クエスト35 おじーちゃん、ついに『亡霊猫』と対決す
情報通の志保ちゃんに曰く。【スキル】すべてのレベルの合計値が50以上になることで『スキル変換チケットB』が手に入ったように、『職歴』に記録されたすべての〈職〉のレベルの合計値が50以上となった場合、特典としてSPが1つ貰えると言う。
「なんでも、いつぞやの検証班が懲りずに『職歴』すべてのレベルを均等に上げていって判明したそうで、ちょっとまえに≪掲示板≫に書き込まれていたんですが……ミナセさんの『職歴』って今、どんな感じですか?」
問われて≪メニュー≫を開き、『ジョブチェンジ』の項をクリック。そうして出てきたウィンドウを可視化して、みんなに見えるようにしつつ自身でも確認。
現在は就職順に〈戦士Lv.13〉、〈運び屋Lv.5〉、〈学者Lv.4〉、〈鍛冶師Lv.5〉、〈漁師Lv.3〉、〈商人Lv.1〉、〈探索者Lv.5〉、〈治療師Lv.4〉、〈狩人Lv.3〉か。そして、そのすべてのレベルの合計値が43で、件の達成報酬を得るには残り7、と。
「えーと……これだと、さすがに今すぐに、とは行かなそうだね」
そう苦笑して告げるダイチくんに儂も「じゃろうな」と頷き。「いっそ、〈漁師〉とかのレベル上げでもしながら行くか?」なんて気楽に言ってくれるドークスには苦笑。
「さすがに、ここでは無理じゃろう」
いつ、『亡霊猫』に襲われるとも知れんし。何より低レベルから高レベルに転職すると最大HPの差から疑似的じゃがダメージを受けた状態のようになるから、そんなリスクの高いことはできない、と告げれば「……そもそも、そこまでする価値があります? たったSP1つのために、また面倒な」とローズは顔をしかめ。
それを聞いて『主人公と愉快な仲間たち』という本物の最前線組は「いやいやいや」と彼女の言葉を揃って否定。
「あのね、ローズ。実際、僕たちぐらいのレベルだとレベルを1つ上げるのですら結構な時間がかかるからさ。余暇で『1レベル上昇ぶんのSPを稼げる』かも知れない、となれば割とアリだと思うよ?」
「だなぁ。赤ドリルっ子は、まだレベル10以上からのレベル上げの辛さを知らねーから仕方ねーのかもだが」
果たして、そう苦笑して告げる実兄はともかく、どこか馬鹿にしたような態度で言う巨漢の重戦士には「誰が『ドリルっ子』ですか、誰が!?」と噛みつくローズ。
そして、そんな三人を他所に思案顔になっていたカネガサキさんは、おもむろに口を開き、
「思うに、リーダー。僕らもどこかで称号【七色の輝きを宿す者】と『合計50レベル』を狙うべきかも知れませんね」
曰く、このままダンジョンの最初の階のレベルが最大で『レベル15開始』のままであれば、どんどんレベルを上げられる階層までの移動時間が増えていき。レベルアップに必要な経験値の増加もあわせて1日1レベル上げることすら難しくなってくるだろう、と。
これに対して、称号【七色の輝きを宿す者】があり、〈職〉の切り替えができるようになれば移動中の『レベル差に応じて取得経験値減少』が適応される階層でも、やり方次第で無駄なく素体レベルへの経験値は入れられる、と。
「最大レベルからの転職による疑似的なダメージやTPとMPの減少、経験値の分散から、これまでは悪手とされていましたが……短い間ですが、ミナセちゃんやローズさんと組むようになって、ちょっと認識が変わりました」
特に休憩時の〈職〉の切り替えが目から鱗だったようで。儂の〈治療師〉やローズの〈薬師〉の効果でポーションを使った回復量を上げたり、〈鍛冶師〉に転職して耐久値を回復させるというのが面白い、と。あるいは、大してHPの差が発生しないうえにTPも使わない〈魔法使い〉に【鍛冶】を取得させて『耐久値回復薬』代わりとする、というのも有用だろう、と。
〈商人〉の≪マーケット≫も魅力的だし、ダンジョンアタックに必須だろう〈探索者〉にメンバー全員『ジョブチェンジ』でもって転職可能量だった場合、『緊急回避』の使用時間をあまり気にせずにプレイできる、と語り。
「そして、やっぱり素体レベル1上昇ぶんのSPは大きいですしね」
