クエスト74 おじーちゃん、乗り掛かった舟とばかりに『的当てゲーム』強制なう?
現実世界の21時に再集合したクラン『薔薇園の守護騎士』の誇る代表パーティ――『主人公と愉快な仲間たち』こと『ヒーローズ』の五人は、それぞれ軽く、これまでの成果やら何やらを話しあっていたようじゃが……なぜ、そこで儂を『恐ろしいもの』を見るかのような表情で見つめるのかと小一時間ほど問い詰めたい。
……いや、まぁ。彼らからすれば驚くべき速度でドークスのレベルが引き上げられていたわけで。再会したときの彼の顔が『諦め』とか『悟り』とか、いつになく平静な表情であったのじゃから……うむ。経過を知らん者からすれば異質に見えるのもわからんが。
さておき。現実世界で1時間――ダンジョン内で10時間程度では誰もが大してレベルを上げられず。それでも、どうにか壁役であるドークスだけは最低限の仕事をこなせる程度には強化できたし。魔法使い組の【付与魔法】や【回復魔法】なども、まぁ及第点レベルまでは持って行けたようなので、
「さぁ。楽しい楽しいレベル上げの時間を始めようか」
にやり、と。ことさら邪悪そうに笑って告げれば、誰も彼もが一歩後退してくれたが……無視して、さっさと六人でパーティを組みなおし。あらためて、全員で『アーテー北の迷宮』――その29階の『広場』に設置した『中継拠点』へと跳ぶ。
果たして、この階層に出現するモンスターがレベル44の『スケルトン・ウォリアー』ということに気づいたのだろう、ドークス以外の騒がしい面々には「はい、静粛に~」と適当に手を叩きながら諫め。改めてココでの効率的なレベル上げの方法についてを話しておくことに。
とりあえず、【属性魔法:光】のレベル1で使える魔法――『ライティング』で生み出した光球を天井に張り付け。ある程度の光源を確保したうえで「まず、ダイチくんとちぃお姉ちゃんの二人は~」と、物理戦闘職の二人にはしばらくの間、少しまえまでのドークス同様、蠢く骸骨どもに『魔法薬』をぶつける簡単な作業を延々とやってもらう、と告げ。
対して、「い、いや、ちょっと待ってミナセちゃん!」とダイチくんからは物言いの声が上がるも、「――で、次にドークスなんだけど」と無視して話を進め。ここまで終始諦念したような顔をしとった筋骨隆々の巨漢には、ついに――と言っても、儂からすれば予定通り――ここからは壁役として働いてもらう、と。……いや、そう告げだけで、なぜに涙を流して力強くガッツポーズをとっているのか、と。なぜ、ダイチくんたちは絶望したような顔をしているのか、とツッコミを入れたい気もするが……とりあえず、話を先に進めよう。
「ドークスは知っているじゃろうが、この階層に出現する『スケルトン・ウォリアーLv.44』が相手であれば儂一人でおおよそ抑えられる」
その証拠――ではないが、あらためて背中の赤い背嚢から『呪ワレシ左腕』と『混沌大鎌』を取り出し。……初見のメンバーに引かれたが、気づかなかった振りをして、これらの装備の性能を語り。
加えて、儂の≪ステータス≫を呼び出し。可視化して。
「見ての通り、今の儂は〈初級戦士Lv.44〉と、この階層に出現するモンスターと同じで。先に説明したとおり、武装も『アーテーの迷宮』や『イベントボス』に合わせた特注品であり。称号【闇の精霊に好かれし者】と【強化:筋力】のおかげで、じつのところレベル44の『スケルトン・ウォリアー』なぞ既に『格下』ですらあるからの」
ゆえに、問題無い。
ゆえに、皆に先立って遭遇する骸骨兵どもは儂が『ヘイトアピール』などで引きつけ。抑える、と。
「もっとも、今回からはドークスにも並んで壁役をしてもらうつもりじゃが……当然、そのフォローは魔法使い組にお願いしたい」
――今のドークスは、『昇格』まえに装備していた武装を再び纏うことを第一に。とにかく『筋力』に多くSPを振ったうえで、そこから『丈夫』の補正にSPを使いだした段階で。【盾術】も、【盾術・弐】へと『上位化』させて間もないのかレベルが低く。自身も〈戦士・弐Lv.33〉というレベル44のモンスターが相手というにはまだまだ低すぎるレベルということもあり、間違っても儂のように一対多で戦えるような硬さは、無い。
しかし、技術はある。
腐っても元は『攻略組』のメンバーで。壁役としては間違いなくトッププレイヤーだった彼であれば、大丈夫。
そして、それは魔法使い組――付与魔法使いのエリお姉ちゃんに、回復魔法使いのカネガサキさんも同じで。どれだけ弱体化しようとも、中身である彼ら、彼女らが一流のプレイヤーであることに変わりはなく。それゆえに、こちらに関しては多くを語る必要もなく。心配もしていない。
