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おじーちゃん、『姫プレイ』なう!?  作者: 堀〇
第三章 初イベントにて全プレイヤーに栄冠を示せ!
102/127

クエスト75 おじーちゃん、『全世界一斉告知』によって真実を聞かされる

 ――どこかの誰かが『イベントボス』を討伐した。


「…………え?」


 現実世界では間もなく日付が変更されようかという時刻。儂と『主人公と愉快な仲間たち』の五人に加えて23時に就寝時ログインにて合流したローズの七人は、このとき『アーテー北の迷宮』の転移結晶近くで、そろそろログアウトをすると言う少女を見送るために出ていたわけじゃが、


「そん、な……!?」


「う、嘘だろ、おい……!」


 果たして、突然の『全世界ワールド・一斉告知アナウンス』を目にして誰もが目を丸くし。周囲であがるざわめきが歓声へと変わり行く……そんなその他大勢など遠い世界のように思える静寂が、儂らの周囲を凍らせるかのごとく冷たくたゆたい。


 驚愕し。絶句し。絶望して。青白く血の気の引いた顔になる面子を範囲知覚でもって『視まわし』ながら、儂は仲間うちで唯一、それほど取り乱すでもなく。


 ただ、平静に、淡々と。表情を常の仏頂面のままに『運営』からの通知を開き。ざっと中身を読んでから「……ふむ。とりあえず、イベント期間中ならイベントボス戦はまだできるようじゃぞ?」と。ことさら『大したことはない』とでも言うように平然と、時間すら止まったかのように固まっていた六人に聞こえるよう呟く。


「なんでも、これからは『通常のイベントボス』と『弱体化されたイベントボス』のどちらかを『可能性の間』を創るとき(・・・・)に選べるそうじゃが――」


 クラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』としてはどうするつもりか……訊いても良いかの? ダイチくん、と。そう一際顔色の悪かった青年に問えば、彼は「え……!? そ、それは……」と未だに頭が働いていないようで。


 それは、まぁ……彼らの目標だった『誰よりも早くイベントボス攻略』が突如、他人に掻っ攫われたわけじゃから、な。まだまだ人生経験の浅いだろう青年に、『最初の目標が頓挫しました』から『それで、次なる目標は?』と、大して間も空けずに問われて明確な回答などできようはずもない。


 が、しかし。


 それはそれ。悪いが、この場において儂は、おまえさんを甘やかしてやるわけにもいかんのじゃよ。


「ふむ。なんならいっそ、今から『アーテー北の迷宮』の攻略でもするか?」


 すまんが、ローズよ。今少し時間を借りて良いかの?


 なに、最後に一戦。ちょっとボス戦に付き合ってほしいと言うだけで大して時間はかからん、と。そう唖然茫然とし続けておった真紅の巻き髪令嬢に問えば、「……ぇ? え?」と少女の混乱はひどくなったようで。……ふぅ、良かった。とりあえず、今にも泣きだしてしまいそうだったローズの涙は止められた。


 で、次は――


「ほれ。たしか、この『アーテー北の迷宮』の初走破も目標だったじゃろ? ゆえに――」


「ごめん、ミナセちゃん」


 そう儂の言葉を遮り。らしくなく、見上げる儂の視線から逃げながら「そっちも……ダメ、だったんだ」とダイチくんは沈んだ様子を隠さず告げ。


 それに対して儂が何かを言う前に「ああ、やっぱりご存じなかったんですね」と、そう口を挟んできたのは『主人公と愉快な仲間たち』の中で最も大人で、保護者的な立ち位置をとることの多かったカネガサキさん。


