クエスト11 おじーちゃん、少女の涙で『本気』出す?
『 ミナセ / 戦士見習いLv.4
種族:ドワーフLv.2
職種:戦士Lv.2
性別:女
基礎ステータス補正(残SP2)
筋力:0
器用:0
敏捷:0
魔力:0
丈夫:1
装備:見習い服、見習い冒険者ポーチ、見習いローブ、量産武器(手斧)
スキル設定(3/3)
【強化:筋力Lv.1】【盾術Lv.1】【斧術Lv.2】
控えスキル
【交渉術Lv.4】【収納術Lv.4】【暗視Lv.1】 』
兎を切り払っている最中、幾度かインフォメーションが流れていたのでステータスを確認したが、素体レベルと〈職〉、それに【斧術】がそれぞれ1レベル上がり、SPも2溜まっていた。
志保ちゃん曰く、討伐総数は36羽となったそうで。なんだかんだ1時間は拘束されていたわけだが、その割にはレベルが大して上がっていない、と。そう感じてしまうぐらいには久しぶりに疲労感を覚えていた。
……やはり本来なら知覚しえない微弱な電子情報を収集し続けたせいかのぅ。
作戦上、もっとも危険な位置には美晴ちゃんが。そして儂の背には守るべき後衛の〈魔法使い〉が居て、すこし無茶をした。
相対しているモンスターの一羽一羽が大したこともないのはわかるのだが、攻撃を受けるのも背後に通すのも憚られた――というより、がんばれば対処可能なことがわかっていたのでな。ついつい、常に10羽前後の動きを把握するように努めてしまった。
加えて、美晴ちゃんたちの動向も気にし続けてもいた。それを1時間あまりも戦闘行為をしながらであったから……うむ、さすがに無茶をしたものじゃのぅ。
さらに言えば、一度もログアウトせず現実世界で言えば17時間あまりも体感時間3倍のVR空間に居たことも響いているか。……儂も歳をとったということなんじゃろうなぁ。若いころならばこの程度、日常茶飯事。むしろ軽い方だとすら言えたのじゃが……儂の脳も寄る年波には勝てんと言うことなんじゃろうな。
などと遠い目で思っていると、
「ねーねー、おじーちゃん! SPはもう振った?」
背後から抱きつき、頬をすり寄せるようにして美晴ちゃん。……そんな彼女の行為に知らず頬を緩めていたのを意識的に常の仏頂面に戻し、
「うむ。じつは、すこし迷っていてな」
ため息まじりに返す。
「いっそ『筋力』を上げて装備なども揃えるべきか。志保ちゃんの付与魔法の効果を上げるために『敏捷』を上げるか。無難に『丈夫』か」
「あー……そうだねー。って、『器用』は選択肢に無いの?」
ふむ。
「『器用』は正直、なにに対して補正がかかるのかわからなくてのぅ」
AFOのホームページにある『ステータスについて』の項に曰く、『器用』はアバターの手先が器用になる、とあるが……正直、眉唾ものである。
と言うのも『筋力』が、ホームページにある『アバターの筋力を上げ、重い物を持てるようになる』とありながら本当にアバターの筋力を上げているのではなく。『何かを持つ際に対象の重量をどれだけ軽減できるか』という処理でもって『力強くなっている』と錯覚させているので、おそらくは『器用』も似たようなものだろうと予想していた。
これは『敏捷』の方の説明にある『素早い動作ができるようになる』というのが、ごくわずかにだが体感時間の調整でもって錯覚させているようなので、そういったプレイヤーに誤解させる処理でもって『手先が器用になる』という現象を再現しようとするだろう、と。そう考えるのはあながち間違いではないと思えるのだが……しかし、なんらかの疑似的な再現でもって手先が器用になったとして、それがどう役に立つのかがわからない。
これが『丈夫』であれば、実際に受けるダメージを軽減してくれているようなのでわかりやすい。加えて、どんな処理をされるにしても『筋力』であれば、それを上げることで実際に装備可能な武器ないし防具の質を上げられ、間接的にだが攻撃力や防御力を上げられるというわかりやすい強化に繋がるのだが、『器用』の場合はなにがどう変化するのか予想し難い。
