クエスト84 おじーちゃん、緊急事態と『勧誘?』に怒り心頭
曰く、彼ら彼女らの侵入を、待機組であったメンバーや志保ちゃんたちは最初、『ほかのクランメンバーが応援しにでも来たのかな?』といった程度の認識で見ていたそうじゃが……そのうちの数人が、あろうことか『イベントボス』と対峙する戦闘エリアに転移するにあたって、ようやく事態を察したそうな。
連中は、予め選出されていた100人のメンバーに成り代わろうとする乱入者であり、邪魔者である、と。
ちょうど休憩や修復などで席を外していたメンバーの椅子を無断で奪い、唖然と見送ることしかできなかった者たちを嘲笑うかのように『ボスエリア』へと乱入しながら、『何もせず。ただそこに居るだけの彼ら彼女らの行動を怪訝に思い、『緊急事態発生』として志保ちゃんはダイチくんに即座に『フレンドコール』を繋ぎ。……結果、『事件』はそれだけに留まらなかったことを知ることに。
曰く、クラン『薔薇園の守護騎士』の拠点にある専用の『掲示板』に、何やら意味不明な書き込みや他人を誹謗中傷するような書き込みが大量に行われている、とか。今回の『イベントボス討伐戦』に関する情報が無断で流され、ご丁寧なことにしっかりとパスワードを記したうえで『人数に余白があるため、誰でも先着順で「ボス討伐」の功績が得られるチャンス!?』などといったふざけた書き込みまであったとか……。
加えて、≪メニュー≫にある≪掲示板≫を同時並行で監視していたらしい軍師殿に曰く、そちらにまで似たような書き込みがあったようで。突然の乱入者たちは、要するにそんなでたらめな書き込みによって『余白を埋める』といった程度の認識で『きっちり上限いっぱいの人数を動員した』儂らの作戦行動を知らずに妨害している第三者の可能性がある、と。
……もともと、こうした乱入などを予防するための施策が『特定の「可能性の間」へ転移するためにはパスワードを入力する必要がある』ことで。『可能性の間』を生み出したプレイヤーであれば『石碑』を介していろいろと――それこそダストン親分たちがやっていた『指定したプレイヤー以外の戦場への侵入禁止』など――追加で設定可能なのじゃが……今回は『最初から決められたメンバーにしかパスワードを教えられていない』という『思い込み』が完全に裏目に出た形か。
もっとも、そんなことを志保ちゃんから聞く儂にしても――また別の『問題』に直面していたわけじゃが。
「…………はぁ。いちおう、『言い訳』くらいは聞いてやろうかの」
志保ちゃんからの『フレンドコール』をいったん切り、深いため息を吐いたうえで告げる儂。……おそらくは『第二形態』の使う『プレイヤーの劣化コピーを召喚する咆哮』に対して『直前に自身のスペックを下げる』対策に合わせた不意打ちのつもりで一斉攻撃を寄越してくれたのじゃろうがな。
残念。もう数秒早ければ『それなりのダメージ』を受けたかも知れんが――ちょうど体感時間を引き伸ばして≪ステータス≫や武装を変更しかけているタイミングで攻撃するとはのぅ。連中からすれば大して違わんと言うか、十中八九、儂の武装の変更とレベルの低下を確かめたうえで一斉攻撃。回復の間も与えず教会送りとしたかったのじゃろうが……その僅かな間隙のせいで儂の知覚加速のタイミングと被るとは、まったく、悪いことなどするもんじゃないな。
おかげで瞬時に〈初級戦士Lv.48〉に就き直し。『闇蟹アーマー』と『闇蟹シールドセット』を装備できたうえに『ワイドガード』を使って不可視の障壁を生み出して、初撃のほとんどすべてを受け止められたうえに直撃手前で誘爆させられたから被ダメージは皆無。……それでも、攻撃によって発生した煙幕から現れてすぐの儂は『転職』によって最大HPが大幅に増加したことで、相対的に『HPが激減したように視える』状態になっているが。