 おそらくは年若い団長殿に対する助け舟のつもりで言葉をかけてきたのじゃろうが、


「…………はぁ。うん、まぁ……とりあえず、『これ』を見てくれる?」


 そう、どことなく疲れたような。仕方ないなぁ、とでも言いたげな微笑を浮かべて告げる糸目の青年の態度に、若干、苛立ちを覚えたりもするが……それはさておき。


 現在、『星霊幻想記せいれいげんせいき~アイテールファンタジア・オンライン~』――通称AFOの公式ホームページにて、今回のイベント期間限定でアーテーの各ダンジョンの最速走破者を載せたページがあり。実際に繋いだのじゃろう、カネガサキさんが可視化して提示したウィンドウに表示された『アーテー北の迷宮』の最速走破者ランキング――そこに羅列された幾人かのプレイヤーの名前を目にして、「……なるほど」と言ってため息を一つ。


「つまり、『アーテー北の迷宮』の初走破は……すでに成されてしまっていた、と」


 ……うむ。まぁ、そうじゃろうな、と。すでに現実世界で言えば、3日間というイベントの最終日。ゆえに、当然、誰かしらが走破しているじゃろう。……今さらじゃが、そうでなければ『運営』の難易度調整に疑問を抱くというものじゃし、な。


 しかし、それにしても……この、カネガサキさんが提示する『アーテー北の迷宮』の『最速走破者』ランキングに載せられた一番上。つまりは『最速、最短時間でダンジョンを走破した』だろう四名のプレイヤーの記録が――


「たかが全30階層のダンジョンの攻略に『68時間超え』、じゃと……?」


 いくらアーテーにおける最難関ダンジョンであろうと、そこまでかかるか? なんて首を傾げる儂に、「ああ、それは――」と糸目の青年が改めてこの『走破』の定義を説明してくれた。


 曰く、転移結晶によって迷宮内に転移するところをスタート地点として、ボスモンスターを倒すことでゴールとする『走破』記録は、要するに迷宮内でどれだけの時間を過ごしたか、ということで。仮に途中で転移結晶いりぐちや、『緊急回避』に『中継拠点設置』などのアーツでダンジョンの外に出た場合、それらの時間は除外される、と。


 そして、『中継拠点』を用いて多少なり道中を省いた場合、それは記録されない、と。ゆえに、この『最速走破者ランキング』に載っているプレイヤーは『しっかりとスタート地点からゴールまでを文字通り走破している』――が、おそらくランキングに載っていないだけで他にも何人かプレイヤーが協力しているじゃろう、と。


 それこそ『中継拠点設置』のアーツとパーティの組み換えなどをして。『アーテー北の迷宮』のような最難関ダンジョンを走破するのなら、『同じ迷宮に最大5パーティ、30人までを入れられる』仕様を利用し、『記録ランキング』には表示されないサポート要因が幾人も用意されていたとしても不思議ではない、と語ってくれたが……ふむ。


 AFOにおける最大手クランにして迷宮攻略専門であるクラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』にも、こうした迷宮走破を支援する人員を多く用意して、一人でも多くの団員のイベント期間中での『チュートリアル制覇』を手伝おう、と。そんな企画が早い段階で挙がっていた、とはクランの代表メンバーの一人にして『ヒーローズ』における作戦参謀役であるカネガサキさんの言じゃが……うむ。やはり、『おかしい』。


 違和感がある。理屈に合わない、と内心で首を傾げる儂に「じつは『初走破者これ』、ミナセちゃんと合流するちょっと前――現実世界の19時半過ぎには表示されてたんだ」と糸目の青年は言葉を次ぎ。


 そして、


「ごめんね、ミナセちゃん。騙すつもりはなかったんだけど……結果的に、私たちはあなたに迷惑かけるだけで。利用するだけ利用して、あなたの期待を裏切ることになって……。『初走破』の件も、黙ってて……」


「ん。でもね、信じてほしいのミナセ。あたしたちは本気だった。あたしたちのために怒ってくれた――頑張ってくれるミナセのために、せめて『イベントボス』は最初に倒そうって。そのために本気で『もう一度』って……」


