クエスト29 おじーちゃん、少女の『告白』で気づく
『迷宮』という名前だけあって、構造は迷路じみた複雑怪奇なつくりになっているようで。一度通れば自動的に記録される≪マップ≫の機能が無ければ多くのプレイヤーがただただ迷い、難儀したことだろう、と。地味に道によく迷う儂などは眉間に皺を刻んで思ったりもするが、別段、儂らはダンジョン最奥のボスモンスター討伐という、いわゆる『攻略』を目的として潜っているわけではなく。出現するモンスターを狩り続けてのレベル上げが目的なので、それこそ休憩などで使う『部屋』の位置を確認するぐらいにしか≪マップ≫を使わなかった。
ちなみに、この『部屋』というのは、ダンジョン内の一定の幅と高さを保つ『通路』とは違う、ちょっとした広場のような開けた空間のことで。曰く、この『部屋』にはモンスターが侵入せず、トラップも配置されないそうで。ゆえに、ダンジョン内ではだいたいのプレイヤーはこの『部屋』と呼ばれる空間にて休憩ないしログアウトすると言う。
もっとも、転移魔方陣広場でのそれとは違ってアバターを残してのログアウトとなってしまうわけじゃからして、ダンジョンが『パーティを組んで一緒に入ってきた者以外の侵入、遭遇などは無い』仕様だとしても信頼できない相手と組んだ場合は、そうそうログアウト休憩もし難いと言うが……まぁ、儂らには関係ないかのぅ。
さておき。そんな迷路の如き薄暗いダンジョンにあって、他に特筆すべきことがあるとすれば、それはダンジョン内ではモンスターだけではなくトラップも時間経過で自動的に生成されているらしいことか。
このトラップの内容は、≪掲示板≫に曰く、通路が途中で崩れて落とされる『落とし穴』や、隠された『スイッチ』を踏んだりすることで作動して踏んだ者に弓矢で攻撃する等のものがあるそうで。〈狩人〉の【罠】か【察知】などの発見系の【スキル】でトラップを見つけ、回避するか。【罠】もちが使える『解除』で無力化する、などがトラップに対する一般的な対処法らしいが……儂の場合は他の構造データとの差異というか『違和感』を感知して発見でき、美晴ちゃんの【直感】と併せて儂らはトラップを難なく回避できていた。
「スキル【おじーちゃん】のチートっぷりにAFOのバランス崩壊なう!」
「もはや一家に一台欲しいレベルのスパコンです、本当にありがとうございました」
なぜか、美晴ちゃんよりさきにトラップやモンスターの接近を察知する度に二人には呆れられているが……それもこれも半世紀以上VR関係の仕事に就いて電子情報を感知、処理してきたからこそであり、儂の昔居た研究機関には儂並に情報を解析できる連中も珍しくなかったんじゃがのぅ。
「要は、慣れじゃよ、慣れ」
「「…………」」
はて? なぜ、二人して無言無表情で手を左右に振っているのか?
