クエスト30 おじーちゃん、クラン『薔薇園の守護騎士』に入団す
AFOにおいて、六名以下のプレイヤーの団体を『パーティ』、それ以上の人数で同じ趣味や目標を持つ集団を『クラン』と言う。
そして、
「私のβ時代の知り合いに、その『クラン』を立ち上げた人たちが居まして。なかでも団長の『主人公』くん――もとい、『ダイチ』というプレイヤーはお人好しというか、困っている人が頼めば基本的に断らない人なんです」
ちなみに、そのクランの名は『薔薇園の守護騎士』と言い。曰く、迷宮攻略専門のクランであり、団長である『ダイチ』というプレイヤーを筆頭に、別名『攻略組』などとも呼ばれるダンジョンを狩り場とするプレイヤーのなかでも最高レベルの者が多く集まる団体なのだとか。
ゆえに、我らが参謀殿は一つの提案を口にする。
「みはるん、ミナセさん。考えたのですが……私たちも『薔薇園の守護騎士』に入れてもらう、というのはどうでしょうか?」
曰く、先日のPK討伐の後から注目されるようになった志保ちゃんと美晴ちゃんの二人は、儂の知らぬ間にも何度かパーティやクランに入るよう他のプレイヤーに誘われており。その中には明らかに二人の愛らしい外見から勧誘する者も多く。折を見て、儂ら三人だけでクランを立ち上げるなりして断る口実を作ろうと話していたそうで。
迷宮攻略クラン『薔薇園の守護騎士』ならば、リーダー含め主だったメンバーは志保ちゃんと顔見知りで、信用もあり。最高レベルのプレイヤーが多く集まる攻略組ということで下手なちょっかいも減るだろうと告げる彼女に、儂と美晴ちゃんは頷いて返し。そのうえで、「その、信用できるクランに所属するのは良いけど……今は『亡霊猫』対策の話じゃなかったっけ?」と美晴ちゃんは首を傾げ、儂にしてもクランのことをよく知らんゆえに少女の真意が測れず、不思議そうな顔を向ける。
「えっと……、ちょっと言い難いんですが……」
対して、エルフ少女は言葉の通り僅かに言うかどうかに迷いを見せながら、
「さっきも言いましたが、彼は頼まれたら『NO』とは言わない人種でして……。なので、私やミナセさんが『困っている』って言えば、たぶん助けてくれると思うんですけど……」
ちらちら、と。こちらを見ながら、本当に珍しいことに歯切れの悪い物言いを続ける少女に、「ああ、わかった!」と。何やら掌を軽く叩いたうえで美晴ちゃんは、
「つまり、おじーちゃんの『パワレベ』をお願いするんだね?」
そう、あんまりにもあんまりな言葉に、しかし「……うん」と志保ちゃんは頷き。
「私としても彼らにはいろいろβ時代に助けてもらったから、あんまり迷惑というか、あからさまに『寄生する』みないなことはしたくなかったんだけど……」
それでも、時間がないから、と。知らない誰かに『亡霊猫』を先に討伐されるわけにはいかないから、と。そう肩をすくめて告げるのに対し、
「ふむ。そういうことであれば、また儂の知り合いの高レベルNPCを頼っても良いが……」
そう提案し。しかし、内心では今の志保ちゃん同様、世話になった人間を食い物にするようで気が進まない。
……まぁ、それでも、彼女にこんな思いを背負わせるよりは良いし、『山間の強き斧』や『山林を駆け抜ける風』ならばレベル30まで引き上げるのも難しくはないじゃろう、と。彼らとともに最低でも40以上のモンスターが出現していたフィールドを背負ってもらって踏破したことを思いだし、そうなればまた依頼料が問題か、と考えこむ。
しかし、
「どちらにしても、クランに所属するとなったら挨拶しなきゃなので……」
彼らが提案を受けてくれるかどうかはともかく、まずはクラン『薔薇園の守護騎士』の拠点まで行きましょう、と。志保ちゃんはそう言って儂に『緊急回避』の使用を願い、それでもって転移魔方陣広場へと三人で移動するや「こっちです」と先導するように歩き出した。
