クエスト5 おじーちゃん、思いつきっぽい『指名依頼』で要相談?
どうぞ、こちらへ。と、そう言われ案内されるがままに受付嬢――アーリカという名前らしいギルド職員に付いて行ったさきはギルドの裏手。一見、なんらかの倉庫のような、雑多な物資がところどころに散逸している広場だった。
「わざわざすみません、ミナセさま。今回、こうしてお呼びしたのはミナセさまに是非とも受けていただきたい依頼がございまして――あ、ちなみにこれから何かご予定とかありましたでしょうか?」
「……いや、とくに急ぎの予定はないのぅ」
軽く見まわせば、そこには幾人かの冒険者らしき男たちが居て。何らかの相談をしているらしい彼らの中心には、これから彼らが運ぶか、あるいは運んできたのか、なにやら大量の荷物らしきものがあった。
「そうですか。では、突然のことで申し訳ありませんが、まずはこちらをご覧ください」
[ギルドから指名依頼が来ました。クエストをご確認ください]
そんなインフォメーションが視界の隅に流れたのを見て、さっそく≪クエスト≫とコマンド。果たして眼前に現れたウィンドウに書かれていたのは、
『 ギルド職員アーリカからの指名依頼:東の鉱山街に物資を届けよう!
アイギパンの東の森を抜けたさきにある鉱山街。その工事現場までにはモンスターの蔓延る深い森林が広がり、工事に必要な大量の物資は運ぶだけで一苦労。そこでギルド職員アーリカはプレイヤーのもつインベントリを使った新しい物資運搬の方法を試してみることにしたようだ。
しかし、工事現場で働くものたちは昔かたぎの職人で、どうやらあまりプレイヤーのことをよく思っていないらしく、下手なプレイヤーには頼めない。
そんななか、プレイヤーにしては珍しくもNPCの言葉を使えるあなたに白羽の矢が立った。
これからのアイギパンのため! そしてNPCとプレイヤーの未来のため、この指名依頼をみごとこなしてみせよう!
達成条件:物資の搬入
達成報酬:1200G 』
――と、そこまでをざっと読み終え。あらためて視線を隣の女性へ。
「あー……まぁ、この依頼を受けるのはやぶさかではないのじゃが。さきに幾つか聞いても良いかの?」
「! は、はい、もちろん!」
困った。
正直、頭を抱えたいぐらい困っていた。
「まず、おまえさんも知ってのとおり、儂は今さっき冒険者登録を済ませたばかりの新人。それで、まさか儂一人で物資を運搬せよと言うのかの?」
下手なプレイヤーは使えない、だの。NPCの言語を使えるからこその指名依頼だ、とか。これでモンスターの蔓延る森を越えての物資運送とか……この、儂一人で行けとでも言わんばかりの縛りが、さすがにきつ過ぎると思うんじゃが……。
「え? ……あ。いえいえ、そういうわけではなく、ですね。できればプレイヤーの方はミナセさまお一人だけでお願いしたいのですが――と、ちょっと待っててください」
言うや、儂のまえから駆け出すアーリカ。そして先ほどからこの広場の半ばで話し合っていた男たちに声をかけ、こちらに連れてくる。
「と、お待たせしました! こちら、今回の物資運搬の依頼でミナセさまの護衛をしていただこうかと考えていますC級冒険者のパーティで『山間の強き斧』の方たちです!」
どやぁ、と。なぜか自慢げに男たちを紹介するアーリカをまえに、もはや眉間の皺を隠せそうにない。
「あー……ちょっと待ってくれんかの、アーリカさんや。まだ儂は、依頼を受けるとは言っておらんのだが……」
やれやれ、と。鳩が豆鉄砲を食らったような顔になって固まるアーリカに対して軽く肩をすくめて返す。
そして、そんな儂らを驚くでもなく面白そうに眺めやる男たち――『山間の強き斧』というチーム名だかの四人組の、おそらくはリーダー格だろう金属鎧をまとった男に顔を向け、口を開く。
「はじめまして。本日、こちらのアーリカ嬢に冒険者登録をしてもらうや否や指名依頼をだされて困惑しておるプレイヤーのミナセというものじゃ」
どうぞ、よしなに。そう頭を下げる儂と、それを聞いて完全に困惑の色を見せる男たち。
「あー、なんだ……うん、アーリカはこんなだが、決して悪気はないんでどうか許してやってくれ」
あ、俺、リーダーのサモツ。よろしく、と。軽く挨拶を交わした後、儂はあらためてアーリカとサモツというらしいリーダー格の男とを交互に見て口を開いた。
「とりあえず、じゃ。完全に新人の、足手まといじゃろう儂を護衛して件の工事現場まで行くにはどれだけかかりそうかの?」
いや、それ以前に『山間の強き斧』の皆は儂の護衛依頼を受けてくれるのかの? と、大前提となるだろう確認をする儂。
それにサモツはたまらず苦笑を浮かべ、自身を涙目で見やるアーリカをチラリと見ながら頷いて返す。
「まぁ、あんたの御守りをしながらってんで正確なとこはわかんねーけど……とりあえず日は跨ぐことになりそうだなぁ」
ちなみに森を歩いた経験は? という確認には「無いでな、申し訳ない」と返し、
「そ、そうだ、ミナセさま! と、とりあえずミナセさまのインベントリにどれだけ荷物が入れられるのか、試してもらってもいいですか!?」
見つめあい、ため息を交わしあう儂らに居た堪れなくなったらしいアーリカ。どことなく引きつった笑みを浮かべ、さあ! と、ばかりに積みあがった荷物を示す。
