじーちゃん、我慢できず『シンボル』を赤く染める

「――だからよぉ、言ってやったのよ。『おまえみたいなのにしか頼めないんだ、いつか迎えにくるから』って。そしたら、どーよ。あのクソ猫ってば、期待以上に頑張ってくれちゃってるみてーじゃん?」


「だなぁ。俺ら的には途中で誰かにぶっ殺されるか、≪掲示板≫に名前晒されて全プレイヤーに嫌われっかすると思ったんに、マジ期待ハズレ」




 ――それが、いくら断片的で、抽象的な言葉であっても。




「ははっ! でも、おかげで難なくPKKできるんだろ? それで称号ゲットできんだから良いんじゃね?」


「マジ、それな! その称号がありゃあ〈神官〉に就けるんだって≪掲示板≫に書いてあったし、超ありがてーじゃん」




 ――いくら儂がこの手のゲームに疎く、志保ちゃんなどとは比べようもなく愚鈍で世間知らずだったとしても。




「つーか、クラン『おとこぐみ』の狙いも称号それだろ? ……良いのか? 団長に黙って、抜け駆けするような真似して」


「ばっか、お前。なんのためにわざわざ件のPK『亡霊猫ファントム・キャット』様の正体教えたと思ってるの? ……言ったろ、あのクソ猫が必死に守ってる『秘密』――俺ら以外に誰も知らない、フィールドの最奥には『ダンジョン』があるってよ」


「あのなぁ、俺がなんのために〈探索者〉になってんのかわかんねーの? 要は、あのバケモンぶっ殺したら称号と貯め込んでんだろうアイテム奪ってダンジョン入りゃあ良いんだよ。で、『緊急回避』使えば誰にもバレねーってな!」


「おお! おめーら、あったまイイ!」




 ――それでも、あれだけ少女たちが断片ヒントをこぼしてくれたあとで。こうまで楽し気に、悪意ある言葉を嗤いながら口にして現れれば察せられる。




「ひひひ、そう思うんならそろそろ呼び出そうぜ? 『カーホ~ちゃ~ん、遊びましょ~!』ってな。あひゃひゃひゃ」


「ぶはっ! たしかに、さっさと呼び出して終わらせるか、っと。『カホちゃ~ん、迎えに来まちたよ~』」


「ちょっ、お前ら面白すぎ! そこは『待たせたな、カホちゃん! 約束を果たしにきた(キリッ)』だろ?」


 そもそもの話、ここ――『蒼碧の洞窟』にと称されるプレイヤーが居るとしたら、彼女しかありえず。本来であれば『誰も見たこともないはずの彼女』が潜んでいることを知る者が、他に居るはずもなく。『誰一人として生きて帰った者がいない存在』が潜むフィールドにおいて、緊張感も無く談笑しながら歩いて来る彼ら。


 少女がその身を削るようにして守り抜いた『秘密』を――ダンジョンや転移結晶のことを知っている彼らの、正体。


「……って、おい。あそこ、見ろよ」


「あン? クソ猫見つけ――って、おいおいおい、マジか。他のプレイヤーが居るじゃん」


「しかもダンジョンの『転移結晶』のまえって……くそっ! あの役立たずのバケモンが、まさか俺らより先に他のにやられたのか!?」


「あーぁ、称号無しかぁ。しかも≪掲示板≫に先に情報上げられてるしよぉ……クソったれ。根性見せろよ『脳みそお化け』が!」


 ……もっとも。折しもそんな声が『拾えた』のは、ちょうどダイチくんとの会話が佳境に入ったころで。おかげで激情が多少、青年にまで向いてしまったが……まぁ、ダイチくんに伝えたかったことは伝わった様子じゃから、そっちは良いとして。


「ほんと、それな。つーか、あのイケメンってどっかで――」


 あんなにも幼く、他人ひとを疑うことを知らない嘉穂ちゃんをPKとした者が居り。


 その者は、彼女が儂と同じく『からだ』を失くしていると知っていて。


 そんな少女『だからこそ』と騙り、この洞窟のなかに閉じ込めた。


「ああ、ありゃ迷宮攻略専門のクラン『薔薇園』のリーダーじゃね? その近くのチビは――」


 ――間違えようもない。


 あの無垢なる少女に『迎えに来る』と『約束』し。フィールド最奥の、未発見のダンジョンへの入り口があるという『秘密』を守るように言った。嘉穂ちゃんをPKとして、あたかも門番のごとく配置した輩の名前を、儂も聞いていた。


