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おじーちゃん、『姫プレイ』なう!?  作者: 堀〇
第二章 全プレイヤーに先駆けて最強PKを攻略せよ!
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クエスト39 おじーちゃん、青年に『おにいちゃん』と感謝を告げる

 誰よりも他人のために、と一生懸命だった少女は――ある日、とあるプレイヤーに『ひみつ』を守るよう願われ、『やくそく』した。


 その結果、少女は孤独になり。暗がりを恐れ、人知れず涙し。脳の疲労に意識を朦朧とさせながら――それでも、『ひみつ』と『やくそく』を胸に、ひたむきに努力し続けた。


 ……そんな、他人に尽くすことを第一とする純粋な彼女だったからこそ、誰も彼もを敵に回して。『ひみつ』を守り、『やくそく』を守り、そうして最強のPKであり続けた。


 ゆえに――賢女いもうとは、笑う。嗤う。哂う。


「……ずっと、不思議だったんですよ。どうして、よりにもよってお姉ちゃんだったんだろう、って。なんで、お姉ちゃんは『通せんぼう』みたいなことをしてたんだろう、って」


 口もとを無理やり引き裂くように。辛うじて笑顔のようなものに見える表情をつくって、


「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは、もしかしてその『約束』の相手に、自分のこと――『からだ』を失くしてる、とかってバレてた?」


 そう静かに、笑顔もどきの表情を傾げて問う志保ちゃんは――……正直、かなり怖かった。


 それこそ、問われた姉が「ぅえ!? う、うん」と、はっきりと怯えを顔に出すぐらいには傍目にも恐怖を呼び覚ます形相だった。


「へぇ。そっかー。やっぱり、そうなんだー」


 あははははー、と。少女は、笑う。目元を一切細めることなく、口を限界まで横に伸ばすようにして、ただ淡々とした笑い声のような何かを響かせて嗤う。


「あははー。ねぇ、お姉ちゃん? もしかして、その連中は『いつか一緒に挑もう!』とか『あとで迎えに来る』みたいなこと言ってた? 『ブラックリスト』の仕様で、シンボルを見られたら『通せんぼう』できないから姿を見せるな、とか言われてたー?」


 そんな少女をまえに、「ああ、また志保ちゃんがブチギレとるなぁ……」と遠い目になっている儂などマシな方で。志保ちゃんの豹変ぶりにダイチくんはまたも完全にドン引きした様子で固まり。まるでガラス玉のように感情の色が一切無くなった瞳を向けられた嘉穂ちゃんなどはすっかり頭上の耳をペタリと下げ、足の間に尻尾を挟んで怯え震えていた。


「え、え、え……? な、なんで……カホの記憶、見れるの?」


「ふふふ、まさかー。ただの推理だからー」


 ビクビクしながら窺い見るように問う子猫と、『にたにた』と笑いながら背後に般若の面を浮かばせるエルフ少女。……志保ちゃんが一体何にそこまで激怒しているのかは儂にもよくわからんが、それでもここまでの付き合いで彼女が怒る理由は『誰かのため』――今回で言えば、見るからにふらつき、無理しているのがわかる姉のために怒っているのだろう。


 ゆえに、彼女は件の『やくそく』を交わした相手の名前を笑顔で訊きだすと、「ほら、お姉ちゃん。とりあえず、ダンジョンのなかで少し休もう」と殊更に優し気な声音で告げ。そんな妹に、ガタガタと怯え震える姉を妹が引きずるようにして連れていき。転移結晶に触れて二人が光となって姿を消すのを儂らは黙って見送った。


 ……おそらくは直前の言葉の通り、ダンジョンに入ってすぐの安全地帯セーフティゾーンに行って、そこで嘉穂ちゃんを休ませるつもりなのじゃろう。


 そして、そうであるのなら儂らが邪魔するわけにもいかん、か。


「えーと……。ぼ、僕たちは付いて行かない方が良い、の、かな?」


 果たして、そう歯切れ悪く、苦笑しながら訊くダイチくんに肩をすくめ。「まぁ、二人きりを所望らしいからのぅ」と返して、双子の残したなんとも言えない空気を払拭しようと「そう言えば」と、儂も青年にさっそく話題を振ることに。


