チュートリアル とあるテキトー〈魔法使い〉の場合
※ 注意! この話はわずかにですが本編のネタバレを含んでいます! なので、最低でも『クエスト3』まではお読みになってからの閲覧をお勧めさせてもらっております、ご了承ください。
そこは電子の箱庭。
そこは造られた異世界。
VRデバイスによって体感させられる偽りの世界は、見渡す限りの白の世界で。
白い、白い、白い、空間で。
果て無く、穢れ無く。あたかも何もないようなそこに、ただ一人、『彼女』は居た。
『――ようこそ、星霊と幻想の世界へ。こちらではVRMMORPG「星霊幻想記~アイテールファンタジア・オンライン~」におけるあなたの依り代の作成を行っていただきます』
目の前に浮かぶ『準備はよろしいでしょうか? YES ・ NO』のウィンドウに対して考えるまでもなく『YES』と答え。さきほどから曖昧な笑みを浮かべる『ナビゲーター』――『星霊アイテールの現身』を見て、「せめて話すんなら口もとを動かさないか?」と益体も無いことを呟く。……まぁ、要は『テレパシー』とかその手の演出なんだろうけど、ここまでリアルに迫った造形のアバターで唇の動きが皆無なのは違和感がヤバいな。
『まずは、あなたの名前を登録してください――』
もっとも、正直なところナビゲーターのことなんかどうでもいい。ここはさっさと進めてゲームだゲーム。
名前は、とりあえず『テキトー民』で。……読んで字のごとく、俺のプレイスタイルというか『他のゲームとかでも使ってる』っていうテキトーな考えで決めた。
ん? 『途中で名前の変更はできません』だぁ? ……いいよ、べつに。テキトー、テキトー。
次に決めるのは『種族』だが、これは経験上、下手に『人外』系を選ぶと碌な目にあわないと知っているから『人間』一択。……まぁ、ここの会社のゲームは初めてだし、ほかのゲームでのアバター造形技術の高さは折り紙付きって話ではあったが、一度、若気の至りでひどい目にあったからな。君子危うきになんとやら、ってね。
なにはともあれ、次はアバターの外見決めだが……これもなぁ。下手に身長や体型、設定年齢なんかを弄ると痛い目を見るんだよなぁ。とくに顔面を『整形』するんはダメ、ぜったい。……いやマジで『整形バレ』はトラウマもんですって。
というわけで、髪色をすこし変えるだけで外見設定はリアルのそれをトレースしたまんまで行く。……うん、見慣れた冴えない中年だ。
さておき。次の〈職〉決めは――〈魔法使い〉で。
理由は、この手の魔法を使えるVRゲーだと大抵は魔法を使えるジョブを選んでるから。やっぱ、リアルでできないことをやってこそでしょ。……あと、接近戦とか、無理ですから。剣や槍持ってチャンバラとかした日には……たぶん二の腕とお腹がプルンプルンするよ。もうおじさん、若くないのよ。
って、ことで。開始数分だが『キャラクリ』は終了、と。
果たして、眼前に浮かぶ『ログインしますか? YES ・ NO』の選択肢ウィンドウに、当然のごとく『YES』と即答。これにてゲーム開始――と思えば、再びの選択肢ウィンドウ。
あ? 『最初に転移する街を選んでください』?
うーん、まぁこれもテキトーに『アイギパン』で。……ほいほい、決定、決定、と。
これで本当の本当にゲーム開始か? と、眩いばかりの光に包まれつつ思ったのも一瞬のこと。気付けば、俺はゲームのなかに――青い空の下に居た。
[ここは、アイギパン転移魔方陣広場です]
視界の右上端に一瞬だけ流れた、現在地を示すインフォ。それを見るとはなしに見て、俺は改めて辺りを見回した。
なるほど、ここが山と森林に囲まれた街『アイギパン』。そう……つまりは、ここからこの俺、テキトー民さまの活躍が――
「ぶっ! ぶははははははは!!」
「くは! 『生理的に無理』って! あはははは!!」
――うぇーい!?
