クエスト83 おじーちゃん、クランの精鋭と『イベントボス討伐戦』開始
現実世界の16時。
クラン『薔薇園の守護騎士』による『イベントボス討伐作戦』のための舞台として新たな『可能性の間』が作成され。そこに入るのに必要なパスワードをメッセージで受け取り。かくして、ついに『イベントボス討伐作戦』が開始される――そのまえに。
アイギパンの転移魔方陣広場にて、
体感時間で言えば、じつに数日ぶりに――
儂ら『幼精倶楽部』は集結する。
「あ。おーい、ミナセちゃ~ん!」
そう手を振り、笑顔で駆け寄ってくる黒髪褐色肌の猫獣人幼女――嘉穂ちゃんに片手を上げて応え。
それとほとんど同時に、背後から近付いてくる白髪を風に流す鬼人少女――イチに、その後ろから歩いてくる金髪碧眼の無表情エルフ少女――志保ちゃんと、ピンクの犬耳長髪少女――美晴ちゃんの姿を範囲知覚によって『視つけ』、思わず口角が持ち上がる。
……ふふ。昨晩のうちに二人が仲直りできたらしいことは志保ちゃんからメッセージをもらい、知ってはいたが……そもそも何が原因じゃったのかも聞いておらんからな。最悪、現実世界で顔を合わせて喧嘩を再燃、ということもあり得たろうし、彼女たち二人が仲良さげな様子でこの場へと現れてくれて密かに安堵の息を吐く。
もっとも、儂に対して、そこはかとなく気まずげな様子の美晴ちゃんだけが不思議と言えば不思議じゃが……なんにせよ、イチへ相談したのは正しかったようじゃ、と。そう思いながら抱き着いてきた子猫を撫で、振り向いて三人に言葉をかけたが――
「「それはない!!」」
……なぜか、二人にはイチに話を振ったことを怒られた?
「おじーちゃんは! どうして、よりによってイチちゃんを志保ちゃんの相談相手にしたの!?」
「お、おかげさまで、みはるんと仲直りできました。……ええ、本当に。『おかげさま』で、親友の良さを再確認させていただきました……」
……ふむ? よくわからんが……イチが何かやらかしたのか? と、そう疑問に思い、ちらりと傍らのイチを見れば、
「要はあれです。『泣いた赤鬼』よろしく、私が悪役を演じることで仲違いしたお二人を仲直りさせたわけです!」
えっへん、と。胸を張って告げる白髪の小鬼娘に「なるほど」と頷き。……その向こう側で『何言ってんだこいつ』とでも言いたげな雰囲気をしとる美晴ちゃんたちを『視て』、内心で首を傾げる。
……ふむ。なんにせよ、こうして普段であれば居ないはずのイチが居り。聞けば、今まさに転移してきた狐耳生やす真紅の巻き髪令嬢――ローズと同じく、今日に限ってはイベントを優先して『お休み』することを許されたのだそうで。
何気に内緒の特訓でレベルを急激に伸ばしてきたことはもちろん、これまで微妙にAFOに対して乗り気ではない様子だった鬼人少女が、あの融通の利かん現当主を説き伏せてまでAFOを優先させるとは、と。そこまでこのゲームに魅力を感じてくれていたのか、と嬉しく思って喜びを素直に口にすれば、イチは儂以上に歓喜し。その場に跪いて土下座しようとするので慌てて止めた。
……ふむ。気づきたくはなかったが、この孫娘のノリはアキサカくんたちに似たものを感じるのぅ。
あれは赤の他人じゃから程よい距離感があって許せるが……うぅむ、と。密かに眉間に皺を寄せる儂に、「あ、あのさ、おじーちゃん」と。いつになく遠慮がちな様子で儂の服の裾を引く美晴ちゃんに、「ん?」と不思議そうな顔を浮かべて振り向き。
「……えっと。無理だけはしないで、がんばってね」
応援してるから、と。そうはにかむように笑って告げるもう一人の孫娘に「うむ」と頷き。胸にじんわりと広がる温かさに表情を緩めていると、
「わ、わたしも! ミナセちゃん、ローズさん、がんばれー! って、『外』からずっと応援してるからね!」
「ローズとミナセさんなら大丈夫だと信じていますが、頑張ってください」
――今回のクラン『薔薇園の守護騎士』による『イベントボス討伐戦』に、『幼精倶楽部』のなかで参戦するのは儂とローズの二人だけ。
