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おじーちゃん、『姫プレイ』なう!?  作者: 堀〇
第一章 制限時間内に目標を殲滅せよ!
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クエスト18 おじーちゃん、限界突破で『勝利の女神』を呼び込む?

 ――果たして、どれだけの時間が経ったのか。


 動作を簡略化し。


 拾える情報を簡略化し。


 脳の疲労を抑えるのにも限界を感じはじめてから、いったい、どれだけの数のモンスターを切り捨ててきたのか……。


「……はぁ! はぁ!」


 息を荒げる。だんだんと重くなっていく体に、腕に、それでも迎撃を命じる。


 遠くで男がまた何かを叫んだようだが、それは既に知覚することを放棄した無駄な情報。耳に入れど心には届かず。色を捨て、音を捨て、匂いを捨て、記憶することすら放棄しだして脳の疲労を抑えても、すでに詰みの状態。


 痙攣する足は駆けることを拒否して久しく。相対すべき敵は、距離を離してモンスターを沸かせ、こちらになすりつけるように――『MPK』を狙ってばかり。


 たまに飛来する矢は、それでも必殺のチカラを秘めていそうで油断できず。


 ときに武装を破壊され。ときに兎の突撃を受けては『ポーチ』から『ポーション』を出して回復を図り。隙を見出してはインベントリ内からも武装を装備するようになり。また斧を、槍を、剣を、振るう。


 ――ああ、疲れたのぅ。


 すでに思考は曖昧で。


 すでに時の感覚は霞の彼方。


 ――ああ、儂はなぜ、こうまでがんばっているんじゃったか?


 槍が、壊れる。一手、遅れる。突撃で、ダメージを負う。


 ――ああ、疲れた。


 息を吸い。吐いて。インベントリ内から代えの武器を手に。飛び出してきた兎を切り捨て。また、息を吸って。


 ――こんなニセモノの世界で。単なるゲームのなかで。儂はなぜ、こんなにも苦労しているのじゃろう。


 疑問が泡のように浮かんでは消える。


 あまりの疲労に意識が何度も吹き飛ばされそうになる。


 ――なぜ? どうして? 儂はずっと、『終わり』をただ待っていただけじゃったろう?


 朦朧とする意識で。判然としない頭で。気泡のように沸き立つ疑問を思う。


 ――……そう。儂は、ただ『終わり』を待っていた。


 ついには疑似的な視覚が誤作動を起こしたのか。ぼんやりと眼前に浮かぶようになった今日までの追憶。


 ……なるほど、走馬燈体験システムとはよく言ったものだ、と思考の片隅で思い。そんな名前を喜々とした表情で告げた、在りし日の連れ合いの笑顔を思い出す。


 ――……ああ、そうじゃ。儂は早く『あれ』のもとに逝きたかった。


 あの日、愛する妻を――春恵はるえを喪って。


 それがとても……悲しくて。哀しくて。辛くて。


 それでも子どもたちのために生きた。あの子たちのために歩き続けた。


 そうして、いつしか子供たちも大人になり。結婚して。家庭をつくって。子どもができたと見せにくるようになって。


 ……ああ、儂の役目も終わったんじゃな、と。そう思うようになった頃、儂にもようやく『終わり』が訪れて。


 それで儂は――だけど、生かされてしまった。


 ついに訪れた終わりの日に。たまたま居合わせた子供たちの医療技術の高さと自身の研究の成果によって。老いてガタがきていた『からだ』を捨て、『あたま』だけを延命槽に漬けられるようにして生き永らえることになった。


