クエスト10 おじーちゃん、トレインからの『MPK』を習う?
体感時間が3倍というのはこういうときに不便じゃのぅ、と。転移魔方陣広場の端でローブの帽子をかぶって立ち尽くしながら思う。
……言葉にこそしなかったが、わざわざ『ログアウト』休憩を言い出すのだからトイレなり水分補給なりはしてくるじゃろうし、二人が帰ってくるまで30分はみておくべきかの。
さて、そうなると。待っている間、儂はなにをしたものか。
とり急ぎしなければならない用事もとくにない。……が、じっとしていて声をかけられるのも面倒か。と、そんなわけで、とくに目的地をきめるでもなく歩き出すことに。
そして、なんとなく≪インベントリ≫を開き、中身を確認。そこに『チュートリアル4:モンスターを倒そう!』の達成報酬である『見習いHPポーション×3』を見つけ。取り出し、腰の『見習い冒険者ポーチ』のなかへと移動させた。……ふむ、これで戦闘中にも回復アイテムを使えるの。
で、あとは。≪クエスト≫の『チュートリアル』シリーズを確認。『冒険者登録をしよう!』では『見習い冒険者ポーチ』を、『依頼をこなそう!』では今着ている『見習いローブ』をもらったわけじゃが、『チュートリアル3:買い物をしよう!』の達成報酬は……『見習いMPポーション×3』か。
HP回復のポーションはともかくMPの方は今のところ不要じゃが、まぁそのうち魔法を覚えることもあろう。あるいは、今日、彼女たちと別れたあとにでも――と、益体もないことを考えながら歩き回ること20分ほど。
[スィフォンさんからフレンドコールが来ています!]
眼前に、突如現れるインフォメーション。そして『フレンドコールに出ますか? YES ・ NO』と書かれたウィンドウが勝手に目の前に浮かぶのを見て、『YES』と深く考えることもなくコマンド。
すると、
『もしもし、と言うのもなんですが……聞こえますか?』
響く、少女の声。
ふと、かぶっていた帽子を脱ぎ。辺りを軽く見まわすも、声の主――志保ちゃんの姿は見えず。しかしながら、無視するのも憚られたので仕方なく口を開いた。
「これは、もしや離れた相手に声を届かせるツール……で、あってるかの?」
『はい。あるいは、こうして話していても他所には聞こえなくするためのものでもあります』
ほほぅ。
「なるほど。では、今どこに?」
『広場に、みはるんと一緒にいます』
あいわかった。と、そう返事して転移魔方陣広場へと向かい、合流地点に居た志保ちゃんが『見習いローブ』を纏っているのを見て思わず瞳を細めた。……『エルフ』の幻想的な容姿に質素な作りとは言えローブはよく似合うのぅ。
「ちなみに美晴ちゃんは、ローブは着ないのかの?」
「うーん……、なんか動き難そうだからパス」
そんなことより、と。もう待ちきれないとばかりに急かす美晴ちゃんに背を押され、さっそく儂の先導でNPCの経営する武具店へと行くことに。
その道中での話し合いの結果、冒険者ギルドで清算して手に入った390Gと二人の初期資産100Gずつの、全員で690Gを出して美晴ちゃんの求める短槍2本と儂の鉈、それにスペアの盾を買うことに。
最終的に、わずかに足らないぶんは儂の方で出しはしたが、それにしたって本当にわずかな額。儂個人としては、この程度の額なら全部だしても良かったのじゃが、
「もう! それはダメだよ、おじーちゃん!」
「はい。パーティでの装備や消耗品などはできる限り全員、同額負担でいくべきです」
と、二人に反対され。そんな二人の提言する『パーティの装備は全員で出し合う』という考え方は『山間の強き斧』の四人も同じだったのを思い出した。
これは、パーティのポジションによって必要とする装備や消耗するアイテムの代金に違いが出ること。それによって個々のパフォーマンスに違いが出ることを嫌ってのことだと聞いている。
彼らからしたら装備1つ、アイテム1つに命がかかっているわけで。消耗した武具の修繕から消費したアイテムの補充にメンバーの武装の一新は頭割りで、というのは基本らしい。そのために固定パーティの場合、いざというときのためにあらかじめ報酬から『消耗、修繕代』を抜いた後で『パーティ資産』なるものを徴収しているんだとか。
「――で、あれば。儂らも『パーティ資産』を報酬から差し引くかの?」
今回の装備代などは、この際仕方ないとして。武具の修繕費や消耗したアイテム代はそこから出すようにしてはどうか? と、そう提案する儂に、
「あ、それ良いね!」