「美晴ちゃんはデスペナとお昼が近いと言うのでいったんログアウトしたが、ローズやカネガサキさんはどうしたんじゃ?」


「あー、うん。そう言えば、話すタイミングが無かったね」


 ダイチくん曰く、AFOの最後に登録した冒険者ギルドのある街の教会が復活場所ということで、ローズ、カネガサキさん、ドークスの三人は迷宮都市エーオースの教会で復活し。……そして、美晴ちゃんだけは、その仕様から一人だけ教会を別にしていたようじゃったが、それはさておき。


 三人は美晴ちゃんと同じくデスペナを理由に再度の『蒼碧の洞窟』への突入を断念し、ダイチくんが『作戦成功』を伝えたことで『せっかく超時間のログイン用のデバイスを使ったんだから残り時間を有効に使いたい』と。ステータス半減の【虚弱】状態でありながら称号【七色の輝きを宿す者】取得を目指して動き回るというカネガサキさんとドークスに、ローズは付き合わされる形で同行することになったらしい。


 ――と、ここまでが嘉穂ちゃんとの戦闘終了後すぐの会話で。その後で儂からもたらされた『副職』の情報から、三人は本気で称号と〈職〉の合計50レベル以上を目指すことにしたのだそうで。


 加えて、三人からはちゃっかり、最強のPK『亡霊猫ファントム・キャット』こと嘉穂ちゃんをしっかりとクラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』へ入れるよう勧誘して来い、と。可能そうなら、一緒にモンスターを狩りまくって『カルマ』の値を下げ、シンボルを青くして来い、とまで言われたそうな。


「ああ、そう言えば、一度PKに――シンボルが赤くなったプレイヤーでもモンスターを討伐し続ければ青くできるんじゃったか」


 言われて思い出した。たしかに、AFOを再開してすぐに確認した運営からのメッセージにそんな仕様の説明があったな、と。儂はもう、半ばこの洞窟内で嘉穂ちゃんと隠れて住んでしまおうか、と考えておったが……なるほど、シンボルを青くできるのであれば、それに越したことはない、か。


「と言っても、一度、シンボルを赤くしてしまったプレイヤーを青に戻すのに、いったいどれだけのモンスターを狩らないといけないのかは分かんない、って話だけどね」


 そう肩をすくめて告げる青年は、しかし可能性さえあれば助力は惜しまない、と。助けを必要とする少女を彼が見捨てるなどありえないと信じさせる雰囲気を宿し、微笑む彼は、本当に――


「ダイチくんは、根っからの『主人公』体質じゃのぅ……」


 思わず、そう瞳を細めて告げれば、青年は苦笑し。……そっと、視線を逸らしてから、口を開いた。


「……僕はさ、その『主人公』っていうのが嫌いなんだ」


 ゆっくりと洞窟の最奥へ歩いて行き。壁に背を預けて、そのままズルズルと引きずるようにして座り込むダイチくん。


「僕にはローズが――河豚ふぐ・A・ローゼンクロイツが居るのは、ミナセちゃんも知ってるよね?」


 よもや気分を害させてしまったか、と。眉根を寄せて申し訳なそうな顔を向ける儂に青年は苦笑し。ぽんぽん、と隣に座るよう軽く地面を叩いて促して。


 それに素直に従い、その隣に座す儂に微笑を向け、


「じつは――なんて、勿体ぶるほど秘密ってわけでもないし。僕のことを検索エンジンにかけて調べれば簡単にわかるぐらいには有名なことなんだけどさ。僕と妹の河豚には、もう死んでしまった弟が居たんだ」


 静かに。そして、どこまでも優しく微笑んで彼は語る。


「たぶん、ミナセちゃんがそうだったように。あるいは、嘉穂ちゃんもそうなのかも知れないけど……弟の蒼穹そらは生まれつき体が弱くてね」


 両親なんかは割と早い段階で余命の宣告を受けてたみたいなんだけど、当時の僕らは子供で……。当然、教えてもらっていなかった。


 だから、というわけじゃない。『余命』を知っているかどうかが理由じゃない。


 ただ、僕はお兄ちゃんで。ただ、僕は弟にはカッコいいお兄ちゃんでいたかった、と。ダイチくんは語る。


「……僕は子供で。出来ることにはいつだって限りがあって。それでも、ほかのことよりちょっとだけゲームが得意で。弟もVRのなかでなら元気に遊べて」


 だから僕は、そんな『ほかに比べて少しはマシ』程度の実力だったけど、VRゲームで目立つことにした。


 ジャンルも有名無名を問わずに、目につく端から大会やイベントに参加して。景品とか賞金とか関係無く、ただ弟に自慢したかった――……いや、違うか。VRゲームなら蒼穹も応援に来れたりできたから、さ。だから何度も何度も、いろんな大会に出て頑張った。