「ねー、ねー。そんなことより、おじーちゃん、魔石は幾つになった?」
――事前に、モンスターのドロップ品はすべて儂が受け取るよう設定していた。
ゆえに、そう抱きつくようにして訊いてきた美晴ちゃんに≪インベントリ≫を開き、その中身のリストを可視化させてから、「さっきのでちょうど18個になったところ、か」と答え。これまた事前に『魔石18個までレベル上げ』という取り決めもあり、約束の時間――二人の門限である現実世界の19時、AFO内で21時――より少し早くはあったが、いったんダンジョンから出て清算することに。
もっとも、『魔石』は武装の『強化』に使えるゆえ、儂がすべて買い取り。1個100Gの魔石18個ぶんの値段――1800Gで補給と三人の装備の更新をしよう、と話してあったわけじゃが……2度のログアウト休憩を挟みはしたが、それでも8時間近くは狩りにあてていたわけで。それで一人600Gの稼ぎというのは、やはり少ないように思える。
それこそ、PK討伐時の収入などは参考にならないにしても、儂一人で昨晩から朝まで同じような時間レベル上げをしていたときなどでも軽く3000G以上になっていたしなぁ。
「……ダンジョンは本当に良い稼ぎ場なのかのぅ?」
とりあえず最寄りの『部屋』へと向かって歩きつつ、「やはりドロップが確定でないのが儂としてはストレスなんじゃが、他のプレイヤー的に、その辺はどうなんじゃろうな?」と、首を傾げて二人に問えば、
「そもそも、単独でMPK紛いの狩りをするおじーちゃんが異常だって気づこう」
「まずは大量に沸かせて~、というのが普通だと思われていることに戦慄を禁じ得ないのですが……」
なにやらまた、普通のプレイヤーではしない行動をしていたらしい儂。本日、何度目かの呆れ顔を頂戴するものの、何がどう普通と違うのかがわからず首を傾げる。
「? 前回、二人もやっていたし、最後のPK討伐のときもアレが沸かせまくっていたでな。フィールドでの狩りは、そういうものではないのかの?」
実際、時間効率だけなら悪くないように思えたのじゃが、と。不思議そうにする儂に美晴ちゃんはソロでの狩りはモンスターより何より他のプレイヤーのことを警戒すべきだ、と。不意のPKとの遭遇もだが、大量にモンスターを沸かせるのは要らないトラブルのもとだと珍しく真面目な顔で告げる――が、その横で呆れ半分の雰囲気の志保ちゃんを見るに、おそらく彼女も一度やらかして注意されでもしたのだろう。
さておき。まぁ、言われてみればその注意も当然か。実際、儂もあの大量の兎をけしかけられて苦労させられたし、モンスターの相手だけでなくPKなどとの遭遇も視野に入れるなら、他人と関わらずに済むダンジョンの方が安全で稼ぎやすくはある、か。
加えて、今日、譲ってもらった魔石にしても、これが武器防具などの『強化』に使えるというので、それも合わせて考えれば、ダンジョンでのレベル上げが最も効率的なのだろうか? 時間帯に関係なく【暗視】のレベル上げもできるし、他人のちょっかいを気にせずに長時間レベル上げができて、出現するモンスターのレベルも半ば指定できるわけだから悪くはない、のか?
果たして、『部屋』に着き。まずは≪マーケット≫に出品されたもののリストを可視化して三人で覗きこみ。時折【鑑定】で視ては値段と相談しつつ、店売りの性能との違いなどを話しながら、「そう言えば」と。儂は特に深く考えることなく、
「二人は、『亡霊猫』と呼ばれとるPKを知っておるかの?」
あるいは、件の『亡霊猫』の情報が少しでも増えれば。最悪、すでに討伐済みかどうかだけでも知れれば、と。そう思っての問いに、「? 『亡霊猫』??」と首を傾げる美晴ちゃんはともかく。