「はい。それなら将来的に出てくる回復アイテムなどの代金とかも気にせずに済みそうですし、ソロで動くことのあるミナセさんが気兼ねなく武装を整えられるでしょうし」
と、こちらは二人とも賛成し。ついでにこの次からのドロップアイテムについても冒険者ギルドの常設クエストが『スモールホーン・ラビット5羽討伐』と5羽ごとの報酬であることを鑑みて、あるいはこれから端数の討伐となった場合、志保ちゃんにそのアイテムをいったん預かってもらう、と決めた。
「ふむ。なれば、いっそこの『見習いMPポーション』も志保ちゃんに預けておこうか?」
儂は魔力値の低い『ドワーフ』であり、今のところMPを消費する機会はない。
対して〈魔法使い〉の志保ちゃんは魔法を使えば使うほどレベルが上がる〈職〉である。ゆえに、その消費する回数を増やせる『MP回復ポーション』は彼女にまずは集めた方が良いと思ったのじゃが、「あー……それは無理だよ、おじーちゃん」と美晴ちゃんは苦笑。
次いで志保ちゃんは「『見習い』シリーズのアイテムや装備は破棄、譲渡などできないんです」と説明。『練習用武器』シリーズも含め、この手の初期アイテムなどはトレード不可――どころかHP全損などでインベントリ内のものがすべて吐き出されてしまう事態になっても無くならない仕様なんだとか。
また、容量こそ少ない『見習い冒険者ポーチ』は、その特性を利用して死亡時などで失いたくないアイテムを入れておくと良い、とアドバイスされた。これには目から鱗というか、そういった利用法もあるのかと素直に関心したものだ。
「なるほど。で、あるならば、『ポーチ』にはやはり『HP回復ポーション』と代えの盾を入れておくか」
そして、セットする【スキル】を【強化:筋力】、【盾術】、【斧術】へと変更。両手には鉈を下げて、ざっと見える範囲を確認。
現在地は、通称『最初の草むら』。その、ちょっとした運動場ほどの広さはあろう草原を見まわしたが、やはり人影はないようだった。
ゆえに、
「よーし! じゃあ、行っくよー!」
両手に短槍を下げ、今まさに駆け出そうとする美晴ちゃん。その身が淡い光に包まれ、
「『ブーステッド・ウィンド』――良いよ、みはるん」
志保ちゃんの言葉を耳にするや飛び出す、桃色の旋風。
半身を緑の海へと浸し、かき分け、縦横無尽。
その駆けだしこそ風のように目を見張る速さであったが、それもだんだんと人並みへ。しかしながら、常人が草原を行くにしては十二分に早いと知れる速度で、あちらこちら。
ただ無作為に、ただ庭駆けまわる犬のように。規則的でも論理的でもなく、ただただ駆けていく。
「ひゃっはー!」
――『最初の草むら』は、プレイヤーが草原のフィールドに入ったり、一定時間居ることでモンスターが現れる仕様だと言う。
ゆえに、最初こそ6羽もまとめて現れたモンスターも、おそらくは以前に他のプレイヤーが出現させたもので。それから出現頻度が落ち、1時間あまりの狩りで討伐できたのが15羽というのがその証明だろう、と。
儂としては、あれだけ美晴ちゃんが元気に駆けまわり、志保ちゃんの近くを離れなかったとは言え儂が索敵してこれだけなのだからそれぐらいの討伐数が限界だと思っていたのじゃが、志保ちゃん曰く、それもやりよう。
見たところ十分に広い『最初の草むら』には、プレイヤーが足を踏み入れることでモンスターが現れるポイントはけっこうな数があるようで。ならば、その出現させるスイッチを最初に可能な限り押してしまえば、あとは湧き出すのを待つだけ。
そしてモンスターが出始めても無視して美晴ちゃんに駆けまわってもらい、討伐を後まわしにして可能な限りまずはモンスターを出現させる。その途中、効果時間3分の付与魔法が切れそうになるタイミングで志保ちゃんにかけ直してもらう必要こそあれ、とりあえず暫しの間、美晴ちゃんには沸かせたモンスターを引きつれたままで居てもらう。
「ちなみに、このように沸かせるだけ沸かせたモンスターを引き連れて動きまわる行為は『トレイン』と言いまして、一般的には迷惑行為の1つとされています」
ご注意を、と。涼しい顔で告げる志保ちゃんに頷きつつ、だんだんと出現させたモンスターに囲まれるようにして移動範囲が狭まってきたような美晴ちゃんに向かって口を開く。
「さぁ、美晴ちゃん! そろそろこちらへ!」
沸かせるだけ沸かせたら次の段階へ。
つまりは、志保ちゃんのまえで待機していた儂へと美晴ちゃんはモンスターを引き連れたまま駆け寄って来て、
「ちなみに、こうしてトレインで引き連れたモンスターを他のプレイヤーになすりつけるような行為も立派な迷惑行為です。MPK――モンスター・プレイヤー・キルとも言います」