「……ね、子供でしょ?」


 そう笑う青年は、とても優しい顔で。これまではその微笑を『主人公ヒーロー』のようだと思っていたが……なるほど、これは『お兄ちゃん』の笑顔だったのか。


「それで、まぁ。気付いたら一端のゲーマーになっててさ。動機は、さっきも言った通り大したものじゃなかったし。実力だって、どう贔屓目に言ったって『クラスで1番になれるかどうか』みたいなものだったけど」


 でも、僕はカッコいい自分を弟に見せたくて。


 蒼穹そらが誇れるお兄ちゃんでありたくて。


「そのうちに、さ。小さな大会とかでなら良いところまで行けるようになってさ。子供ながらに、だんだんと上手くなっていってたみたいで。本当に徐々にだけど上位に名を残せるようになっていって……。ついには、優勝なんかもできるようになってさ」


 それを弟が喜んでくれた。誇ってくれた。


 そのことが嬉しくて。そんな自分が誇らしくて。


「本当にちょっとずつだけど上手くなっていったんだ。……階段を一段一段昇ってくみたいに、ちょっとずつ。大した才能も、物語に出てくる『それこそ主人公のような』特別な理由も無くて。ただただ、子供ながらに頑張っていただけなんだ」


 それなのに、と。ダイチくんは表情から笑みを消し、視線を天上へと向けて眉間に皺を刻んで、


「僕は有名になっていった。そうなるように頑張って、子供ながらに必死に努力して、だ。決して、僕が『主人公のような人間だから』じゃない」


 ため息を一つ。だんだんと張り詰めさせていった雰囲気をその吐息で吹き消すようにして、青年は自嘲するような力ない笑みを浮かべて言葉を継ぐ。


「……あれは、とある大会の決勝戦だった。弟は僕に心配をかけたくなくて。僕に優勝してほしくて。僕に頑張れって言って――……両親に看取られて逝ったそうだよ」


 ははは、と。それは思わず漏れてしまったというような乾いた笑い声で。見れば、眉根を寄せて、今にも泣き出してしまいそうな顔で、ダイチくんは笑っていた。


「可笑しいよね。僕が望んだ通りに、僕は有名になった。弟が望んだ通りに僕は優勝した。……笑っちゃうよ。僕は、そのときの優勝コメントで、よくある質問の『この優勝を伝えたい人は?』って聞かれてさ。僕は馬鹿みたいな誇らしげな顔で言ったんだ。『病気の弟に!』って」


 その弟は、もう――目覚めることのない眠りについていたのに。一番見せたかった相手は、もう居なかったのに。


 そして、そのことを聞きつけた報道関係の人に『まるで主人公のようだ』ってさ。……笑っちゃうよ。そうさ、自業自得さ。自分で招いた当然の帰結さ。


 誰だって――それこそ僕自身ですら、他人事なら思うよ。『病気の弟のために頑張る兄』と『兄のために死期を悟っていても口止めし続けていた弟』なんてね。……まるで『物語』だ。成功者の僕は、それこそ『主人公みたいだ』ってね。


「……でも、さ。僕にとっては、ただ『物語』を盛り上げるための悲劇スパイスじゃないんだ。『主人公』を引き立たせるために蒼穹が病気になったわけでも、最期のときまで頑張って生きていたわけでもない」


 僕は、『主人公』なんかじゃないんだ、と。そう血を吐くようにして告げる青年に、


「――だから、儂らを助けようとした、と?」


 ため息とともに問いかける。


「おおかた、亡くなった弟に誇れる兄であり続けたいから、といった理由か。……それで、困って、助けを求める者には無償で手を貸すようにしていた、と」


 こちらを向くダイチくんを『視つつ』、天上を睨むようにして決して顔を向けないよう努めながら問う儂に「……ちょっと、違うかな」と、青年は自嘲の色をより濃くして告げる。