それにしたって全プレイヤー中でも上位に入るだろう儂の防御力と『ワイドガード』のまえにダメージを与えるのは容易ではないじゃろうし。『ブーステッド・ライト』による『10秒で最大HPの1%回復』の効果と単体回復魔法だけで対処可能じゃろう、と。
攻撃魔法を放ってくれた連中を睨もうと振り向く間に、明後日の方向から飛んできた弓矢に短剣などを範囲知覚で捉え。即座に、不可視の障壁を動かして弾き――と、このタイミングでかかってきた『フレンドコール』に眉をしかめ。その相手が志保ちゃんだと見てとるや、即座に出ることにして。
障壁が割れるまえにヌンチャクを取り出し。少女の声を聞きながら『ツイン・ヘヴィハンマー』を起動。遠距離からの物理・魔法問わず、全ての攻撃を叩き。弾いて。躱し。
……いやはや、まさか≪掲示板≫にパスワードを書き込まれておったとはのぅ、と。うちの優秀な参謀殿が暇さえあれば≪掲示板≫を開き、視界の隅に表示して流し見ている子でなければ気づくのにもう少しかかったかも知れんし、拠点の方の書き込みにしたって、慌てて誰かが代表のダイチくんに報せなければ対処が間に合わなくなったかも知れん、と。
そういう意味では、事件の発覚から報告までにそこまで致命的な遅れは無かったように思えるが――なんてことをのんびり考えていられる程度には余裕のある防戦をこなし。おおよそ儂に攻撃してくるプレイヤーの名前と〈職〉にレベル、装備までを『固有技能化』した【看破】とセットしたままの【慧眼】で『視て』把握し。念のため、一度『パーティ』を抜け。志保ちゃんに『ブラックリスト』に登録してもらったうえで、いつかのように即座に『ブラックリスト』の仕様を有効化できるよう『パーティ申請』のウィンドウを表示したまま『フレンドコール』を切って言葉を投げたわけじゃが、
「死ねや、チーター!!」
「くそったれの姫プレイ野郎が、目障りなんだよ!!」
今度は接近戦を仕掛けてくるプレイヤーまで現れだし。彼らの言葉と表情をまえに「処置なし」と判断。『パーティ』を組みなおし、瞬時に儂の世界から連中を排除することに。
「……もっとも、すでに『手遅れ』という事態に違いは無いんじゃがのぅ」
そう呟き。深く、長いため息をもう一つ。すっかり静かになった儂の周辺とは違い、方々であがる怒声や怨嗟の声に重くなる頭を上げ、見回せば……やはり、あまりにも予想外で、想定外の事態にこれまでの戦闘や連携など見る影もなく慌てふためき、激情にその顔を染める者や他人を嘲笑する者などが居て思わず眉間の皺が深まる。
……仲間割れ、と言うにはタイミングが的確過ぎるうえに大勢のプレイヤーが組織立って『何らかの目標』を掲げて動いているように思えてならん。
では、具体的に何が目的か。なぜ、ここで儂らの邪魔をするのか? など疑問は尽きん――が、なんにせよ。とりあえず、クラン『薔薇園の守護騎士』の代表であるダイチくんの発した『作戦中止』と『速やかなる撤退』の指示に対し、仕方なく行動を開始する。
……職は、まぁ〈戦士〉で問題無かろう。『副職』は、この際じゃから〈勇者〉にして【鼓舞】のアーツも解禁。『モンスターの敵意を集める』効果によって味方の撤退を助けよう、と。今はとにかく『緊急回避』でもって戦線離脱するメンバーを庇い、殿として最後まで残るつもりらしいダイチくんたち『主人公と愉快な仲間たち』の五人の――……あ、れ? 四人?
エリお姉ちゃんが……いない?