カネガサキさんはそう告げ、真剣にこれからのAFOについてを考えるなら自分たちも称号【七色の輝きを宿す者】の取得を、と。その是非についてクランリーダーであるダイチくんに呼びかける。
「……なるほど。カネガサキさんの言う通り、これまでAFOでは称号【七色の輝きを宿す者】持ちを『器用貧乏』と見下して『レインボー』が蔑称扱いって風潮だったけど……これは近いうちに【七色の輝きを宿す者】は必須称号扱いになりそうだね」
対して、そう糸目の青年に頷き、ちらりとローズを見て微笑みかけるダイチくんは、なるほど、本当に彼女の兄のようで。そんな『お兄様』にはにかむような笑みを返す少女は、顔を向けないで『視て』いるぶんには可愛らしい妹のようだったが――
有体に言って、そんな会話をしていた儂らは、全員、『彼女』のことをどこか甘くみていたのだろう。
これまで、誰一人として『彼女』の姿を見たという書き込みが無く。プレイヤーネームどころか頭上の赤い三角錐すら見られず。それでいて、『蒼碧の洞窟』の奥を目指したプレイヤーの、ほとんどすべてを撃破してきたPK――『亡霊猫』。
『彼女』のことを作戦会議では、ダイチくんやカネガサキさんに志保ちゃんにしても『亡霊猫』がレベル30以上の可能性について言及していた。プレイヤーのなかでも最強クラスだろうクラン『薔薇園の守護騎士』――その最前線で戦い続けるメンバーである『主人公と愉快な仲間たち』の誰よりレベルが上かも知れない、と。
しかし、レベルでは上回っていても、長い間、PKであった『彼女』は装備の質が最底辺で。【スキル】のレベルがいくら高かろうとも一流の職人によって造られた武器に防具を纏う儂らなら、その装備の差でもって十分に追いつける。倒せなくても、人数差も合わせて時間稼ぎぐらいならできるだろう、と。全員が全員、『攻略組』と呼ばれる彼らの強さを知っているがゆえに――『勘違い』した。
……正直に、言おう。
儂にしても『彼女』を見つけたのが割と早い段階であっても大して警戒していなかった、と。それより、モンスターとの不意の遭遇に気を払ってすらいた、と。……言い訳になるが、いつからか『知覚範囲』のギリギリ届く範囲でコソコソと周りをウロチョロとしている影が居て、それに気づいていても『それ』が目標である『彼女』だという確証も無かったゆえ、注意喚起こそ軽くしたに過ぎなかった。
そして、そんな儂らの驕りが――
不意打ちによる回復役の一撃死という最悪を招いた。
「――――ッ!? か、カネガサキさん!?」
「え、なに!? て、敵襲……?」
「なッ!? ど、どこから――!?」
……たしかに、カネガサキさんの防御力や最大HPは儂ら壁役や前衛攻撃役のダイチくんより低い。
しかし、カネガサキさんはそれでも『攻略組』の一人であり、レベルだってプレイヤーのなかでも上位だろう。〈魔法使い〉ということで『器用』や『丈夫』にSPを振っていなくともレベル上昇に伴って上がった筋力値で持てる最上位クラスの防具を纏っており。今居るメンバーのなかでは儂ら前衛組三人の次には防御力があったのだ。
それを、一撃。
それも、事前に彼女の位置を把握し、それとなく警戒していた儂はもちろん。カネガサキさんの近くに居た、これまた一流の壁役であるドークスに構える隙すら与えない、完璧な不意打ちで。
この時点で警戒を引き上げるべきだった――と後悔する間もあらばこそ。
カネガサキさんへの攻撃――その飛来してきた方向に向け、皆が警戒するのを嘲笑うように、四方から高速で銛が飛来する。
「え!? う、後ろからですの!?」
「『ブーステッド・ウィンド』! 行って、みはるん!」
「わかッ――って、どこに!?」
――『亡霊猫』の姿を見た者はいない。
それは、彼女が高レベルの【忍び足】と【潜伏】持ちで、『蒼碧の洞窟』を訪れたすべての【察知】系の【スキル】持ちをかいくぐってきたから。
ゆえに、美晴ちゃんとローズの【直感】と【察知】では『彼女』を捉えられず。
しかし――儂には、視える。
「あっちじゃよ、『ブーメラン・アックス』!」
言葉と同時、【斧術】のレベル7で使えるようになったアーツ――『TPを消費して次の一撃の威力を上げる。また、攻撃が当たった瞬間に手元に戻ってくる』効果を持つ『ブーメラン・アックス』を使いながら手の中の斧槌を投擲。範囲知覚にて『視た』、『彼女』の潜むおおよその位置へと投げるが、