そして、
「だから――そこの不満そうな二人は、せめて『初級服』を卒業してから文句を言うように」
――元・『敏捷』特化の双剣士であるダイチくんと、『器用』に多くSPを振って遊撃手だったちぃお姉ちゃんは、重装備によって防御力を上げていたドークスと違ってあまり『筋力』に多くSPを振る気は無いようで。
とりあえず、『昇格』によって下がったレベルをいち早く上げ直すべく火力を優先したのじゃろう。二人して『初級服』なんて防御力の低い、ほとんど『重量を持たない防具』を纏う代わりに武器の方に重めのものを装備しているようじゃが……そんな二人じゃからこそ、この階層で矢面に立たせるなぞ怖すぎてできん。
ゆえに、やはり先にも言うた通り、ダイチくんたちには骸骨兵に試験管を当てるゲームを楽しんでもらいたい、と。せめて事故などで一撃死せん程度には防御力のある防具を纏うか、遠距離攻撃を主とするちぃお姉ちゃんであればこの階層でも有効打を与えられる装備と器用値を得るまでは安全第一で行かせてもらう、と。
そうしっかりとこの階層におけるレベル上げプランを皆に説明し。説得し。納得してもらったうえで、
「……レベル上げってさ。もっとこう、血沸き肉躍るっていうかさ。己の限界と安全を綱渡りするスリルとかがさ、醍醐味って言うか。ねえ?」
「不思議だね。レベルはもちろんだけど、【スキル】も――特に今さっき取得したばっかりの【投擲術】が――ガンガン上がっていくのに、あんまり嬉しくないっていうか。作業感が半端無いっていうか……」
果たして、死んだ魚の目になるメンバー『その1』と『その2』が誕生するまでに大した時間はかからず。ほかの面々に可哀想なものを見る目で見られているが……はて? なぜ、二人まで少しまえのドークスのようになっておるんじゃ?
「……あのさ。じつはミナセ、あたしたちの身勝手な振る舞いのことで、まだ怒ってるんじゃない? ……ほら、最初に。これでせっかく一緒にレベル上げができると思ったのに、って怒ってたし」
「あー……。前回は僕らが教えるばっかりで『一緒にレベル上げ』って感じじゃなかったからね。それなのに、僕らは自分たちの欲望に負けてレベルを下げてしまったから……」
……ん? なにやら後ろでボソボソと会話しておるようじゃが……ああして儂に内緒で話しているのだろうことを聞き耳し、いちいち否定しに行くのもおかしい、か?
儂の場合、知覚範囲内の会話であればどれだけ小さな声だろうと拾える自信があるゆえ、いちおう会話を拾えてはいる。が、それが誤解であれ何であれ、ここは聞こえないふりが正解じゃろう、と。儂は人知れず肩を落とし。
また、次の骸骨兵の群れへと駆け出して。なるべく多くの相手を引き付け。脚を払い。目印代わりに『ライティング』の光源を骸骨兵の頭部に灯し。レベル上げを手伝う。
「ふむ。ここまで皆、レベル上げは順調そうじゃから、ここで儂のお勧めをすこし。〈斥候〉でも何でも良いから、移動用に『敏捷』だけにSPを振る〈職〉や、とっさの魔法を防御するのに『魔力』に振るもの。物理攻撃を防ぐように『丈夫』や『器用』に振る〈職〉などをそれぞれ作っておくと、戦闘時に『転職』が戦術として組み込めるようになるゆえ便利じゃぞ」
儂などはそれで『イベントボス』の魔法に『魔力』振りの〈職〉となって【回復魔法】を連打してしのいだし、と。そう空気を入れ替えるように明るく、冗談めかして言えば、
「いやいやいや。そんなとっさに『転職』とかできないから!」
「『ボイスアクション』みたいな一動作で済むものならともかく、『職種』の変更っていちいち≪メニュー≫開いて、『ジョブチェンジ』の項をコマンドないしクリックして、『職歴』参照して、って。けっこう手間かかってたよね!?」
そう叫ぶダイチくんたちに「ん? まぁ、たしかにそうじゃが……」と頷き。思案顔を作って、
「それでも、子どもでも操作できるほど行程自体は簡単じゃからな。慣れれば、一つの思考に連動させる感じと言おうか……単語を繋いで文章を紡ぐような感じで、ほとんど一動作と大差ない時間で『転職』程度ならできるようになるはずじゃぞ?」
……もっとも。かく言う儂ですら何度も体感時間を操作したうで、工程の簡略化と余分な思考の省略などの解析作業に、それなりの時間を要したが――それは黙っておくことにして。