ゆえに、こうして集まっていながら鍵原姉妹とイチの三人は『可能性の間』までしか同行せず。応援したところで声なぞ届かんのじゃから、その時間をレベル上げにでも使えばよっぽど優意義じゃろう――などと口にするほど儂も人の心を忘れたわけではない。
「師父さ――もとい、ミナセさんのご活躍を遠目にでも拝見させていただけること、それだけで望外の喜びにございます。そして、私のような若輩者の声援など本来は要らぬかも知れませんが……どうか、ご存分に」
そんな仲間の言葉に――とりあえず、硬っくるしいイチはあとで説教するとして――笑顔を浮かべ。軽く肩をすくめて「最善を尽くす」と返し。イベントの舞台である常夜の廃都『アーテー』にある適当な迷宮へと揃って転移。
瓦礫の街を歩きながら情報通の筆頭軍師殿による最新の『イベントボス』に関する情報を聞き。イベント中の子猫の冒険譚を聞いたりしてる間に辿り着いた『中央』にて、転移結晶にメッセージによって通達されていたパスワードを代表の狐耳少女が入力。
かくして、どこか闘技場の観客席を思わせる『可能性の間』に跳んだ儂らは、そこで別れ。儂とローズは顔を見合わせて頷きを一つ。揃って突入まえの最後の演説を行っているらしき集団の方へと向かった。
「――先にも通達した通り、みんな、誰一人死んだらダメだ! これは『優しさ』からくる願いではなく、明確な作戦行動の通達だということを念頭に、今回はいつも以上に自分や仲間のHPの管理を徹底してほしい!」
そう、大きな声で念押しするダイチくんの言葉に儂も心のなかで頷き。改めて、『可能性の間』の仕様と、『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』――その『第三形態』の能力について思案を巡らせる。
最初は気づきもせんかったが、『第三段階』に進化するや呼び出された『スケルトン・ウォリアー』や『スケルトン・ソーサラー』の正体は――十中八九、その直前に教会送りとしたプレイヤーの劣化模造品であり。つまりは、彼奴が段階に関わらず何度もあげていた『死霊系モンスターを呼び出す』咆哮の正体は、じつは『死者を死霊系モンスターとして蘇らせる能力』だろう、と。
それまで【看破】のレベル上げのために片っ端から三角錐をクリックしていたからこそ、儂がイベントボスと対面するまえに同フィールドで誰かがHPを全損させていたのでもない限り、確実に。『直前に目の前で蹴散らされたプレイヤー』と『呼び出されたモンスターのレベルが同じ』だったことに加え、それぞれの職種に合わせてか物理型と魔法型に別れていたから分かりやすかったと言うか……『第二形態』の時点でプレイヤーのコピーを生み出す能力を見せられていたからこそ確信した。
そして、同時に。彼奴の咆哮の能力が本当の意味で『戦場となった場所に眠る死者』、あるいは『彼奴の手によって殺された者』を死霊系モンスターとして呼び出し、使役する能力だった場合。それまで呼び出されていた『スケルトン』と『ゾンビ』の正体は……舞台が『もう一つのアーテー』という設定らしいことも合わせて、おそらく『アーテーに居た故人』、という設定か。
……なんにせよ、敵対する『第三形態』が使った咆哮が『倒したプレイヤーをコピーした死霊系モンスターの召喚』だというのは最初の情報収集の段階で予測できたので、ダイチくんにはあとで報告しておいたが……志保ちゃん曰く、その予測を裏付ける情報が、今は≪掲示板≫にも挙がっているようで。
だからこそ、『可能性の間』を誰もが簡単に生み出せて。その『異世界』をパスワードによって別け、管理できるようになっているのじゃろう、と。そういった推測も≪掲示板≫に挙がっていたそうじゃが、それはさておき。
イベントボスの討伐を狙うプレイヤーは、基本、その『犠牲者が敵となる』能力を最大限弱体化させるために『新規』の『可能性の間』を直前に創るのだそうで。その辺を徹底するために今回の作戦の舞台も現実世界の16時に作成し、そこに跳ぶためのパスワードを参加者にメッセージにて知らせた、と。