その隣で――なぜか、志保ちゃんは唇を横に引き延ばすようにして笑って。普通なら聞こえないだろう小さな声で「……嗚呼。やっぱり」と呟き、
「ふふ。ミナセさんの≪ステータス≫を最初に見せてもらったときに『もしかして』と思ってましたが……うふふふ、そうですか、『亡霊猫』ですか……」
それはまるで蝋人形が熱に溶かされるかのように。普段の表情に乏しい少女が浮かべるには明らかに異質と知れる、『にたぁ』という擬音が聞こえてきそうな粘ついた笑みを浮かべて、彼女は告げる。
「し、志保ちゃん……? な、なんか笑顔が怖――」
「ああ、ミナセさん? 質問に質問で返すようであれですが……先に一つ、確認しても良いでしょうか?」
一歩引き、表情を引きつらせる美晴ちゃんの言葉を遮り、志保ちゃん。『ニタニタ』とした笑顔のようで、その実、とても真剣な気配を宿した瞳をこちらに向ける少女に、「うむ」と頷き……それとなく隣で震えとる孫の背をさすってやる。
「ミナセさんは……もしかして『亡霊猫』の正体をご存知だったりしますか?」
その問いかけに、わずかに瞳を細め。とりあえず小春のやつが言うとった≪掲示板≫に書き込まれていたという情報だけを語り。そのうえで、
「……勘違いさせたくないでな。さきに断っておくが、儂は決して件のPKを討伐しようとは思っておらん」
嘆息を一つ。少女のそれに同じく真剣な瞳で返し、「儂はただ、話してみたいだけじゃよ」と呟くように告げる。
「襲われれば当然、応戦もするじゃろうし。結果的に儂が討伐してしまうことになるかも知れんが……儂は件のPKが何を思い、何故そんなことをしているのかを聞いてみたい。話してみたい」
小春に頼まれたことや、『彼女』が儂と同じように『からだ』を持たず、『あたま』だけの状態でAFOをプレイしている、ということに関しては内緒に。しかし、想いだけは正直に、まっすぐそのままに告げる。
そして、
――結論から言って、この時点で志保ちゃんはおおよそ儂の事情を正確に察してしまったらしい。
「ああ、なるほど……。やっぱり……そう、なんだ……」
そう一人で何かを噛みしめるように呟き、頷いて、再び表情から色を消す志保ちゃん。それから困惑する儂らに構わず瞳を閉じ、数秒ほど沈思黙考の間を挟んだうえで、
「……ミナセさん。それに、みはるんにも、聞いてほしいことがあるの」
果たして、少女は語る。
「じつは、私には――ミナセさんと同じ『からだ』を失くした双子の姉が居ます」
それは、告白で。
それは、懺悔であった。
「……私の家は、私が産まれたときから『お姉ちゃん』が中心でした」
少女は語る。
「お父さんもお母さんも二言目には『お姉ちゃんのこと、お願い』と言うし。私には怒るくせにお姉ちゃん相手だと滅多なことでは声を荒げませんでした」
少女は、無表情で。
どこまでも無表情に見える『痛々しい表情』で、
「……私とお姉ちゃんは双子なのに。そっくりなのに」
語る。
――私が物心つくころには、すでに病院通いだった体の弱いお姉ちゃんのことは、だから当時の私はあまり好きじゃありませんでした。
私がお遊戯会で主役になっても、お姉ちゃんがちょっと体調を崩しただけで見に来てくれない。かけっこで転んでも、私は「強い子でしょ」って言われるだけなのに、お姉ちゃんが転べば大げさなくらい慌てて……。私たちが喧嘩でもしようものなら、とりあえず私を怒って……。両親の関心が自分より姉に向かっていることが否が応でもわかっていたから、いつしか上手く笑えなくなって……。
気付いたら、お姉ちゃんの面倒を見ていた。
気付いたら、私には友だちがいなかった。
気付いたら……独りだった。
