チュートリアル 子猫の慟哭
ぜったい、面白いから。
そんな言葉に惹かれて始めたAFOだったけど、今はもう……正直、面白くない。
それでも最初は、お姉さんの言葉通りに面白かった。
これまでずっとオフラインのゲームしかしてなかったから、NPCじゃない、中に他人がいるプレイヤーのことが怖かったりもしたけど。でも、カホみたいな小さな子のプレイヤーは珍しいみたいで、いろんな人がカホに話しかけてくれた。いろんなことを教えてくれた。
たまたま選んだ場所が海辺の街で、最初に選んだのが〈戦士〉で『練習用武器:短剣』だったけど……モンスターが思ったよりリアルで、近づくのが怖くなって。相談したら〈狩人〉を勧められて。弓を使うようになったけど、あんまりキルケー周辺のモンスターには弓矢が有効じゃなくって。
カホに話しかけてくれた人は別の場所にあるダンジョンに一緒に行こう、って誘ってくれたけど……カホはキルケーというか海があるここが好きになってたからお断りして。キルケーにずっと居るのなら〈漁師〉になって槍を使う方が良いよ、と言われて……それからずっとカホは〈漁師〉。
疲れたらログアウトして休んでたけど、それでも『普通の人』よりたくさんの時間をログインしていたからレベルだけはそれなりに高くなってて。ずっとAFOのなかにいたわけじゃなかったけど、他の人よりたくさんの時間、いろんな人とパーティを組んでレベル上げをしていたからか、
――ある日、カホが『からだ』を失くしていることに気づかれちゃった。
もしかしたら、彼らは冗談のつもりだったのかも知れないし。ただ『なんとなく』で言っただけの、カホが否定すると思っての言葉だったのかも知れない。
だけど、そんな『なんとなく』の言葉をカホは否定できなかった。
だから、その『なんとなく』は真実になった。
そして、そのことで避けられると思っていたカホに、彼らは言った。
そんなカホちゃんにしか頼めないことがあるんだけど、と。そう言ってもらえた。カホみたいな子を頼ってくれた。それが嬉しくて、カホは彼らの願いをきいた。
それは、『蒼碧の洞窟』の奥にあった『ひみつ』を守ってほしい、って。そのために『洞窟』に訪れるプレイヤーを全員殺して欲しい、って。
AFOには『ブラックリスト』というものがあり。……説明してもくれたけど、カホは馬鹿だからよくわからなかった。でも、頭のうえの三角錐をクリックされて名前を見られたらダメだ、って教えてもらって。もしかしたらカホのことを知っている人が居るかも知れないから、ぜったいに他の人に姿を見られちゃダメだって言われた。
……正直、そんな難しいこと、カホには無理だと思った。
でも、カホみたいな子にしかできないから、って。いつか強くなって迎えにくるから、って言われたから、がんばった。
幸い、カホはレベルだけは高かったから、がんばればモンスターだけなら大丈夫だった。……でも、プレイヤーの相手は、やっぱり難しかった。
姿を見られちゃダメっていうのが思ったより難しくて。『かくれんぼ』をしながら、一人のカホと違って何人も一緒に訪れるプレイヤーの相手は、本当に、ほんとーに難しかった。
でも、これまでたくさんの人とカホは一緒に戦ってきた。たくさんのプレイヤーからたくさんのことを教えてもらっていた。
だから、なんとなくプレイヤーの倒し方もわかっていた。
途中から、どんな相手でも『倒せる武器を倒せるだけ用意して、投げたら良い』って気づいて。どんなに硬い人でも【スキル】のレベルを上げて、あとはやっぱり『倒せるまで投げ続ければ良い』んだって気づいて。そのどちらもが時間さえあれば用意できるってわかって、『カホにしか頼めない』っていうのが本当だったんだ、って嬉しくなった。
嬉しかったから、がんばった。
がんばって、
がんばって、
がんばって、
がんばって。
途中で知っている人が来たけど、殺した。カホにいろいろ親切にしてくれた人でも、殺した。
なかには見逃してほしいって言う人もいたけど、殺した。たくさん悪口を言う人も、殺した。
みんな、殺した。
みんな、みんな、みんな、殺した。
殺して、殺して、殺して、殺し続けた。
だって、頼まれたから。だって、はじめてカホのことを知られて……そんなカホだからって言ってくれたから。頼ってもらえたから。
迎えにくる、って約束した。だから、それまではがんばる、って決めた。
いつ来るかわからないプレイヤー。ただ、そこに居るだけで出現して襲ってくるモンスター。そんなフィールドでログアウトなんてできない。だから、ずっと……あんまり寝られてない。
瞳を閉じて、体から力を抜いて。心を休ませても意識を失えない。寝られない。だから、すごく疲れて。正直、最近はすごく辛い。
もともと暗いところは怖くて、嫌いだったから『洞窟』は苦手だった。それは、蒼碧の光をほのかに発する水晶や氷柱がある幻想的な作りの『蒼碧の洞窟』でも同じで。むしろ影の濃くなるここの方が怖くもあったけど……そんな陰に隠れることの多いカホの方が、他の人からしたら怖いのかな?