「う、わっ!?」
「おっ、とッ!?」
そちらに駆け出す、このパーティにおけるスピード自慢の二人は――しかし、即座に飛来し、突然に『分裂して10本に増えた』銛をまえに、その足を縫い留められる。
「ッ!? お、おい、今のは――」
「【投擲術】の、『ブレイクアップ』……!」
――『亡霊猫』に狙われ、生きて帰った者はいない。
「『ブースト』、『ブースト』に『プロテクション』、『プロテクション』っと……ミナセさん! ドークス!!」
「おうよ! 『ヘヴィ・ガード』! からの、『ワイドガード』!」
「こちらも、『ヘヴィ・ガード』! 『ワイドガード』!」
【盾術】のレベル7で使えるようになったアーツ『ワイドガード』。これは『TPを消費することで盾の前方に一定範囲を覆う力場を発生させる』効果を持ち、翳した盾の近くに直径2メートルほどの不可視の障壁を生み出して本来であれば防ぎきれない広範囲の攻撃を防げたりするのじゃが――この力場の防御力は、発生させた時点での使用者の防御力を参照しているらしい。
ゆえに、志保ちゃんの付与魔法『ブースト』でステータス補正すべてを僅かに上昇させ、『プロテクション』で防御力を直に上昇。加えて、【盾術】のレベル1で使えるアーツ『ヘヴィ・ガード』――『TPを消費することで自身の敏捷値を下げ、防御力を一定時間上昇させる』の効果でもって一時的に最大限上昇させた防御力で『ワイドガード』使用。
こうすることで現状、儂らのできる最も『硬い力場』を生み出せるようになるわけで。『主人公と愉快な仲間たち』とのレベル上げの際に何度も使用した『2つ以上のアーツ、ないしマジックを組み合わせた』いわゆる『コンボ技』である。
……もっとも、『ヒーローズ』の五人での場合、これに付与魔法使いであるエリお姉ちゃんの『水属性の付与魔法』も加えられ、『器用』の補正を上昇させることで『物理的な防御力』をさらに上昇させられるんじゃが、な。居ない者は仕方ない。
なんにせよ、儂ら壁役の翳した盾と、その前方に発生した半透明な半円上の力場の影へと急いで四人は逃げ込み。これで四方八方から散発的に飛来する攻撃はもちろん、時には10倍に分裂すらする攻撃も防げるじゃろう、と。
障壁自体の耐久値は低いものの儂やドークスの纏う装備の質に加えてアーツによって引き上げられた防御力をまえに、少なくともこれ以上の犠牲者は出ないじゃろう――と、そう安堵する間もなく、またも強力無比なる光の槍が襲来。
その速度に、ドークスは反応できず。儂は志保ちゃんを庇うのに必死で動けず。
結果、まるでガラスを砕くかのような甲高い破砕音が響き。そして、迸るエフェクト光と粒子の舞い散る軌跡を残して、次なる犠牲者が――補助支援役のローズが、これまた一撃で教会送りとなった。
「ぬァッ!? 『ワイドガード』! ……って、おいおいおい。壁役の障壁抜いて一撃必殺とか、攻撃力おかしくねーか!?」
そう怒鳴るように叫ぶドークスに誰もが冷や汗が浮かぶような顔で黙り込むなか、
「あー、たぶんさっきのアレって【槍術】のレベル15で使えるようになる『流星槍』ってアーツだよね? 『TPを一定時間消費した後で投擲することで発動。その一撃の速度と威力を大幅に上昇させる』効果の」
巨漢の重戦士の陰に隠れながら、美晴ちゃん。いつになく顔色に余裕のない、眉間に皺まで刻んだ表情で「だから、たぶん【槍術】と【投擲術】の2つぶん強くなってるんじゃないかな?」と、自信無さげに告げる。
「……あン? つまり――」
「たとえば、ミナセさんが斧を投げた場合、【投擲術】の【スキル】だけが適応されるのが普通ですが、『ブーメラン・アックス』のような『投げることで効果を発揮するアーツ』の場合に限って【斧術】のレベルによる補正も加わる、ということです」
ため息を一つ、「……もっとも、これもまだ検証段階ですが」と志保ちゃん。
「〈斥候〉で取得できる【短剣術】にも『投げることで発動するアーツ』がありまして。同じく〈斥候〉で取得できる【投擲術】の【スキル】をセットしたままそれを使ったら――」
