チュートリアル 宴会場でワイワイ『お疲れ様会』
視点は、エリお姉ちゃんこと『主人公と愉快な仲間たち』の付与魔法担当のエリーゼです
正直なところ、私たちは100体ものゴブリンの出現に心を折られていた。
「うん、なるほど。これが本当の『僕たちの戦いはここからだ!』ってやつだ……」
私たちの頼れるリーダーであるダイチにしたって、そう。笑顔だったけど、その引きつった口もとを見ただけでわかる。……彼はもう、戦うとか勝つとかのまえに撤退のことを考えてる。
「おいおい、どうするよリーダー。さすがに、この数のレベル45のゴブどもは……」
それはムードメーカーであるドークスでさえ、そう。私たちを取り囲む100体というゴブリンと、その上位種をまえに完全に飲まれていた。
そして、それは……私だってそう。ああ、これはダメだな。無理だよ。これ以上、アイテムの浪費を抑えるためにも撤退しなきゃ、と。そうやって諦めが心を満たしていたし、たぶんほかの二人にしたって似たようなものだったと思う。
けど――
「とりあえず、マジシャンは儂が片付けて来よう」
その、小さな赤毛の女の子だけは違った。
たった一人、私たちに背を向けて。止める間もなく、大量のゴブリンに攻撃し始め。
一瞬で、呆然と見送るしかなかった私たちのまえから駆け去る小さなその背は、諦めていなかった。躊躇も怯える素振りもなく、数十体ものゴブリンの群れに突っ込んで――
[ただいまの行動経験値により素体レベルが上がりました]
……もう、笑うしかない。
私たちが『今回はダメだった』と、『次、頑張ろう』というふうに考えている間に、小さな私たちの友軍は大暴れだった。
たった一人で何十体ものモンスターを引きつれ。戦列を無視して突っ込み、突っ切り。最短、最速で遠距離攻撃型の上位ゴブリンを屠り。留まることなく次へ。次へ。
そんな少女を大慌てで追い――迫ろうとして、仲間の躰に立ち往生となり。そうしてできた『隙』に、次なる目標へと駆けて行く赤毛の少女を追って右へ。左へ。それらが連鎖して混乱が広がり、いつの間にかすべてのモンスターがあの小さな女の子、たった一人に釣られ、引っ掻き回されて。
「――ドークス、ぜったいに『ヘイトアピール』は使っちゃダメだよ」
そんな状況で、立ち上がらない彼じゃない。
「カネガサキさんとエリーゼは範囲攻撃魔法禁止で。……この状況で僕らのすべきことは、『その他大勢』の敵意を必要以上に集めないことだから、なるべく徹底して」
100体ものゴブリン――その多くをたった一人の女の子に任せてしまう現状に歯を食いしばり。すこしまえまでの、諦めきっていた自分の不甲斐なさに拳を握りしめて、私たちの頼れるリーダーは告げる。
「アイチィ。僕らは『あいつ』を――『ゴブリン・ジェネラル』だけを引っ張ってくるよ」
あれだけは、ミナセちゃんに向かわせないよ、と。その言葉に「応!」と私たちは返し。
かくして、私たちの最終決戦は――……そんな消極的で情けない、たった一人の幼い少女に頼り切った戦いとして始まり。
……だけど、ボスモンスターであるゴブリン・ジェネラルほか数体のゴブリンと戦い続けるだけでせいいっぱいで。格上というのもあったけど、たった数体のゴブリンの上位種を引っ張ってくるだけでも大変で。その他すべての取り巻きを相手に暴れ回り、歌い続けているあの子は本当にすごいと言うか……普通に規格外よね。知ってたけど。
ともあれ、
「えーと……。た、ただいま?」
気づけば、辺りいったいのモンスターの掃討は済んでいたようで。ダイチが苦労のすえにゴブリン・ジェネラルの討伐を終えて「さぁ、こっからが本番だ!」と、そう気合を入れて振り向いた先で。いつから座り込んで待っていたのか、偶然にも視線があってしまった青年に対し、微妙にばつの悪そうな顔で挨拶する少女――ミナセちゃんに対するツッコミとか何かを発するより先に、私は飛びつき。泣きつき。
それまでの苦労とか疲弊とかから感情が抑えられず、困惑する少女を撫でまわし。抱き上げ。みんなで『わっしょい、わっしょい』と。目を白黒しているミナセちゃんを胴上げし、褒め殺し。
そして、
「宴会だーッ!!」
「「応!!」」
「お、おう……?」
私たちはミナセちゃんを連れて宴会場――もとい、迷宮都市にある行きつけの、プレイヤーメイドの飲食店に行き。苦労の果てに『レベル15開始ダンジョン』を走破した、その打ち上げとして頼めるだけの食事と飲み物を注文。
クラン『薔薇園の守護騎士』への報告はダイチに。面倒な≪掲示板≫への書き込みなどはカネガサキさんに任せ、私たちは飲む! 食べる! 今回は本~っ当に疲れたわよーッ!!