「ねー、ねー、志保ちゃん。『クランハウス』って、やっぱり高いのかなー?」
「うん、たぶん。≪掲示板≫で見た感じ、まだそれぞれの街に1つ2つしか拠点持ちのクランは無いって話だし。高いんじゃない?」
ふむ。そもそもアキサカくんたち『何かを造って、それを売る』プレイヤーが『お店を出すために家を買う』というのはわかるんじゃが……ダンジョン攻略を主な活動とする集団が拠点を買う、という発想が儂にはわからんのじゃが、何か利点でもあるのかのぅ? と、首を傾げて問えば、
「えっと……。それぞれ、理由はあると思いますが――と、見えてきました」
あちらです、と。そう言って志保ちゃんが指さす先を見れば、冒険者ギルドや商人ギルドなどと似たような大きな施設があり。その周囲のところどころに翻る薔薇色の旗――遠目には淡色に見えて、じつはたくさんの薔薇と花びらを描いたもの――を見れば、なるほど、『薔薇園の守護騎士』の拠点と言われれば納得の外観である。
……ふむ。てっきり、名前の由来通り薔薇園でもあるのかと思ったのじゃがのぅ。
志保ちゃんに先導されるがまま施設内に入り、それとなく『範囲知覚』で視まわしてみても薔薇の花は無く。代わりに薔薇色の旗や、それと同じ絵柄のスカーフやリボンなどを着けた者がちらほら居る。
彼らの多くは、頭上の三角錐を見るにプレイヤーだろうが……驚くことに、施設のなかの受付を思わせるそこに居たのは緑色のシンボルの女性――つまりはNPCだった。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
その言葉が遺失言語であり、それでも意味をしっかりと伝えてくることから【翻訳】の【スキル】持ちなのを察し、いよいよプレイヤーが保有する施設とは思えなくなってくるが、志保ちゃんは平然と「新規入団の手続きを」と動じることなく応対。つまり、これは普通のことなのかの? ……アキサカくんたちの『運☆命☆堂』は、NPCの従業員を雇っとるふうではなかったんじゃが。
などと儂が首を傾げている間に、志保ちゃんはさっさと受付嬢の指示通りに登録を済ませ。儂らもそれに倣って登録。入団費100Gと交換にそれぞれ『薔薇柄のスカーフ』というアイテムを貰った。
聞けば、これが『薔薇園の守護騎士』のクランメンバーを示す印にもなっているそうで。装備することで防御力上昇などの特別な効果こそないが、どこか見える場所に付けておけば、少なくともクラン勧誘などをされることはないと言う。加えて、プレイヤーのなかでも上位層が多く所属する攻略組ということもあり、無用なトラブルを減らす効果もあると言うので、さっそく薔薇色のそれを首に巻いてみた。
「あ、おじーちゃんはそこに巻くんだ? わたしは、ここー」
ふむ。どうやら美晴ちゃんは右肘の辺りに。志保ちゃんは纏うローブの左肘の辺りに巻いているようで、儂のように前掛けのような位置に巻いとる者は居らんようじゃった。
「……ふむ。腕に巻くのが一般的なのかの?」
「どうだろ? べつに『見えるところに』ってしか言われてないし、決まりとかはないんじゃない?」
それより、あっち行こう、と。美晴ちゃんに腕を引かれるがままに向かう先には3つの石碑――じゃろうか? 一昔まえの墓石のような、黒い大理石を思わせる鉱石でできた板――があり、その周辺で志保ちゃんほか、多数のプレイヤーがそれぞれ不可視のウィンドウを覗き込んでいるのか虚空を見つめ、操作しているようじゃった。
「志保ちゃん、志保ちゃん! 石碑、なーに?」