「なんか微妙に威力が上がったような気がしたんだよねー」
果たして、そんな二人の言葉に「マジか」と驚愕の表情になって絶句するドークス。ダイチくんにしても驚いた顔で「でも、そんなのβ時代は――」なんて呟いてから再び目を剥き。
「そうか、β版では【投擲術】を取得できなかった! だから、検証が不十分なんだね」
――試験版AFOでは〈戦士〉、〈狩人〉、〈魔法使い〉しか就くことが出来ず。その三職とも【投擲術】を取得できなかった。
そして、現在のAFOプレイヤーの多くはようやくセット可能な【スキル】の数が初期の3から5へと移ったばかり。そのほとんどが攻撃用の【スキル】を1つ以上同時にセットしていない現状と、『投擲することで発動するアーツ』の少なさもあって≪掲示板≫でも不確実で、検証を求め始めている段階だと志保ちゃんは語り。
そして、件の一撃が【槍術】と【投擲術】の合わせ技で威力を高めている、と。そう仮定してなお、全プレイヤー中でも上位に入るだろうドークスの『ワイドガード』を破壊したうえでHPが全快であったローズを一発退場させる攻撃力は、さすがにおかしい、と。少女は眉間に皺を僅かに刻み、「……もしかして」と。
「ミナセさん、『敵』の使ってる得物を【看破】できますか?」
「……やってみよう」
志保ちゃんの言葉に、セットする【スキル】のなかに【看破】を加え。断続的に飛来するそれらを出来うる限り視界に捉え。一秒にも満たない刹那の間に、そのすべての物体の上に表示された白い三角錐をクリックし、性能を解明。
その内容に眉間の皺を深くしつつ、その情報を可視化して背後の頼れる参謀に渡せば、「ッ!? そ、そんな……」と。さすがに情報通の彼女をして、予想外だったのだろう事態に思わず苦しそうな声が。
「あ、あの……。ミナセさん、これって――」
「うむ。相手の投げつけてるのは――すべて『限界まで強化済み』のものじゃろうよ」
震えるような少女の言葉に、苦い思いをそのままに肯定で返す。
……そもそも、事前の予測であったPKの戦利品だろう『拾いものの得物』や、この場所で出現する『レッサー・フィッシャーマン』から稀にドロップするらしい『劣魚人の銛』を使っているにしては威力が高すぎるのだ。
儂やドークスの纏い、翳す武装はプレイヤーメイドの中でも最高峰だろう物で。それこそ、相手のSP振りや【スキル】に応じた攻撃力がどれだけ高くとも、こちらだって最前線で戦えるだけの防御力があり。そこに装備に差があるのであれば、四方から飛んでくる、おそらくはアーツの強化無しでの単なる投擲攻撃だろうそれに、2つの付与魔法と『ヘヴィ・ガード』で防御力を一時的に、そして飛躍的に上げたうえで使った『障壁』が簡単に壊されるわけがない。
しかし、現実には既に何度も壊され。その都度、『ワイドガード』を使わされており。光を伴って飛来する『流星槍』に至っては容易に障壁を貫通。翳した盾で防いだたうえで儂ら壁役のHPを平気で3割近く削っていくのである。
ゆえに、相手の使用する武器が『拾いもの』にしては異常で。そして、現実として【看破】で視たところ――
「『蒼い劣魚人の銛+10』、『巨蟹と劣魚人の銛+10』に『蒼と赤の槍+10』と……困ったことに、何一つ形状、同じ性能のものは無く。確実に現地調達可能な素材で『強化』しとるのだろう名前からして――」
「『敵』は、【鍛冶】持ち……!」
――【鍛冶】の『強化』にて、素材を消費して武装を強くした場合、名前の横に『+1』といった数字が付く。
この数字は最高で『+10』まであり。もとにした武装や使用した素材によって、どれだけの素材を使用したら『+○○』といった数字が付くのかまちまちであるらしいが――たとえば、魔石であればどんな武装であれ10個消費で『+1』になる――それはさておき、使用した素材によって元になった武器の名前や形状が変わるらしいことや、名前の横に『+10』という最大強化がなされたことを知らせるそれが全部の投擲武器にあったのだから、『彼女』が【鍛冶】の【スキル】持ちなのは確定じゃろう。