「今だから言うけど! 『あれ』はない! 百歩譲って『ボスと取り巻き』っていうのはパターン的に許すとしても――なんで最後だけ100体なの!?」
アーテーのときも思ったけど、最難関ダンジョンの攻略って大規模集団戦!? まさかの大規模集団戦が基本なの!? と、思わず大声――でも、会話事態は『パーティチャット』で関係ない人たちには聞こえないので安心――で叫び、掲げた杯を飲み干す。
「マジ、それな。こっちは六人――ってか1パーティーでの攻略がデフォだってのに、おかしいだろ、っての」
「うんうん。正直、最大三十人5パーティーでの攻略ができる、って言ってもさ。ミナセ無しであれの攻略とか……ほかの『攻略組』はどうするんだろ?」
飲めや歌えや、大騒ぎで憂さ晴らし。そう、これこそ大人の処世術。とにかく、今回の無茶な冒険の経緯というか最終戦のことを愚痴り。仲間うちで不平不満を言い合って過ごそうとすれば……今回のMVP間違いなしだろうロリっ子が眉間に皺寄せて悩んでる?
「ちょっと、ちょっと! なにをしかめっ面してジュース睨んでるのよ!?」
もしかしてアルコール入りが良かった? それともミルク欲しい? と、顔を寄せて問えば、「あー……いや」と言って近寄ったぶんだけ遠ざかって、ミナセちゃん。
「なに、いずれは美晴ちゃんたちと攻略するつもりじゃったが……さて、どうしたものか、と」
そして、エリお姉ちゃんは『お酒の風味だけ再現した清涼飲料水』で酔ってる? と、眉間の皺を深くする赤毛の幼女をまえに「ちょっ!? ……え、なにこの子、良い子すぎません!?」と目を剥き。飲みかけの杯を飲み干して追加注文をしつつ、
「祝! 第二回・エーオースの『レベル15開始ダンジョン』攻略会議ーッ!!」
「「おおー!!」」
「お、おぅ……?」
うん。そうね、唯一の攻略者である私たちが先駆者として! 後輩たちに道を指し示すのが筋よね、と。お酒の――匂いと味はすれど、決してアルコールの成分は含んでいない炭酸飲料を飲む――席の話題としても相応しいわ、と。苦労しただけの高いテンションで会議の開催を告げれば、仲間たちもノリノリで片腕を突きあげて応え。
こういうときのお約束として、司会進行役をダイチに任せ。私たちは気づいたこと――というか、さっきと同じで思いつくまま愚痴を言い合って。あとは情報分析担当のカネガサキさんに丸投げする。で、私は――飲むわ!
だって、AFOの味覚再現っぷりってすごいの! 美味しいの!! 本当に、MMORPGもののくせに、どこに力入れてんの!? 『お酒』風味の清涼飲料水とか――本当にありがとうございます! 現実世界の体型を気にせず『飲めや、歌えや』ができるってことでAFOは本当にアタリよね!?