「ん? ……ああ、石碑? えっと……小難しい設定を端折って簡単に言うと、石碑の近くで≪メニュー≫を開くと、クラン専用の特別な『項目』が出るようになるの」
曰く、この石碑近くで呼び出せる『メニュー』には、そのクランのメンバーしか出品、買取ができない≪マーケット≫のようなものや、同じくクランのメンバーしか見たり、書き込んだりできない≪掲示板≫などもあり。志保ちゃんはその専用の≪掲示板≫を使って知り合いを呼び出そうとしているんだとか。
「私は≪掲示板≫を情報収集も兼ねて覗いてるけど、みはるんとミナセさんは≪マーケット≫の方を見て暇をつぶしていてもらえれば、と」
「うん、おっけー。そう言えば≪マーケット≫で何か買おうとしてたっけ」
……ふむ。そう言えば、ダンジョンを出るまえは三人で≪マーケット≫を覗いていたな、と。志保ちゃんの提案に頷き、美晴ちゃんが呼び出して可視化させたのだろうウィンドウを覗きみれば、
「もしかして、『タバサ』!?」
そんな若い男の声が聞こえた。
対して、志保ちゃんは肩を軽く跳ねさせるようにして驚き。その声に振り向いて――
「ぁ。『主人公』くん……」
果たして、声の相手が知り合いであったのか、少女は最初こそ警戒心で硬かった体からわずかに脱力。そして、儂と美晴ちゃんも揃ってそちらを向けば――なんの偶然か、そこには最初のナンパ男との遭遇時に颯爽と現れた優男が居た。
「……よかった。フレンドリストから『タバサ』の名前が無くなってたから、てっきりAFOを辞めちゃったのかと思ってた」
彼は驚きに見開かれた目で志保ちゃんを見て、それから何やら安堵するように表情を緩めながらそう言い、笑顔で近づいてくる――ので、とりあえず志保ちゃんとの間に体を割り入れ。彼の視線を儂の小さな体躯をもって背後の少女へ向かうのを遮り、「知り合いかの?」と顔を男に向けたままに問えば、
「ぁ、はい。彼はβのときにお世話になった『主人公』くん――もとい、『ダイチ』さんです」
……ふむ。さきにも言っていたが、『主人公』?
「へぇ、この人が『薔薇園の守護騎士』の団長で『なぜか困ってる女の子に何度も遭遇する』っていう?」
「そう。わたしのときも物語とかの主人公よろしく、困ってたとこを助けてもらったの」
だから『主人公』くん、と。そんな背後の二人の会話で眼前の青年への警戒を緩めることにする儂。そして……ふと、気づく。
そう言えば、儂も一応、『助けられた女の子』なのじゃろうか? ……まぁアバター的には間違いなく女児であるし、困っていたことはたしかであるな。と、彼の『主人公』という綽名に半ば納得していると、
「えっと……ごめん、タバサ。もしかして、友だちと遊んでたとこ邪魔しちゃった?」
そう、こちらがまだ『パーティチャット』中で何を語り合っているか知らないだろうに、儂が瞬時に間に立って警戒する構えをとったせいか軽く頭を下げ、柔和な笑みを浮かべてみせる青年。その態度というか、志保ちゃんの紹介や雰囲気から、とりあえず用意しとった『ブラックリスト』に名前を登録するのは待つことに。
「ふむ。ちなみに、『タバサ』とは?」
「私のβ版でのプレイヤーネームです」
あ、『パーティチャット』はいったん切りますね、と。そう言って、儂の背からまえに出て青年に挨拶することにした志保ちゃん。
それに、「なるほど、志保ちゃんはβ版のキャラを引き継がなかったというし、名前も変えたのか」と、今さらの事実に納得というか、言われてみれば当然に思える対応に内心で頷き。しかし、やはり彼女は試験版ではわりと苦労していたのだろうと察し、眉根を寄せる。
「ひさしぶり、『主人公』くん。あと、今の私は『スィフォン』なので、『タバサ』呼びは控えてもらえると助かります」
