チュートリアル かくして、検証班は再起を決意する
50万PV達成感謝短編です。
地味に『廃神ちゃんの短編』の続きだったりします。
――それは、何度思い返しても、再会のタイミングとしては最悪だった。
「――おン? もしかして、『委員長』か?」
そんなどこか聞き覚えのある声に振り向けば、そこに居たのは白金に煌く長髪を風に流す――幼女? と、一瞬誰だかわかんなかったけど、声といい、顔といい、聞き覚えも見覚えもあった。
そう、この外見幼女の元・クラスメイトの名前は――
「ああ、貴女はたしか明日葉――」
「待てやオイぃぃい!!」
なんかツッコミが飛んできた。……てか、相変わらずコミカルな動きというか、元気いっぱいで見ていて面白いロリだな、この子。
「個人情報!! ってか、ゲームん中で本名禁止だ!」
雰囲気ブチ壊しだろーがッ! と、両手を天に突きだして吼える幼女をまえに「……へいへぃ」と頷き。あんたもさっき、私のことを『委員長』って呼んでたろうが、と思いつつ。あらためて、白金髪の幼女の頭上に浮かんだ三角錐をクリックし、キャラクター名を確認する。
「って、『廃神あすたろっと』って……」
すこし驚く。この名前と外見からして、間違いなく試験版AFOで『割と有名だった』プレイヤーで。β時代では直接見かけなかったが……なるほど、たしかにこの子の外見なら目立つだろうし、学生時代の体育やVR競技の成績から言っても上位陣として名を連ねられるだろうスペックはあったと思う。
でも……これ、現実での知人には絶対に呼ばれたくない類の呼び名だと思うんだけど。なんでこのロリは、ドヤ顔で「まぁ、委員長とは知らない仲じゃあねーし、『ろっと』とでも呼んでくれ」なんて胸を張って言ってんだろう?
……まぁ、『らしい』と言えば『らしい』んだけど。
「はぁ……。そう言うあんたも、中学んときの綽名じゃなくてキャラ名で呼びなさいよ」
まぁ私のキャラクター名は『のえる@検証班』で。前半のは本名そのままだから、このロリの理屈で言えば他の連中と同じで『検証班』呼びになると思「じゃあ、『のえる』な!」…………ぅおい。
この発育不良娘、もしかしなくても私の本名忘れてんだろ? ってか、ちょっと捻ったキャラ名とでも思われてそうで、それはそれでむずがゆいんだけど!?
「……ふぅ。それで、β時代じゃあそれなりに有名だった『廃神』さまが、こんなところで何やってんの?」
こんなところ――海辺の街キルケーにある、傍目には何の変哲もない木立のまえ。独り、≪掲示板≫にいろいろと書き込む必要のあった私が『静かな場所』ということで樹に寄りかかっていたのに対し、試験版からこっち、ソロで攻略を続けているのだろう白金色の長髪と澄んだ碧眼が特徴的な彼女が通り掛かるには何か理由が要るというか。いろいろな施設を利用するには『動線が外れている』、あまりプレイヤーが通りかからない、私的には『穴場』と言える場所なんだけど……。
返ってきた言葉は、まさかの『ミニマップ』の『穴埋め』? ……このロリ、私が心の中で『穴場』だと思っているところに、その言葉のチョイスか。…………なんか負けた気になるな。
「ってか、オレの評価って『βでは、それなりに有名』って程度なのか。……ぐぬぬぬ! また主人公との間に越えられない壁を感じさせる評価だなぁオイ」
ん? なんか『ぐぬぬ』ってる? ……ってか、この顔を見るのも懐かしいな。中学んときは、よくクラスメイトに揶揄われて『ぐぬぬ』ってたっけ。
「……とにかく。あんた、たしか『攻略組』志望じゃなかったっけ?」
だから、他人より多くの時間をレベル上げに費やすプレイヤーで。私の勝手なイメージだと『ミニマップ』なんかの『穴埋め』なんて無駄な時間をとる理由が――「あ、もしかして『死に戻った』ばっか?」と、思わず声に出た。
それに対して、「……ぐぬぬぬぬ!」と歯ぎしりしながら涙目を向けてくるロリ。……いや、相変わらず分かりやすい子だなぁ。
「ソロが基本とは言え、『廃神』クラスのプレイヤーが『死に戻り』って……もしかしなくても『蒼碧の水精遺跡』?」
それ以外の場所で、曲りなりにも一流のガチ勢だったこの子が『死に戻り』――『HP全損で、教会で復活』なんて『一定時間、ステが半減する』ヘマをするとは思えない。
「……ちっ。相変わらず察しが良いな、委員長は」
ああ、そうだよ、と。そう頭をガリガリかいて悔しそうに肯定する外見幼女。……女性としては割と背の高い私と並ぶと、下手すると親子に間違われそうで嫌なんだけど。こいつ、外見最年少組でも私と同じで今年二十歳だよね? 白金色のストレートロングといい、ショートで天然パーマ気味の私とは本当に対称的なロリだな。