な、なんか、いきなり集団で爆笑し始めたから、「ま、まさか、おふざけで思ったのが読まれたんじゃ!?」と半ば本気で思って肩をビクつかせた。
ああもう、くそっ! 今どき思考リード系のプログラムなんて珍しくないとは言え、普通に考えたら違うってわかりそうなものを! どこのドイツさまですかねー、俺を無駄にビクつかせた元凶さまはー!?
「――きみさ、それはさすがにアバターの顔に手を加えすぎなんじゃないかな? 『違和感』すごいよ?」
果たして、そこにイケメンが居た。……そして、イケメンの眼前に『ぼくのかんがえた超かっくいーぼく』みたいな顔をした男も、居た。
おい、やめろ。とくにそこの整形くん。お前の顔は俺に効くんだ。そりゃあもうトラウマを抉らんほどの大ダメ―ジなんだよ、お前!
「な、なんだよアンタ! い、いきなり出てきて変なこと――」
「きみ、そのアバターで鏡見た? 表情筋の調節が雑、というかちょっと感情的な表情になると割とひどいよ?」
狼狽する整形男と諫める天然イケメンの会話を耳にして「あいたたたたたたたた!!」と、胸を押さえて蹲りそうになった。おい、やめてさしあげろイケメン君。あんたの言葉は俺にもぐっさぐっさ刺さるんだ。
「ってか、あれ……今気づいたけど、整形くんの相手してんのって『主人公』じゃね?」
「は? ……あ、マジだ。『主人公』さまだ」
「うわぁ……あの『なぜだか美少女のピンチに駆けつけることがよくある』って噂、マジだったのか」
……は?
はぁぁぁぁぁぁああああああ!?
え、なにその二つ名!? なにその『ピンチのヒロインのもとに颯爽と登場』なんて『おたく、登場するゲーム、間違えてません?』みたいな超奇特な体質!?
「……あれ? でも、今回の助けられたヒロイン役が、いつの間にか居なくなってね?」
「ん? ……あ、マジだ」
……ふー。とりあえず、経緯なんかはよくわからんが、イケメンが助けようとしたヒロインちゃんは、なぜだか既に居ない、と。うん、目の前でこれ以上、俺の精神にダメージを与えられる要因はなさそうだな。
よし、と。心機一転。俺はざわつく広場に背を向け、どこを目指すでもなく誰もいなさそうな路地の方へと向かって歩きだした。
「あー、もう……。開始早々、嫌な目にあったぜ……」
ため息を一つ。顔をしかめつつ愚痴り、あらためてこれからのことを考える。
えーと。たしか、AFOだと『なにはともあれ、まず冒険者ギルドで登録』……だったか? たしか、チュートリアルだかにも書いてあったけど、『登録せずに死亡は、即座にキャラクターデータも死亡』とか、なんかスゲー設定が書かれてた気がするんだが、っと。≪クエスチョン≫を開いて『チュートリアル』を確認したら、マジだった。
つまりは、まぁまずは冒険者ギルド探しかねぇ。っても、どうせそのうち≪掲示板≫辺りに見つけた奴が書き込むだろうし、急ぐ理由も特にないテキトーさんは路地の狭間に座りこんで≪掲示板≫を巡回してようかねぇ。
「と、その前に。≪マジック≫、オープン」
眼前に浮かべるは、現在、俺が使用可能な魔法のリスト。……と言っても、〈魔法使い〉で最初期に使えるんは『マナ・ショット』のみで。しかもこれは、いわゆる魔法の名前を声に出して発動する『ボイスコマンド』に対応した魔法――通称『コマンドマジック』ではなく。≪マジック≫のリストにある魔法名をクリックすることで開くウィンドウに書かれた、明らかに『元が共通語ではない言語の音を無理やり共通語に置き換えた』感じの呪文をテンポ良く唱えないと発動しないタイプの魔法――通称『スペルマジック』だった。
AFOの仕様に曰く、この世界の魔法は、まず『スペルマジック』を難なく発動できるようになって――おそらくは成功率とか独自の経験値だかをためることで――ようやく一人前となり、『コマンドマジック』化されるのだと言う。