「……うん。タバ――じゃない。スィフォンも『主人公くん』呼びをやめよう。ね?」
ふむ。二人の間に漂う雰囲気からして、どうやら彼との仲はそれほど悪くなかったようじゃな。
と、なれば。広げた知覚範囲内でこちらを興味深そうに見ている青年のパーティメンバーらしい連中も、そこまで警戒する必要は無い、か。
果たして、儂に抱きつき「志保ちゃん、志保ちゃん! わたしたちの紹介―!」と笑顔で片手を振る美晴ちゃんの声に、「リーダー、俺らの紹介もー!」と。少し離れた位置でこちらを窺っていた青年のパーティメンバーだろう四人も反応し。こうして、なんだか済し崩し的な展開で彼らと自己紹介をしあうことになった。
「それにしても、タ――スィフォンも僕らのクランに入ってくれたんだ」
「うん。というか、クランの≪掲示板≫を見て、来てくれたんじゃない……んですね?」
志保ちゃんの台詞に首を傾げる青年に、少女が「これです」と可視化したウィンドウを示し。そこに書かれた『【困ってます】タバサから主人公くんへ【助けてください】』というタイトルだかメッセージだかをさり気なく『視て』、儂は≪掲示板≫特有だろう妙な書式でのそれに内心で眉根に皺を刻み、青年は微妙に笑みに苦みを混ぜた。
そして、「困っています。助けてください」と、そう言って志保ちゃんが彼に頭を下げれば、「うん。任せて」と内容も聞かずに即答する通称『主人公』くん。彼が良い人なのはよく分かるが……彼は本当に『主人公』の綽名を嫌っているのか疑問に思えてくるのぅ。
「それで? 僕は何をしたら良いのかな?」
「主人公くんたちには是非、ミナセさんのレベル上げを手伝ってほしいんです」
ふむ。どうやらここからの交渉が参謀殿の本題だったようじゃな、と。儂は自身のことではあるが、あえて暫し静観の構えで口を挟まぬことに。
「彼女のレベルと〈職〉は? あとポジション」
「〈戦士見習いLv.18〉で、≪ステータス≫は――ミナセさん、見せてしまっても良いですか?」
かまわんよ、と。≪ステータス≫を開いて可視化。ダイチ青年と志保ちゃんの間にウィンドウを持っていく。
そこには、
『 ミナセ / 戦士見習いLv.18
種族:ドワーフLv.8
職種:戦士Lv.10
性別:女
基礎ステータス補正
筋力:2
器用:5
敏捷:2
魔力:0
丈夫:8
装備:見習い冒険者ポーチ、小兎と森狐の毛皮鎧、見習いローブ、薔薇柄のスカーフ
スキル設定(4/4)
【強化:筋力Lv.1】【収納術Lv.4】【暗視Lv.2】【鑑定Lv.2】
控えスキル
【交渉術Lv.4】【盾術Lv.4】【斧術Lv.8】【解読Lv.2】【翻訳Lv.2】
【鍛冶Lv.3】【槌術Lv.8】【漁Lv.1】【水泳Lv.2】
称号
【時の星霊に愛されし者】【粛清を行いし者】【七色の輝きを宿す者】 』
と、儂や美晴ちゃんたちからしたら見慣れたものが書かれていたが、
「あー、なるほど。ステ振りは割と純粋な壁役――って、はぁ!?」
「驚くのは分かりますが、いろいろと内密でお願いします」
さて、彼はいったい『どれ』に対して驚いたのかのぅ?
「え、えっと……。なんかもうツッコミどころの多い【スキル】や『称号』持ちなんだけど……とりあえず1つだけ。もしかしなくても彼女って、『レインボー』?」
ん? 志保ちゃんは普通に「はい」と頷いておるが……『レインボー』とは何のことじゃ?
「あ、『レインボー』っていうのは称号【七色の輝きを宿す者】持ちのプレイヤーのことでね。『七色』だから『虹』で、通称『レインボー』!」
と、内心で不思議に思っている儂に、美晴ちゃん。儂の僅かに寄った眉間の皺から疑問を察してか適格に解説を入れてくれるのは助かるが……なんだかいよいよもって小春に似てきてはおらんか?