 そして、遠目に、連中の三角錐シンボルをクリックして確認し。そのうちの二人の名が、嘉穂ちゃんから聞いた『ひみつ』と『やくそく』を守るよう言ったものと一致して。


「ぶはっ! おいおい、あのガキ、例の『ファッションショー』やってた『姫プレイ』ちゃんじゃん。なになに、どーいう組み合わせ――って、こっち来た?」


「あン? ……えーと。お、お嬢さん? つかぬ事お聞きしますが、君はなんでこんなところに?」


 ゆえに――……嗚呼、どうして黙っていられよう。


「なっ!?」


「えっ!?」


 果たして、彼らがそんな驚愕の声をあげられたのは、儂が背中の『クラブシールドセット』で隠し。ほの光る鍾乳石で気づかせずに近づき、『チャージアックス』のエフェクト光を纏った斧槌を振り下ろした後で。


 しかし、それでも誰一人動けず。理解が追いつかず。


 ゆえに、その間に。振り下ろした斧槌を引き。一回転して、『ヘヴィ・ハンマー』と呟いて再びアーツを使用。さきの不意打ちでは殺すに至らなかったプレイヤーを追撃し、今度こそポリゴンの破片へと変えた。


「み、ミナセちゃん、なんで……」


 果たして、ダイチくんが目を丸くして見つめるさきで。儂の頭上の三角錐シンボルは、まるで返り血に染まるように赤くなっていき。


「お、おま、お前……! じょ、冗談じゃ済ませ――」


 儂が仲間を突然に殺した、と。そう思って顔色を変える、事前に【看破】で視た結果、『二番目に殺しやすそうな男』に――


「当然、冗談で済ますつもりは毛頭ない」


 平坦な声でそう返し。ようやく状況を理解しかけて緊張感を宿らせ始めている男たちを『視まわして』――『ポーチ』から取り出した『ケムリ玉』を地面に叩きつける。


「ンな!?」


「ちょっ、何で……!?」


 視界を煙が覆い。驚愕と混乱の声が四方から上がる、そのなかで。人知れず「知覚加速アクセル」と呟き、体感時間を加速。


 ひどく緩やかな時間の流れのなかで装備を変更。『シールドセット』と『クラブアーマー』の外装をしまい、昔の女児用水着を模した防御力皆無の格好――通称『旧式女児用競泳水着ネイキッド・スタイル』へと着替え、アーツ『ブーメラン・アックス』を起動。


 斧部分の刃先を輝かせる『デスティニー作特殊武装:斧槌』をブン投げて。〈戦士〉から〈商人〉へ転職ジョブチェンジ。素早く動かせるようになった両手で『ポーチ』に触れ、『ヌンチャク+1』を2つ取り出し、さきに斧槌を投げた相手ではない、儂の近くに居たプレイヤー二人――その足もとへと向けて、投げる。


 と、同時に『ブーメラン・アックス』を投げたプレイヤーへと駆け寄り。アーツの効果で命中と同時に手元に返ってきた斧槌を振り上げた両手で受け取り。再び、〈戦士〉へ転職ジョブチェンジ


 斧槌を振り下ろしながら、『ヘヴィ・ハンマー』を起動。槌の付いた方を下に、【槌術】のアーツ――『TPを消費することで指定の武器の重量を上げ、次の一撃の威力を上げる』効果をもつ、【槌術】レベル1で使えるようになったそれを『わけがわからない』と顔面いっぱいで叫んでいた男に叩きつけ。ポリゴンの破片と変えるのを確認するや、次の目標たる二人の立ち位置を『視て』。


 『ケムリ玉』によって遮られた視界で、そのまま振り下ろした斧槌が地面を叩く音に驚いてか、それとも足に絡まったヌンチャクで転倒することでようやく危機感を覚えたのか、遅まきながらも慌てだす男たち。それを範囲知覚で視ながら、慌てず、騒がず。最初から予定した通りの手順で、順番に、【斧術】レベル7で使えるようになった『TPを消費して次の一撃の威力を上げる。また、攻撃が当たった瞬間に手元に戻ってくる』効果を持つ、斧を投擲攻撃することで真価を発揮するアーツ――『ブーメラン・アックス』を使用。


 煙のなかでどうにか立ち上がろうと慌てふためく二人のうちの、『柔らかそうな方』の男に武器を投擲。そして、〈商人〉に転職してその敏捷値の高さで接敵し、〈戦士〉の器用値と筋力値でもって『ヘヴィ・ハンマー』の効果によって『重くなった』斧槌を掴み、振り下ろす。