……ああ、眠いな。疲れたな。
ぼんやりと見つめた水面に映る、見慣れた顔。あの日の、ケンカ別れになってしまった『妹』の顔を見つめて、自嘲の笑みが浮かぶ。
……ねぇ、シホちゃん。カホは、なにしてるんだろうね。
カホの姿は、あの日までの『妹』のコピーで。AFOでは、それに加えて猫の耳と尻尾を生やし。瞳を金色に、肌の色を日焼けした感じに変えて『使っている』けど……やっぱり、このカホはカホじゃなくって。『妹』の――シホちゃんのニセモノでしかなくって。
あの日、シホちゃんは「おねーちゃんばっかりズルい」って言ってたけど……やっぱり、カホはシホちゃんの方が羨ましいよ。カホもシホちゃんみたいに現実で生きていたいよ。
……お父さんとお母さんに会いたいな。ずっとログアウトしてないから、心配してるかな?
それから……シホちゃんと会いたいな。
シホちゃんは、まだ怒ってるかな? ……カホのこと、まだ嫌いかな?
仲直りしたいな。ごめんね、って言いたいな。
それでまた遊びたいな。シホちゃんと、遊びたい。遊びたいよ……。
ああ、でも――また、コロしに行かなきゃ。
重い体を持ち上げて。閉じそうな瞼を無理やり開いて。
きっと、そのうち、またシホちゃんと遊べる日がくる――なんて、そんなふうに夢うつつに思っていたからかな?
「――もしかして、鍵原さんの【スキル】構成は、エリーゼ様を意識してのものですか?」
「あー、そう言えば。志保ちゃん、βだと〈狩人〉だったって話だしね」
まさかのタイミングで。まさかの相手を、そこに見つけた。
「えっと……。だって、みはるんが〈斥候〉で槍使って戦いたい、って言うから。私はその補助で良いかな、って」
見慣れたカホの姿より成長した姿で。髪も眼も違う色で、『エルフ』の特徴である長い耳だったけど……わかる。覚えてる。
ああ、この子はカホの妹だ。カホが持ってないものをたくさん持っていたシホちゃんだ。
双子なのに。一緒なのに! いつも、いつもいつもいつもシホちゃんばっかり!!
「では、いずれは【属性魔法:水】も狙っていて?」
「それは……どうだろう? 本当は回復役も兼任しようと思ってたけど、ミナセさんが何故か【回復魔法】取得してたし。このまま支援付与役に専念するのもアリ、かな?」
「いっそ、フグちゃんも一緒に遊ぼうよ! そうすればバランス良くない?」
頭が沸騰する。いつかのときみたいに怒りでいっぱいになる。
カホがこんなにも辛くて辛くて辛いのに、シホちゃんは! なんで、シホちゃんばっかりいつも普通に遊べるの!? いっつも、痛くて苦しくて体が動かなくて見ているだけだったカホと違って! シホちゃんばっかり、いつも! いつもいつもいつも!
