クエスト8 おじーちゃん、プレイ3日目にして『初戦闘』を経験す
【察知】、【忍び足】、【聞き耳】、【短剣術】、【投擲術】。
それが儂の聞いた、この世界の冒険者――NPCの〈斥候〉が一般的に取得するという【スキル】であり。儂が美晴ちゃんに勧めた『複合スキル』――『特定のスキルを所持していることが取得条件のスキル』の1つである【直感】は、【察知】と【感知】の2つを取得していることが条件の【スキル】であり、効果もそのまま2つの【スキル】を合わせたようなそれだった。
【察知】――『察しがよくなるスキル』。
【感知】――『感じようとする行動にプラス補正』。
そして、【直感】――『察しがよくなり、感じようとする行動にプラス補正』。
「要するに、限られたスキル設定枠で設定枠以上の【スキル】の効果を得られる【スキル】なのじゃろうな、『複合スキル』は」
たとえば、『読めない文字の意味を理解できるスキル』であるところの【解読】。そして『知らない言語の意味を理解できるようにするスキル』たる【交渉術】。この2つを合わせた『読めない文字を理解でき、知らない言語の意味を理解できるようにするスキル』が【翻訳】で。つまりは、冒険者ギルドの職員や街の主要なNPCが取得している【スキル】の正体がそれだったという話だ。
「……ときに、ミナセさんは〈武闘家〉をご存知ですか?」
果たして、志保ちゃんは儂の言葉を受けて告げる。
「スレに曰く、〈武闘家〉の取得可能な【スキル】は【察知】、【感知】、【体術】――そして、【直感】」
なるほど、と。あるいはお互いに思ったことだろう。
「『複合スキル』……その存在をあらかじめ知らなかったら、きっと、私たちはこのスレの書き込みを疑っていなかったと思います」
「うんうん。ほかのMMOだと『上位スキル』とか『スキルの進化』とかって要素もあるし、AFOもあるかもだもんねー」
志保ちゃんの言葉に頷いて返す美晴ちゃん。その言葉の内容こそ儂にはよくわからないものだったが、「じゃあわたし、【感知】とっちゃうねー」と笑顔で言った。
「……そう、ね。そうしてくれたら『複合スキル』の存在が立証できる、と思う」
「そうじゃの。儂の語るそれは、あくまで『NPCの場合』という枕詞がついてしまうし、それでもし美晴ちゃんが【直感】を取得できたら――」
視線を、美晴ちゃんから志保ちゃんへと向けて、
「ときに、相談じゃがの志保ちゃん。さきの儂の言葉――『複合スキル』の情報を≪掲示板≫に書き込んでみてはくれんかの?」
この手のゲームをよく知らん儂じゃが、それでも言えることはある。
「え、でも……いいの、おじーちゃん? 最初にも言ったけど、≪掲示板≫にはおじーちゃんのプレイをディスってる書き込みとかスレとか多いよ?」
そう、どこか心配するような声色で問いかける美晴ちゃんに、思わず笑みを浮かべそうになって、
「ふむ。ならばいっそ、『それ』も利用しようかのぅ」
儂は再び≪ステータス≫を呼び出し、そのウィンドウを可視化して志保ちゃんの方へとやりつつ、
「せっかくじゃ。情報の信憑性を上げるために儂のそれも貼り付けてくれんか?」
――曰く、儂は男のNPCを複数侍らせて『姫プレイ』をしている輩で。
それこそ限られた時間しか≪掲示板≫を覗けなかったであろう彼女たちですら儂が『山間の強き斧』の四人と行動を供にしていたことを知っていた。
「儂の【交渉術】のレベルは、割と高い方なのじゃろう?」
――ゆえに、注目度も信憑性も十二分。
そもそもが騙そうとしているわけではなく。いずれ知れ渡るだろう『常識』を拡散するための広告塔になろうというだけの話。
「で、ですが、誰が見ているのかわからない≪掲示板≫に≪ステータス≫を貼るのは……」
「そーだよ! そんな『晒し』みたいなことしたら――おじーちゃん、今以上に目立つよ!? ひどいこと書かれるよ!?」