これは『魔力』に関しても言えることだが……現状、魔法を使えぬ儂には不要じゃろう、と。こちらに関してはわからんでも問題無いと判断していた。
ゆえに、SPを消費して上げる候補としては『敏捷』か『丈夫』で良いような気もするのじゃが……それにしたって『器用』によって儂の何が強化されるのかがわからない、というのも気持ちが悪く、試してみたいと思えなくもないのじゃが、と。そんなふうに悩む儂に、
「『器用』は、主に物理的な攻撃力、防御力。そして生産活動に対する補正ですね」
我がパーティ随一の情報通たる志保ちゃんが教えてくれた。
「検証班に曰く、『器用』の値が高い方が与えるダメージが多くなり、与えられるダメージを抑えられるそうで。また生産系【スキル】によって生み出された物も『器用』が高い方が出来が良いらしいです」
ふむ。
「ちなみに、今日はまだ同じような狩りを?」
ちらり、未だ儂におおい被さるように背中に抱きついたままの孫の横顔を見て問えば、それはそれは良い笑顔で「うん!」と。さながらハートマークや音符マークでも付いていそうな声音で美晴ちゃんは頷くのだった。
「……牧羊犬みはるんはやる気まんまんですね」
「わんわん、羊の追い立て楽しいわん!」
わっさ、わっさ。美晴ちゃんの尻尾が振られる音を聞き流しながら、これからすぐにまた大量の兎と相対することになると聞いてさっそくSPを消費することに。
……一度、街に帰って装備を整える、というのなら『筋力』も視野に入れたが。ここは『器用』と『敏捷』にそれぞれふっておこうか。
「あー……そうでした。ミナセさん、次の狩りでのアイテムドロップの受け取り、お願いできませんか?」
――インベントリの容量はプレイヤーの筋力値に依存している。
そして『エルフ』は筋力値が低い。ゆえに、彼女のインベントリの容量は儂ら三人のなかでもっとも少なく、おそらくは次回の狩りぶんを収めきる自信がないのだろう。
反面、儂の『ドワーフ』は筋力値が高い。
これは、危険度からしたら儂もそれなりにアイテムを落としてしまう確率は高そうなものだが、それでも美晴ちゃんよりはマシだろう。と、そう判断してだろう確認に「かまわんよ」と頷き、儂は志保ちゃんから教わるがままに『設定』を弄る。
そして、
「じゃあ、行っくよー!!」
駆け出す、美晴ちゃん。
まずは草原を駆けまわってモンスターを沸かせ、それから――
そう思っていた儂らを嘲笑うように、少女へと矢が射かけられた。
「――――ッ!?」
肩に、手に、突き立つ矢羽。それにハッと目を剥いて体を反転しようとした美晴ちゃんは、
「志保ちゃん、マズイ! たぶんPKが――」
果たして、そんな叫び声を最後に――光となって散った。
「な……ッ!?」
絶句する。思考が停止する。
それでいて、自身へと飛来してきた矢を自動的に切り飛ばしていたのは、おそらくはさきほどまで半ば無意識のまま兎の迎撃をしていたからか。
なんであれ、美晴ちゃんのHPが全損し、消えてしまったのと同時に儂へも行われた攻撃。それが矢によるものであり、明らかにこのフィールドで出現するモンスターによるものでなかったのは、
つまり、敵は――
「『ブーステッド・ウィンド』!」
儂を付与魔法の光が包むのと同時に「逃げましょう、ミナセさん……!」と。
「油断しました。いくら不人気なフィールドでもプレイヤーが来ないのは異常。ちょっと森エリアに踏み入ればそこまで悪くない狩場のはずなのに誰の影も見えなかったのは――おそらく『彼ら』が狩っていたからでしょう」
それは初めて耳にする切羽詰まった志保ちゃんの声で。
「『彼ら』はPK――プレイヤーキラー。同じプレイヤーを狩りの対象にしている迷惑な輩です」
矢による攻撃が、儂から背後の志保ちゃんへと向かうのをわずかに後退して迎撃し、彼女の言葉に疑問を投げる。
「つまり、敵は……同じプレイヤー? ならば狙いは……HP全損により落としてしまうアイテム、かの?」
それならば、ある意味、納得できる。
モンスターを狩ることでドロップするアイテムを多数所持するプレイヤーは、ある種、1回の討伐でたくさんのアイテムを落とすモンスターのようなもの。他人の迷惑さえ思慮に入れなければ、それを狙うのも悪くない手のように思えるが――