 ごめんなさい、と。


 ごめんね、と。そう言って、涙を流しながら頭を撫でてくるエリお姉ちゃんとちぃお姉ちゃんの『お姉ちゃんコンビ』をまえに、一旦、抱いた『疑問』に蓋をして。


「……なるほど。理解した」


 顔を俯け、ため息を一つ。そんな台詞をこぼすが……おそらく、儂には正しく彼らの気持ちは理解できんじゃろう。


 たしかに、クラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』は迷宮攻略専門のクランで。たしかに、このイベントに先駆けて『どこのクランにも先に最難関ダンジョンを攻略する』と目標を掲げていた。


 そして、彼らはその代表メンバーで。本来であれば件の『最速走破者』のリストに、『最初に』名前を載せるべきだったのじゃろう。『イベントボス』の初討伐を報せる『全世界ワールド・一斉告知アナウンス』を流すのは自分たちの仕事だ、と思っていたのじゃろう。


 AFO最大手クラン――つまりは『もっとも多くのプレイヤーの期待を背負っていた』彼らの思いも。焦りも。……絶望も。きっと儂には、一生、わからない。


 しかし、


 ……それでも。


「そのうえで、あえて言わせてもらおう」


 深く、もう一度。ため息を吐いて。


 全員から距離をとって。


 顔をあげて。


 嘲笑わらって、




だからどうした(・・・・・・)




 告げる。


「イベント最難関ダンジョンの初走破を逃した? イベントボスを他所のクランの者らに先に倒された? ……はっ! ざまぁないな」


 あえて不適に。


 あえて偽悪的に。


「なにを呆ける? なにを気落ちしている? おまえさんたちがこうなった原因。自分で選んだ結果が、この『ざま』であった――と、それだけのことじゃろう?」


 ――これは自業自得じゃろ?


 おまえたちこそが元凶じゃろう、と。


「そもそも、最初の――ダイチくんの『昇格ビルドアップ』で代表リーダーさまの最大レベルが劇的に下がって。そのあとにメンバー全員が『昇格』を行った時点で、こうなることは予見できたじゃろう?」


 覚悟を決めていたじゃろう、と。そうあえて冷ややかな視線と声音で告げれば、ローズは目を剥き。ダイチくんたち『ヒーローズ』の面々も目を丸くするが……こちらは儂に言われるまでもなく、薄々はわかっていたのだろう。


 自分たちの責任を。自分たちの過ちを。彼らはきっと、こうして儂なんぞに糾弾されるまでもなく理解していた。


 だから、誰も彼もが同意するように弱々しい笑みを浮かべるだけで反論しようとしない。……なにも言い返さない。


 だから、


「ミナセさん!!」


 彼女が、怒る。


 彼女だけが一人、怒気をあらわに儂に詰め寄って――だけど、そんな真紅の巻き髪令嬢に対してまで「いや、いいんだローズ」と。


 ほかの誰でもなく。少女が誰よりも憧れ、彼のためにと怒ってみせたのにも関わらず。


 ダイチくんは、まるで『もう負けた試合』だと――『終わってしまったことだから』とでも言いたげに、ほかの誰よりも諦観のこもった表情と声音で言って。……そんな『負け犬になり下がったあにの顔』を目にして、くしゃり、とローズが顔を歪めるのにすら視界に映そうともしない、俯いた青年に向けて――




「歯ぁ食いしばれよ、主人公ヒーロー




 そう怒鳴り。駆け寄って。


 一切の手加減抜きで――拳を、振りぬく。


「なっ!?」


「ちょ、ちょっとミナセちゃん……!?」


 そんな儂の、突然の凶行に目を剥く周りを無視して。


「……いい加減、目を覚ましてくれんか?」


 ただ、地に尻をつけ。殴られた頬を押さえ、茫然とこちらを見上げるダイチくんを見下ろし、


「――宣言しよう。『アーテー北の迷宮(このページ)』の『最速走破者いちばんうえ』には儂が名を遺す、と」


 やれやれ、と。そう肩をすくめて告げれば、全員が『何を言っているのかわからない』という顔でこちらを見るが、


「今、この一番上に名を刻んどる四人――いや、もっと多くの人数でか? ――で、68時間以上もかけて攻略したんじゃろう?」


 ――無視して、告げる。


「それを、儂が一人で塗り替えてやる」


 ――……思い出せ。


「誰より速く。誰より短時間で、走破してくれる」


 ――思い出せ、主人公ヒーロー


「わからぬか? ……要は、その実績きろくをもってクラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』の名を貶めようとする輩を黙らせろ、と言っている」


 ――おまえたちこそが、この結果を招いた。


 おまえさんたちこそが最もこの結果に恐れ。焦り。……そして、だからこそ(・・・・・)。この結果にショックを受けながらもホッとしたのじゃろう?


