クエスト85 おじーちゃん、クラン『月光聖騎士団』と敵対す
それは、傍目には白い疾風のように。
白髪の鬼人少女――イチは、いつぞやに教えた、無駄を極限まで削ぎ落とした歩法でもって瞬時に儂を囲う男どもに接近。その一人の背へと音もなく迫り、まったく、なに一つの遠慮も容赦もない最速の一刀でもって愚者の首を――
「――みはるん!」
「っと! はいはい、ストップだよ~、イチちゃん」
志保ちゃんの声。そして、単純な敏捷値の違いからイチに追いつくことに成功した美晴ちゃんの突き出した短槍に、白髪の鬼娘の抜刀は弾かれ、防がれる。
「…………。どういうつもりです、おチビ?」
「はい、どーどー。おちついてね~、イチちゃん」
果たして、そんな彼女らの乱入があれば、流石に周囲はざわめき。先ほどのイチの行動が、自分たちに対する明確な敵対行為だと遅ればせながらに気づいた男どもは騒ぎ、抗議するように何かを喚きだしたが――
「決闘を申し込みますわ」
そんな一切合切を無視して、ローズ。いつ『可能性の間』に戻ってきたのか、いつから少女たちと一緒に連中の言葉を聞いていたのかは知らんが――そんなことはどうでもいいと思えるほどの覇気を纏い、怖いぐらいに真剣な表情と刺すような視線でもってクラン『月光聖騎士団』の代表らしい甲冑少年を睨み、その足元に肘までの長さの手袋を放ってみせる。
「……はぁ? な、なにをいきなり――」
「貴方方は、私たちの所属するクランを。そして、私たち『幼精倶楽部』の一員で、私の大切な『友人』を馬鹿にしました」
ゆえに、私たち『幼精倶楽部』は、貴方方に決闘を申し込みます、と。そう告げ、自称・最強のクランの代表をまえに凛として立つ深紅の巻き髪令嬢は――正しく、『幼精倶楽部』の代表のようで。
……そして、そんな彼女の影で静かに、壮絶に、完全に怒り心頭といった具合に口もとを横に引き延ばして嗤うエルフ少女を『視る』だに、これはもう任せて大丈夫だろう、と儂は事の成り行きを見守ることにするのじゃった。
「ふっ……。ふはっ、あははっはははははッ!!」
対して、ローズのような子供に、いきなり『決闘だ』と言われたところで、自称・最強の攻略組であるクラン『月光聖騎士団』の代表らしい甲冑少年は笑ってみせ。これまで儂を囲み、無駄に長々と自慢だか挑発だかを繰り返していた連中まで少女の剣幕を嗤い。挙句に「忙しい」だの、「子どもの戯言に付き合う気は無い」だのと言ってくれたが……そこはそれ、すでに手遅れというやつで。
双子の姉のことを何より大切にする希代の軍師さまがブチギレ状態となってしまっている時点で勝敗は決していると言うか、ただただ鬱陶しいとばかりに深紅の巻き髪令嬢を見やっていた甲冑少年も「私たちが負けたら、貴方方の要求を1つ飲みます」と、ローズが涼し気な顔で言えば態度を一辺。次いで「私たちが勝ったら『謝罪』を要求します」と、こちらの提示するそれがまた『それぐらいなら』と思わせるものだったことも合わせて乗り気となったようで。
「へ、へぇ……? それで、『ルール』は?」
そう期待を隠せぬ様子で。傍目には、そわそわしているだけの仏頂面で甲冑少年が問い返してきた時点で、勝負あり。
「レベル、スキル、装備に『回復アイテム以外のすべてのアイテム』を使用可能な『ウェポンズフリー』で、『六人対六人戦』を希望しますわ」
淡々と、腕を組んで告げる紅い狐耳と尻尾を生やす少女をまえに、彼らは何を期待しているのか妙にニヤケ面を浮かべる男どもが多いが……残念じゃが期待はすでに叶わぬことが明々白々。なにせ、『なんでも言うことを聞く』などという危険極まりない条件を、あの志保ちゃんが許しているのじゃからのぅ。
「会場は、特に指定はありませんが……できれば『負けたときの言い訳にされたくありません』ので、凝ったギミックなどが特に無い『試合会場』などが良いです」
「……へぇ。随分と自信がありそうだけど、もしかして『薔薇園』の代表メンバーでも加える気?」
まさか。貴方方のお相手は私たち『幼精倶楽部』だけで十分ですわ、と。さり気なさを装ってこちらの戦力に探りを入れてくる相手の敵将に対し、自信満々の体でそう返すローズ。