「……連中は、ただ迷惑をかけるためにプレイヤーを狩ってるんです」
志保ちゃんは吐き捨てるように告げる。
「ヒールプレイ――子どもがごっこ遊びで悪役を演じるみたいなノリで。迷惑行為と知っていて、他人を傷つけて悦に浸ってるような低俗な輩です」
なので、と。彼女はわずかに杖を握る手を震わせながら、
「いったん、逃げましょうミナセさん」
そう、2度目の提案に「……しかし」と。彼女の提言が正しいとわかっていてなお、美晴ちゃんを傷つけた輩に背を向けることに抵抗を覚え、逡巡してしまう。
……矢の軌跡に、遠目から窺える敵影は最低でも四人以上。志保ちゃんをかばって戦える人数でも状態でもない。
ゆえに、けっきょく。結論は変わらず――逃げるべきだ、と。それが最善で、一番で、迷うことすら愚かしいことだとわかっている。
今ならまだアイギパンの街門も近い。連中も、まさか街なかでまで追いかけ、襲ってくることもないだろうし、そもそも儂はともかく志保ちゃんを狩られては先に三人でがんばった稼ぎが連中のものになってしまう。
――ゆえに、逃げるべきだ。
幸いにして――というのも業腹だが、HP全損によるペナルティはインベントリ内にあるアイテムすべてをその場にぶちまけてしまうことじゃが、美晴ちゃんの場合はロストしない報酬アイテムしかインベントリ内に残っていなかったはずで。つまりは、ここで志保ちゃんさえ守りきれば連中には何一つ報酬を与えることもない。
ゆえに即刻、逃げるべきだ。
……そもそもの話、ここで儂一人が残ったとして連中に勝てるとは限らない。
いや、十中八九、無様に――無意味に、負けてしまうじゃろう。
ゆえに、逃げるべきだ。
逃げるべきだ――そんなことはわかっている。
……ああ、そうだ。そんなことぐらい、わかっている。
わかっている――が、わかりたくない。
できるなら――否、できなくとも。ここで儂は連中に背中を向けたくない。
ゆえに――
「私は、ミナセさんを信じています」
――そんなセリフと同時。志保ちゃんが背を向け、駆け出すのを『視て』慌てた。
考える時間などない。儂も志保ちゃんに続いて駆け出し、彼女の背に迫る矢を切り捨てる。
……嗚呼。なんて情けない。
いよいよ儂らを逃がさんと言うように射かける矢が増えていくのを知覚し。そのなかで儂らへと当たりそうな矢をすべて把握し、切り払い、少女の背に続きながら歯を食いしばる。
……嗚呼、情けない情けない情けない! なにを儂は年端もいかぬ少女に先導させている! なにを儂は彼女に背負わせている!
志保ちゃんは振り返らない。
さきの儂を信じている宣言も理由のうちだろうが、それだけではなく。少女の顔を『視る』までもなく、彼女のあとを大して間も空けずに駆けている儂には中空で消えるまえの雫の煌きが見えていた。
ああ、そうだ。彼女だって悔しいのだ。……あるいは、儂のように抗うすべを持たない彼女は儂以上に、悔しいのだ。
短い間ながら彼女たちの仲の良さはわかっていた。ゆえに、美晴ちゃんが害されて志保ちゃんが何も思わないはずがない。彼女を傷つけた相手に何も感じないわけがない。
それでも、彼女は自身の想いを押し殺して駆ける。
そんな少女の背を狙う無粋極まる矢を、1本たりとも通すわけにはいかない。彼女の涙を低俗にして迷惑極まる輩に見せるわけにはいかない。
ゆえに、度重なる迎撃で片方の鉈が砕け散った瞬間。
儂は、儂の世界を――
加速、させた。
※ 感想などで指摘されることが多かったので、この場を借りまして説明を。
ほかの近未来などの世界観で、初のVRゲームを題材とした作品とは違い、この作品における『VRゲーム』は、言ってしまえば現在の『スマホゲー』のようなもので。アバターは『操作キャラでしかない』という認識ですので、どれだけリアリティーがあり、中身が居て、痛覚などがあろうと登場キャラたちにとっては『所詮はゲーム』であり、PK行為などは『ちょっとした迷惑行為』程度の認識だという前提でよろしくお願いします。