「うーん……たぶんだけど、あのボスは『ランク1の職』のレベル45前後じゃなくて、『ランク2の職』のステを前提にした難易度なんじゃないかな?」
「ああ、なるほど。たしかに、『昇格』で転職できた〈職〉の方が、『ランク1の職』のときより少しだけステが高い気がしますもんね」
ふむふむ。なるほどなるほど。
「……そう言えば、なんだかんだで勝負になってたからのぅ。なるほど、ダイチくんたち全員が『ランク2の職』だったから、か」
「考えてみれば、レベル45とかって割と『昇格』が狙えるレベルって言うか、良い感じの境界線のように思える……かも?」
ふむふむ。もぐもぐ。
「あと、考えられるのは……大規模集団戦の練習用、とか?」
「……と、言いますと?」
もぐもぐ。ごくごく。
「ほら、AFOの『ボス部屋』ってさ。『緊急回避』のアーツありきだけど『ボス部屋から出られる』し、途中参戦自体は誰でもできる。で、『中継拠点設置』のアーツもさ。AFOの仕様上、上手いこと『パーティ』を入れ替えれば同じダンジョン内に人員を際限なく没入できそうじゃない?」
「……なるほど、その発想はなかった」
ごくごく、ぷはー! あ、おかわりくださーい。
「ああ、それでか。ほかのMMORPGとかだと、けっこう目の前の奴しか『パーティ』に誘えなかったり、組めても『パーティ』に距離の制限とかあったりするもんなぁ」
「称号【七色の輝きを宿す者】で簡単に転職できるのも、『副職』の仕様も、そのためですかねぇ。……で、問題になりそうなのは『入れ替わり』によるドロップアイテムがどう変化するか」
これは検証案件ですかねぇ、と。眉間の皺を揉んでいる糸目の青年に「がんばれー」とエールを送り。
「つか、そう意味じゃあマジでアーテーの『北』のボス戦は、イベントボスの予行練習用か?」
「……その報酬で『属性魔法:闇の魔導書』をくれる運営、マジやさしー?」
もぐもぐ。もぐもぐ?
「実際、『闇』の属性に特化しとる分、対策が容易なアーテーの方が難易度が低いじゃろ?」
ミナセちゃんに曰く。おそらくアーテーのダンジョンはすべて、どこであれ称号【闇の精霊に好かれし者】を得られるダンジョンで。時間こそかかるが称号さえ得られれば難易度はそこまで高くなく。範囲攻撃魔法ないし範囲回復魔法があれば、取り巻きの排除は簡単で。ボスモンスターにしても、直接戦闘能力のある『イベントボス』や『ゴブリン・ジェネラル』の方がよっぽどキツイ、と。
どころか、「時間とアイテムの消費を考えんで良いのなら、『ダーク・プリースト』戦に限ってなら一人でも攻略できよう」とか。……うん。この幼女は相変わらず、おかしいね。
「逆に、迷宮都市のボスモンスターは、直接的な戦闘能力こそ驚異的じゃが――行ってしまえば、怖いのは『それだけ』じゃからな」
最初こそ『数』の差が脅威になるが、それも今回の攻略でタネは割れた。ゆえに、あとは味方の布陣次第。時間とアイテムの消費次第では、いずれ単独走破もできよう、と。アーテーの『ダーク・プリースト』や『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』の相手は、とにかく先の見えないマラソン状態が精神的にキツイ、と。連中はぜったいにMPバーも5本ある――なんて眉間に皺を寄せて告げるミナセちゃんに「「お、おう……」」と、若干引きつつ頷く仲間たち。……えーと。な、なんでこの子は、イベントボスも普通にダンジョンボスと同列に語るのかしら?
や、やっぱり、AFOのダンジョンボスって大規模集団ボス仕様なのかしら?