そして、「ああ、『月光』は勿論、代表メンバーでお願いします――というより、逃げないでくださいね?」と挑発までしてくれとるところを見るに……なるほど、彼女も彼女で相当頭にきているということか。
「……小娘が、言ってくれるね。それじゃあ遠慮なく、僕らが『最強』だってことを教えてあげるよ」
「ふふ。残念ですが、証明されるのは『貴方方など所詮は自称・最強』ということだけですわ!」
かくして、儂ら『幼精倶楽部』と、彼らクラン『月光聖騎士団』の代表メンバーによる『プライヤー対プレイヤー』――『PvP』の一戦が行われることとなり。
作戦会議やら準備やらの時間として10分のインターバルを挟むことになったわけじゃが……とりあえず、儂はまず武装の耐久値回復が優先じゃな。
「……ふぅ。まったく、こちらは『イベントボス』とやりあったばかりじゃと言うのに」
それ以前に、こんな些事で時間を無駄にしたくはなかったんじゃがな、と。そうため息をこぼす儂に、「……み、ミナセちゃん」と掛けられる声。
そちらを見れば、気落ちし、泣きそうな様子の黒猫幼女が居り。スカートを握りしめて何かを堪えている風な嘉穂ちゃんに、「ふむ。ちょうどいいところに」と儂はことさら明るく返し。手招きしながらニヤリと笑いかける。
「『気にするな』と言ったところで嘉穂ちゃんは気にするんじゃろうからな。敢えてこう言おう。『期待しているぞ』、と」
「…………ぇ?」
いったい、なにを? と、再び瞳を丸くして固まる少女に、「そう言えば」と。我ながらわざとらしく『今思い出した』体を装って、子猫がどれだけの武装を持ってきているのかを確認。
それでノロノロとした動きではありながらも≪インベントリ≫のウィンドウを表示し、可視化してくれるのを耐久値の回復のために手を動かしながら見て、
「……考えてもみよ。連中は『自称』とは言えAFO最強なんぞと嘯いとる連中じゃ」
ゆえに、当然――儂ら『幼精倶楽部』などとは比べるべくもなくレベルに差がある。
このイベントの開始と同時にAFOデビューをしたイチは当然として。貴重なプレイ時間のなかの50時間を『暗闇で敢えて何もしなかった』美晴ちゃんと志保ちゃんなど言うに及ばず。そもそものプレイ時間が少ないローズにしたって儂が引っ張り回した少しの間でしか効率的なレベル上げが出来ていない。
「つまり、あちらは全員がレベル40以上で。対する儂らは平均レベルが30台、と。……こうなっては必然、今回の戦闘の肝は儂と嘉穂ちゃんの二人、ということじゃな」
もっとも、イチのやつはレベル差では計れない『対人戦に関する技術と経験値』があろうが……それにしたってAFOの仕様での戦闘経験ではない。かく言う儂にしても、まだまだ知らん仕様や魔法にアーツなどがありそうじゃし、全員が全員、完全に格上だろうプレイヤーと正面きって団体戦を行った経験など皆無じゃからな。
ゆえに、普通に考えて『相手のレベル帯に対して、有効打を与えうるのは儂と嘉穂ちゃんの二人だけ』――と、ほとんど素人の儂が考えつけるのじゃからして、相手が思いつかんはずがない。
「加えて、連中は儂を執拗に勧誘してくれたからのぅ……。儂の戦闘を見ているのか、あるいは『調べた』のかは知らんが、相手は確実に儂を警戒しておるじゃろうし。そうなれば……ほれ、重要となるのは嘉穂ちゃんしか居らんじゃろ?」
そう片目を瞑り、冗談めかして笑いながら言えば「……あ」と口をポカンと開け、見る見る瞳を見開いていく子猫。そして、「む、むむムリムリ! か、カホ一人じゃムリだよ~!」と泣きべそをかきだすのを『視て』……ふむ、失敗したかのぅ? と、内心で冷や汗をかく儂の知覚範囲に、
「――大丈夫だよ、お姉ちゃん」
微笑む、我らが最高の軍師が現れ。不安に涙目となる子猫を抱きしめ、金髪碧眼のエルフ少女は事も無げに告げる。
「ふふ。じつは、これから先の『イベントボス討伐戦』でも使うつもりだった『作戦』なんだけど――と、ここからは『パーティチャット』で」
良い機会だから、そっちの三人も聞いてね、と。少し遠くで追いかけっこをしておる美晴ちゃんとイチに、それを呆れた顔して見ていたローズの三人に声をかける志保ちゃん。……はて? そもそも美晴ちゃんたちはいったい何をしとるんじゃ?