「なお、予定通り作戦開始は現実世界の16時半ちょうど。だから、長時間ログイン用のデバイスを使ってないメンバーや何か不足を感じている者は、なるべくそれまでに支度を整えてほしい。」
――現在、この『可能性の間』にはクラン『薔薇園の守護騎士』の『最前線』メンバーであるダイチくんたち『主人公と愉快な仲間たち』の五人はもちろん。主要となるレベル30以上のメンバーで組まれた、儂とローズも合わせて実働部隊がキッチリ100人とサポート要員が数人居るだけという、クラン『漁業協同組合・漢組』とクラン『水精の歌声』の合同企画で集まり、お祭り騒ぎの様相を呈していた別の『可能性の間』と打って変わって広さの割には如何にも少ないように見える人数しかいなかった。
が、もちろん、それにも明確な理由がある。
それは、たとえば交代要員などを作り、一度に突入できる最大人数である100人を大幅に上回るプレイヤーを用意すれば、それだけ長時間の戦闘によるパフォーマンスの低下は抑えられ、不意の離脱などで減った人数も即座に埋められはしようが――今回狙うのは『全プレイヤーに先駆けての初討伐』ではなく。所詮は『通常版イベントボス討伐をクランのメンバーだけで成す』がための人員で。
ゆえに、無理をしてまで早期決着を成す必要は無く。
ゆえに、途中の入れ替えや補充などで発生するだろう『ボス討伐時に居合わせず、報酬が得られなかったプレイヤー』を出さないためと『平均レベルの低さを補うための最大人員』の両立のため、といったところか。
……もっとも、長時間の戦闘となれば、途中でどうしたって現実世界の事情や『回復アイテム』や武装を『修復』などで、いったん『緊急回避』などで離れてしまう場合もでてくるため、終始最大人数で、とは行かず。また、補給や『修復』などのために何人かのサポート要員も『可能性の間』に入れては居たが、それでも『選抜された100人以外のメンバーはボスエリアへの侵入禁止』は決定事項で。それこそHP全損などで欠員が出ようとも、それは厳守するよう通達されていた。
ゆえに、レベルや実力でいったら十分に一線級だろう嘉穂ちゃんにしても、途中からの参戦は認められず。それは『知らない大人がたくさん居り、そのうえ殺伐とした雰囲気となるだろう場所に、長時間居たくない』という理由でサポート要員へと回った時点で決定とされてしまったわけじゃが……できれば空を行く『第二段階』相手に彼女の遠距離攻撃力を発揮してほしかっただけに残念でもある。
もっとも、その『第二段階』の『デミ・ドッペルゲンガー』という『プレイヤーの能力や装備をコピーしたモンスター』を繰り出されたり、まかり間違って嘉穂ちゃん本体を撃破されて『倒したプレイヤーの能力をコピーした死霊系モンスターの召喚』で何度も子猫のコピーと戦わされることになったら大変なので、まぁ仕方ないか、と飲み込みはしたが。
……嘉穂ちゃんの場合、就いている〈職〉やセットしている【スキル】がたまたま大したことのないものだった場合でも、たくさんの『固有技能』がコピーされてしまえば、それだけで厄介じゃからのぅ。
そして、直前まで美晴ちゃんと志保ちゃんはAFOへのログインすら危ぶまれ。イチに関しては絶対にこの時間には参加できんじゃろう、と。そんなわけで、儂とローズ以外の『幼精倶楽部』の討伐作戦の参加者は居らず。それでも『可能性の間』で、中心の台座の上にある『ボスエリア』を縮小表示している立体映像を彼女たちが見て応援してくれる、というのは……やはり面はゆいものがあるのぅ。
「また、自分が組むメンバーの『緊急回避』を使用する者、使用した者をしっかりと把握し。現場での推移によっては臨機応変にパーティを組み替えての離脱と復帰をみんなには望む」
――『イベントボス』の居る『並行世界』からの離脱は、〈探索者〉の固有アーツである『緊急回避』を使用しなければできず。それゆえに、参加メンバー全員が離脱できるよう、念のためパーティに一人は『緊急回避』を使えるように班別けをしているようで。