「『ツイン・ソードスラッシュ』! っと、まずは後衛組! 離脱、急いで!!」
「『ヘイトアピール』! って、ほら、そこの! さっさと『緊急回避』を使え!」
まさか、と。血相を変えて駆け寄り、まずは彼らに迫っていた黒トカゲ鳥に一撃。二撃。
その間に、いつになく表情に余裕の無さそうなダイチくんやドークスらの顔を『視て』。周囲一帯を『視まわして』、確信する。
さらに、このタイミングで儂にかかってくる『フレンドコール』――その相手が『この場に居ない狐耳令嬢』だったことで頭に血が昇る。
「……もしもし」
『あ、あの……! お忙しいところ大変申し訳ありません』
気を鎮め。黒トカゲ鳥を相手取って大立ち回りを演じながら、『フレンドコール』越しに少女の声を聞き――視界隅に表示されたパーティメンバーを示す名前の中から『ローズ』をクリック。
果たして、現れた彼女の情報に【状態異常:虚弱】の文字があったことで、思わず歯を食いしばって激情を抑える。
『えっと……すみません。じつは「教会」に――……今、エリーゼさんといっしょに居まして。なるべく早く、志保さんたちに合流するつもりですが』
引き続き、ミナセさんもお気を付けください、と。わずかに震える声を耳にするだけで怒りで我を忘れそうになる――が、それを言えば、儂なんぞよりダイチくんたちの方がよっぽど余裕なぞあるまい。
犠牲者は二人だけじゃない。どころか、同じクランに所属する者らが相争う戦場では敵味方の区別すら難しく。なにより、ダイチくんらの場合は『この機を逃せば「次」は無かった』ろうからのぅ。
幾ら人数を絞り、少数精鋭と言ったところで総数にして100人あまり。彼ら彼女らの予定を擦り合わせ、話し合って『次こそは』と願うには、すでに時間的な余裕など皆無。イベント終了の24時まで現実世界で6時間あまりしか残されていない段階で、各々の必要最低限の生活に必須な諸々や長時間ログイン用のデバイスの整備やらで時間を取らされることを鑑みれば、もはや彼らが『通常版のイベントボス討伐』を成すのは不可能じゃろう、と。それこそ、今日まで名誉挽回に努めてきたと言うのに、と。そうした苦渋の思いが儂なんかより弱いはずがない。
「くそ! くそ……! 急いでよ……!」
「できるだけ早く! それから、離脱したメンバーの報告も……!!」
ゆえに、ちぃお姉ちゃんが泣きそうになりながら叫び。カネガサキさんも見たことのない鬼気迫る表情で周りを睥睨するのも仕方ない。
彼女たちが――みんなが、この日、この『イベントボス討伐』にかけてどれだけ意気込んでいたかを知っているがゆえに、儂もまた胸を締め付けるような思いになり。
ゆえに、儂は「――お願いじゃ、志保ちゃん」と。今まさに繋いだ『フレンドコール』越しに、年甲斐もなく縋る。年端もゆかぬ少女の知恵に、「せめて『ヒーローズ』の五人だけでも……どうにか、ならんか?」と情けなくも頭を垂れて懇願する。
「難しいのは、わかる。すでに手遅れじゃと言うのも察せられる。……それでも、儂はダイチくんたちの想いに報いたい」
だって、こんなのはあんまりじゃろう?
だって、こんな終局など酷すぎるじゃろう?
勝てない、というのならわかる。……結果として、納得できる。
しかし、作戦中止はない。
それも、勝手なことをした『誰か』のせいで。悪意すらない第三者も巻き込んだ妨害で、ただただ嘲笑される結末など……到底、許容できない。
彼らが何をしたと言うのか。
彼女たちがどうして傷つけられねばならなかったのか。
あんなにも頑張って、今日と言う日のために協議を重ねてひた走ってきた彼らに対して、この仕打ちは間違っている。
ゆえに、
『――ごめんなさい、ミナセさん。結論から言いまして、私の考えうる限り、クラン「薔薇園の守護騎士」での「イベントボス討伐」は無理だと思います』