「――と、聞こえるかな? それで、今回の『決闘』の作戦を話しますね」
果たして、聡明な少女は語る。
それは、儂からしたら絶対に思いもつかない戦術であり。同時に、今日までの積み重ねがあってこそ初めて成し得る作戦で。何より、重要な位置に嘉穂ちゃんを敢えて据えているところが素晴らしいと思える発想じゃった。
ゆえに、儂はそれを聞いて大きく頷き。さすがは志保ちゃんじゃ、と改めて彼女の評価を引き上げ。その作戦のために、いったん席を外すと言い出した双子の姉妹を見送り。……範囲知覚によって拾った「害虫駆除の基本は巣ごと一気に、ですよね」なんて呟きや口元を横に引き裂くようにして笑う様からは全力で意識を逸らす。
「……ふぅ。まぁ、自分でもわかっていたことですが、この中ですと私など完全に『賑やかし』。自称『最強』の代表に対して『最弱』の代表とは、なんとも皮肉ですわね」
対して、そう微苦笑を浮かべて告げるローズ。本来であれば、彼女のレベルや装備は十分に最前線組にも通用しそうなものじゃが……それも先のHP全損により【虚弱】の状態異常を患ってしまっている現状、志保ちゃんが告げた作戦における自身の『役割』に「仕方ない」と。もはや今日という日のために努力し、自信をつけかけていた壁役すらステータスが半減して行えない、と。それはどうしようもない、と本人でもわかっているからこその自嘲交じりの諦観といった表情じゃったが――そこを納得しえないのが、我らがパーティ自慢のムードメーカーであるところの犬耳少女で。
美晴ちゃんは「はい、それ間違いー」と笑って言って深紅の巻き髪令嬢に抱きつき。「な、なにをなさいますの!?」と慌てるローズの反応など意に返さず、
「自称『最強』に対する『幼精倶楽部』の代表はね、『最弱』じゃなくて――『最高』だよ!」
そう、あっけらかんと言ってのける彼女は本当に、さすがである。
「っ!? ……い、いえ、ですが、私などは――」
所詮、『ほかに適任者がいなかった』がゆえの、『消去法によって選ばれた』代表だ、と。そう謙遜しようとする彼女を、「たしかに。おチビのくせに、上手いこと言いますね」と、ローズからすれば予想外だったのだろう、ほとんど関わりあうことのなかったイチによって遮られ、肯定されることによって目を剥いて固まる。
「もっとも、このなかですと私は最も新参者で、貴女と組んでパーティ戦というものをした経験もございませんのでアレですが……」
そう肩をすくめ、額当てによって隠された瞳をちらりとローズに向けて「ですが」とイチはいつもの、それこそ『ただただ事実を告げる』かのような平然とした調子で言葉を継ぐ。
「奇しくも参加することになったこの『幼精倶楽部』の代表――ローズは、『最高』です」
なぜなら、貴女は仲間のために怒れる代表ですから。
なぜなら、貴女は自身の『弱さ』を知っていてなお、格上の相手に『果たし状』を叩きつけられる勇気あるものですから。
「そして、貴女は師父さ――……ミナセさんやカホさんの『強さ』は勿論、シホさんの『賢さ』をしっかりと把握し、信頼している。私やおチビのことすら『仲間』として背負い、『最強』を自称する団体の代表をまえに胸を張り、啖呵を切った」
そんな貴女が『最高』でなく、何だと言うのです? と、またも肩をすくめて告げる白髪の鬼人少女をまえに、ついには顔を伏せ。肩を震わせ、静かに嗚咽を漏らしだすローズは……おそらく、相応に悩んでおったのじゃろうな。
聞けば、美晴ちゃんには『体育』で、志保ちゃんには『勉強』で勝てたことが無いと言う話じゃし。すこし前まで最強のPKなどと呼ばれとった嘉穂ちゃんはもちろん、イチなどは分かりやすく『中学生女子最強』のVR選手じゃったと言うし。加えて、儂の正体を知っていて、それでも自分が代表をすることになった。それが、きっと自身を過小評価し過ぎる彼女の、まだまだ小さな背中に重く圧し掛かっていた、と。
トドメに今回の、『味方』のはずのクランメンバーに裏切られ。教会送りとなって【虚弱】を患い、この日のために努力して伸ばした能力を強制的に半減させられては、な。そりゃあ、落ち込むじゃろうし――それ以前に、こういうところに気づいてこその年長者じゃろうに。儂はいったい、彼女の何を見ておったのか、と。他人より多少はよく『視える』くせに、何をしていたんじゃ、と自身を責める。
それから、
「あ、居た! おーい、ミナセちゃ――って、河豚が泣いてる!? ……は? なに、あのクソども、まさかうちの妹泣かせやがったの? ……ブッコロスゾ、オイ」
……とりあえず、何やら勘違いした挙句、いつにも増してすわった目をして人を殺しに行き掛けとる兄馬鹿を止めて。
そんなダイチくんと一緒に近寄ってきた『主人公と愉快な仲間たち』の五人と合流し、改めて作戦参謀の少女が語った、このあとに控えている彼らとの『イベントボス討伐戦』――のまえに、急遽決まった『決闘』の件を話し。その経緯を聞くごとに剣呑な雰囲気を纏うダイチくんたちには、志保ちゃん考案の『必殺コンボ』をお披露目するので楽しみにしていてくれ、と。……ぶっちゃけ、うちの軍師少女がブチギレていたので任せてほしい、と告げれば全員が「うわぁ……」といった表情を浮かべてくれたので、良し、か?