「あン? 赤毛のちっこいのは『レインボー』なのか?」
果たして、そう会話に入ってきたのは筋骨隆々の巨漢。さきにした自己紹介によれば、彼のプレイヤーネームは『ドークス』で。纏う重そうな金属鎧と見るからに力強そうな外見の通り、彼は『薔薇園の守護騎士』のなかでは壁役なのだという。
「つーことは、もしかして〈探索者〉にも就いてたりするのか?」
「はい。加えて、〈鍛冶師〉の【鍛冶】に〈商人〉の≪マーケット≫も使えます」
対して、そうプレゼンのごとく返すのは志保ちゃんで。その、どことなく自慢げな雰囲気になって告げる様子に、すこしだけ嬉しくなる。
「さらに付け加えるなら、まさかの【収納術】と【翻訳】持ちだよ彼女」
そう肩をすくめて告げるダイチ青年に、「ああ、もしかして」と声をあげるのはローブを着た糸目の青年で。事前の自己紹介に曰く、パーティの回復支援役というカネガサキさん。他のメンバーが「へぇ」とか「ふぅん」だのといった薄い反応に対し、彼だけはどことなく面白そうというかワクワクしている様子で、
「君、もしかして少し前に≪掲示板≫で話題になってた『乙姫ちゃん』?」
なにやらまた、意味不明な呼び方をされる儂。……どうにも≪掲示板≫では通称だの綽名だのを付けるのが好きなようで、そちらをあまり利用しない人間には本当にわけがわからんのぅ。
「おじーちゃん、おじーちゃん。『乙姫ちゃん』っていうのは、『乙女ゲー』と『姫プレイ』をしてたって誤解されてたおじーちゃんの≪掲示板≫での綽名でね。わたしたちも≪掲示板≫とかだと『姫』って呼んでるんだー」
……ふむ。やはり、ようわからん。
「あー……、その子ってたしか【交渉術Lv.4】もちの、『買い物クエ』やってただけで酷い書き込みされてたっていう?」
「さらに友だちと遊んでたらPKに襲われて、ブラリの機能を使ってPKKしたら『チート』だ何だって他所のSNSなんかにも書き込まれてた子、だっけ?」
……ふむ? なぜ、儂は初対面の美人――エリーゼ嬢と軽装鎧の美少女――アイチィ嬢の二人に頭を撫でられている?
「うんうん、赤毛のちみっ子は苦労してたんだなぁ……」
はて? なぜ、ドークスさんは瞳を潤ませている?
「で、話を戻すけど。僕らでミナセちゃんのレベル上げを手伝ってほしい、と?」
「はい。できれば、レベル30以上まで。パワレベでもなんでも良いので――早急にミナセさんのレベルを『亡霊猫』と対峙できるまでに引き上げてください」
果たして、その会話を耳にして。この場の全員の空気が一転して張り詰めたものに変わる。
「……『亡霊猫』?」
一人、不思議そうに首を傾げている巨漢はさておき。今まで、ちょっと知り合いの友人のレベル上げを手伝う程度の認識だったろう彼らは、少女の告げる『レベル30以上』という台詞に顔色を変えた。
「ええと……。タバ――……スィフォンの友だちだから協力したい、とは思うよ?」
「でも、私たちは迷宮攻略クラン。だから悪いけど、そこまで時間を割けない」
エリーゼ嬢とアイチィ嬢の言葉は、わかる。ダンジョンの攻略を第一とし、そのためにレベル上げをしている彼らを長時間儂らの事情に巻き込むのは気が引ける。
ゆえに、志保ちゃんの提案はありがたくもあるが……やはり止めるべきじゃろう、と。儂がすこし無茶でもなんでもすれば良い、と密かに決意して口を開き――
「ドークス。きみの今着てる防具、ミナセちゃんにあげても良いかな?」
――『薔薇園の守護騎士』の団長は静かに告げる。
「は? ……まぁ、俺の新しい防具ができたって生産組から連絡きてっから別に良いけどよ。この防具の必要筋力値はけっこう高いぞ?」
