クエスト14 おじーちゃん、かくして『PKK』となる?
志保ちゃん曰く、儂らを襲ったPKの〈職〉は、その多くが〈狩人〉だろうと言う。
これは、連中の主な攻撃手段が弓矢だったことに加え、『察知、索敵などの行動にプラス補正』の〈斥候〉に就く美晴ちゃんが、あの時点ですでに【直感】――『察しがよくなり、感じようとする行動にプラス補正』の【スキル】に加え、【聞き耳】――『索敵範囲を広げるスキル』を取得、セットしていたのに矢を受けるまで気づかれずに接敵できていたことから、相手が『気配隠蔽系のスキル』を持っていたのは確実であり。それこそ、『移動の音を聞こえ難くさせるスキル』の【忍び足】と、『動かないときの気配を察知され難くさせるスキル』である【潜伏】をもっていたのは明白で。そして、〈狩人〉に就けば【弓術】も込みですべて取得可能、と。
さらに、〈狩人〉は〈戦士〉、〈魔法使い〉と並んで『三原職』と≪掲示板≫では称されており。これはβ版ではこの3職以外に就くことが出来ず――しかし、この3職を組み込んだパーティでそれなりの実績をあげたことが≪掲示板≫などで周知、拡散。当然のこと正規版で新しく就けるようになった〈職〉に比べて蓄積された情報量や信頼などは段違いであり、『職に迷ったら3択』とまで言われるほど人気なんだとか。
ゆえに、連中が就いているのが〈狩人〉だという可能性は他の〈職〉よりは高く。『スキル変換チケット』やPKとなる以前に転職などして、といった可能性も勿論あるが、それでも襲撃時に全員が最低でも【忍び足】と【隠密】をセットしていたのは間違いなく。主武装が弓であったのだから、たとえ他の〈職〉に就いていようと大して関係ない――というより、相手として一番厄介なのが〈狩人〉なので志保ちゃんとしてはそれを第一に警戒しているという。
「……〈狩人〉に就いて取得可能な【スキル】は、さきにも言った【忍び足】、【潜伏】、【弓術】の3つにみはるんも取得した【聞き耳】、【察知】。そして、現状、〈狩人〉だけが取得可能な【スキル】――【罠】」
【罠】があるから『三原職』とまで言われ、迷宮攻略に〈狩人〉が絶対に必要とされる理由であり、もっとも警戒すべき【スキル】だと稀代の賢女は語る。
曰く、【罠】はTP消費でレベルと場所に応じた『トラップ』を設置できる【スキル】なんだそうで。たとえば草原や森林などでは『落とし穴』ないし『草を結んで作った、相手を転ばせる罠』などが造れるだろう、と。そして、それらの『トラップ』は注意深く観察したり【察知】などを持っていれば見つけられるそうなので、対するなら〈斥候〉でも良さそうなところだが、できれば設置した『トラップ』の解除も可能な【罠】もちが理想で、〈狩人〉には〈狩人〉をぶつけたい、と言う。
加えて曰く、「キャラデリでなんて逃がさない。ぜったいに、みはるんを――私たちを襲ったことを後悔させてやる」だそうで。そのために、できるなら高レベルの〈狩人〉の助力を乞いたいと言うので、
「ふむ。ならばちょうど知り合いに高レベルの〈野伏〉のパーティがおるでな。頼んでみるかの」
ふと、物資運搬の依頼を一緒に受けた三人――『山林を駆け抜ける風』の面々を思い浮かべ。彼らの〈職〉がちょうど志保ちゃんの求めるものだったこともあってそう提案する儂に、
「うん、ちょっと待とうか、おじーちゃん!」
「……やっぱり、職スレにも無い。〈野伏〉? ……え? なんで高レベルの〈狩人〉を紹介してほしいって頼んで〈野伏〉?」
詰め寄る二人に、はて? と、内心で首を傾げ。どうやら〈野伏〉の情報がプレイヤーに無いのを察して、まずは説明することに。
「聞いたところ〈野伏〉は、〈斥候〉と〈狩人〉のレベルをそれぞれ10以上にすることで就くことのできる〈職〉だそうでな。どうも条件である2つの〈職〉を併せたような働きができるという話じゃから、おそらく志保ちゃんの『高レベルの〈狩人〉』という条件は満たしておると思うんじゃが、どうかの?」
ついでに言うと、儂の知る高レベルの冒険者――『山林を駆け抜ける風』の三人は三人ともが〈野伏〉であり。役割を統一することで臨時に『斥候系の職』を望む依頼主に対応したり、それぞれが同じ〈職〉だからこそできる総合力での依頼遂行能力が売りなんだとか。
ゆえに、今回のような案件に彼らのチカラはちょうど良いんじゃないか、と。そう提言する儂に、
「ふぉぉぉおおおお!! 上位職の情報キタァァァァアアア!!!!」
「ふふふふ。条件が2つの〈職〉で10レベル以上とか……そんなの『転職』自体できなかったβテスターが気付けるわけないし、そもそも転職すること自体が珍しい今、そんなの確かめようとするプレイヤーがいるわけないし」