こちらを心配してくれているらしい二人に、「かまわんよ」と軽く返し。
「あるいは、おまえさんらにも迷惑をかけることになるやも知れん。そのことはすまないと思うが――」
儂は意識的に口角を吊り上げ、
傍目には、さぞ楽しそうな笑みを浮かべて、
「――そもそも、儂がさきに話した情報はNPCにとってはある種の常識。ゆえに、プレイヤーが知るようになるまで、そう時間はかからんじゃろう。が、より多くの未知を調べ、検証してくれる第三者を生み出す呼び水は早めにまくに限る、とは思わんか?」
儂はたしかにこういったゲームのことはよく知らない。
しかし、この手の情報を扱った戦略は慣れたもの。要は飢えた群衆に『餌』のある方角を大きな声で示してやれば良いのだ。それだけで、あとは勝手に多くの者が『餌』に釣られて――この場合は情報の信憑性をたしかめるために動いてくれる。
結果、それは儂ら個人で検証する手間や時間を削り、儂らの知り得ぬ情報が労せずして上げられるようになるかも知れない。ゆえに、こうした多くの者が釣れそうな『餌』は早めにまいておくにかぎる。
加えて、
「このAFOは、初期に手に入れられる【スキル】は2つ。ゆえに、聞いた話、NPCとの意思疎通を円滑とする、そのためだけの【スキル】――【交渉術】を持っているのは少数と聞く」
ゆえに、儂の≪ステータス≫を証拠の1つとして晒す。
「これによって【交渉術】の必要性が見直され、結果的に最短効率で儂らの知りたい情報も得られるようになろう」
そう。つまり、こうすることで――面倒な検証と世論の意識改革はその他大勢に任せられる。
「さて、そんなわけで、志保ちゃんや。どうせなら儂の不名誉な書き込みもついでに払拭できるよう『餌』と一緒に適当に書き込んでくれると助かるのじゃが、どうかのぅ?」
……そう、こうした検証や世論の改変は本当に面倒なのじゃ。
ゆえに、それら些末事にかかずらわっているより、孫たちと気楽に遊んでいたい。そのためにこうした断り難いだろう物言いをしたんじゃが……すこしズルかったやも知れんのぅ。
「あー……わたし、そういう頭使った書き込みとか無理だし。志保ちゃん、任せた!」
そう儂の内心での自嘲を知らず、「わたしは最速で【察知】とって【直感】を取得するから!」と、笑って告げる美晴ちゃんは、やはり小春の娘だのぅ……。あれと同じで本当にノリで生きているというのがよくわかる。
「考えたら、やっぱり良い気はしないしねー、おじーちゃんが『姫プレイなうwww』とか。わたしたち、これからずっと一緒にプレイするんだし、早めに払拭できるっていうんなら払拭したいよねー」
小春も美晴ちゃんも、大概、よく考えていないような、その場その場の思い付きで動いているような言動を多くするが――大抵の場合、この子たちは間違えない。
「ほら、どうせ今日はこれからモンスター狩りだし? 詮索とかは、ゆーめー人のおじーちゃんのとこに突撃してくるだろうし?」
「……なるほど。そのころには私たちはログアウトしてる、と?」
ちゃっかりしていると言うか、要領が良いと言うか。この子らは考え無しのマイペースなようでいてあまり自身の不利益に繋がる行動をとらない。その辺が、どちらかと言えば前に出て他人を引っ張って行こうとするタイプではない儂や志保ちゃんのような人間にはありがたいのかも知れんのぅ。
「そーそー。それで、おじーちゃんが直接説明とかすれば、誤解? も、とけるんじゃない?」
「……聞いた感じ、あまり誤解でもないような? まぁ『お使いクエ』で、まさかの『アイテムバック』扱いだったっていうのは、正直、予想の斜め上だったけど」
ちなみに、現在の儂らは街から外へ、さっそくモンスターが出るとされる草原地帯を目指して歩きながら言葉を交わしていた。