 肩の荷が下りた、と思ってしまったのじゃろう? 儂の糾弾ことばで救われた、と思って――だから(・・・)、笑ってしまったのじゃろう?


 ……でも、残念でした(・・・・・)


「わからぬか? ……おまえさんたちには、その協力を『させてやる』と言っているんじゃよ」


 ――そもそも、今回の件は自業自得。


 それ以前に、彼らはこの結果は予測できた。……覚悟していた。


 それでも、おそらくは『最前線』から脱落したリーダーをメンバーは追いかけた。……独りにはしなかった。


 そんなのは、迷宮攻略クランの代表であり、顔役であるパーティとしては失格で。……だけど、同じゲームを愛し、楽しむ仲良しグループであれば正しい選択を彼らはした。


 その結果が、ほかのクランメンバーからすら叩かれることになったのだとしても――そんなものは当然で。なにをどう言い訳しようと自業自得。


 その結果、他のプレイヤーから信頼や人望を損なうのは当たり前――だけど、


「『最速』なんぞくれてやった――と、評価をひっくり返す機会ネタをくれてやる」


 思い出せ。


 思い出せよ、主人公ヒーロー


 おまえさんは、『なんのため』にクランを創った? 『誰を護る』とクランの名に誓った?


「『このために、あえて全員が早い段階で「昇格」を選んだ』と、そう胸を張って言えるようにしてやる」


 わかるじゃろ?


 もう、思い出したよな?


「……本当は、あまり目立ちたくないんじゃが。仕方ないのぅ」


 言い方はあれじゃが、そもそも『覚悟をして選んだ』のじゃろう彼らには同情はせん。


 そして、だからこそ。今日まで無邪気に最愛の兄こそが最も優れていると信じ続け。一心に、その背を追い続けてきた少女を失望によって泣かせる事態は許容できない。


 なにせ、儂もまた、腐ってもクラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』の――たった一人のシスコンが作った、最愛の妹の幻想ゆめを守る騎士ナイトの一人じゃからな。


 ゆえに当然、団長殿おまえさん相手には優しくしてはやらん。


 ゆえに必然、儂は誰よりこの場で彼女のためだけに動いてみせよう。


「さて、そんなわけで――ローズよ。やはり、悪いがもう少しだけ儂らに付き合ってはくれんか?」


 にやり、と。あえて獰猛に笑って、


「なに、大して時間はかからん」


 ことさら軽めに。


 ことさら強調するまでもなく。


「最後にちょっと――儂らと一緒に『アーテー北の迷宮』のボス戦でもしていかんか?」


 告げる。


「……え? ええーッ!?」


「は? え、今から!? しかもローズと一緒に!?」


 驚き、目を丸くして叫ぶ兄弟に「うむ」と頷き。ちょうど今は全員、準備完了状態でもあるし、と。ほどよく休憩もとれたことじゃし、さぁ行くぞ、と皆を促し転移結晶の方へ。


「ちょおッ!? ちょっと待ってミナセちゃん!」


 そう慌てて儂の手を引くダイチくん。おそらくは呼び止め、『いったん落ち着こう』とでも言うつもりじゃったのだろう――が、逆に彼の手を引き。振り向いて、瞬時に目を剥く青年の顔を引き寄せて。