「僕はね、『誇れるお兄ちゃんでいたい』――それはあってるけど、その相手は何も天国にいる弟にだけじゃないんだ」


 果たして彼は、儂がそうするように天井へと顔を向け。


「あの日……弟が亡くなって、葬式をして。それで両親と話すときになって言われたんだ。『お前はそんなもののために弟の死に目に立ちあわなかったのか』って」


 もともと、両親は僕がゲームの大会に出るのを反対していた。……いつまでもゲーム『なんか』をし続ける僕のことをよく思っていなかった。


 だから、いつもは弟の存在そのものを忘れ、無視して。今回はたまたま死に目に会えただけの、いつもは決して会いに行こうとすらしていなかった両親かれらは、言った。


「こんな猿山の大将となって有頂天になっている暇があるんなら、我が家のために――『ローゼンクロイツ家』のために勉強をしろ、ってね。父なんて僕の目の前で、あの日の優勝トロフィーを床に叩きつけて砕いちゃってさ」


 僕が『優勝それ』を手にするために、どれだけ苦労したのかも知らずに。……知ろうともせずに。


 だけど……そのときの僕には、両親かれらの言葉の方が正しく思えた。


 『こんなものの』ために、弟の最後を看取ることができなかった、と。『こんなものの』のせいで、僕は弟の死を単なる見世物の1シーンのごとき扱いに貶めてしまった、と。……そう思ったら、何も反論なんてできなくて。きっと、そのままだったら……僕は『ここ』には居なかった。


「……だけど、あの夜。僕の部屋に、あの子は来た」


 それは昼間見た格好のままで。よく見れば、手には包帯まで巻いて。


 あの子は――妹の河豚ふぐは、父さんが叩きつけて砕いたはずのトロフィーを持って、現れた。


「……それを見てさ。なんて言っちゃったのか、覚えてないんだけど……僕、怒鳴っちゃったんだ」


 たぶん、なにしてるんだ、とか。おまえは弟が危なかったことを知っていて黙っていたのか、みたいなことを責めたんだと思う。


 それで、彼女が持ってきトロフィーを取り上げて。今度は僕自身の手で床に叩きつけようとした。


「でも――出来なかった。だって、そのトロフィーを取り上げようってしたら、簡単に取っ手が取れちゃったんだ」


 それで、気づいた。


 それまで部屋が真っ暗で、目の前のことすらよく見えてなかったせいで気づくのが遅れた。


「そのトロフィーは、妹が不器用ながらも必死で直そうとしたもので……。よくよく見れば、継ぎ接ぎだらけで。おまけに、血の跡みたいな汚れもあってさ……。ああ、僕は何をしてるんだろう、って。僕が壊したのに、なぜかあの子が『ごめんなさい、ごめんなさい』って泣きながら謝ってるのを見てさ。やっと、気づけたんだ……」


 ああ、そうだ。僕はいつだって弟のために頑張ってきたつもりだったけど――そこには、いつだって妹の声援があった、ってね。


「それで、あの子に訊いたんだ。『どうして、こんなことを?』って。それになんて答えたと思う?」


 だって、『これ』はお兄さまが蒼穹あのこのためにとったものだから。……いつか天国で蒼穹あのこに見せてあげるものだから、って。


 そして――


「『これは、蒼穹あのこが最後の最後まで見たがったもので。お兄さまが見せようと頑張ったものですから』って。……うん。あれは効いたなぁ。もう、本当に…………あのとき、『はじめて』弟のために泣けたよ」


 それまで、ずっと呆然としてて。心がまだ、現実を受け止められてなくて。


 だけど、弟は死んだ。そのことをようやく、思い知った。……それで、悲しむことができて。ようやく泣くことができた。


「だから、僕が今、『ここ』に――ゲームをし続けていられるのは、妹のおかげで。あの子があの日、砕けて散るはずだった、僕のゲームへの想いを必死にくっつけて直してくれたおかげ」


 だから、僕は誇れるお兄ちゃんになろうとしている。


 天国で見ているだろう弟と、ずっと僕のことを見続けてくれた妹のために、と。ダイチくんは微笑んで告げる。


 ゆえに――


「ふむ。それがゆえに『ローズ』の『箱庭ガーデン』を『護るもの(キーパー)』で『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』、か」


 てっきり、姓である『薔薇十字ローゼンクロイツ』の方からの引用かと思ったが、違ったか。……いや、ローズが自身の本名を嫌って姓の方を引用して呼ばせているのだから、そこまで間違いというわけでもないし、彼の本名を知るものからすれば『そう誤解してもおかしくない』という計算の下、付けたクランの名前じゃろうが。


「あはは……。やっぱり、シスコンだと笑うかい?」


 そう苦笑する彼に、儂は「まさか」と首を左右に振って返し。


「クランのことや、おまえさんがゲームを続ける理由はともかく……なるほど、おまえさんが『主人公』と呼ばれるのを嫌う理由はわかった。そして、そのうえで言ってやろう。あの志保ちゃんが、そんな『調べれば簡単にわかりそうなこと』を知らないとでも?」