まったく面倒な、と思わないでもないが……ゲームによっては『コマンドマジック化』なんて救済措置じみたものすらないのもザラだからなぁ。なかには『術式を組め』という、「それなんてプログラミング演習?」みたいなのもあるし、俺個人としては『まだ簡単な方』という認識である。
そのうえ、だ。
「≪インベントリ≫、オープン」
最初期に、プレイヤー全員に送られる2種類のアイテム――『練習用武器交換チケット』と『スキル変換チケット』などはマジで救済措置だ。なにせ、これらを使って手に入れられる『練習用武器:杖』は『壊れても一定時間放置で全快する』武器であり、魔法の発動によるMPの消費を抑える効果を持つ。そして、『チケット』の消費で手に入る【スキル】のなかの【属性魔法】や【回復】、【付与】などを取得すれば『スキル1つにつき1つ、固有のコマンドマジック』が手に入るのだから、マジで有り難い。
ってなわけで、『練習用武器:杖』と【属性魔法:火】に【付与魔法】を手に入れてみた。
これによって使用可能な魔法のリストが以下の通りに。
〇 スペルマジック
『マナ・ショット』
『フレア・ショット』
〇 コマンドマジック
『ブースト』
『ブーステッド・フレア』
『ティンダー』
なんと、びっくり。【属性魔法:火】を取得したおかげで、使える『スペルマジック』に『マナ・ショット』の炎バージョンとも言うべき『フレア・ショット』が。そして『コマンドマジック』の方に『ブーステッド・フレア』の文字が! ……まぁ、もともとβ版やってた奴の書き込みを見て知ってたが。むしろ、知っていたからこそ狙ったんだが。
ともあれ、『ティンダー』とかいう『ちょっとした火付けの魔法』なんてハズレはともかく。すべてのステータスが一時的に上昇する『ブースト』と、その火属性バージョンである『筋力』が上がる付与魔法――『ブーステッド・フレア』や、『魔力の弾丸を放ってぶつける』という『マナ・ショット』の炎版――『火の弾丸を放ってぶつける』単体攻撃魔法の『フレア・ショット』は使えるはず。
でもって、さっき≪掲示板≫にはようやく冒険者ギルドまでのマップ情報の書き込みもあった。なら、さっさと登録済ませて試そう!
ついでに、最初に行ける場所のなかで一番安全そうな箇所も確認し――
「っと、うわ!? だ、大丈夫……!?」
やっばー!? ≪掲示板≫なんか見ながら歩いてたんで冒険者ギルドを出るとき、ちょうど入ってきた赤毛の女の子とぶつかりそうになった!
「ん? ああ、大丈夫。当たってはいない」
……ほ。よかった。下手に異性に接触すると、それだけで『ハラスメント防止機構』とか作動してアカウント停止とかされかねんからな。危ない、危ない。
しかし、さっきの赤毛の幼女……年齢制限に引っかかってないんだから、12歳以上なんだよな? この手の体感時間を弄ってるVRゲーの特徴として、基本はR12以上なんだけど……たしかAFOもR12指定だったよな? それにしては幼いように見えたけど……。
「まぁ、外見年齢はある程度弄れるしな。もしかしたら幼く見せているだけの中身おばさんとか――は、さすがにないか」
なんにせよ、今はゲームを楽しもう。さぁ、俺の魔法が文字通り火を噴くぜーってなぁ!
果たして、意気揚々と『最初の草むら』に向かった俺は――そこで初めて、不意打ち上等の場所でのソロ〈魔法使い〉の弱さと草原フィールドでの火魔法の扱い難さを知り。加えて、AFOでは『筋力』の上昇がそのまま攻撃力の上昇とならないと知って火属性の付与魔法の使えなさに涙し、これを封印。次回からは大人しく狩場をアイギパンから他所に移すことにするのだった。
活動報告にて掲載していました短編です。以後、しっかりと本編に関わってくる……かも?w