これにより長時間の戦闘による生理現象などの『不意の緊急離席要求』などにも全員が好きなタイミングで1度は対応できるようになり。パーティの組み換えなどを適切に行えれば更に有効に補給や修繕などが行えるわけで。パーティを幾つかまとめた『部隊』の指揮官などには、その点への留意もしっかりと事前に通告した……らしい。
何を隠そう、今回の儂とローズは完全に自由采配で。どこの部隊にも所属していないうえに二人ともが『緊急回避』を使えるでな。必要とあれば離脱も自由であり、ダイチくんに一報を入れるだけで独自のタイミングでだいたい好き勝手できる、と。……うむ。さすがシスコン代表。ある意味徹底しておるな。
「さらに、『イベントボス』と直接対峙し、これを抑える役目である第一班40名。そこから距離をとって敵の増援モンスターを分散する役割の二班と三班の各30名には、それぞれありったけの『MP回復ポーション』を配ったが――遠慮は要らない。使いきるつもりで『回復魔法』や『癒しの歌声』を使ってくれ」
果たして、『主人公と愉快な仲間たち』の五人の近くに並ぶ『幹部』だか現場指揮官だかのプレイヤーたちが代表の言葉にしっかりと頷くのを頼もしく思って見守っていると「もっとも、『イベントボス』と一緒にいる第一班だけは専用の『歌姫』による独唱会ではあるけど」、とダイチくん。なにやら意味ありげにこちらを見てくるので儂は苦笑し、集まる注目のなかをゆっくりと彼の方へと歩いて行き。頼れる団長殿の隣へと辿り着くや、反転。集まった多くのプレイヤーに優雅な一礼をもって挨拶とし、
「ふむ。『歌姫』だ『音姫』だのと持ち上げられるほど大した歌い手でもないが――第一班の戦っとる間のBGM担当として、せいぜい歌声を響かせ続けるつもりじゃからな。聞き苦しくないよう精一杯歌わせてもらうゆえ、よろしく頼む」
そう言って頭を下げれば、歓声が上がり。「第一班だけ『乙姫ちゃん』の歌を聞きながら戦えるとかズリーぞ!」とか「俺たちゃ野郎の野太い歌声――それもてんでバラバラのタイミングで歌いだす騒音を聞かされ続けることになるってーのに、なんて理不尽!」といった野次も飛ぶが、そこはそれ、気の良い仲間同士のじゃれあいのようなもので。「へへっ、残念だったなぁ、『音姫ちゃん』のライブチケットは俺たち第一班が独占だぜー!!」だの「悔しかったら一緒に聞くことになるゾンビかスケルトンに代わってもらえば? もれなく、ダメージを貰えるっつーか、聞き惚れてる間に目当ての歌い手に首を刎ねられるかもだけどよ」なんて返しも冗談が多分に含まれたものだろう。……そうじゃよな? 冗談、じゃよな?
なんだかよくわからん熱視線を集めながら、果たしてこの中の何人が本当に儂のような『幼女』の歌を聴きたいと言っているのかわからず困惑していれば、「はいはい、静かにー」と手を叩いて静粛を促すダイチくん。
「なんにせよ、こうして『部隊』を作って別れたわけだからね。直接的に『イベントボス』と戦ってる僕ら第一班はもちろんだけど、二班と三班の連絡係はしっかりと『ボスの形態変化』や『死霊系モンスターを呼び出す咆哮』の直前には仲間に報せるように! 特に『第二形態』の『デミ・ドッペルゲンガー召喚』の咆哮時と『第三形態』へと変化時は確実にみんなとの情報共有ができるように」
……ちなみに、なにか予期せぬ事態が起こった際などは応援席に残った志保ちゃんから、台座の立体映像から見た指示や忠告などが儂かローズに飛んでくる手筈になっており。場合によってはダイチくんたちにも直接『フレンドコール』にて伝える、なんて話も転移結晶に来るまでの会話に出ていたが……うむ。
さすが、志保ちゃん。この、全体監督に最高の軍師を配置している安心感は、本当にすごい。
「最後に――今回のこの『イベントボス』戦が、僕たちクラン『薔薇園の守護騎士』による初めての『大規模集団戦闘』だ。だから、その初勝利の瞬間をここに居るみんなで分かち合えることを祈って、みんな、死なないように頑張ろう!!」
かくして、そんな優しい青年らしい掛け声に、みんなで「応ッ!!」と声を合わせてこたえ。