 ……正直に、言おう。


 あの日、終われなかったことを儂は『残念だ』と思った。


 最愛の連れ合いを亡くし。子どもたちも既に皆が所帯持ち。


 もはや、生きる目標を無くして久しく。


 もはや、儂に生きる理由はあるのだろうか? と疑問すら浮かぶ日々。


 それが延長された。延長されてしまった。


 ゆえに、その日から。ただただ砂時計の落ち行く砂を眺めているような日々じゃった。


 さらり。さらり、と。


 ただ、残りの『とき』が減っていくのを見つめ。ただ、『終わり』を願った。


 虚構ニセモノの世界で、何度も。


 単なる電子情報データでしかない世界で、ずっと。


 ただ、子供たちに負担を強いて。ただただ、『終わり』を待っていた。


 ゆえに――ああ、どうして。


 なぜ、儂は今、嫌悪していたはずの虚構ニセモノのなかに居る? 電子つくりもの肉体からだにしがみつく?


 ……わからない。


 考えられない。


 だけど……ああ、それにしても疲れた。


 本当に、疲れた。


 眠い。寝てしまおう。


 眠い。疲れた。


 眠い。疲れた。寝たい。疲れた。疲れた。眠い。疲れた。疲れた。疲れ――




『やっほー! って、大丈夫、おじーちゃん!?』




 ――声が、聞こえた。


 なぜ? 誰? そう疑問に思えど、すっかり自動的な迎撃が板についた儂のアバターは動作を止めず。


 跳んでくる兎を光と変え、息を整え、簡略化させた情報を精査して次の動きへと繋ぐ。


『えっと……もしかして、おじーちゃん、現在進行形でバトりちう?』


 何故だろう? アバターの動きが軽くなったように感じる。


 誰だったろう? そう疑問に思いながら、その声に癒されていくのを感じる。


『今、どこ?』


 口が勝手に動き。手が勝手に動き。靄がかった思考が晴れていく。


『――もしもし、ミナセさん』


 いつの間にか、声の相手が変わっていて。さきほどまでの、聞いているだけで元気を貰えるそれから、聞くだけで安心するようなそれへと変わり。


『今、みはるんがそちらに全力で向かっています。ですから、お手数ですが状況の説明をお願いできますか?』


 笑みが浮かぶ。勝てる、と思った。また口が勝手に動き。意志とは関係なく荒い息の合間合間で状況を言葉にして。


『……なるほど。では、幾つか確認を』


 少女の問いに迷わず答えながら。もう大丈夫だ、と自然と思わせてもらった。


『……わかりました。では、ミナセさん。みはるんが到着次第、「ケムリ玉」を使ってください』


 既に、疑問は無い。考えるまでもない。


 兎を切り捨て。貫き。息を整え。視線をアイギパン南の街門がある方向へと向けて。


 果たして、そこに。『桃色』の髪を――『色』の情報を除いて久しい視界に、なぜだか映るピンクのそれを見つけて。そのことに疑問を覚えるまえに安堵して。彼女の勝ち気な笑みに最短動作で『ポーチ』から取り出した『ケムリ玉』を使用。


 瞬間。視界が煙によって埋め尽くされるのをわずかに残念に思い。そう思ったことに苦笑しながら、遂には膝を地面に着けてしまっていたことに遅まきながらに気づき。


 されど、「ひゃっはー!」というハイテンションな雄叫びを耳にして不安など感じる暇も無く。そう言えば『ケムリ玉』は、こうしてモンスターに囲まれた際などに使うのが本来の使い方じゃったな、と今さらに思い出し。辺りを囲っていたスモールホーン・ラビットが遠ざかったのを知覚して、再度、安堵の息を吐く。


『ミナセさん。「ケムリ玉」の煙が晴れるまえに「パーティ」を組んで、数秒だけでも休息に努めてください』


 もはや躾けられた犬がごとく。少女の――志保ちゃんの言葉に疑問を抱くまえに行動している自分に苦笑し。彼女の言う通りに束の間の休息をとるために両手をだらりと下げ、顔を俯けて座り込んだ姿勢で体から力を抜き。それまであんなにも切望していた瞼を下ろして眠れる態勢になりながら、