……まぁ、儂としては『チュートリアル3:買い物をしよう!』を済ませてからの方が効率的なように思えたのじゃが、ギルドでの登録を終えるや「はやくレベル上げしたい!」という美晴ちゃんの主張に引っ張られるようにしてアイギパンを出ることに。
「あ、そう言えば、おじーちゃんのエモノってなに? わたしのは『練習用武器:槍』だし、志保ちゃんは『杖』だけど、おじーちゃん、『練習用武器』は『盾』にするって話だったよね?」
「うむ。儂は『これ』でいくつもりじゃよ」
そう言って儂は、腰に巻いた『見習い冒険者ポーチ』のなかから『手斧』を取り出して見せる。
「へー、おじーちゃんは斧系にしたんだー」
うむ。斧というより鉈のようにしか見えんが、それはさておき。
「じつはこれは件のNPC冒険者――『山間の強き斧』というパーティ名の彼らに依頼終了後に買ってもらったものでの」
曰く、彼らは全員、斧系の武器を1つ以上持っており。今回の依頼ではとても助かったのでそのお礼と、できるなら『次回もよろしく』という意味での先行投資だと言う。
儂としては、あとで美晴ちゃんたちと『チュートリアル』を済ませるついでに武器を買おうと思っていたし、彼らの想いを無碍にするのもはばかられるので受け取っただけなのじゃが――
「……ねぇ、志保ちゃん? これって、あれだよね?」
「どう考えても『姫プレイ』です、本当にありがとうございました」
嘆息混じりの二人の会話に、遅まきながらに気づく。
「……ふむ。たしかに、これは『姫プレイ』を否定できなくなったが――」
瞬間。草むらから顔を出した兎――スモールホーン・ラビットというモンスターを見つけ、
「――美晴ちゃん?」
右手に斧を、そして左手に『盾』を『ポーチ』から取り出しながら視線で問う。
儂が行こうか? それとも……と。
「うーん……、さすがにレベル0じゃあ〈斥候〉でも索敵スキルは人並みかー」
対するは、言いながらの一歩前進。儂ら三人のなかでもっともまえへと歩み、笑顔で槍を構えて美晴ちゃん。チラリと背後の〈魔法使い〉を見て、
「『ブーステッド・ウィンド』――行って、みはるん」
志保ちゃんの言葉と同時。淡い輝きを身に纏うや疾風のごとく駆け出す犬耳の槍兵。
その手の槍は最初期のもので、攻撃力的には大したものではないのだろうが――それでも一撃で即死。美晴ちゃんの突き出した槍に貫かれた兎は半瞬でポリゴンの光となって消えた。
「うし! さすがに『最初の草むら』だね! 一撃必殺!!」
「……ん? 『最初の草むら』?」
ちらり、視界端に浮かんだ現在地を示すインフォメーションは、たしか[ここは、アイギパン南街門前の草原です]とあったと思うんじゃが、と首を傾げる儂に、
「ここは開始地点をアイギパンにしたプレイヤーが移動可能な4つの街門のなかで『もっともポップするモンスターのレベル帯が低い草原フィールド』なんです。だから、プレイヤーが『最初』に来る『草むら』で『最初の草むら』なんて≪掲示板≫では通称がつけられたみたいです」
果たして、そう説明してくれる志保ちゃん。それに、「なるほど」と納得し、≪掲示板≫固有の呼び名もあるのか、と内心で唸りつつも軽く周囲を見回して索敵。
草の高さは儂で言えば胸元に迫るほどで、ただ視覚情報だけで探そうとしても厳しいだろうが――元より『それだけ』の情報で世界を視ていない。
肌を撫ぜる風。耳にする音。匂い。触覚。それらはVR空間においては当然、すべて単なる電子情報で。脳には『現実世界で常人が感じるだろう五感』というフィルターをかけられたうえで仮想世界の情報を受信させている――のだが、逆に言えば、微弱で感じ難くはあっても電子によって構成された世界の情報はおおよそすべて脳に送られているということだ。
ゆえに、慣れてしまえば――
起点たるアバターから数メートルほどの空間は、完全に知覚できる