「……壊してやる」
知らず、呟き。
自然と、いつものようにコロすための準備をして。
それで、
「――『流星槍』」
手のなかの銛を、力の限りに投擲。
【槍術】のレベル15で使えるようになった、『TPを一定時間消費した後で投擲することで発動。その一撃の速度と威力を大幅に上昇させる』アーツ――『流星槍』は、狙い通りパーティの後方で回復か付与の魔法によって支援しようとしていた糸目の青年に命中。
彼らがモンスターとの戦闘を終わらせて一息吐くタイミングを狙ったから、というのにプラスして【槍術Lv.18】と【投擲術Lv.27】の相乗効果によって与えられたダメージで、一撃で『妹』の仲間を光に変えてやった。
「――――ッ!? か、カネガサキさん!?」
「え、なに!? て、敵襲……?」
「なッ!? ど、どこから――!?」
再び、彼らを緊張が包んだことを陰から見やり。追撃のために口を開く。
「『クイックアップ』、『クイックアップ』、『クイックアップ』」
そのボイスアクションで起動するのは、彼らが警戒するカホの位置から――ではなく、ちょうど彼らが背を向けていた方向からで。飛来する3本の銛は、『カホが寸前に投擲していた』もの。
仕組みは簡単。【投擲術】のレベル1で覚える『直前にシンボルをクリックした相手に投擲した物体を向ける』アーツ――『ターゲッティング』と、レベル7で使えるようになる『投擲した物体の移動速度を激減させる』効果の『スローダウン』に『投擲した物体の移動速度を激増させる』効果の『クイックアップ』の合わせ技。
つまり、密かにモンスターとの戦闘で身動きのとれなかった彼らの周りをぐるぐる回って銛を投げて。『スローダウン』で空中に待機させて。それを『クイックアップ』で加速させて放っているだけ。
それで、こうやっていろんな場所から攻撃しているみたいにしてカホの位置を見失ってもらったら、本命の『流星槍』が当てやすくなるっていう作戦なの! うん、カホ賢い!
「え!? う、後ろからですの!?」
「『ブーステッド・ウィンド』! 行って、みはるん!」
「わかッ――って、どこに!?」
ふふん。カホの位置がわからないの? だよねー、カホの【忍び足Lv.25】に【潜伏Lv.23】の『かくれんぼスキル』を舐めないでねー!
「あっちじゃよ、『ブーメラン・アックス』!」
って、わ!? な、なんか赤い派手な格好の子のデッカイ斧がこっちに!?
辛うじてカホの位置より手前の水晶の柱に当たって直撃はしなかったけど……な、なんでカホの位置がわかるのあの子! そんなに【察知】のレベル高いの!?
「とりあえず、『ブレイクアップ』」
ピンクの髪と犬耳がかわいい女の子に銛を投げて。そこに【投擲術】レベル15で使えるようになった『投擲した物体の数を10倍に増やせるが、1つ1つのダメージが減少する』アーツ――『ブレイクアップ』の効果を乗せて迎撃。目を剥いて壁役だろう大きなおじさんの後ろに隠れるワン子。
ふふふ、そんな簡単に見つけられるなんて思わないでね! っと、さり気に反対側から近寄ろうとしてた2本の剣を持った男の人も『ブレイクアップ』と『クイックアップ』の合わせ技で縫い留めて。本命は――って、すごいな、この人。剣2本だけで前方からの10本に明後日の方向からの2本まで迎撃とか、よくできるね――手のなかの銛を、派手な『赤い鎧?』の女の子へ。
「『ブレイクアップ』」
さっき斧を投げて手放しちゃった彼女は盾で防ぐしかなくって。近くに『エルフ』で〈魔法使い〉のシホちゃんが居るせいで動くに動けない、と。これでいったん、本命以外の全員の動きを止めたところで、
「『クイックアップ』、『流星槍』」
牽制の『クイックアップ』からの本命。深紅の髪の上品そうな女の子を『流星槍』で貫き、光にして消し飛ばす。
ふふん、これで早くも二人撃破――って、あれ? パーティの人数って、最高で六人じゃないの? なんで残り五人?
と、とにかく。足の速そうなワン子と2本の剣の男の人を『ブレイクアップ』で牽制しつつ移動。『スローダウン』で予備の仕込みをしながら、隙を見て『流星槍』を大きな男の人に。
うーん……それにしても硬いなぁ。今までだと3回も『流星槍』をぶつければ盾を壊せたのに、赤い子と筋肉おじさんの盾はぜんぜん壊れない。それに、ワン子と剣2本の人が早い。たぶん、『敏捷』はあっちが上だ。
でも、ダテにずっと水場に居たわけじゃないんだからね! 【水泳Lv.22】で、水のなかの方が早くなるカホを捕まえられると思わないでね、っと!
まずは、両手に盾持って背中にもう2枚も盾と同じ飾りのある赤毛の女の子は無視して。大きなおじさんの方を、
「『ブレイクアップ』、『クイックアップ』、『ブレイクアップ』」
牽制の銛をばらまき。足の速い人と盾の人の両方の動きを抑えて、
「『流星槍』」
これで5回。それでついにおじさんの盾を壊せて、思わずニヤリ。おかわりの『流星槍』2回でおじさん自身もついに倒せた!