と、それはさておき。イケると思ったんだけどなぁ、と誰にともなく『ろっと』は呟いているが……さもあらん。それなりに情報通でもある私からしたら『そう思って死に戻った奴の多いこと、多いこと』といった納得と同時に、さすがは『廃神』か、なんて驚き交じりの感嘆の念も抱いたり。
……う~ん。今の格好こそ、ステ半減の【虚弱】の状態異常を患っているからか『初級服』に『初級ローブ』だけど、それでも彼女はソロのガチ勢。戦闘能力は『今の私』の比じゃないだろうし、
「ねぇ、明日――『ろっと』。あんた今、暇?」
ちょっと頼まれてくれない? と、『らしくない』台詞を吐いてしまったのは……たぶん、精神的に参っていたのだろう。
「ああ、いいぜ」
――あとから聞いた話、このときの私は『まるで捨て猫が縋るような目』をしていたんだそうで。『断ったら泣きそうだったぜ』とは、たぶん冗談だと思いたい。
「ンで、オレは何すりゃ良いんだ?」
とにかく。そう気楽に、どこまでもカラッとした明るさと自信に満ちた勝ち気な笑みを浮かべる彼女は――なるほど、さすがはソロの攻略組、といった感じの頼もしさを覚えさせるもので。
そんな『ろっと』が相手だったからこそ……私は少しの間、暗雲の垂れ込んだ心を忘れられたのだろう。
「えーと……。要するに、『パワレベ』か?」
――彼女に頼んだことは、要約するならその通り、レベル上げの手伝いで。
本来なら、攻略組である『廃神』さまに頼むようなことではないんだけど……【虚弱】が治らないことには何もできない、と言う『ろっと』の厚意に甘える形で、私は暫し、彼女とコンビを組んでレベル上げに勤しむことに。
「……は? 委員ちょ――じゃない、『のえる』ってば初期の『スキル変換チケ』で【交渉術】取ったのか?」
――それは、私にしても彼女にしても『作業』以外の何物でも無かったが。
『ろっと』は、さすがは腐っても攻略組。話してみれば彼女はどこまでも効率的にAFOを進めてきたようで……彼女の現実の性格を知っているだけに『意外』とは思うが、AFOの話に関しては思いのほか話があった。
「それ。私も【交渉術】とかAFOじゃ要らない【スキル】の筆頭だと思ってたんだけど――『ミナセ』ってプレイヤーは知ってる? その子が初期に【交渉術】取ってNPCと『話す』ことでいろいろと攻略情報を引き出してた、って書き込みがあって『ああ、そう言えばMMORPGの基本はNPCに話しかけて情報収集すること』だったなぁ、って」
――正規版で、最初に『ミニマップ』をある程度埋めるために歩き周ったり。ソロで活動するなら〈狩人〉だ、なんて同じ思考で動いていたことを知り。
最初はダンジョンでレベル上げをしていたが、序盤の『魔石』のドロップ率の低さから100G装備を買っては壊し、買っては壊しで全く資産が増えなかったと愚痴る彼女に、「βテスターのあるあるだぁ……」と苦笑。パーティ戦ならダンジョン、ソロならフィールドの方が序盤は稼げるんだよね、と。元・最前線組は特に盲目的にダンジョン攻略に走る傾向があって、逆に資産が貯め難くなってたらしい、と話して。
「……それな。【スキル】の合計レベル100以上で『スキル設定』枠が1つ増える、ってのは最近知ったんだけど……オレぁ【スキル】の合計レベル関係は鬼門だからなぁ」
――……途中で、なんとなく察していた。
このロリは、たぶん私のことを知っている。……けど、『あのこと』について訊かないし、『以前の私』のことについて話を振ってこない。
そのことを不自然に思えるぐらいには……自慢ではないけど、ある程度≪掲示板≫を利用するプレイヤーなら、『のえる@検証班』になる『以前の私』のことを知っているだろうと思えるぐらい有名だったろうし。『こんなことになった経緯』は、≪掲示板≫にしっかりと書き込んだから……何気に≪掲示板≫をよく利用していたらしい彼女が気付いていないとは思えない。
だから――
「『鬼門』って……。あんたも攻略組なら『スキル設定』枠が増えることの利点ぐらい説明しなくても分かってるでしょうに」
――……だけど、そんな彼女の態度が有難かった。
まだ、私のなかでも『以前の私』を過去にしきれていなくて。『事情』について話すのも、同情されるのも嫌で。
だから、どこまでも昔の同級生として接してくれる『ろっと』の態度に……救われた。
だから――
「……ちっ。ああ、委員長……オレの【虚弱】治ったから、ここまでだな」
その言葉に、そのときの私がどんな顔をしてしまったのか――…………頼むから忘れろロリ。
その『仕方ねぇなぁ』って顔やめろ。片手を上げて立ち去ろうとしたくせに、その手で後頭部をガリガリかいて足を止めんな。なんかその苦笑がむずがゆいんだけど……!!