お姉ちゃんが入院したのは、小学校に上がってすぐで。……そして、お姉ちゃんが『からだ』を失くしたのが三年生のとき。
VRのなかでしかお姉ちゃんと会えなくなって。……VRのなかでのお姉ちゃんは、見たことないほど元気で。健康的で。
いつしか「お人形」なんて呼ばれてた私と違って、お姉ちゃんはいつだって可愛らしく笑えていて。
なまじ、当時のお姉ちゃんのアバターが私の容姿のコピーだったから余計に。当時の私には歪な鏡を見せられているようで……辛かった。
私と同じ姿で。
私と同じ顔で。
だけど、私にはできない顔で。
私とは違って明るく笑って、楽しそうに笑って、面白いと笑って。
そんなだから……私はどんどん、彼女と『遊ぶように頼まれていること』が苦痛に思えて仕方なくなって。
それでも両親にこれ以上嫌われたくない私は表情を消して『お願い』を聞いた。感情を殺してお姉ちゃんとVRのなかで話して、ゲームして、かけっこして『遊んであげた』。
それで……もう、何が起爆剤だったかは覚えていません。
お姉ちゃんの笑顔が気に障ったのか。VRで出会う彼女が健康体そのものなのが気にいらなかったのか。
理由は忘れました。だけど、言ってしまったことは覚えています。
『おねーちゃんばっかりズルい! わたし、おねーちゃんみたいになりたい!!』
何も知らなかった私は、何も知ろうとしなかったから――爆発した。
結果――お姉ちゃんも、初めて見せる憤怒の形相になって怒鳴り返した。
『だったら、シホちゃんの「からだ」ちょうだい! シホちゃんが「あたま」だけになって、ずっとずっとず~っと、死ぬまでおかーさんにもおとーさんにもさわってもらえなくなればいい! ず~っと、ゲームんなかにとじこめられちゃえばいいよ!!』
そして、そこからは、たぶん初めての取っ組み合い。
ズルい、ズルい、と言いあって。相手の羨ましいところを言いあって。泣きながら怒鳴りつけあって。
次の日から、お母さんにはお姉ちゃんにはもう会わなくて良いって言われて。……言われてすぐは、すこしだけ安心して。
私の時間ができたことで、私はすこしだけ周りが見れるようになりました。そうして、ようやくお姉ちゃんのことを正しく理解できたんです。
そして私は、あの日、言ってしまったことを――あのときのお姉ちゃんに言われたことを思いだして、後悔しました。
それで、私は『お姉ちゃんに謝りたい』と思うようになって。……だけど、お母さんたちには、『会わなくて良い』と言われて。あの日から、私はお姉ちゃんに会わせてもらえなくなっていました。
……でも、ゲームのなかでなら?
お姉ちゃんがオンラインゲームをやってたら? どこかのゲームのなかで偶然に、とか……。もしかしたら会えるかもしれない……なんて、思いながら。なんとなく、あのころの私のアバターを探してます……。
ごめんなさい、と。そう言えるときを願って、私は今、ここに居ます――と、そう言って泣き笑いの表情を浮かべて、志保ちゃんは告げる。
「……ミナセさん。そういうワケもあって、私としてもミナセさんには『亡霊猫』攻略を第一に行動してほしいと思っています」
その言葉に、「ふえ?」と変な声を出して首を傾げる美晴ちゃん。儂としても志保ちゃんが双子の姉を探しているのはわかったが、それと『亡霊猫』の話が結びつかない。そもそも、なぜこんなにも唐突に語りだしたのかもわからない――というワケもなく。
「ふむ。参考までに、件のPKが志保ちゃんの姉だと思う根拠を教えてもらっても良いかの?」
儂は、小春が件の『亡霊猫』が儂と同じ『からだ』をもたぬ女の子じゃと知っており。これまた同じように小春に誘われてAFOを始めた、ということも知っている。