 眉間の皺を深くし。いったん、瞳を閉じて、もう一度内心の激情を吐息に代えてから。




「――馬鹿にするなよ、主人公ヒーロー。おまえさんこそ、いつまで悲劇の主人公ぶって『いじけて』いるつもりじゃ」




 そう言って、立ち上がり。


 対して、隣で呆然とこちらを見上げる青年を見下ろして、


「敢えて言おう。おまえさんの過去など知ったことか、と。おまえさんの『物語』の『悲劇』など知ったことか、と」


 そして、


「儂らはおまえさんの『物語かつやく』を引き立たせる『脇役ヒロイン』ではない。ゆえに、儂らの『悲劇なやみ』は『主人公おまえさん』のためではない」


 こつん、と。青年の額に自分の額を合わせて。限りなく近くから彼の戸惑いを宿す瞳を睨みつけて、


「ゆえに、勘違いするな。誇れ。胸を張れ。儂らはただ『ありがとう』と、感謝を込めておまえさんを『主人公』と称している」


 まぁ、ふざけたり、茶化したりで呼んだりもしようが。それでも、儂らはおまえさんに――ダイチくんの嫌う『主人公らしさ』に惹かれた。助けられた。感謝した。


 その気持ちを受け取ってほしい。過去の、ただ話題性ややっかみのために『主人公』と称した者たちと一緒にしないでほしい。


「おまえさんが努力し続けてきたことを――さすがにローズには及ばんじゃろうが、儂らだって多少は知っておる。ゆえに、もう一度言おう。胸を張れ、主人公ヒーロー。ダイチくんがダイチくんだったから、儂らは助けられた」


 カッコよかったぞ、『主人公おにいちゃん』と、そう言って微笑み。


 その言葉。儂の想いを受けて、青年は呆然として――その頬を、一筋の涙が過った。


「はは……! なんだよ、それ。お兄ちゃん、て。カッコよかった、って、そんな……。そんなこと言われちゃったら、また……。もう、ロリコンになっちゃいそうだよ……」


 青年は、そう笑って。


 笑っているから、肩を震わせて。


 そんな彼の額に額を当てたまま瞳を閉じて。


 ただただ、想いの雫をこぼす彼の頭を優しく撫でて。


 そして、




 ――……嗚呼。もう、我慢の限界じゃな、と。密かに嘆息する。




[ただいまの行動経験値により【聞き耳】のレベルが上がりました]


 ふと、視界隅を流れたインフォメーション。それを契機として、『スキル設定』を変更。


 それから、




「――【速報】主人公、ついに幼女に手をだす【KISS】!!」




 つい今しがた洞窟の最奥に辿り着いた第三者のそんな台詞に、ダイチくんは真横に弾き飛ばされるようにして跳び退り。それから慌てて「いや、違っ!? ご、誤解だ……!!」と、指さし囃し立てる男たちに迫る。


 対して儂は、「……なるほど、傍目にはそう見えるのか」と。ただ淡々と呟き。表情から感情の色をそぎ落とし。そして、密かに準備を――これまで嘉穂ちゃんに任せるがまま、ただついて来るがままだったがためにしまっていた装備一式を取り出して。


「そ、そもそも、AFOでキスなんて無理だから! 一発でハラスメント防止機構に抵触してBANされるから!!」


「つっても、こんなフィールドの奥に連れ込んで至近距離で見つめあうとかさぁ。その時点でアウトじゃね?」


「つか、相手の子の外見アバター見ろよ! あれ、幼過ぎってか真性のロリコン確定でしょwww」


「――あ! あの子、アレだ! ほら、ちょっとまえに≪掲示板≫で面白ファッションショーしてた!」


 一歩、二歩、三歩。こちらににやけ面を向ける男のなかで『一番殺しやすそうな』男のまえに立って、


「おっ? チビっ子もなんか言いたいこと――」


 それこそ内側で荒れ狂う感情を無暗に発しないように苦労しながら、にこり、と。


「ふむ。はじめまして、お客さま。それから――」


 おそらくは外見相応の、幼くも華憐に見えるだろう笑顔を浮かべ、


「――あらためまして、儂は二代目・・・亡霊猫ファントム・キャット』じゃ」


 そう名乗り、


 そして――






 儂は躊躇なく――頭上の三角錐シンボルを赤く染めるのであった。



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