 果たして、それで三人目もポリゴンの破片へと変えたら、また『ブーメラン・アックス』で投げ。〈商人〉で近付いて、〈戦士〉の攻撃力で『ヘヴィ・ハンマー』、と。そこまでは一緒で、しかし、四人目の男は『比較的硬かった』ゆえに、それだけでは教会送りといかず。


 それでも、予め【看破】にて『職種』から装備の質まで把握し、計算したうえで行動していたために慌てず。即座に追撃として『グランド・バースト』――【槌術】のレベル7で使えるようになった『TPを消費し、次の一撃の威力を上げる。また、周囲一帯に衝撃波を放つ』効果をもつアーツ――を使用。もはや命の危機に醜く歪んでいた男の顔面を狙って殴打し、粉砕。光に変えるや、さっさと『クラブアーマー』を装備し直し――ここでようやく体感時間の操作をやめて、すっかり薄れ始めていた煙をアーツの効果によって発生した衝撃波で吹き飛ばす。


「な……!? お、おい、嘘だろ……?」


「い、一瞬で、四人、やられた……?」


 さて、残るは二人か、と。驚愕に固まる男たちに顔を向ければ、連中は未だに装備すら取り出しておらず。これならば、残りわずかとなってしまったTPと蓄積疲労でふらつきそうな体でもどうにかなる――


「はい、そこまでー」


 ――と、ここにきてダイチくんに静止を促され。逡巡する間もわずかに、範囲知覚で『視た』青年が、今にも武器を取り出して駆け寄ってでも止めに来るつもりなのを察し、舌打ちを一つ。


 見るからに不本意そうに武器をしまい、仕方なく彼のもとへとゆっくりと近づくことに。


「くっ! お、おい、お前! お前はクラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』の――」


「きみたちは、クラン『漁業協同組合・おとこ組』のメンバーだよね?」


 果たして、そこで何故か強気になって凄む二人に、ダイチくん。柔和な笑みを受かべて「これから来るきみたちのお仲間に伝言をよろしく」と。噂のPK『亡霊猫ファントム・キャット』は僕たちが攻略したから、お帰りください、などと傍らの儂からしても挑発しているような、ある種、場違いとも言える爽やかスマイルでの言葉に、連中は一気に逆上。


 顔を真っ赤にして怒鳴りつけようとする二人は、


「失せろ、三下」


 そう、出来うる限りの低い声で儂が告げ、いつでも武装を取り出せることを示すように威圧することで黙り込み。


「――ッ! く、くそ……!」


「この……! お、覚えてやがれ!!」


 連中は儂からのプレッシャーにか、それとも微笑しながらも密かに臨戦態勢となっている青年に怖気づいたのか。二人はなんとも分かりやすい捨て台詞を残して立ち去った。


 ……ふむ。『視た』ところ、重心や姿勢などからして、こやつらの対応次第ではダイチくんまで剣を抜きそうとあって、彼にまかり間違ってもPKをさせるわけにもいかんゆえ地味に緊張していたが、どうにかなったようじゃな。


 ふぅ、と。残された儂らは、どちらからともかくため息を吐き。ちらり、儂のことを見て「はい、ミナセちゃん。こっち」と、少しまえまで並んで座っていた広場の壁際に座り込んで隣に着くことを促すダイチくん。……けっきょく、最後まで儂の凶行を容認し、邪魔をするでもなく。今の儂を討てば称号を得られるというのに『そんなつもりは無い』と体現するように自然に振る舞うのぅ。


「……ふむ。まぁ、これである程度時間を稼げたろうし。ちょっと向こうまでレベル上げをしに行かんか?」


「うん、そうだね――って、簡単に流して良い状況じゃないよね!? 説明! ミナセちゃんには説明責任があるとお兄さんは思うよ!?」


 なんでいきなりPKなの!? それで、どうしてそんなに余裕なの!? と、叫ぶように問いかける青年に「どーどー」と両手のひらを向けて落ち着くよう示し。とりあえず、戦闘用にセットしていた【スキル】を待機用のもの――【強化:筋力Lv.1】、【収納術Lv.5】、【暗視Lv.3】、【聞き耳Lv.3】、【直感Lv.1】に変更。『職種』を〈運び屋〉に、『副職』を〈狩人〉にして、いつでも【潜伏】を取得できるよう準備しながら、「さて。どこから説明したものか」と思案していると、