「このまま妹の安眠を妨害したままで良いのか? お兄ちゃん」


 と、彼に頭突きでも食らわせるような距離で睨み、ダイチくんにしか聞こえぬような声量でもって告げ。


 それから、困惑しながら付いてくるか迷っとる面子をちらり、


「別に勝てなくても良い――とまでは言わんが。最悪、ローズが居る間に『アーテー北の迷宮』の攻略に必要な情報を少しでも多く得たい」


 と、こちらは普通の声量で。あえて少女に聞かせるために、告げる。


「先の宣言通り、儂は本気でランキングの1位を狙うつもりじゃからな。ゆえに――」


 手を放し。ある程度、また皆から距離をとったうえで、「手伝ってください」と。


 お願いします、と。そう改めて皆に見せるように頭を下げながら言えば、ようやく『仕方ないなぁ』といった雰囲気となり。しっかりと、何気に頼られることに無類の喜びを感じるらしい真紅の巻き髪令嬢も釣れたようで、人知れずニヤリと笑って。


 果たして、全員が儂の設置した『中継拠点テント』のある29階の『広場』へ跳んで。あらためて、これまでに判明していた『アーテー北の迷宮』のボスモンスター戦の情報をもとに話し合い。それぞれの消費アイテムについて確認しあうなか、


「ところで、そろそろローズは新武装・・・に着替えんか?」


 ――現実世界の23時過ぎ。真紅の巻き髪令嬢と合流して間もなく、アキサカくんたちに頼んでいた儂とローズの新武装ができた、という報せが届き。さっそく受け取りに行ったうえで彼女にもそれをサプライズプレゼントしたわけじゃが、


「……う! ま、まぁ、そうですね」


 仕方ありません、と。顔を真っ赤に染めて真紅のローブから一転。金色の縁取りが映える漆黒の金属甲冑姿となり。背には黒地に真紅のバラの花が描かれたマントが靡き、手には同じく金の縁取りが輝く黒い戦槌メイスと大盾が握られており。頭上で一際目を引く黄金のティアラと、絢爛豪華な肩部装甲ショルダーガードに各部に埋め込まれた紅玉ルビーの煌めきも合わせて、『原作もとネタ』を知らんものたちにも『女帝クイーン』という言葉が浮かんできそうな外観じゃが……ローズ的にはここまでド派手な衣装は羞恥心が耐えられないようで。


 少女自身の造形が『眦の鋭い、気の強そうな美少女』然としているから意匠に負けない、それこそ良く似合っていると儂以外の面子も口を揃えて言ったものじゃが……迷宮外そとでは絶対着たくない、と。……うぅむ、本当に似合っているんじゃがなぁ。残念。


「――って、そう仰るミナセさんは着替えませんの?」


 なお、儂の方も実は『普段着』――もとい、普段使いに適した動きやすい防具も一新されており。あえて一言で表現するなら『黒いセーラー服』?


 これまで使っていたものと同じで『原作』では『当時、どこかの学校で採用されていた女学生の制服』なんじゃが……今回は全体に黒く。上着が半袖に、スカートが足首まで延ばされたロングスカートになった、胸元の赤いリボンが映える外観デザインで。質感が完全に上質な布であり、これまで通り動き易くありながら今日まで育て続けた【強化:筋力】の能力ありきの、就いている〈職〉がなんであれ装備可能ではあるものの重量や防御力は下手な金属鎧より上という。


 加えて、この衣装――もとい、防具の素材には『アーテー北の迷宮』の最上階一歩手前で『採掘』した素材を使っており。つまりは、このイベントに適した『特徴:属性(闇)』を有しているんじゃが、そのせいで全体的に黒くなった――わけではなく。素材が何であれ着色は自由らしいので、制作者的に『闇の属性だから黒!』というだけの理由でこの色に、そしてこのデザインが選ばれたわけじゃが……地味に今回から追加された『黒い革製に思われる指ぬきグローブ』なんかも武器を振り回すのに適しているように思えるし。まぁ、特に不満もない。