なぜなら、私にはクラン『薔薇園の守護騎士』内の『敵』と『味方』を見分ける術がありません。
だから、どんな作戦であれクラン『薔薇園の守護騎士』単独では、また妨害される可能性が高い、と。だから、クラン『薔薇園の守護騎士』による単独討伐は諦めましょう、と。そう静かに告げる彼女の言葉に、「……そうか」と言って気落ちする儂に、「なので」と稀代の軍師は言葉を次ぐ。
クラン『薔薇園の守護騎士』単独――ではなく。『主人公と愉快な仲間たち』の五人と、私たち『幼精倶楽部』の六人に加えて、敢えて他所のクランにも協力してもらいましょう、と。最後にはどことなくいたずらっ子が笑っているような雰囲気を声音に乗せて、
『じつは、ですね。どこかの誰かのお節介のせいで、この場にちょうど海辺の街を拠点とする2大クランの代表まで来ていまして。おそらく、ミナセさんが提案すれば協力してくださるはずです』
いえ、むしろ――ミナセさん『だからこそ』、ここまで評判を落としてしまったクラン『薔薇園の守護騎士』のメンバーが『今からすぐに』と要請しても断りません、と。そう我らが最後の希望たる名軍師殿は、本来であれば絶対に不可能だと思える提案を口にする。
「……ふむ。それは、本当に――」
『可能です』
遮り、志保ちゃん。そして、『ですが、ここからは時間との戦いになります。急いで全員の離脱を』と、そう言うのを最後に『フレンドコール』を一方的に切られるのに対し、儂は知らず深めていた眉間の皺を揉みほぐし。ニヤリ、と人知れず笑みを浮かべて、
「『ヘイトアピール』! さぁ、儂らもそろそろ『緊急回避』を使おうぞ、ダイチくん!!」
そう呼びかけ、緊張と混乱との坩堝と化した最前線で人一倍暴れまわり。『ヒーローズ』の五人と一緒に、『イベントボス』を相手に可能な限りの時間稼ぎをしつつ、志保ちゃんが告げた、作戦とも呼べない絵空事じみたそれを話し。
最初こそ、クランの代表メンバーとして今回の『作戦失敗』を受け止めて自分たちだけで『抜け駆け』するような行為はできない、と渋る彼らだったが……そこはそれ、そんなダイチくんたちの反応すら予想していたのだろう、幼き賢人の『通達』によって、最初にちぃお姉ちゃんが。次いで途中離脱を強要されたエリお姉ちゃんが説得されたらしいことで事態は流転。儂も含め、女性陣総出の呼びかけ――というには、二人のお姉ちゃんたちが殺気だち過ぎて冷や汗ものじゃったが――に、ついにダイチくんが折れた。
「……うん。たしかに、このままクラン『薔薇園の守護騎士』の誰一人として『通常版のイベントボス討伐』が成せなかったというのは、さすがに『攻略組』としても問題だからね」
仕方ない、と。せめて代表メンバーだけでも『イベントボス討伐』を成功させて、そのうえで後日、余裕があれば再度、クランメンバーだけでリベンジを、と。そういう方向で話をまとめたうえで、儂は一時的に彼らのパーティーに参加。
いい加減、捌き続けることに限界を感じてきた頃合いだったこともあり、さっさと『副職』に〈探索者〉を設定し、専用のアーツである『緊急回避』を使用して『可能性の間』へと離脱することに。
「――っと。とりあえず、僕らは今回の作戦に参加してくれたメンバーに話を通してくるから、ミナセちゃんは休んでて」
「では、僕とアイチィでエーオースに行き、拠点の『掲示板』の方の対処をして来ますね」
果たして、最初に訪れたときと違って騒然とする『可能性の間』で、三々五々、儂らは別れ。ざっと知覚範囲を広げて『視まわし』、美晴ちゃんたち『幼精倶楽部』のメンバーを探しながら歩きだす。
……ふむ。なんというか、この中の多くが『悪意のない第三者』だとわかっていてなお、鬱陶しいな。
ダイチくんたちの無念を思えばこそ、というのもあるが……それ以前に、いちいち話しかけ、進路を妨害するように絡んでくるのが邪魔じゃな。