「ンじゃあ、委員長。ちょっとオレの相談に――」
果たして、今日、偶然にも再会した元クラスメイトの言葉は――
「見つけたぞ! この法螺吹き野郎!!」
そんな濁声に、遮られた。
「ンぁ? なんだぁ、てめーは?」
対して、その声の主に振り向き、あからさまに不機嫌顔になる『ろっと』。自然と私のまえに立とうとする振る舞いはありがたいけど、
「この元・腐れPKがッ! 俺にPKKされた腹いせに、≪掲示板≫にあること無いこと書き込みやがっ――」
――さっさと『ブラックリスト』に乱入者の名前を登録し、私の世界から男を永久追放する。
「あ? ……消えた?」
そうキョロキョロと辺りを見回すロリは、そう言えば私と未だパーティを組んだままだったね。おかげで奴を『拒絶』した私と同じく、一瞬にして男が消えたように見えたのだろうけど「…………ふぅ」ごめん、ちょっと落ち着くまで待って。
……ああ、それにしても。
失敗したなぁ。と、思わずその場に膝を着きそうになるほど、精神的にドッと疲れた。……ってか、まさかここで再会する? まぁ、キャラクリしてすぐに『ブラックリスト』にアレの名前を登録しなかったのは私のミスだけども……それにしたって、最低。本当に、何度思い返しても、再会のタイミングとしては最悪だったわよ。
……あぁ、もう。あの男のせいで『出来れば事情を話すことなく別れられる』と思ってたこの子にも説明しなきゃじゃん。……ったく。もう少し、発言に気を付けてくれれば誤魔化すことも出来たろうし、気にしないで、って言えたのに。
本当に、あの男――私が三角錐を染め直す検証をするために一時的に組むことになった、本当は『なにをどうすれば「カルマ」を減らす値が変化するのか』を一緒に観測するはずだったのにPKKの称号欲しさに裏切って、『以前の私』のキャラクターデータを消し去ったクソ野郎――は、私にとって疫病神だ。
せめて、今日だけでも旧友と楽しく遊んでいたかったのに、と。そう落ち込む私に、
「悪い、委員長。……ちょっと、話つけてくる」
『ろっと』はそう告げて、私とのパーティを解消。呆然としている私では見えない、おそらくはまだそこに居たのだろう、あの男の方に顔を向けて「おい、そこの『法螺吹き野郎』!」と、そう言葉を投げた。
「ああ? 違ぇよ馬鹿! オレは委員ちょ――『検証班』の友人だ!!」
……嗚呼。こいつ、やっぱり。
「ハッ! テキトーなこと喚いてんのはてめーの方だろうがよ!」
なにが、元PKだ。なにが、PKKされた腹いせだ。ふざけんな、と。いつの間にか本当に地面に座り込んでいた私を背にして、小さな彼女は大声で吼える。
「馬鹿かてめー。『検証班』なんてのは『信用第一』だろーが、偽情報なんて≪掲示板≫に書き込むわけねーだろうが!」
……そうだ。中学生だったときから、この子はそうだった。
「ハッ! てめーの評判を落とすも何も、てめーなんぞに落とすほどの評判なんてあんのか? ってか、何様だ、てめー」
……この子は、自身が信じた正義を曲げない。相手が誰でも、何人居ても、決して俯かない。まっすぐに、相対する。
「本当に、馬鹿か? そう思うんなら、てめーを退団させた団長にでも抗議しろ。根も葉もない誹謗中傷を書き込まれたってんなら『GMコール』でもして削除してもらえ!」
……だけど、私は知っている。
『ろっと』は――明日葉という少女は、最初から『こんな』だったわけじゃない。
本当に、最初の最初。出逢ってすぐの頃の彼女は、一人称が『オレ』じゃあなかったし。もっとずっと幼く、小さな、普通の女の子だった。
「だ~か~らぁ! 相手を間違えんなって言ってんだよボケェ!」
……もう、誰に唆されてのことかは忘れた。
だけど、ある日から、小さな小さな普通の女の子は、自分のことを名前で呼ぶことをやめて。子供っぽい仕草をやめて。言葉遣いから性格まで『乱暴な男の子みたいなそれ』に寄せていって。
「わかんねーのか? こいつがてめーのことを書き込んだ理由は『他のプレイヤーが自分と同じような目にあって欲しくなかったから』だ。それで、その書き込みを誰もが信じて、てめーの書き込みを信じなかったのは『それまでの信用の差』だ。今日まで『のえる』が、たくさんのプレイヤーに嘘を吐かないでいたからだ!」