おそらくは、全【スキル】の合計レベル50以上で手に入れた『スキル変換チケット』を使用して取得したのじゃろう。それでも、儂やドークスの使っとる『未強化武装』より性能的には劣ってはいるが――しかし、その差も『最大強化武装』という予想外な事態にあって大した違いはなく。
つまりは、ここにきて作戦の前提にあった武装の質の差でレベルや【スキル】の差を補おうとしていた思惑が崩されたことを知る。
加えて、
「それで? 相手の攻撃の要――いろんな方向からの投擲攻撃の絡繰りは、わかった?」
「はい。それはミナセさんに確認してもらって。予想通り【投擲術】の『スローダウン』と『クイックアップ』による時間差攻撃かと」
――美晴ちゃんたち【察知】系の【スキル】では捉えられなかった『亡霊猫』の動きじゃが、儂の『範囲知覚』でなら辛うじて補足できた。
それでも範囲を広げたぶん彩度と確度が減少したが、事前に志保ちゃんが予測していた攻撃法――その予備動作だろう行動を確認できたために報告していた。
「どうにも、儂らの周りを延々と廻って槍だか銛だかを投げる動作をしているようじゃったが――その得物がその場に留まっていたでな。事前に、『投擲した物体の移動速度を激減させる』効果を持つアーツの存在を聞かされておらなんだら意味不明じゃったところじゃ」
そう肩をすくめて告げる儂の脳裏を過ぎるのは、この洞窟に入るまえにした作戦会議での頼れる軍師殿の『相手の攻撃法の予測』。
曰く、【投擲術】にはレベル1で覚える『直前にシンボルをクリックした相手に投擲した物体を向ける』という効果のアーツ――『ターゲッティング』というものがあり。おそらく【投擲術】の【スキル】を攻撃の要として使っている場合、投擲のまえに確実に使っている類のアーツなのだそうで。≪掲示板≫の書き込みにある『亡霊猫』の攻撃手段が槍だか銛の投擲によるものである可能性が高いことから、このアーツは確実に使っているだろう、と。
加えて、終始『獲物』の周りを廻りつつレベル7で使えるようになる『投擲した物体の移動速度を激減させる』効果のアーツ――『スローダウン』で幾つもの『待機状態の投擲武器』を作り出し。折を見て、同じくレベル7で使える『投擲した物体の移動速度を激増させる』効果のアーツ――『クイックアップ』で射出。『ターゲッティング』の効果で多少の追尾効果もあり、客観的には四方八方から幾つもの投擲攻撃を受けているような状態を作り出せる、と。そう我らが作戦参謀は語って聴者すべてを驚かせていたが、
「……マズいです。この『敵』は、予想以上にPvPが――対人戦が上手い」
それでも、そんな彼女をして現在はまったく余裕のない硬い声で。その一事をもって、現状がどれだけ絶望的な状態かをすでに全員が嫌と言うほど実感させられていた。
「こちらのパーティの回復薬を第一に。そして補助支援役を第二に落として……足の速いみはるんと主人公くんを【投擲術】のアーツ『ブレイクアップ』で足止め」
志保ちゃんの言う『主人公くん』ことダイチくんは、敏捷特化のステータスで。現在は装備が環境に合っていないゆえに相応に遅くなってしまっているようだが、それでももとが攻撃回数で戦うプレイヤー屈指の前衛攻撃役であるからして、平均的なプレイヤーよりよっぽど早く動けている。
ゆえに、相手のそれがただの投擲による攻撃だけであれば難なく避けられたろう――が、如何せん。相手の攻撃は『点』ではなく『面』で。志保ちゃん曰く、【投擲術】のアーツ『ブレイクアップ』の効果で『投擲した物体が一時的に10倍に増える』というそれは、全プレイヤー中屈指の敏捷特化型戦士をして避けきることは出来ず、両手の剣でさばくのが精いっぱいという。
そして、同じく速度重視である美晴ちゃんなどは、現在、レベル16で。これまでに得たSPのうちのほとんどすべてを『敏捷』の補正に使い、もとが『獣人』であることに加えて【水泳】と水場での戦闘に適した装備と併せて、この場では誰より早く動けるだろう彼女は……しかし、こちらは得物が短槍であり、ダイチくんのように同時に10本もの銛の投擲をさばけるだけの自信が無いのか、ドークスの陰に隠れるようにして動けず。