さておき。今回の『呼ばれざるお客様』のなかには、驚いたことにクラン『漁業協同組合・漢組』とクラン『水精の歌声』のメンバーも居たようで。それぞれ、代表と、その取り巻きのプレイヤーが数人、本当に悪意など無く、ただただ騒ぎになっているからと心配して儂や嘉穂ちゃんの顔を見に来ており。
儂が乞い、志保ちゃんが提唱した『イベントボス討伐戦』の内容からして、できればクラン『漁業協同組合・漢組』とクラン『水精の歌声』の協力が欲しい、と。その声掛けと話し合い自体は既にダイチくんたちの方で進めていたようで、彼らと一緒に儂らのところに来てくれたわけじゃが……しかし、過保護なダストン親分はともかく、そこまでクラン『水精の歌声』の代表――は、変わらず称号【水の妖精に好かれし者】の取得を目指して、未だにイベントそっちのけで『蒼碧の水精遺跡』に籠っているようで、代理として『出来る秘書官風の中年女性』といった外見をした副代表が来ていたが、彼女らにこうまで気にかけてもらえる理由がわからない。
ゆえに、あらためて儂からの両クランの代表に頭を下げてお願いしつつ、この機会にその辺をはっきりさせようとクラン『水精の歌声』の副代表に問いかけてみれば、
「それはですね。……じつを言えば、私の母さん――『水精の歌声』の代表は、数年前から寝たきりとなってしまっていまして。有体に言いますと、こうした電子仮想世界でしか満足に話すこともできない状態なんです」
そんな母親が代表であり。それを支える娘が副代表を務めるクランであるからこそ、彼女たちは儂や嘉穂ちゃんに志保ちゃんを――そして、儂らを擁するクラン『薔薇園の守護騎士』のことを気に掛けている、と。
それは、儂らがあの日――『亡霊猫』事件にて、嘉穂ちゃんのことを罵り、貶めるように喚くプレイヤーに対して毅然とした態度で反論して見せたから。たとえ、現実世界では満足に動くこともできないとしても、『だからどうした』とばかりに儂が嘉穂ちゃんのために多くのプレイヤーを敵に回してでも『友情』を選んだから。
ゆえに、クラン『水精の歌声』は――少なくとも代表と副代表の親子は、儂らを支持する、と。そう告げる彼女を見て、なるほど、これなら大丈夫だろう、と。今や同じクランのメンバーだろうと信用できない状態のダイチくんたちに対して、彼女たちは決して裏切らない、と儂は確信。
今は余裕が無いから碌に話すこともできないが、この『決闘』騒ぎのあとの討伐作戦では、ぜひ助力をお願いします、ともう一度頭を下げて。それで、いったんは彼らとは別れることにしたんじゃが……どうやら今日は千客万来のようで。
「なぁ、ミナセの嬢ちゃん。ちょっと良いか?」
儂らの近くから代表メンバーがいなくなるや、そう断りを入れつつ現れたのは、意外と言えば意外な人物であるところの、プレイヤー名『アレキサンダー・梅山』という髭もじゃの男で。いつぞやは『イベントボス』の偵察戦にて現場指揮官をしていた、今回の討伐戦において第二班の部隊長をしとった彼は、幾人かのプレイヤーを連れて儂のまえに来て、
「……俺らは、さ。クラン『薔薇園の守護騎士』を辞めて、クラン『月光聖騎士団』に入ることにしたんだ」
などと、今の儂からしたら顔をしかめるしかないようなことを言い。そのうえ、「できれば、嬢ちゃんにも一緒に来て欲しいんだよ」と、本当に現状をわかっているのか疑問に思える提案を寄越す彼に、儂はいっそう眉間の皺を深めて、ため息を一つ。
「……いちおう、理由だけは聞いておこうか」
そう、背後で今にも斬りかかりそうなイチを、片手を上げて制し、不機嫌さを隠さず問えば。彼らはバツが悪そうに顔を見合わせ、誰が言うのかを視線でもって牽制するような間を空けたうえで、けっきょくは『アレキサンダー・梅山』が口を開いた。