「――うん、説明責任それね。私的には主人公くんにもあると思うなぁ」


 ここで、先ほどダンジョン内へと姉と二人で消えていった志保ちゃんが帰って来て。ちらり、儂の頭上の三角錐シンボルが赤く染まっているのを目にして、わずかに眉間に皺を刻み。睨むようにダイチくんへと視線を向けて言った。


「あのね、主人公くん? 私がお姉ちゃんにちょっと仮眠をとるよう言い聞かせながら≪掲示板≫と他所のSNSなんかの書き込みを精査して、お姉ちゃんにPKなんてさせてくれやがった野郎くそどもを『社会的に』PKしようと思ってダンジョンにこもった数分で、どうしてミナセさんのシンボルが赤くなっていたり、『あの大手クランのリーダーが姫プレイちゃんに篭絡された件について』や『主人公ロリコン疑惑』なんてスレが建っているんですか?」


 挙句に、【速報!】蒼碧の洞窟で姫プレイ野郎にPKされた件【亡霊猫の正体判明】なんてスレまで建ってんですが? どういうこと? 保護者、何やってんの? と、一見して無表情のようなジト目で告げるエルフ少女に、「なにそれ、ちょっと待って!?」と慌てて立ち上がって弁明するダイチくん。


「えっと……とりあえず言えるのは、僕は小児性愛者ロリコンじゃないから!! て言うか、何でそんな僕を狙ったスレタイが!?」


 ……まぁ、現状、儂に嘉穂ちゃんと言った見た目一桁女児のアバターのプレイヤーと、実際に十二歳さいねんしょう相応の外見をした志保ちゃんの三人だけと一緒に『洞窟最奥こんなところ』に居るわけで。悪意ある第三者から見れば、三人の女児を人気のないところに連れ込む変態に見えないこともない、か?


「とにかく、内容とスレを建てたプレイヤーネームを見た感じ、ミナセさんがPKした四人のうちの誰かだろうとは思うのですが……」


 そもそも、何故いきなりPKを? と、そう問いかける志保ちゃんと、「僕もそれを訊こうとしてたんだ」と言って少女の側に立ってこちらを窺い見るダイチくん。


 対して、儂はため息を一つ。あまり気分の良い話ではないが、と断ったうえで先ほど対峙した六人――そのうちの二人が、嘉穂ちゃんがPKとなった原因にして『約束の相手』であり。彼らが直前に交わしていた会話内容から、どうやら称号目当てに連中が『亡霊猫ファントム・キャット』を討伐しようとここまで来たらしいこと。


 そして、どこまでも呑気に『迎えに来た』と呼びかけ。嘉穂ちゃんのことを哂い、『クソ猫』と呼び、『脳みそお化け』などと称したことを告げるや、あからさまに二人の表情は変化し。そんな連中の態度や言葉に、つい、カッとなってやりました、と。そう素直に話せば、志保ちゃんは親指を立てて見せ、青年は頭を抱えてうずくまった。


「……いや。うん。き、気持ちはわかるよ? でもさ。『報連相ほうれんそう』は大事っていうか……なんでそれで僕を貶めるようなスレが建つことに?」


 ふむ。それはまぁ……正直、スマンかったのぅ。


「そんなことより、主人公くん。これから件の負け犬二人に泣き付かれたクラン『漁業協同組合・おとこ組』の精鋭が、下手したらミナセさんを討伐しに大挙としてやってくるかも知れないんです」


 その対処について、話し合いましょう、と。さっさと気落ちする青年に提案するエルフ少女の、なんと頼りになることか。


「……ふむ。こうなれば、いっそその『おとこ組』とやらと一戦交えて追い返すか?」


 その場合、クラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』を抜けるべきか? と、そう思案顔で呟けば、「いやいやいや」と団長殿は手のひらを左右に振って否定の意を示しつつ、


「あのね、ミナセちゃん……わかってる? 今のミナセちゃん、傍目には『倒すと称号が手に入るユニークモンスター』扱いでもおかしくないんだよ?」


 危ないんだよ、と。そんな儂からしたら今さらなことを至極真面目に、真剣に、親身になって心配しているというのがわかる顔で彼は言い。


「ふむ。では、そんなお荷物である儂が『おまえさんのクランに迷惑をかけたくないゆえ、脱退する』。『じゃから、もう放っておいて良い』と言ったら、どうする?」


「え? そんなの勿論、許さないけど?」


 なにを当たり前なことを、と。そう言いたげな顔で応える青年に笑いかけ、「ならば問題は無いの」と殊更に軽く言って返し。


「こちらには『主人公ヒーロー』に『美少女ヒロイン』はおろか、希代の『脚本家シナリオ・ライター』までついておるでな。たとえ、すべてのプレイヤーを敵に回したとして、こちらにはこれほど心強い味方が居るんじゃ」