 加えて、


「うむ。とりあえずはこのまま突撃する予定じゃな」


 ――予ねてからの予定通り、『クラブアーマー』と『シールドセット』の更新と言うか、儂自身の『最大許容重量の増加』と制作当初より『上質な素材の入手』に『作り手のレベルアップ』に伴って『一新』してもらったわけじゃが。こちらに関しては完全に『普段着』とは逆のコンセプトのもとに作られたもので。


 このイベントに合わせて『闇』の属性ダメージを抑える『特徴』は当然として、『儂の最大戦闘力で戦う際にのみ纏える防具』であり。有体に言えば、『こいつ』を使えるのは〈戦士〉に就いて【強化:筋力】と称号【〇〇の精霊に好かれし者】によるステータスの上昇効果が乗っているときのみで。つまり、儂の十八番である『状況に合わせた転職によるステータス操作』と致命的に相性が悪い、と。


 ゆえに、新調した2着の防具いしょうが、それぞれ運用可能ギリギリを攻めた重量になってしまったため、個人的に使い勝手が良く、気に入っておった『赤い背嚢』こと『デスティニー作ランドセル型アイテムバッグ』まで装備できなくなって。結果、懐かしの『初級冒険者ポーチ』を引っ張りだすことになり、そこに予備の武装をしまうこともできなくなったわけじゃが……それより何より、貸与してもらっておった『呪ワレシ左腕』と『特殊武装:斧槍バルディッシュ』とともに、今回お役御免となった『デスティニー作JS制服セット』と一緒に『ランドセル』は引き取ってもらうことになったわけで。


 現在、『運☆命☆堂』の店内には、それら装備一式を纏った儂の等身大モデルが置かれており。最後に見たときには店員一同が『それ』を前に跪き、偶像崇拝もかくやと言う篤い祈りを捧げておったが……うむ。忘れよう。


「攻略者が居るというのに相変わらず『アーテー北の迷宮』のボスモンスターに関する情報は≪掲示板≫に挙がっていない」


 ため息を一つ。つまり、上位陣の誰も彼もが情報を秘匿することにしている、と言うわけで。……聞けば、これに関してはクラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』も役立たず、と。ローズにだけ聞こえる声音で愚痴る。


「……まぁ、ダイチくんたち代表メンバーが率先して『昇格』に走ってくれたようじゃし。クランの上位陣がそれに続くのを止められはせんよな」


 第一、〈職〉の『昇格』は早いほど良い――それは間違っていない。


 早ければ早いほど、最終的に『誰より早く上に行ける』。そんなことは誰でもわかるし……その誘惑はゲーマーとしては逆らい難い誘惑らしいし、の。そのうえ、クランの顔であるダイチくんたちが『昇格』を選んだ――『昇格それ』を肯定し、後押ししてしまった、と。


 結果、クラン『薔薇園の(ローズガーデン・)守護騎士キーパー』の上位プレイヤーには『今回のイベントは捨てても良い』という風潮が生まれ。あのとき、『イベントボス:堕ちた太陽の申し子』戦を一緒に行った連中が、今やレベルだけなら上位陣に食い込めるというのじゃから頭が痛い。


 ゆえに、


「――ボスモンスターは儂が抑える」


 真剣な顔で。まっすぐに真紅の巻き髪令嬢の目を見て、告げる。


「加えて、その取り巻きも……最悪、儂一人で殲滅してくれる」


 だから、と。


 だけど、と。そう声音に二重の意味を載せて。


「簡単に死んでくれるなよ、ローズ」


 拳を突き出し。にやり、と笑って告げる儂に――


「……そう、ですわね。これまで大して時間をかけていない、ただただお兄様やミナセさんに連れまわされていたわたくしですら、今は――今夜だけは、お兄様たちよりレベルが上ですからね」


 少女は破顔し。それでいて、どこまでも真剣な眼差しでもって返し。


「――勝ちましょう、ミナセさん」


「当然。おまえさんには良い夢を見させてやるさ」


 拳を、合わせる。


 そして、




 ついに、儂らはイベント最難関ダンジョン――『アーテー北の迷宮』のボスモンスターが居るとされる30階層へと突撃するのだった。



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