なにやらテンションの上がる二人。……もっとも、片方は一見して相変わらずの無表情っぷりじゃったが、それはさておき。
「ふむ。とりあえず高レベルの〈野伏〉三人のパーティを紹介する、ということで良いのかの?」
で、あれば。アイギパンに戻ってきた際、彼らが滞在する宿を聞いていたのを思いだし、さっそく歩きだす。
……しかし、まさか『何かあれば訪ねてくるといい』と言われた初日に訪ねることになるとはの。
「ふむ。ところで、彼ら『山林を駆け抜ける風』を紹介するのは良いとして――まさか連中を彼らに狩らせよう、という話ではないのじゃろう?」
もし仮に彼らをそういう意図で使おうと言うのなら、悪いが断るしかない。……いや、そもそもの話、彼らの存在を『プレイヤーに敵対するNPC』として周知させたくはなかった。
今であれば、まだ『山林を駆け抜ける風』の三人の方が強いのじゃろうが、相対するのが不死のプレイヤーでは分が悪すぎる。加えて、≪掲示板≫などで一度その存在を拡散されてしまえば……おそらく数百数千ではきかない人数のプレイヤーが敵に回ることになる。そうなれば最後……儂は『友』を失うことになるじゃろう。
ゆえに、たとえ志保ちゃんの頼みでもそれはできない。
……彼らNPCは所詮、AIで動くニセモノの存在。
しかし、彼らは疲れれば休むし、腹が空けば飯を食う。寝もすれば、泣き、笑い、怒りもする。そして死んでしまえばそれまでという、AFO内で生きている存在なのだ。
ゆえに、儂は彼らを『友』だと思うようになったし。
ゆえに、なるべくならPKなどに関わらせるのは嫌ではあるが、
「はい。もちろん、連中は全員――ミナセさん『だけ』のチカラで討伐してもらう予定です」
志保ちゃんは軽く言って返す。
「そもそも、NPCのチカラを借りたことは秘すべきでしょう。……なにせ姫プレイと誤解されているだけで無駄にヘイト稼いでますし、ミナセさん」
「あー、そうだねー……。これで高レベルNPC雇ってPKKしても違うとこのヒンシュクを買うだけになっちゃうもんねー」
ふむ。言っていることの幾つかはわからぬが、美晴ちゃんの反応からしておそらく彼女の言は正しいのだろう。
「で、で? けっきょく、どういう作戦でいくの志保ちゃん?」
果たして、志保ちゃんは語りだす。
高レベル〈野伏〉のチカラを借りながら、それでいてPK連中には気づかせず。複数の、おそらくは儂らよりレベルも装備も上だろう〈狩人〉を儂一人で狩りつくす、その作戦を。
「問題は、ミナセさんが紹介してくださるNPC冒険者を雇う資金なのですが……今あるアイテムと依頼達成報酬で足りるでしょうか?」
「ふむ。さすがに三人全員を、というのは無理があろうが……最低でも一人なら儂の所持金すべてをはたいてどうにかなろう」
現在の所持金は3670G。これに狩った兎36羽ぶんの報酬額をあわせれば、最低でも交渉のテーブルにつかせることは可能じゃろう。
「あと、気になるのは……連中が『丈夫』や『器用』をあまり上げていなかったとして、儂のステータスと装備で、果たしてそこまで瞬時に撃破できるかどうか、か」
――志保ちゃんに曰く、連中はあまり『器用』にSPを使っていないという。
これは、『器用』と『丈夫』のステータス補正無しの『見習い服』装備という、防御力に関してはほとんど裸同然の美晴ちゃんに不意打ちをしてなお一撃でHPを全損させられなかった点から明らかで。
大多数のプレイヤーの装備品がほぼほぼ冒険者ギルドで買えるものであり、連中が主に狩り場にしている場所が判り、稼働初日の今なら最大でどれだけの時間をレベル上げに使えたのかが判っている現在、「相手の装備と物理攻撃力を知れば、それで『器用』と【スキル】のレベルがだいたい判ります」という作戦参謀殿は断言した。
大丈夫です。ミナセさんなら勝てます、と。
そんな少女の言葉は嬉しく、信頼には応えたいところじゃが……現在、儂の手元にあるのは『山間の強き斧』に御祝儀としてもらった鉈のみ。
これに【斧術Lv.3】ぶんの効果が乗り。さらにレベル3に上がったことで使えるようになった【斧術】のアーツ――『チャージアックス』は、効果説明に『TPを一定時間消費し続けることで次の一撃の威力が上がる』とあるので初撃だけなら十分な攻撃力もあろうが……物理攻撃力は基本、装備の質と『器用』に依存すると聞いては不安が残る。と、そう素直に儂が懸念を告げれば志保ちゃんは呆れたような雰囲気となり、
「ミナセさん……。替えの斧を買おうとしていた辺りで薄々そんな気はしていましたが……その、頂いた手斧が、じつは『現在のプレイヤーが手にしているなかで最上位の装備』だったりします」
…………は?