 ゆえに、不安に思うだけ無駄というものじゃろう? と、そう冗談めかして告げれば、二人は顔を見合わせ。志保ちゃんはため息を吐き、ダイチくんは苦笑して肩をすくめ、


「とりあえず、今回の戦略目標を決めましょう」


「だね」


 果たして、儂らは話し合う。


 そして、「あ。せっかくなら、ちょっと、そこのダンジョンに潜ってみない?」と、いつになくワクワクとした顔で告げる青年に、エルフ少女が絶対零度の視線を向けて諦めさせたりといったこともしつつ――ふと、今の、HP全損がすなわち『ミナセ』というキャラクターの死亡という状況を思い。


「よし! じゃあ、この件が上手く片付いたら、嘉穂ちゃんも誘って挑戦しようね!」


「……ああ、これだから廃人は」


 三人で話し合う傍らで、下手をすれば、このあとの展開次第で『ミナセ』というキャラクターデータを失う可能性もある、と。最悪の場合は、ダンジョンへの転移結晶に触れて立てこもることもできるが……果たして、そのさきに未来はあるのか、と。


 先ほどの六人相手には不意をつくような戦闘であったからともかく。逆に、嘉穂ちゃん相手に攻めあぐね、削り切られて七人中四人を教会送りとされたように……儂だっていつ呆気なく、予想外なほど簡単に、HPを全損させられてしまうかも知れない。


 ……あのとき、突発的にじゃが、男たちを襲ってしまったことに後悔はない。連中の顔を、声を、あれ以上あの場で我慢し続けてなど居られなかったし、なにかの拍子にダンジョンから出てきた嘉穂ちゃんが彼らに出会っていたら、と思えばこそ最短最速での排除が一番だと今でも思っている。


 ゆえに、こうしてシンボルを赤くしたことに後悔はない。


 しかし、それがイコールで『ミナセ』を失って良いという理由にはならない。


 あの日、小春に言われるがまま、美晴ちゃんの御守りとして始めたAFOは――『ミナセ』は、すでに失って良いデータではない。『ミナセ』というアバターを介して繋がった絆を失いたくない。今日までに知り合ったNPCとの日々を失くしたくない。


 だから、正直に言って……怖い。


 失うのが怖い。死ぬのが怖い。


 失くしたくない――そういった『執着』を再び思いださせてくれた世界に感謝をしながら。


 すべては、『これまで』に支えられて。みんなとの『これから』を願って。


 今は、話し合いを――




「ねぇ、『それ』……カホにやらせて」




 その言葉、その声に。誰もが彼女の――ダンジョンで休んでいたはずの嘉穂ちゃんの出現に、気づくのが遅れた、と顔をしかめ。


「い、いや、だけど……! この『役』は――」


「やらせて」


 どこから聞かれていたのか。少女は儂の顔と、頭上に浮かず三角錐シンボルとを見て、硬い表情のままに告げる。


「カホに、やらせてください」


 そう静かに、頑なに、頭を下げて乞う少女に……けっきょく、儂らは折れて。


 本当なら、彼女のことを隠し通すことも視野に入れて練られていた当初の計画は変更され。疲労困憊でふらつく黒猫幼女もが『配役』を賜ることになり。


 そして――ついには、開演となる。


「――よお。まずは、はじめまして、と。一応は挨拶から入らせてもらうぜ」。


 そう声をかけ、登場した、海辺の街キルケーを拠点とする2大クランの片翼――『漁業協同組合・おとこ組』の代表リーダー、『ダストン親方』という名前のプレイヤーと。その背後に集う『亡霊猫ファントム・キャット』討伐を目標とする三十人以上のプレイヤーを睥睨し、思う。


 ……さて、どこまで志保ちゃんの描いた『作戦シナリオ』通りに進められるかのぅ、と。戦闘をまえにした高揚感より何より、希代の策略家シナリオ・ライターの紡いだ運命の糸の、その末尾に待ち受ける容赦の無さに儂は内心で冷や汗を流し。手の中の斧槌を握り直して気合を入れ直すのであった。


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