「ふむ。美晴ちゃんから見て左手側に3羽。右手側に2羽、といったところか」
相手は兎。ゆえに、これだけ騒がしくすれば気付かれるだろう。こちらに一斉に向かってきているらしいそれらのモンスターの気配をまえに右手の手斧をあらためて構え、
「あれー? おじーちゃん、索敵系の【スキル】、もってたっけー、っと!」
駆け出す美晴ちゃん。どうやら向かって左手側の3羽を相手どるつもりらしいので儂は残る2羽の方へ。
「『ブーステッド・ウィンド』。きっとこれがPS――与えられた【スキル】じゃない『プレイヤースキル』ってやつだよ、みはるん」
踏み出す、その一歩目に合わせて儂の身を包む光。そして突然、アバターの移動速度――というより、正確には体感時間そのものがわずかとは言え早くなったことでバランスを崩しかけはしたが、さきに美晴ちゃんに敏捷値上昇の付与魔法が使われていたのを見ていたので混乱は極小。どうにか転ぶことなく1羽のモンスターのまえへと駆けより、
――斧を、一閃。
草の香り、獣の匂い。そして肉に刃を通す感触もわずかに、兎は電子の光に変わって消えた。
[チュートリアル4のクエストが達成されました! 報酬はインベントリ内に直接送られますのでご確認ください]
[ただいまの戦闘により『小兎の革』を得ました]
果たして、視界の隅に流れたインフォメーションを見やり。はて、『チュートリアル4』の達成報酬はなんだったか? という思考も一瞬。振りぬいた、その動作で働く運動エネルギーを、体をくるりと回すことで逃がし、まえへ。
知覚範囲内に、今まさに3羽目の兎を光へと変えていた孫の姿を収めて瞳を細め。2歩目を刻む、そのタイミングで飛び出してきた兎の首へと鉈の刃を当て、振りぬく。
[ただいまの行動経験値により〈戦士〉のレベルが上がりました]
[ただいまの戦闘により『小兎の革』を得ました]
ポリゴンの破片をまえに、視界の隅に流れたインフォメーションを見るとはなしに見ながら口を開く。
「ふむ。まさかこれほどレベルが上がるのが早いとはのぅ」
たしか〈運び屋〉のときは、アイギパンを出て2時間もしてじゃったが……モンスター討伐による経験値は思いのほか多いのかのぅ? と、内心で首を傾げつつ周囲をぐるりと見回す。
……とりあえず知覚範囲内には他のモンスターは居らんか。
斧を『ポーチ』へと収納し、こちらに笑顔全開で近寄ってくる美晴ちゃんに空いた右手をあげて――ぱちん、と。彼女の手のひらと合わせ、その喜びを共有するように瞳を細める。
……うむ、良かった。先に志保ちゃんとやっていたのを『視て』いたから間違った対応をせずに済んだようじゃの。
「あ、おじーちゃんもレベル上がった?」
「うむ。SPは……さて、どれにふったものかの?」
〈運び屋〉のときはインベントリの容量増加目的で『筋力』にだけSPを使っていたのだが、〈戦士〉の場合はどうしたものか。
「〈魔法使い〉の私はしばらく『魔力』極振りでいくとして、みはるんは『敏捷』?」
「うん! まずはバッと駆け寄ってズバッといけるように、って!」
ふむ。この場合、これからも三人でモンスター討伐をするとして、儂がどういったポジションになるかを考えて決めるべきか。
つまり、最初に美晴ちゃんに頼まれた志保ちゃんの護衛。そのための盾装備でもあるのだし、次回からは【盾術】の取得を目指してまずは攻撃を受け止めるようにしようかのぅ。
「と、なれば……まぁ『丈夫』にでもふっておけば良いか」
さて、あとは。今まさに、ワクワク顔で槍を手に草むらへと飛び込もうとしている孫に「1羽はなるべく残してほしい」と頼みに行くことにした。
累計100Pt越えを記念しまして、感謝を込めて「チュートリアル やっぱり『主人公』は『主人公』?」を活動報告に掲載させていただきました。こちらもよろしければどうぞ。