良い子はぜったい真似しないように、と。どこかふざけている風を装っている志保ちゃんに内心で苦笑し。たくさんのモンスターに追いかけられながら、それでいてじつに楽し気な笑みを浮かべてこちらに寄ってくる美晴ちゃんに頷きを返し。
「――『ブーステッド・ウィンド』。それではミナセさん、よろしくお願いします」
背にかけられた言葉。身を包む淡い光に、一歩まえへ。
果たして、眼前を横切る犬耳少女と笑みを交わし。その背後を追い回していた兎が飛び出してくるのを見て、鉈を一閃。ポリゴンの光へと変える。
もはや見慣れたスモールホーン・ラビットの姿を知覚範囲に多数捉え。背後で志保ちゃんが美晴ちゃんに何度目かの魔法のかけ直しをしている間に、さらに一閃。
これで完全に儂もモンスターの群れに補足されたのだろう。美晴ちゃんを追うことを止め、数多の兎が儂へと怒涛の勢いで突撃してくるようになったが――
「はい、わたしも忘れないでねー、っと!」
駆け抜ける、桃色の旋風。
両手の鉈を振り回し、迎撃することに主眼を置いている儂とは違い、美晴ちゃんは動き回ることを優先。手にした2本の短槍をただ突き出して倒すことを目的とした動きにはせず、群れとしての動きを阻害するために振るい、たとえ一撃で倒しきれずとも即座に離脱。周囲をまわり、兎の注意を集めるように右へ左へ。遊撃担当としての仕事を如才なく、それでいてとても楽しそうにこなしていく。
「ふむ。ところで、じゃ。志保ちゃんや、これはいつまで、続けるのかの?」
薙ぎ、断ち割り、切り捨てながら今さらの確認を口にする。今、こうして知覚できているモンスターの数も相当だと思うんじゃが……美晴ちゃんはまだまだ駆けまわっているようで、このままだとさらに増えそうなのじゃが?
「……そうですね。どうにもみはるん、面白がってやめどきを見失ってるふうなので」
でも、これ以上となれば他のプレイヤーが来たときに困りますし、と。どこか呆れ混じりの声で返す志保ちゃんの言葉に、チラリ、視界の端で街門のある方を一瞥。今はまだ誰の姿も見えぬから良いが……このペースでいけば、最低でも数十分は討伐にかかってしまうしのぅ。
「ふむ。で、あれば――美晴ちゃんや! さすがにこれ以上は、他の者が現れたとき、迷惑をかけるでな!」
まずは殲滅を、と。なるべく大きな声で儂が告げるや「わかったー!」という、これまた大きな返事をもって動きを変える美晴ちゃん。
これまでは新しいモンスターが湧き出すように広い空間を駆け回っていたのが儂と挟撃するような立ちまわりへと変わり、ようやく終わりが見え始めた。
……いや、それにしても。両手の鉈を縦横に振るい、飛び込んでくる兎を斬り、光へと変えながら『視て』、あらためて思う。
「のぅ、志保ちゃん? なにやら儂の孫、いやに戦闘慣れしてはおらんか?」
与えられる痛覚こそ現実のそれより軽くされているとは言え、痛みは痛み。それでなくとも迫りくるモンスターの造形は真に迫ったものだ。それを若干12歳の少女がこうも積極的に、楽し気に、短槍2本を使ってさばけるものだろうか。
「……みはるん、体育とか大の得意ですから」
そういう問題なのか? ……いや、むしろその説明で足りると思われる最近の小学生の体育ってどんなのじゃ?
「ひゃっはー!!」
なにやらハイテンションで次々に兎を貫いていく孫の姿に苦笑を禁じ得ない。……いやいや、『ひゃっはー』はないじゃろう『ひゃっはー』は。
「……私個人としては、むしろミナセさんの立ち居振る舞いが何かの達人じみていて不思議なんですが」
ミナセさん、何かやってました? と、背後からも苦笑交じりの気配を感じながら、今度は儂の方が答えに窮する。
おそらくは現実世界で武道の類をやっていたか、といった意味での問いなのだろうが……あいにくと儂は根っからの学者畑の住人。しいて理由をあげるなら、アバターの動作チェックが日常茶飯事だったことと武道や体術の動作を再現しようとしたことがあったから、かの。
ゆえに、VR空間限定で。アバターを介した動作だけでなら、素人目には一端の武道家のように映ることもあるかもだが、現実世界での儂など常人以下の身体能力しかなかったでな。正直、体育が得意という12歳の孫に儂の人生すべてのうちで勝てた瞬間があったとは思えんのじゃが。
さて、なんと答えたものか――と、悩むのも馬鹿らしいか。儂は素直に、現実では終始大して動けなかったがアバターを介しての動作ならわずかなりと自信がある、と答えるのだった。