「俺らはさ、『攻略組』に――『最強』ってやつに憧れてクラン『薔薇園の守護騎士』に入ったわけよ」
それなのに、今回のイベントの結果はどうだ。すべてのダンジョンの最速走破に、イベントボスの最初の討伐すらクラン『月光聖騎士団』に成された。そればかりか、クラン『薔薇園の守護騎士』は『イベントボス』の――それもイベントの目玉である『通常版』の方の――討伐が出来ない、と言うのだから、彼らからすれば『当てが外れた』という話となり。そこに『自分たちのクランに入れば、これからすぐにイベントボス討伐を行う』と、自称『最強のクランの代表様』に言われ、勧誘されてしまえば……仕方ない、のかもしれん。
もっとも、
「それで、嬢ちゃんのような凄腕のプレイヤーも一緒に、って――」
「そう連中に勧誘してくるよう頼まれたのかも知れんが、それは聞けんな」
儂は彼の言葉を遮り、その瞳をまっすぐに睨み据えたうえで告げる。
「儂はただ、困っているところを助けてくれたプレイヤーが、たまたまクラン『薔薇園の守護騎士』の代表だったから、彼らに助力を求めて入団しただけじゃ」
ゆえに、おまえさんたちのようにクラン『薔薇園の守護騎士』が『攻略組』だから入団したわけではない。最大手のクランだからでも、AFOで『最強』のクランだから入団を決めたわけでもない。
ゆえに、クラン『薔薇園の守護騎士』を抜ける理由など無く。
ゆえに、『月光聖騎士団』に入団する理由など無い、と。そうはっきりと告げれば、それに慌てて「だ、だけどさ」と言葉を挟みこむプレイヤーが数人。
「き、君はさ。せっかく『レベル15開始ダンジョン』を走破したのに、その報酬を代表たちに巻き上げられたんだろ?」
…………は? なにを言っておるんじゃ、こやつは?
「せっかく、『北の迷宮』を攻略して手に入れた【属性魔法:闇】を覚えられるっていうドロップアイテムも。『ゴブリン・ジェネラル』の使ってたっていう大剣だって、けっきょく代表のパーティに渡しちゃってるしさ。……君、自分が良いように使われてるだけって自覚ある?」
「き、君だって、初イベントで『ランキングの上位』に載りたいんだろ?」
「今なら、『月光』の連中だって君のことを無碍にはしないだろうしさ」
「な、なあ。俺らと一緒にクラン『月光聖騎士団』に――」
「断る」
深く、長く、ため息を一つ。
そうして怒りに燃える内心を落ち着かせ、やや間を空けたうえで言葉を次ぐ。
「そもそもの話、儂がダンジョンを多少苦労しながら攻略したのも、『通常版のイベントボス』なぞに挑むのも、すべてはダイチくんたちにしてもらったことに対する恩返しゆえじゃ。それが無くば、前提として『友だちと遊べれば満足』な儂が面倒でしかない討伐だ、走破だ、攻略だ、なんてものを手伝わんし。ランキングにも興味がない」
加えて言えば、大恩あるダイチくんたちを悪く言い、嘉穂ちゃんを嗤ってくれた連中が居るクラン『月光聖騎士団』になぞ、ぜったいに入る気など無い、と。はっきり告げる。
「い、いや、でもよ。嬢ちゃんの腕なら――」
「くどいぞ、アレキサンダー・梅山」
何やら言いつのる彼らを、今やはっきりと睨みまわしながら、
「儂は、『攻略組』や『最強』なんぞに興味は無い。ランキングだってどうでも良い。……儂はただ、気の合う者たちと遊べれば、それで良いんじゃ」
ゆえに、クラン『月光聖騎士団』なぞ、お呼びではない、と。そう再三に渡って告げれば、それでようやく彼らは立ち去り。……知覚範囲内に居た、そんな儂らの遣り取りを見て舌打ちするクラン『月光聖騎士団』のプレイヤーだろう男を『視て』、内心でため息をまた一つ。
なにはさておき、
「――さぁ。気を引き締めて行きますわよ!」
果たして、儂ら『幼精倶楽部』と、クラン『月光聖騎士団』の代表を含めた選抜パーティとの『決闘』の火蓋が切って落とされた。