ゆえに、志保ちゃんの姉が儂と同じ『あたま』だけとなったのだと聞き、あるいは――というより、小春が関わっている以上、十中八九そうじゃろうと思ってはいるが……それは志保ちゃんが知らないはずの情報で。ゆえに、『なぜ、それを確信したのか』が気になる。
「えっと……それは、ミナセさんが『亡霊猫』の正体について、『まるで最初からPKだと断定している』ように話していましたので……」
対して、少女は苦笑するような雰囲気を纏って告げる。
「ミナセさんが先ほど仰った特徴ですが……『同じフィールドで、いつでもプレイヤーを攻撃してくる』という『それ』を、普通はまずPKとは思いません」
私なら、『誰もその姿を見たことが無い』というのと、その攻撃方法が『槍の投擲』という情報から、最初に疑ったのは『ハイド系のモンスター』――いわゆる、姿を隠して不意打ち攻撃を仕掛けてくるタイプのモンスターを疑います、と。それこそ、同じフィールドには銛を投げつけてくる『レッサー・フィッシャーマン』というモンスターが居るのだから、と。
「実際、≪掲示板≫の書き込みでもPKだと思っている方は少数で。レベル18前後のプレイヤー十一人が誰一人姿を見ることなく『四方から飛来した槍のようなもの』で全滅させられていることから、もしかしたら『フィールドボスなんじゃ?』といった書き込みや、そもそも『単独犯であることすら疑わしい』とさえ言われています」
だから、と。儂の瞳をまっすぐに見て、情報通の少女は「ミナセさんの語った情報は、たしかに≪掲示板≫にも書き込まれていた情報ではありますが――少なくとも≪掲示板≫の情報だけを見て、普通はPKの、それも単独犯によるものだとは思いません」と断言する。
「加えて、キルケー周辺を主な狩り場としていたプレイヤーが一人、近頃その姿を見られなくなったそうです」
曰く、そのプレイヤーは『カホ』という名前で。そして、志保ちゃんが探す彼女の姉の名前も『嘉穂』というらしい。
「……正直、名前の一致という『たったそれだけ』の情報でも私は注目し、『もしかして?』なんて、淡い希望を抱いたりもしていました」
しかし、件のプレイヤーは幼い猫の獣人少女のアバターで。曰く、これまではけっこう長い時間をログインしていたプレイヤーだったとか。
加えて、≪狩人≫の【忍び足】や【潜伏】に【聞き耳】、【察知】持ちで。さらに≪漁師≫にも転職していたという情報と、使っていた得物が『槍』で、【投擲術】がメインの攻撃手段ということまで晒されていた、と。だから、『あるいは、彼女が「亡霊猫」か?』なんて書き込みまであったようじゃが、志保ちゃんにしても「我ながら希望的な予想と言いますか、願望交じりの推測でしかありませんが」と断ったうえで、それでも『もしかして?』と『亡霊猫』の正体が探し人なんじゃ、と疑ったりもしたそうだが――そこに来て、儂の先ほどの言葉が決定打になった、と。
なにせ、≪掲示板≫ではPKだという書き込みこそあれ、それが信じられていないと言うのじゃからのぅ。それなのに、儂は『単独のプレイヤーの犯行』だと確信しているように話し、その情報源についても悟られないよう振る舞ってしまった。加えて、最初から『亡霊猫』がプレイヤーだと知っていたかのように『本気で対話を望んでいる』とまで語り、そのための準備を進めているのを≪ステータス≫で示していたのだから、彼女の言う通り、『本来であれば、客観的に言って結びつけることの方が難しい2つの情報』――最近、姿を見ない『カホ』という名のプレイヤーと、PKの犯行とするにも疑わしい『亡霊猫』の情報を結びつけもしよう。
……ふむ。あるいは、こうなることも見越して小春のやつが仕組んだのかのぅ?