『お疲れ様です。そして――もう、大丈夫です』


 眠らない。……眠れない。


 もはや、こんな中途で寝てなどいられない。


『みはるんと合流できましたら「パーティ」から「脱退」を。それから、彼女の背に乗ってください』


 いったんコールを切ります、と。それを最後に『フレンドコール』は切られ、


「おっ、じーっ、ちゃーん! 迎えに、来った、よーっ!!」


 声に、瞼を開ける。顔を、上げる。


 そこに、桃色の髪と犬耳の少女の――美晴ちゃんの笑顔を見つけて自然と表情を綻ばせた。


「ふははは! このわたしが来たからには――って、あれ? ごめん、おじーちゃん。志保ちゃんから『コール』着たから、ちょっとお話できないかも」


 果たして、煙が晴れる。と、同時に≪メニュー≫を開き、『パーティ』の項の『脱退』を選択。


 世界が切り替わり。腰を落とした儂へと飛んでくる矢を、下げていた腕を――斧を振り上げるようにして切り払い。


 立ち上がろうとして、よろめき。倒れそうになる儂は、しかし美晴ちゃんが受け止め、支えて。彼女の口が『のって』と動くのを目にして、頷き。少女が背を向けるのに対して覆いかぶさるように倒れ込み、


「行っくよー!!」


 そんな美晴ちゃんの声が聞こえるようになるのと同時。[スィフォンさんからフレンドコールが来ています!]というインフォメーションと、眼前に浮かぶ『フレンドコールに出ますか? YES ・ NO』のウィンドウ。


 それに当然、考える間もなく『YES』とコマンドし。美晴ちゃんは儂を背負って駆け出し。『もしもし』と、再度耳に届く志保ちゃんの涼やかな声。


『みはるんには指示しました。なのでミナセさんは「弓」を装備して敵に――赤点野郎に射かけてください』


 みはるんは、その矢の先に向かって駆けて行きます――と、そう言われるころには、既に一射目を終えており。美晴ちゃんはその矢の行方を視線で追いながら、四方から飛び出してくる兎を避けて駆け行き。


「なぁッ!? こ、このクソ餓鬼、まだそんなモン持ってやがったのか!?」


 久しぶりに聞いたクロードの声は焦りに満ちたそれで。儂に射られたことで動作が鈍り、彼を追っていた兎に追いつかれ、突撃されたのを見て自然と笑みを浮かべて。


 弓を引き、2射。3射。【スキル】の恩恵なく、致命傷になりえないとわかっていながら男へ矢を放ち。彼が儂の矢を受け、兎の突撃を受けてなお返しの矢を放ってくるのを手にした弓でどうにか弾き。