事前の予定通り、現実世界の16時半になるのに合わせ――ついに儂らは『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』の討伐作戦を開始した。
「各班の先行部隊とアイチィ、ミナセちゃん、行くよ!」
「ん! 筋肉と肉壁――もとい、壁役部隊も急いで来なさいよ?」
「さぁ、私とカネガサキさんたち回復支援組も向かいますよ!」
まずは、比較的『敏捷値の高い』メンバーで先行し。事前に台座のうえの立体映像を見て確認していた『イベントボス』とその取り巻きが多く居る場所へ突撃。スケルトンやゾンビの数を減らしつつ、儂とダイチくんでとりあえず『イベントボス』を抑える。
その間に、別の場所の転移箇所から出陣した部隊が決戦地帯から離れた位置に着き。先行した儂らが減らしたスケルトンやゾンビの数を補おうとする『イベントボス』の咆哮――その呼び出す場所が『プレイヤーの近く』であることを利用し、敢えて別動隊として配置したプレイヤーの方へ死霊系モンスターを向かわせ。これによって決戦の地に集まる敵の絶対数を減らす、と。
これは、じつは儂が最初に『イベントボス』の情報収集に訪れた際にも行われていた分散作戦で。わりと早い段階で≪掲示板≫で広まった一般的とも言える戦略らしいが……儂は今日の作戦会議を経て初めて知ったわけで。なるほど、それであのときも部隊を四方に散らすように配置させていたのか、と素直に関心した。
そして、今回はその一般的な分散作戦に儂の考案した〈吟遊詩人〉のレベル上げイベントの効果によって増えた『癒しの歌声』使いを混ぜ。別働隊となって死霊系モンスター『だけ』を相手取ることになる第二班と第三班には、幾人かの〈吟遊詩人〉も味方の全体回復と敵のみにダメージを与える役割についてもらっていた。
これによって、作戦で消費される『MP回復ポーション』の数がえらいことになった、とはダイチくんたち代表メンバーの中でクランの収支会計の仕事にも就いていたらしいカネガサキさんの悲鳴で。その消費分の資金をクランの運営費から賄おうとすれば、結構な額が吹っ飛ぶと泣きが入っていたが……造るだけ造って消費していなかった儂の抱える大量の『MP回復ポーション』を渡したことで「……ミナセちゃんにはもう足を向けて寝られない」と感涙を流しながら喜んでもらえたから、良し。
「――『ブーステッド・ライト』、っと」
もっとも。儂の場合、『光属性の付与魔法』である『ブーステッド・ライト』を効果時間の3分ごとに使い、その『HP・MP・TPの最大値と自然回復力アップ』でもって〈治療師Lv.24〉で『魔力』補正26で増えた最大MPをさらに増やし。称号【闇の精霊に好かれし者】の効果と合わせて増大した自然回復量と、『混沌大鎌』の『トドメを刺すことでMP回復』の特徴によって『聖歌:ほしうた』を歌い続けるぶんのMPを補充できるわけで。『第一形態』と『第二形態』時点の『イベントボス』との戦闘――というか周囲の雑魚狩りをしている段階では、儂は大して『ポーション』を必要とせんからなぁ。
ゆえに、溜め込んだ『ポーション』を譲るのは問題無い――が、それでも100人のプレイヤーが一堂に会しての大規模集団戦闘である。一人1個でも100個なのだから、儂だけの蓄えで賄える数ではないし。その消費量が時間の経過によって加速度的に増えていくというのだから、出来るだけ早く『イベントボス』のHPを削りきるのは、そう言った意味でも必至だろう、と。
そんな事情もあり、結果として事前の作戦会議のとき以上に短い、たった1時間ほどの戦闘で黒トカゲ鳥の『第一形態』で居られる時間――彼奴の最大5本あるHPバーのうちの2本が失われると『第二形態』に変化――が終わり。その直前に、それまでHP残量を『視続けていた』観測者が叫ぶように報告。最前線の連絡係が『フレンドコール』などで各部隊に注意を呼びかける。
「みんな、可能な限り武器をしまって! 奴の紫色の光が――『デミ・ドッペルゲンガー』の召喚のための予備動作が来るよ!!」