今回の儂に与えられた情報にしても、軽く志保ちゃんと話すだけでこうも簡単に二人で『亡霊猫』の正体を確信できたことから、その可能性は高い。……本当は、まだ儂以外に討伐されていないかやプレイヤーをどうやって襲撃しているかなどを訊こうと思っただけじゃったのじゃがなぁ。
もっとも、
「……正直に言おう。儂にしても、『亡霊猫』の正体はわからんし、ましてや志保ちゃんの探し人についても先ほど教わって初めて知ったことじゃ」
ここまでの話は、すべて推測で。どこまでいっても『亡霊猫』が志保ちゃんの姉だという保証は無い。……たとえ、内心でどれだけその可能性が高いと思っていても、じゃ。
ゆえに、今の儂に言えることなど、「それでも、先に言うた通り、少なくとも何も語らずに討伐はせんよ」と再び告げて。少女の想いを背負って、『彼女』との対話を第一に頑張ることを今一度決意する。
「うん、がんばって! おじーちゃん!」
果たして、そう美晴ちゃんに笑顔で応援され。「よくわかんなかったけど、志保ちゃんのおねーさんが見つかるかもなんだよね?」と訊かれ、「うむ」と頷けば「うん! それじゃあ、次は『亡霊猫』攻略のための作戦会議、だね!」と。そう元気よく、明るく宣言されてしまえば、それまでどことなく重かった空気も霧散するというもの。
「とりあえず、レベル上げをしなきゃ、なのかな?」
「……うん。そう、だね」
どこまでも『いつも通り』に笑いかけ、話しかける美晴ちゃんと、そんな彼女に僅かに瞳を細め、雰囲気を和らげて対峙する志保ちゃん。……うむ。仲良きことは良きかな良きかな。
「おじーちゃんの今のレベルは……〈戦士見習いLv.18〉、か。今のプレイヤーの平均レベルから言っても低くはないと思うんだけど、あとどれくらい必要そうなの?」
「えっと……目標の『亡霊猫』が本当に『蒼碧の洞窟』に籠ってレベル上げをしているなら、少なくとも30レベルは必要だと思う」
ソロで挑むならだけど、と。口もとに手を当てて考え込む志保ちゃん。彼女の言う通り、儂一人で挑むのならそれぐらいのレベルは欲しいし、環境に適応した装備と【スキル】のレベルは是が非でも揃えたい。
もっとも、二人に曰く、【スキル】であれ〈職〉であれレベル10までは比較的簡単に上げられはするが、そこからレベルを上げるのに必要な経験値がけっこう増えて大変だとも言う。
ゆえに、儂はもとより、レベル20前後のモンスターが出現するという『蒼碧の洞窟』を狩り場とする『亡霊猫』であってもレベルを上げるのに苦労しているだろうことは確定で。
ゆえに、狩り場を選べる儂が追いつくのも無理ではない。……が、もちろんそれにも時間は相応にかかる。
現状、称号【七色の輝きを宿す者】の≪ジョブチェンジ≫のおかげで任意のタイミングで転職可能となり。ダンジョン内であっても減った武器の耐久値を【鍛冶】の『修復』で回復可能な儂だ。これに〈商人〉の≪マーケット≫を利用すれば溜まったドロップ品を売り払ったり、回復アイテムを買うこともできるとあって、ダンジョンに籠ってのレベル上げなどはかなり長い時間でも可能である。
……もっとも、ダンジョンを任意のタイミングで脱出可能な『緊急回避』は24時間に一度しか使えんから、今使えばしばらく再使用できんし。無理をしてHPを全損――【虚弱】にでもなればレベル上げの効率も落ちそうじゃから、加減を間違えるわけにはいかんが。それでも、やはり余人に余計な干渉をされず、任意のレベル帯を選んで狩りのできるダンジョンにしばらく籠ってのレベル上げが効率的じゃろう。
「折を見て水場に移らねば【水泳】のレベル上げができんが……なんにせよ、今日明日で『洞窟』攻略、とはいかんじゃろうなぁ」
志保ちゃんの告白もあって焦る気持ちもあるが、どうしたってレベル上げには時間がかかるゆえ、仕方ない、と。まぁ、レベル上げに時間がかかる仕様のおかげで『彼女』が他のプレイヤーに討伐されるまでの時間も相応に長くなっとるのじゃから、今は堅実に詰めていくべきじゃろう、と。ため息を吐きつつ自身に言い聞かせる。
「ちなみに、水場での戦闘に適した装備は?」
「すでにアキサカくんに注文しとるでな」
今は完成待ちじゃ、と。その出来によっては『強化』も視野に入れており、そのために今日の魔石は二人から儂が買い取る形で確保している、と告げれば、志保ちゃんも「では、残る問題はやはりレベル上げにかかる時間、ですね」と頷いて言い。それから、また瞳を閉じて数秒ほど考えこんだうえで、
「……ミナセさん。それとみはるん」
果たして、少女は提案する。
『クラン』に所属しましょう、と。