……いつだったか、少女は言った。『病は気から』と。『臆病なのを治したかったから、気持ちから切り替えた』と。
あのときは、馬鹿な子だなぁ、と呆れていた。『継続は力なり』と笑い、ぎこちなくも男言葉を使い続けていた少女を見下して……。そうまでしてコンプレックスだったのだろう、誰よりも幼く、小さく見える自身を変えようと足掻いていて彼女を、私はアホだと心のなかで笑っていて……。
だから――
「他人様に迷惑かけて得た称号に、価値なんて無ーんだよ。それも、他人との約束を破って、裏切って……傷つけて。それを『悪い』と思っていないてめーの言葉が、オレの友人より信用されるわけねーだろうがッ!!」
――……だけど、思い出した。
今さら、気づいた。
あの日、少女は笑って言ったのだ。
『病は気から』、と。
『継続は力なり』、と。
……そう、彼女は望んだのだ。
『変わりたい』、と。
そう願って、努力した。努力し続けた。
……最初は拙くて、笑われて。きっと、何度も挫折しかけただろう。きっと、何度も『やめよう』と思っただろう。
弱いころの、よく独りで泣いていたころの彼女をわたしは知っている。
……担任に押し付けられた『委員長』として。よくクラスメイトに揶揄われて、逃げ出して、いつも隠れて泣いていた少女を探し出して、慰めていたのは私だ。
だから、少女がどれだけ頑張り続けたのかを私は知っている。
だから、今の彼女がどれだけ頑張り続けてきた結果なのかを知っている。
「もう一度言うぞ。てめーがクランを辞めさせられたんも、≪掲示板≫でてめーの書き込みを信じてもらえないのも、今日までのてめーの行いのせい――自業自得だ。『検証班』舐めんなよ、三下ぁ!!」
……そう。幼き日に、彼女に『頑張り続けていれば、いつかは認めてもらえる』と語ったのは、私だ。
あの頃、なにかと逃亡して、隠れて、密かに泣いていた彼女に寄り添い。慰め。連れ戻して。どうにかクラスの子と仲直りさせようと、いつも少女を背に『委員長として仕方なく』仲立ちし続けたのは私だ。
いつだったかに、『どんなことでも変わろうと思って、努力し続けることは後の貴女のチカラになる』と語って。……誰に騙されたのか、見当違いの努力をし始めた彼女の背を適当な言葉で後押ししたのも私だ。
それなのに――……嗚呼。いつの間にか、立場が入れ替わってしまった。
他人から見たら、馬鹿みたいな努力で……。適当な慰めとして告げた、無責任な私の言葉の通りに、見当違いだと心の中で嘲笑っていたそれが、少女の『強くなりたい』という思いの通りに、今や本当に彼女のチカラとなっていて。
いつだって、誰も彼もに好かれ。基本、孤立していた私が、いつだって『眩しい』と感じていた小さな小さなクラスメイトは――
「……ちっ。言い逃げ『ブラリ』とか、最後までカッコ悪ぃ奴だったなぁクソったれ」
そう毒づく姿を見上げながら、思う。……はは。なんだ、このロリ、ずいぶんと『大きく』なってたんだな。
ほら、と言って手を差し出す、白金色の長髪を靡かす外見幼女に、苦笑しながら手を伸ばして。
「ありがと、明日葉」
あんた、少し見ない間に随分とデッカくなってたのね、と。そう告げながら立ち上がり、ちょうど良い位置にあった彼女の頭を撫でれば「~~ッ!? 嫌味か、この野郎!!」と。そう怒鳴りながら顔を真っ赤にして両手を天に突きだすロリをまえに、私は「あはははは」と笑いながら、密かに決意する。
……うん。決めた。『検証班』、続けよう。
最初、キャラの名前を付けたときは、ただ≪掲示板≫に詳細を書き込んだときに私が私だと分かってもらい易くするために、というだけの理由で。……正直、あのとき『ろっと』に出逢っていなければ、私は早晩AFOを辞めていたと思う。
だけど、
「はは! それより、明日葉。あんた、私になんか相談があるんじゃなかったっけ?」
――この子が友人と言ってくれた。
私のために『「検証班」舐めんなよ!』って言ってくれた。
そのことが、無性に嬉しかったから――
「ンぁ? ああ、それなんだけど委員ちょ――って、だから本名で呼ぶんじゃねぇッ!!」
――うん、決めた。
もう少し、AFOで頑張ろう。……この、小さくて大きな友だちと一緒に。