よし! これで――
「行くよ! 嘉穂ちゃん!!」
それまでおじさんの盾に隠れていた桃色長髪の女の子――その呼びかけに、体が一瞬止まった。
え? なんで、カホの名前を……?
……もしかして、シホちゃんに聞いたの? じゃあ、シホちゃんはカホのことを知っててココに?
そんな迷いとか混乱で止まっちゃったのはわずかな時間で。それでも盾を失くした犬耳の子を近づかせることなく仕留めることだけはどうにかできた。
だけど、
「――子猫ちゃん、見~つけた!」
ついに、見つけられた。
見られた。カホの姿を――名前を、知られた。
「っ! 『ブレイクアップ』、『クイックアップ』、『ブレイクアップ』!」
マズい、どうしよう!? どうしよう、どうしよう、どうしよう!?
とりあえず、いつの間にか近くに居た両手に剣を持ったお兄さんを迎撃して。『ブラックリスト』がどういうのかは、もう覚えてないけど……ここですぐにお兄さんをコロせば、まだ間に合うって信じて。今は、この人を全力で――
「お姉ちゃん!! 私、志保! 鍵原 志保だよ!」
響く、呼びかけ。
それを意図的に無視して。今は、お兄さんを――
「ごめんなさい! 私、あのときはお姉ちゃんのことよく知らなくて! ひどいこといっぱい言って! 今さらだけど、私、ずっと、ずっとお姉ちゃんに――『ごめんなさい』って、言いたかったの!」
その言葉。その叫び声に、動きを止めた。
目を丸くして、顔をお兄さんから逸らして。どころか、もうシホちゃん以外の全部を忘れて、
「私は! ケンカしちゃったお姉ちゃんと仲直りしたかった! また一緒に――」
「嘘だ!」
悲鳴をあげる。
「嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁぁぁあああああ!!」
悲鳴のような否定をぶつける。
「シホちゃんは嘘つきだ! ズルっ子だ!!」
叫ぶ。
怒鳴る。
軋む心のままに、ため込んでいた『もやもや』を吐き出す。
「いっつも、シホちゃんばっかり友だちと遊んでズルい! カホはいっつも見てるだけだったのに! おかーさんも、おとーさんも、カホはダメって! カホだって一緒に遊びたかったのに!!」
もう、自分が何を言ってるのかわかんなかった。
もう、何を怒っているのかもわかんなかった。
「カホだって、遊びたいのに! 一人は嫌なのに! ココは暗くて怖いのに! 眠いのに! がんばってるのに! シホちゃんばっかり、ズルっ子だ!」
ズルっ子だ、ズルっ子だ、ズルっ子だ! って、大きな声でシホちゃんに怒って。……泣いているシホちゃんをみて、頭がぐちゃぐちゃになって。まっしろになって。
それで、気づいたらカホが準備してた全部をシホちゃんに放ってた。それまで手の中にあった銛を感情のままに投げつけて……そのあとすぐに、「……ぁ」って。光を纏って飛んでいくカホの銛は、座り込んでたシホちゃんにはかわせない。その直前まで彼女を守ってた赤毛の子だって、いつの間にか距離をとってて。かばうには遠くて。
だから、これでシホちゃんは死んじゃう。こんな八つ当たりでシホちゃんとの再会が終わっちゃう、って思ったら沸騰してた心が一気に冷たくなって。
逃げて、って叫ぼうとして。
ごめんね、って謝ろうとして。
だけど、口から出たのはただの悲鳴だけで。
――たくさんの、硬そうなものが砕ける音が響いた。
それで、いつの間にか閉じてしまっていた瞼を開けて。
それで、シホちゃんが居なくて。それでまた離れ離れになって。ヒトリになっていたら、きっとカホはもうココロがバラバラのぐちゃぐちゃになってた。
だけど――気づいたら、カホの絶望は終わってた。
その子は赤い髪で。ちょっとまえまで『赤い鎧』を着てたはずなのに、いつの間にか紺色の薄着になってて。両手に、カラフルな色合いの『硬そうな棒を鎖で繋いだ武器』を持っていて。
それで、ただシホちゃんのまえに立って。ただ、まっすぐにカホの方を向いて。
それで、
「はじめまして、嘉穂ちゃん。儂の名は『ミナセ』。ここには、おまえさんと『友だち』になりにきた」
――あとにして思えば。
この日、こうして出会った『ミナセ』が、カホが『からだ』を失くしてからはじめてできた『友だち』だった。
スクみず ようじょが なかまに なりたそうに こちらをみている!