そんなダイチ君の叫び声のような指示に応えるように。醜い翼を2対4枚広げた『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』の『第二形態』はゆっくりと空へと昇っていき――発光。
その光を浴びたすべてのプレイヤーの影が一斉に、しかし勿体ぶるようにゆっくりと立ち上がり。その頭上に赤い三角錐が浮かぶのを見て取って、
「――『知覚加速』」
体感時間を、引き延ばし。『混沌大鎌』をしまい、代わりに『ヌンチャク』を2つ取り出して『転職』。設定する【スキル】も完全に近接戦闘を念頭に置いたものに変えて、知覚の加速を解き。瞬時に目の前の、顔の凹凸の無い、のっぺりとした闇色の女児を――叩き潰す。
……ふむ。さすがに前回のときより大分レベルの低い〈初級吟遊詩人Lv.25〉に『初級服』だったせいか、HPが本当に簡単に吹っ飛んでくれたのぅ。
加えて、物は試しとばかりに、移動中『エンチャント』と『エンチャント・ライト』をそれぞれのヌンチャクに付与し、ほかのメンバーのフォローに走りながらダメージ量を計測。結果、大方の予想通り、デミ・ドッペルゲンガーの弱点が『光属性』だということを確定させる――が、儂の場合は称号【水の精霊に好かれし者】の『水属性攻撃の威力増加』効果によって、支援組にかけてもらった『エンチャント・アクア』の付与時の方が、与ダメージが多かったというのがなんとも……。
まぁ、儂しか使えん『エンチャント・ライト』が有効と知ったところで付与魔法をかけて回るわけにもいかず。下手に〈勇者〉の『副次効果』や【鼓舞】のアーツで前線の敵意管理を乱すわけにもいかない今、素直に支援組の助けを借りて劣化コピーどもを叩き潰して回った方が早い。
ゆえに、
「っと! サンキュー、赤毛っ子! ……つーか、盾持ってない状態でも俺と同じHPと防御力はあるんだろうコピーくんを一撃で殺されるんは複雑なんだが」
そんなものは知らん。ドークスは、さっさと壁役を指揮して『イベントボス』のヘイトを稼いでくれぃ。
「うっわ……。モンスターでも自分のコピーの頭が吹っ飛ぶのを見るのは、あまり……」
ちぃお姉ちゃんも、そんなこと気にしておらんと、すぐにでも遠距離部隊をまとめてくれんか?
「……光り輝くヌンチャクに叩かれ、潰され、吹っ飛ばされるコピーくんたちの姿の、なんと滑稽なことか」
「後衛魔法使い組が『柔い』って言っても、ここまで鎧袖一触に蹴散らされるのを見せられると、さすがに防具の質について考えさせられるわねぇ……」
ほれ、カネガサキさんは回復魔法組を立て直して、エリお姉ちゃんは儂に『敏捷』増加の付与魔法をくれんかのぅ?
「……ふむ。さて、これでだいたいの『デミ・ドッペルゲンガー』は片付いたか?」
ザッと周囲を確認し。まずは最前線組の、そしてそこから適当に目の付く端から叩き潰して回ったわけじゃが、それでだいたいの劣化模造品は消し飛ばせたようで。
それを確認している間に、再び、スケルトンやゾンビを召喚するためだろう咆哮が響き渡ったので、今度は体感時間を加速させるなどせず。駆け回り続けたことで減り続けていたTPの回復のため、いったん立ち止まり。気持ちゆっくりめに武装を換装し、≪ステータス≫も開いて弄っておく。
そして、また、『聖歌:ほしうた』を高らかに歌って。
舞い、駆け、跳ねて、大鎌を振るい。踊るように回る。回る。回る。
……本番は、『第三形態』からで。儂の出番は、もうすぐじゃな、と。そんなことを思いながら、ちらり『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』を視て。
毎度のごとく、『デミ・ドッペルゲンガー』の出現する直前に装備ほか自身のスペックを削り、
そして、
『――ミナセさん。緊急事態発生です』
それは本当に予期せぬタイミングで、
予想だにしなかった事態を報せる志保ちゃんからの『フレンドコール』が届くのと、ほとんど同時に――
儂は、味方であるはずのプレイヤーから多数の攻撃魔法を放たれた。