「……ふむ。まぁ試してはみるかの」
運んでほしいというのはこれらで良いのかの? と、あらためて積み重なっている荷物を指し示しながら、儂。じつのところアイテムをインベントリにしまったことも無く、またどれだけしまえるのかにも興味があったので今回の依頼は割と乗り気ではあった。
「おう、とりあえずそこら辺のをしまってみてくれるか?」
「つか、そもそもあんたらの『インベントリ』ってのは重さとか感じんのか? ――あ、俺、〈斥候〉のキマリってんだ、よろしく」
「うむ、ミナセじゃ、よろしくの。で、どうやら重くはないようじゃな」
荷物を手に≪インベントリ≫とコマンド。すると現れる『〇〇を収納しますか?』というインフォメーションと『YES ・ NO』の選択肢ウィンドウ。
それに『YES』とコマンドすれば、それだけで手の中の荷物が光と消え、インベントリの中身を示すウィンドウに『〇〇×1』という表示とともに下方には現在の収納量と最大収納量を示しているのだろうパーセンテージ表記付きのゲージが。
「お、おお……! な、なんかもう、それだけで一種の魔法みたいだな! ――あ、俺は遊撃担当の〈戦士〉、エイギルな」
「僕は〈魔法使い〉のアットマー。付与魔法での味方の強化と敵の弱体化がメインの仕事――って、これ、もしかして荷物全部ミナセちゃんに持ってもらったあと、リーダーにミナセちゃん背負ってってもらった方が早いんじゃない?」
どうやら一度≪インベントリ≫のウィンドウが出ればアイテムを手に『収納』とコマンドするだけでしまえるようで。それに気付くやひょいひょいと荷物を消していく儂に目を丸くし、じつに楽し気な様子で騒ぎ立てる『山間の強き斧』の四人。
うむ、まぁ儂もやってて面白いと思える絵面じゃしな――と、おおよそ荷物の3分の1をしまい終えたぐらいで≪インベントリ≫の収納率が100%になった。
「お? さすがに全部は無理か」
「……なぁ、リーダー? これ、もしかして途中でミナセちゃんのレベル上げたらもっと持てるようになるんじゃね?」
「つか、ミナセちゃんって『ちゃん』呼びして良い歳?」
「ああ、そう言えばミナセちゃん、『ドワーフ』でしたっけ? ……僕、髭の無い『ドワーフ』って初めて見ましたが」
「……まぁあまり子ども扱いがすぎるようでなければ、別段、呼び方は好きにしてくれてかまわんよ」
客観的に見て、今の儂の姿は『人間』種で言えば年端もいかぬ童女にしか見えんだろうし。中身であるところの儂が、たとえ『山間の強き斧』の最年長だろうサモツさんの倍以上であろうとも、の。
所詮はゲームでのこと。こんな見た目をしたアバター越しでの対話であるのだからして、そこまで煩く言いたくはない。
それに、
「あらためて確認じゃが。この依頼を受けたとして、明後日の正午までに戻ってくることは可能かの?」
――AFO内でいう明後日の正午には、美晴ちゃんたちと合流することになっている。
ゆえに、その時間までに戻れそうにないのであれば、どんな依頼であれ受けることはできないのじゃが、
「うーん、たぶん大丈夫じゃねーかな?」
「ミナセちゃんの『準備』にどれだけかかるかにもよるけど、明日の昼までには現場に着くだろうし。あとはあっちでの『歓迎』次第だけど、少なくとも明後日の正午までになら帰ってこれると思うぜ」
〈斥候〉のキマリの言う『準備』というのは、いわゆる旅などに対する備えのことらしく。つまりは飲料水や保存食、着替えなどのことで――要するにプレイヤーには不要なもののことらしかった。
「プレイヤーは基本、飲食は不要。この『見習い服』などの装備や肉体にしても最低限の清潔さは保たれるらしいでな」
ゆえに、なんであれば今すぐ出れるが? と、首を傾げて告げる儂に目を丸くする一同。そのなかには話をふってきたアーリカも居り、どうやらプレイヤーの内情に関しては思ったほど浸透していないらしい。
「あ、そうだ。そう言えば、今回は『山林を駆け抜ける風』の三人にも声かけてるから、俺はちょっとさきに連中にも話通してくるわ」
そう言って駆け出す、リーダー格のサモツ。それを見送り、背後で「……あ」と言ったきり固まるアーリカ嬢はとりあえず無視するとして。
「さて。さきにも言ったが、儂は今日、初めて冒険者となったドのつく新人。はっきり言うてこちらの常識すら危ういでな」
あらためて、自身を囲む先輩冒険者たちを見回しながら、
「ゆえに、先輩方には道中の安全と、できれば冒険者としての心得などをご教授してもらえればと思うておるので――」
よろしくお願いします、と。儂は深く頭を下げた。
すると、
「ねえ、ミナセちゃん。確認だけど、今の〈職〉とそのレベルは?」
なにやら思案顔で、アットマー。それに儂が「〈戦士Lv.0〉じゃが?」と返すと、彼はニヤリと笑い、
「じゃあさ、ミナセちゃん。一つ提案なんだけど――」
果たして、『山間の強き斧』の頭脳担当の魔法使いの青年は言った。
「今からちょっと――『転職』、してみない?」
初めての予約投稿てすと。
そして設定どおりの投稿日時を確認できたので、翌日以降も4時の予約投稿で行こうと思います。