ゆえに、この両者が本気で追いかければ十分に追いつけるだろうことは明白でありながら、現在は『彼女』の範囲攻撃と、カネガサキさんたちのHPを一発で全損させた最速最強だろう攻撃を警戒して完全に抑えられていた。
「いや~、こんなにたくさんの武器持って、こんなにもいっぱいアーツが使えるのって、スゴイねー」
あれかな? 『筋力』に極振りでもしてるのかなー、と。努めて明るい声で言う我らが桃色犬耳少女にしても、その笑顔は引きつり、傍目にも余裕が無い。
「たぶん、合間に僕らみたいに回復ポーションを使ってるんだと思うけど……」
「使用武器が最大強化されたそれだと判明した今、『筋力』極振りビルドも有り得ない話じゃないです」
事前の話し合いでは、その攻撃法から移動速度重視の『敏捷』特化型か、威力重視の『器用』型を予測していたなかで、まさかの『筋力』振りの『最大強化武装を大量所持、大量消費のアーツ連発型』とでも呼ぶべきSP振りを思わせる『彼女』の立ち回りに皆が困惑する。
「……おい。どうするよ、無表情参謀。このままじゃヤベぇぞ」
現在位置である、洞窟における一種の広場が相手の『殺し間』だと判明してなお、儂とドークスは、その背に志保ちゃんや美晴ちゃんたちを庇っていて動けない。
「……ミナセさん。『敵』の移動速度は、どんな感じですか?」
「ふむ。『彼女』が全力移動をしているかは不明じゃが……おそらく、美晴ちゃんとダイチくんならそこまで敏捷値に差は無いんじゃないか、といったところか」
もっとも、先述の通り二人は安易に儂らの傍を離れられんし。儂ら壁役の装備とステータスをしてHPを削ってくる『範囲攻撃』をまえに、辛うじてさばけるダイチくんはともかく、美晴ちゃんのステータスと装備では確実に無事では済まないじゃろうが。
しかし、だからと言って。まるで亀が甲羅に隠れるように防御し続けるしかない中で、その防御の上からHPを削ってくる攻撃に焦燥感が増す。……加えて、ドークスの方には件の『範囲攻撃』の合間に、例のとんでもない速さで飛んでくる凄まじい威力のアーツまで混ざっており。儂も一度、それを防いだからこそわかるが……あれはマズい。威力は勿論だが、飛来する速度が速すぎて儂らの中であれを避けられるのは居らんじゃろう。
それでも、合間に『HP回復ポーション』を使って回復し。美晴ちゃんや志保ちゃんがそこらに散乱した、カネガサキさんとローズが落としたのだろうアイテムを折を見ては拾い、使って、HPだけなら儂もドークスも保ちそうで。しかし、確実に――ドークスのHPはともかく、その身を守る盾が保たない。
そして、盾が壊れてしまえば予備を持ってきていないだろう彼は、終わり。……ここにきて、【鍛冶】もち二人が居るパーティということで『耐久値回復薬』や予備の武装をケチったのが裏目に出た感じか。それでも儂の場合は『シールドセット』という4枚の盾のセットじゃから耐えるだけであればまだまだ大丈夫じゃろうが、と。儂が眉根を寄せて考えている間に、
「……ドークス、ごめん。ポーション全部使ってでもなんでも良いから、少しでも粘って……死んで」
冷静沈着で、一見して冷たい印象を他者に与える無表情で志保ちゃん。それでも握りしめられ、震えるその手が彼女の内心を雄弁に語っていて。わずかに震えるその声が、少女の涙声のように聞こえた。
「みはるんと主人公くんは、ドークスに『流星槍』が集中したら……どうにか『敵』の姿を確認――……ううん、違う。どうにか接敵して、倒せるようなら倒しちゃって」
ゆえに、そんな参謀の言葉に――仲間たちは笑顔で返答。
「おう、了解! せいぜい派手に死んでやるぜ」
「うん、『確認』は任せて」
「まっかせてー」
そして、そう一時的に皆が結束の意志を固めるなかで――
[スィフォンさんからフレンドコールが来ています!]
果たして、手を伸ばせば届く距離に居る少女からの唐突な『フレンドコール』と、眼前に浮かぶ『フレンドコールに出ますか? YES ・ NO』のウィンドウをまえに、儂は目を丸くするのだった。
ラノベなんかの帯には『主人公VS洞窟の主』や『知略と戦術の頂上決戦』みたいなキャッチコピーが付くのかな?
作者的には「伏線、回収!」とか某カード漫画の決闘シーンばりにテンション上げてこの回以降は書いてましたがw