「ふむ。いっそ、これから……ちょっと本気で範囲攻撃魔法取得を狙ってみるべきか?」
果たして、そう腕を組んで思案し、一人宴会状態の私に『水』の【属性魔法】で使えるようになる魔法や特徴を訊ねてくるミナセちゃん。まさか、イベント期間中に会得する気か? なんて戦慄しつつ、泡立つお酒もどきを片手に語って聞かせ。
それはそれとして、なんだか食が進んでなかったようなので小さな口に食べ物を「あーん」ってしてあげていると、カネガサキさんも混ざってきて、「それなら、いっそ【属性魔法:光】のレベル上げを頑張ってみては?」と提案しながら食べ物をとり。
「あーん、と。おそらく、アーテーのダンジョンボスと『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』は、どちらも『光』の属性が弱点でしょうし」
「あ~、ん……。うん、そう言われるとたしかに、『闇』属性の弱点は『光』、ってのは鉄板ですよねー」
「もぐもぐ。いや、しかし、称号【水の精霊に好かれし者】があるぶん、『水』の魔法も捨て難いんじゃが……もぐもぐ」
ふふふ。なんだかこの『食べさせっこ』も面白いわね、と。カネガサキさんと交互に、雛鳥に餌やりをするように少女に食べ物をやっていると、
「ねーねー。なんか、さっき公式ホームページのイベント情報を見に行ったらさー。ミナセの名前が『イベント期間中のモンスター撃破数ランキング』の23位に載ってたんだけどー」
っていうか、お姉ちゃんも混ぜてー、と。カネガサキさんと位置を変わってアイチィ。……ふふ。何気に妹分ができて、一番変わったのってアイチィよね。
これまでは絶対、保護者だろうカネガサキさんから離れなかったのに、ミナセちゃん相手だと平気で彼から離れるし。表情や態度も、どことなく柔らかくなったみたいだしね。
「あン? 俺ぁ、むしろ赤毛のちみっ子がトップ10入りすらしてねー、ってのにビックリなんだが……?」
「ですね。正直、あれだけガンガン倒してまわって23位というと……トップ層は『狙ってる』ってことでしょうか?」
あー、なるほど。たしかに、ミナセちゃんは驚異的な殲滅速度で大量のモンスターを狩ってってたけど、別にランキング入りとか狙ってないだろうし。ほかの廃人組が『狙って』、最大効率で狩り続けていれば、さすがに勝てないかー、と。そう会話を聞くとはなしに聞きながら納得しかけていた私に、「それもあるかもだけどさ」とため息を吐いて口を挟む、疲れたような顔をするダイチが、
「そもそも――ミナセちゃんは初日を、称号取得のために『捨ててた』件について」
告げる、真相に……あー、と。思わずみんなで思い出す。
うん。そうだった。称号【闇の精霊に好かれし者】の件は『あの子』を経由に聞いてたわ。だから、ミナセちゃんが初日のほとんどすべての時間を使って、200時間という長時間をダンジョンで『何もせず過ごした』と知ってたし、だからこその23位か、と。……むしろ、それでも上位百人入りできるのね、と。ちょっと引くレベルで頑張りすぎじゃないかしら、この子。
「ふむ。まぁ、最近は対多数戦を多くやっとるからのぅ」
さもあらん、と。肩をすくめて、大してランキング入りに関して思うことはないような態度は、さすがと言うか何と言うか……。こういうところが私たち『ゲーマー』との違いよね、ってつくづく思うわ。
「そんなことより、ダイチくん――と言うか、クラン『薔薇園の守護騎士』に提案なんじゃが」
――かくして、宴会は楽しく続く。
ダイチはクランの、そして私たちのリーダーとして頑張って。
ドークスはいつでも天然で、私たちのムードメーカーとして楽しい雰囲気をつくってくれて。
アイチィはまだちょっと硬いけど……『お姉ちゃん』になろうと頑張ってるのか、日に日に態度が軟化していって。
カネガサキさんは一歩引いた位置に立って、私たちの動向をしっかりと見ていてくれて。
それから、臨時で共闘してくれる小さな『最強』ちゃんは……いつだって私たちの予想の斜め上を行ってくれて。
「……うん。なんとなく、ミナセちゃんならどんな弱小クランでも『最前線』まで押し上げられそうな気がしてきたよ」
いや~、あのときスィフォンに気づいた僕、グッジョブ。と、そう明後日を見つめ、拳を握って呟く彼に、『何言ってるんだこいつ』みたいな不思議そうな顔を向けるミナセちゃんを見つめて、そっとため息。……本当に、つくづくこの子が私たちのクランに入ってくれて良かったわ。
「まじめな話……ミナセちゃんが他所のクランに行く、ってなったら、本気でマズい件について」
私たちの宴会は続く。
……それこそ、それまで以上に真剣で重い空気のなか。たった一人でいろいろとひっくり返してくれる『とびっきりの仲間』の少女のこれからについて。
「では、リーダーと愛じ――もとい、恋人契約してもらう、とかは?」
「親戚! ミナセちゃん、リアル親戚だから! っていうか、妹と同級生だから!!」
…………とりあえず。ダイチのロリコン疑惑についてを問いただすことにしましょう、そうしましょう。