「『ドワーフ』のミナセちゃんならステ補正と【強化:筋力】付きで十分装備できるよ。あとは武装だけど、たしか予備の斧なんかもあったよね? それ、ちょっと貸してあげて」
「……主人公くん。ミナセさんは水場での戦闘用の防具を『運命堂』の店主に依頼しているそうなので、防具も借りるだけで大丈夫だと思います」
ああ、あの『運命堂』の、と。そう言って苦笑する青年を見て、何気にアキサカくんの有名ぷりに驚きつつ、何やら話が進んでいっていることに呆然とする儂ほか数名。
「え? ちょっ……、もしかしてダイチ、この子のレベル上げ手伝う気!?」
「リーダー、正気? そんなことしてたら他の攻略組との差が……」
エリーゼ嬢とアイチィ嬢の言葉に、「問題ない」と彼は笑顔で返し。
「僕らはただいつも通りに『レベル15開始』のダンジョンで自分のレベルを上げるだけ。そこにミナセちゃんが混じるだけさ」
なにせ〈探索者〉にもなれる〈戦士見習いLv.18〉の壁役だ、そこまで足手まといにならないさ。そう軽く告げ、顔をこちらに向けて、
「ミナセちゃんは病院の医療用VRデバイスを使ってるんだと思うけど、連続ログインはどれぐらい平気?」
その問いに、わずかに逡巡し。彼の言う医療用VRデバイスが何を指しているのかは今一わからんが、「……AFO内時間で24時間に一度はログアウト休憩がいる」と返す。
……まぁ、正確にはログアウトせずとも良いんじゃが、な。小春との約束で24時間に一度、現実世界で1時間の休憩を挟むようにしているのも本当じゃし、まったくの嘘というわけでもないから良いか。
「AFOで24時間というと現実で8時間……。つまり、僕らの持ってる最大8時間ログイン可能な廃人御用達のVRデバイスとだいたい同じようなタイプでしょうかね?」
ああ、別に詮索するつもりはないので詳細はけっこうです、と。そう告げる糸目の青年に内心で首を傾げつつ、『廃人御用達』という言葉に「……こやつら、大丈夫か?」と心配が顔に出る儂。
それを見て、何かを勘違いしたのか「大丈夫」とダイチ青年は儂に笑いかけ。なぜだか膝を折り、わざわざ儂と視線の高さを合わせ。
「僕が――僕らがきみを助ける」
儂の頭に手を乗せて、それこそ何かの物語の主人公のように笑顔で告げる。
「これから現実世界で3――いや、2時間で準備するから。それから8時間――AFO時間でだいたい24時間、僕らとダンジョンに籠ってレベル上げといこう」
いいよね、みんな? と、周りで儂らのやり取りを見ていた『薔薇園の守護騎士』のメンバーを見回して聞けば、
「よくわかんねーけど、まぁ任せろ赤毛っ子」
「そこの筋肉はともかく、このお姉さんに任せるといい」
「そうそう、任せて。アイチィが珍しくお姉さんぶれて嬉しそうだし」
「ですね。というか、そういうエリーゼも毎回臨時の〈探索者〉のことで不満たらたらでしたし、ミナセちゃんが主戦力になったら嬉しいんじゃないですか?」
皆、笑顔で告げて、
「ちなみに、彼ら主人公くんを筆頭にした五人組は『主人公と愉快な仲間たち』――通称『ヒーローズ』ってパーティ名で登録しているそうですよ?」
そう、珍しく冗談めかして告げる志保ちゃんの言葉に、彼ら――『主人公と愉快な仲間たち』の面々は「新人さん、いらっしゃーい♪」と、これまた笑顔で冗談交じりだろう雰囲気で返し。「あー! ダメだよ、おじーちゃんはわたしたちのだからあげませんー!」と、美晴ちゃんも笑いながら儂を抱きしめて言い、ダイチ青年は一人「……いや、だから、その。『主人公』呼びは、その……」と苦笑していたりもしたが……ふむ。なるほど、名前の通りに愉快な仲間たちであるな『ヒーローズ』のメンバーは。
『主人公』こと『ダイチ』の初出はクエスト3にて、ナンパ男を静止したイケメンが彼ですw