 それだけであっけなく弓が破壊され、つい舌打ちしたくなる思いを噛み殺し。再度、インベントリから斧と槍を取り出して、志保ちゃんと繋がった『フレンドコール』を切り。


「勝負じゃ、クロード!!」


 叫び、槍を投擲。と、同時に、儂の左肩に突き立つクロードの矢。


 そのたった1矢でHPのほとんどが削り飛ばされるのを後目に。奴が儂の投擲した槍によって太ももを貫かれ、転倒するのを目にして美晴ちゃんの背から飛び降り、駆け出す。


「この、クソ餓鬼がぁぁあああああ!!」


 草原に倒れ、兎に群がられ突きまわされながら、それでも矢の先をこちらに向けて放つクロード。


 迫る矢を斧で叩き落とし――それで斧が壊れ、儂の手のなかの武器が無くなったのを見て男は笑みを浮かべ、


「ふはッ! 死ねやクソ餓鬼ィィィィイイ!!」


 嗤い、放たれる一矢。


 対して、儂は『ポーチ』から鉈を――次に接敵できるタイミングまで温存していた、『山間の強き斧』に貰った手斧を取り出し。


 迫る矢を弾き――しかし、それによって殺到する兎に対して、一手遅れることになり。


 兎の突撃を避けられない。防げない。HPを回復する間もない、残存HPがわずかな儂はそれで死亡ゲームセット




 ――などというクロードの幻想を、桃色髪の犬耳少女と金髪碧眼のエルフが打ち砕く。




「…………は?」


 儂に飛び掛かる兎が、なぜだか儂に触れるまえに光となって消えてゆくのを目にして硬直し。


 儂が何をするでもなく回復をしめすエフェクト光を発したことに目を剥き。


 周辺の兎が、儂でも自分でもない方向へと向かって行くのを見て不可解そうに眉根を寄せ。


 ついには、儂の体が淡い付与魔法の光に包まれるのを目にして――彼はようやく真相を悟った。


「お、お前、まさか一人じゃ――」


「残念じゃったのぅ、クロード」


 驚愕する男の台詞を遮り、告げる。


「これで、儂の――」


 傍らで、回復ポーションを使ってくれたうえで槍を振り回していた美晴ちゃんに頷き。


 傍らで、駆け寄りながら敏捷値上昇の付与魔法を使ってくれた志保ちゃんに頷いて。


「く、クソ餓ァァァァアアア鬼ィィィィイイイイイイイ!!」


 放たれる、執念の一矢。


 対して、空いた手のひらを眼前にかざしてかばい――半ば以上を貫通させながらも顔まで届かせることなく掴み止め。


 儂のHPが残り数ミリとなり、


 しかし、生き残れたことに会心の笑みを浮かべて、


 果たして――辿り着く。


 終始逃げ回り、遠距離でしか攻撃をしかけなかった男に、ようやく。


 吹けば飛ぶようなHPで。もはや無きに等しいTPで。


 それでも儂の手の届く距離であれば――問題無い。


「――儂らの勝ちじゃ、クロード!!」


 鉈を振るい。男がかざした弓を破壊し。


 鉈を振るい。背を向けて逃げようとした男を蹴り転がし。


 鉈を振るい。クロードの顔が切羽詰まったものになるのを見て、次の一撃が最後となるのを確信し。


 鉈を――




 瞬間。世界が停止した。




 ……なん、じゃと!?


 体が、動かない。


 感知しえるすべてのものが動きを止め。現在、儂の置かれた状況が体感時間を何倍にも引き延ばされた状態にあると知り。そして――儂が今まさに強制的にログアウトさせられそうな状態だというのが判り、血の気が引く。


 ……待て。待ってくれ!


 声にならない悲鳴を上げ。だんだんとアバターから引きはがされるように『からだ』の感覚を失っていくのに、必死の思いで抵抗する。


 待て! もう少しだけ待ってくれ!!


 あと一撃。あと一度の攻撃だけで良い。それが済めば死んだって良い。なんであれば悪魔に魂を売ったってかまわん。だから! だから、もう少し! あと一秒でかまわんから儂に時間をくれ!!


 ……ああ、『からだ』から離されていく。このまま強制ログアウトとなれば、蓄積された疲労の代償でしばらく意識を失いかねない。それでは奴にキャラデリを許してしまう! 逃がしてしまう!


 志保ちゃんは言った。彼女たち二人はすでに奴の名前を『ブラックリスト』に登録してある、と。ゆえに、奴に今、トドメをさせるのは儂しかいない。ゆえに、次など無い。


 だから。だから、どうかもう少しだけ!


 あと少しの間だけ、儂に時間を! 孫との約束を果たせるまで、待って――




 ――ふと、背を押された気がした。




 それで、『こころ』が離れかかった『からだ』に再び戻れた。




 そして、






「――がんばれ、おじーちゃん」






 ひどく懐かしい声が、聞こえた。




 その声に頷くように。再び動き出した世界で、儂は、振り上げた鉈を――下ろした。


 果たして、それで『クロード』という名の男は光となり。砕けて、消えた。


 それと同時に、儂の意識もまた――

次回、最終話

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