「そもそもの話、ミナセさんと一緒にお使いクエをこなした方たちは最低でも4倍の――実力や信頼からしたら10倍でもおかしくないような収入を得た直後で。帰り道でドロップアイテムを持ってくれただけのミナセさんに軽く600G近い『お小遣い』をくれる方たちですよ? それで、そんな『お小遣い』より安い装備を『心づけ』として渡すとは思えません」
まして、これが普通のプレイヤーならともかく、相手はNPC――『死んだらそれまで』の人間で。そんな、命の軽さをよく知る高レベル冒険者の『次の依頼でもよろしく』という意味でのプレゼントが、100G~200Gの冒険者ギルドで買える装備より安いわけがない、と。目を丸くする儂に、少女は『言われてみれば納得』の言葉で告げる。
「さすがに【鑑定】のような『物の価値がわかるスキル』をもっていないので正確なところは言えませんが……ミナセさんが手にした報酬額から逆算しても、その『手斧』は最低でも1kはすると思いますよ?」
現に、大して使っていない替えの斧はすぐに壊れてましたし、と。最低でも壊れた100Gの斧以上の値打ちはあるのだろうと知れる情報をまえに、愕然とする。
「こ、これは、まさか……儂は、本当に。誤解でもなんでもなく、『姫プレイ』をしていた、ということか……?」
「あー……はい。そうです、ね?」
果たして、頭を抱える儂と、そんな儂からそっと視線を逸らす志保ちゃん。表情の変化こそわずかに「で、ですが、これでミナセさんの懸念は晴れそうで良かったです、ね……?」と、苦笑するような雰囲気を纏って告げた。
「うんうん、さっすが志保ちゃん! 頼りになるー!」
と、そんな儂らの空気を換えようとしてか、やたらと明るい声音で言って志保ちゃんに抱きつく美晴ちゃん。
「……うむ、さすがは儂らの参謀。本当に、よく考えているのぅ」
そして、そんな孫の気遣いに儂も気持ちを切り替えて乗っかることに。……なに、別に状況が悪化したわけでもなく、これで連中を狩りつくせる根拠が増えたのじゃ。
ゆえに、気落ちすることでもない、と。儂が心機一転、やる気をみなぎらせるのに対し、志保ちゃんは――
「え、そんな……! わ、私なんて、けっきょく考えるだけで何もできませんし……」
襲ってきたPKの一人の名前をミナセさんが覚えていてくれたからですし。ミナセさんには終始守ってもらってばかりでしたし。けっきょく、NPCのツテも危険なPKKの役目も全部ミナセさん頼りですし、と。だんだんと顔を俯けようとして、
「それを言うなら、わたしなんて考えることもできてないよー! ついでに、デスペナでしばらくステ補正がマイナス状態だし、役立たずっぷりなら負けないぞー!」
抱きついたままの美晴ちゃんの迎撃にあい、すぐさま顔を上げることに。
「いや、みはるん。そこはいばるとこじゃないよね?」
「えー、いばるとこだよー」
だって、と。桃色長髪の犬耳少女はあっけらかんと笑って告げる。
「志保ちゃんはそんなわたしでも役に立てる作戦をわざわざ考えてくれたんでしょ? だから、いばる! いばれる! わたしはこんなにも役立たずだけど――そんなわたしにだって連中に一泡吹かせることができるんだって!」
どうよ、おじーちゃん! と、儂に振り向いて。
すごいでしょ? わたしの親友はすごいでしょ!? そう言って胸を張る孫の姿に、
「うむ、すごいのぅ志保ちゃんは。お前さんと一緒にAFOをできることを儂も自慢したいほどじゃよ」
儂も笑みを浮かべて頷き。そんな儂の言葉に喜色満面で美晴ちゃんも頷き。
そして、
「わ、私は……。私は、ただみはるんと……ただ、楽しく、遊びたかっただけで……。私は……!」
金髪碧眼の妖精は、はらはらと涙をこぼす。
自身の価値を過小評価している少女は、そっと親友の胸にすがり、自身は考えることしかできない、と涙する。
ゆえに、
「おじーちゃん!」
こちらにいつになく真剣な様子で視線を寄越す孫に「任せよ」と即答する。
そして、
「――断る」
件の、『山林を駆け抜ける風』が泊まる宿にて。彼らの代表たるジングソーは丸太のような太い腕を組み、小柄な儂を正しく見下ろすようにして言うのだった。