まったく。今はそれなりに疲れておるゆえ、対応がぞんざいになってしまうのは仕方ないとして、とにかく自身のパーティやクランに勧誘しようとしてくる連中は何なのじゃろうな? ……うぅむ、さすがにこの人数を一気に『拒絶』するのも外聞が悪かろうし、これらを美晴ちゃんたちのもとまで連れていくわけにもいかんし。さて、どうしたものか、と。そう眉間に皺を寄せ、腕を組んで周りを囲むプレイヤーを睥睨する儂に、
「――姫。お迎えに上がりました」
掛けられる、声。
そして、それを期に儂を囲む群衆が割れ、一見すると騎士のようにも見える白銀の甲冑を纏った金髪碧眼の美少年が現れて。ゆっくりと儂のまえまで来て演劇のごとく所作でもって跪くのに対し、いっそう顔をしかめる。
「……ふむ。誰だかは知らんが、ずいぶんと挑発的な『ご挨拶』じゃな?」
まさか、いきなり『姫プレイ野郎』と罵られるが如く『姫』と称され、扱われようとはのぅ……。ずいぶんと馬鹿にしてくれると言うか、これだけの群衆のなかにあって、よくもまぁ初対面の女児相手に喧嘩が売れるものじゃな。
もっとも、タイミング的にはちょうど良い。この無礼者には人柱になってもらおう、と。とにかく眼前の少年の名前を『ブラックリスト』に登録し、周りを囲うプレイヤーに対して警告としようとする儂に、「……え? 『挑発的』、ですか?」と目を丸くする件の少年騎士。
そして、どうやら仲間であるらしい近くに居た金属甲冑を纏った男に「おそらく、彼女は先ほどの『姫』という呼び方に対し、『姫プレイ』のことを揶揄されたと勘違いされたのでは?」と耳打ちをされ、さらに目を剥く美少年。と、それを聞いて密かに驚く儂。
……ふむ? もしかして、先ほどのは悪口のつもりではない? と、怪訝に思う儂に、「ああ、これは失礼を」と言って再び演劇じみた嘘くさい大袈裟な動きで『嘆き』を露わに告げる少年騎士。
「ごめんなさい。言い訳になってしまいますが、≪掲示板≫での貴女の通称が『姫』でしたので、てっきりそう呼ばれるのに慣れているのかと……」
傍らの男に「彼女はどうも≪掲示板≫を見ないようなのでご注意を」と囁かれているのを尻目に、あらためて眼前の少年騎士を見やる。
外見年齢は、十代半ばか。よっぽど造形に凝った人間がデザインしたのでなければ、儂の目をもってして違和感を覚えない外見からして、おそらく本当に中身も相応に整った容貌の美少年なんだろう。と、それはわかるが……言動がどうにも嘘くさいうえに、そこはかとなく『上から目線』という感じがして好きになれそうにない。
ゆえに、
「……それで? おまえさんは、儂に何か用かの?」
さっさと要件を聞いて、なんであれば中断した『ブラックリスト』入りを再開しよう、と。そう仏頂面を向けて問う儂に、彼はわずかに笑顔を引きつらせながら、
「えっと……。先ほどもお伝えしましたが、改めまして――ミナセさん。貴女を我がクラン、『月光聖騎士団』にお誘いに参上しました」
そう言って再び『騎士が姫君に手を差し伸べる』ように見える仕草で片膝をつき、右手の平を伸ばしてくる彼に、「ふむ」と頷き。思案するように一拍の間をあけてから、ため息を一つ。
「なんじゃ、言い直したところで『失礼』じゃな」
やれやれ、と。肩をすくめ、笑顔の仮面に罅を入れる少年騎士に対し、ことさら馬鹿にするような雰囲気を纏って、告げる。
「儂はクラン『薔薇園の守護騎士』に所属しておるし、今はクランの作戦で忙しいんじゃ」
ゆえに、邪魔してくれるな、と。周囲のプレイヤーを見回し、顔をしかめて彼らのもとを後にしようとする――が、「ま、待ってくれ!」と呼び止める少年騎士。そして、儂の手を掴んで引き留めようとするのを『視て』とり、とっさに避ける。
「わ、っと……! な、なんで……!?」
……ふむ。転んでしまったのは儂のせいではないし、クランの勧誘を断ったのも当然だと思うのじゃが、なにをそんなに驚いておるんじゃ?
「くっ……! なにを不思議そうな顔を……! ば、馬鹿にしているのか!?」
「……いや。馬鹿にするもなにも、要件が済んだのじゃったら去ってくれんか?」
深く、ため息をまた一つ。癇癪を起すかのように顔を真っ赤にして睨みつけてくる少年にしかめっ面を向け、「儂は忙しいんじゃ」と。心の底から『鬱陶しい』と言わんばかりの声音と雰囲気でもって告げる儂に、彼は憤怒の形相になって。
「ふ、ふざけるなッ! ぼ、僕が! クラン『月光聖騎士団』の代表である僕直々に勧誘しに来てやったんだぞ!?」
それを断る!? それも忙しいから、だと!? ふざけるな、と怒鳴り、髪をかきむしる少年に白けた視線を向け、腕を組んで口を開く。
「鬱陶しい。いい加減、『ブラックリスト』に加えるぞ?」
「~~ッ!? ふ、ふざけるなッ!! お、おお、お前みたいなガキが! なんで――」
果たして、再び噴火しそうになる少年騎士に、傍らの甲冑を纏った男たちが抑えにかかり。それを横目で見やり、さっさと彼らのもとから去ろうとする儂は、しかし違う甲冑姿の中年男性に進路を阻まれ、顔をしかめる。
「……邪魔じゃ」
「ま、待ってくれ! せめて、俺たちのクランのことを紹介させてくれないか?」
「そう、そう! 俺たち、クラン『月光聖騎士団』は――」
曰く、このAFOの中でも最強のクランで。曰く、自分たちこそが最速で『アーテー北の迷宮』を走破し、イベントボスをも全プレイヤーに先駆けて攻略したクランだ、と。そう自慢げに、誇らしげに語る彼らに「……ほう」と頷きつつ、思うのは『ああ、こいつらがダイチくんたちを出し抜いたクランの』といった程度のもので。
『だから、君にも参入して欲しい』、『だから、君が所属するクランとして相応しい』と言われたところで、『何が、どう「だから」なのか』がわからず。自分たちのクランに入れば全プレイヤー中、『最強』を名乗れると言われたところで『そうか』といった感想しか抱けない。
どころか、
「そもそも、クラン『薔薇園の守護騎士』――ってか、代表メンバーはダメだわ。あれはない」
「だな。ってか、なんで攻略組の代表のくせにPKKの手伝いしてんだ、って話。それでメンバーの何人かを教会送りにするとか……馬鹿じゃねーの?」
そんなふうにダイチくんたちを否定されて、儂がクランを変えると思っておるのか? 儂らがあのとき、嘉穂ちゃんと『ただ話す』ためにどれほど頑張ったのかを知らん奴が、いったい何を否定する権利がある?
「それ以前に、攻略組の自覚無いのかっての。PKKだ、『パワレベ』だ、なんてしてる暇あったら1つでも多くレベル上げろよ。イベントあるの分かってたろうに、なにしてんだよ……」
「ああ、もちろん嬢ちゃんのことを否定してんじゃねーよ? ……ただ、攻略組の代表メンバーのすることじゃねーってか、人数だけは多いんだから他の奴に頼めよって話」
……ふざけるな、と。今度は儂の方こそ言いたい。
攻略組の自覚? 他の奴に頼め? ……なるほど、正論じゃ。少なくとも『儂らのことを何一つ知らん、第三者であれば』それは正しかろう。
しかし、あの日。あのとき。あの場に居たのが彼らだったからこそ、救われた者が居る。届けられた想いがある!
ゆえに、
「つか、そこまでして勧誘した『亡霊猫』だっけ? ソイツ、まったくイベントに参加してねーんだろ?」
「それな! 嬢ちゃんがせっかく苦労してシンボルを青くしたってのに、『暗いところが怖い』とか『お化け怖い』って、なんだよそれ」
どうして、彼らがそこまで儂らのことを知っているのか――そんなことはどうでもいい。
ただ、「無いわー」と笑う彼らに。ただ「ほんと恩知らず」なんて嗤う男たちに。
そして、「マジ使えねー」だの、「死ねよ、『亡霊猫』ってな!」なんて哂う連中の顔を目にして、言葉を耳にして……泣きそうになっている、今まさに儂へと声を掛けようとしていた小さな黒猫を『視つけて』――
キレた。
…………儂より先に、子猫の隣に居たイチが。