実際は、自身の思考に対して、VRデバイスがどこまで反応するかを体感でき。AFOではどの辺りまで簡略化した思考でも操作できるのかを調べられ。思考の『濃度』というものを操作できんことには無理じゃろうし。仮に『副職』や【スキル】、装備などを彼らに説明したやり方で変更できたとしても、瞬時に変更できるのは『どれか1つだけ』で。状況に合わせた臨機応変な対応どころか『一瞬とは言え、それ以外の一切の思考を許されない』のでは実戦使用など不可能じゃろうが。
しかし、すでに多くのプレイヤーのまえで、儂が瞬間的に換装して『イベントボス』――それも『第三形態』と戦ってしまったからな。これからのレベル上げや『イベントボス討伐戦』を考えて、ここは顰蹙を買いそうな『任意の体感時間の操作スキル』ではなく、今は『ちょっと練習すれば出来そうな個人技』として説明させてもらう。
「で、じゃ。そこからさらに踏み込んで≪ステータス≫の操作や装備の換装まで関連付けられると実戦でも辛うじて通用するレベルの間で運用できるようになる」
と、そう説明しながら。人知れず体感時間の操作を挟んだうえで〈職〉と装備を分かりやすく何度か切り替えて見せれば、彼らは目を丸くし。「あー……、うん。ミナセちゃんだしね」と、よくわからん言葉とともに『慣れればできるかも?』ということで納得してくれたようじゃった。
「ふむ? ……まぁ、話を戻すとして。SP振りの話じゃが、【罠】を発見し、破壊できる〈狩人〉は『器用』にSPを全消費して、とにかく『制限時間内に確実にトラップを解除できる』ようにしておくと良いと思うぞ?」
なにせ、〈狩人〉に限って『トラップ』の破壊で経験値が得られるようじゃし、下手なモンスターを倒すより経験値的に『美味しい』からのぅ、と告げれば。「だねー」と、同意するように頷く、『ヒーローズ』の筆頭【罠】持ちプレイヤーであるところのちぃお姉ちゃん。
そして、何度か頷いて見せながら「でもさ」と、それからすぐに否定するような接続詞を用いたうえで、
「あたしたちの場合、トラップは『どうしても解除しないと先に進めない』ってとき以外は、発見、からの『スルー』が鉄則でね。……もしかしなくてもミナセってば、これまでずっと、見つけ端から全部壊してるの?」
下手したら即死トラップみたいなのもあるのに、リスキー過ぎない? と逆に問いかけられれば、「その発想はなかった」という顔で振り向き、瞬きを数回。
「……いや。そもそもトラップを作動させたことが無かったゆえ、そこまで危険なものがあると思ってなかったな」
そう言えば、以前に志保ちゃんも『階層上位のトラップは即死級が~』とかなんとか言っておったな。それならたしかに、無視するのがもっとも安全じゃろうが……儂の、『器用』の補正が21ほど乗る〈狩人Lv.18〉での連続攻撃で破壊できんトラップなら、それはもうほとんどのプレイヤーが解除できんじゃろうし。最悪、『緊急回避』で逃げられもするんじゃから、しばらくは今まで通り、見つけたら『美味しい経験値』扱いで良いじゃろう。
「ってか、赤毛っ子ってマジで『トラップ』解除にヌンチャク使うのな」
「そうそう! 私もてっきりタバサ――スィフォンお得意のイメージ戦略か何かかと思ってたからビックリしちゃった」
「あー……そう言えば一時期騒がれた『模倣犯』の連中はどうなったんでしょうね?」
わいわい。がやがや。
今は休憩時じゃし、『パーティチャット』を介しているから別段咎めたりはせんが……うむ。やはり、仲が良いのぅ。
戦闘時の阿吽の呼吸もそうじゃが、彼ら『主人公と愉快な仲間たち』のこういう気心の知れた仲というか纏う空気が……すこし羨ましい。できれば儂も――儂ら『幼精倶楽部』も、また全員でワイワイ騒ぎたいものじゃが、はてさて。
美晴ちゃんと志保ちゃんのことが無事に解決できたとしても一のやつは多忙そうじゃし。ローズにしたって普段は就寝時ログインしかできんと言うからの。今回のように場所や相手次第では嘉穂ちゃんまで別行動となるじゃろうし……はぁ。せっかくイベント直前に固定パーティを登録したというのに、儂らはなんとも――
「そう言えば、ミナセは≪掲示板≫を見ないんだっけ? 情報収集担当のスィフォンは……時間的に、もう寝ちゃってて見てないだろうし」
じゃあ、まだ知らないのかな? と、そうちぃお姉ちゃんに問われ。ハッとして顔を上げたら……彼女に頭を撫でられた。
「すこしまえに≪掲示板≫に書き込まれたんだけどね」
――イベント期間中に限り、アーテーに存在するダンジョン内においては体感時間が他とは異なる仕様となる。
そのせいか、ダンジョン内では≪掲示板≫を見ることはできず。それ以前に、儂はその手の情報収集を志保ちゃんに任せきりとしているために知らなかったのじゃが――曰く、すでに『アーテー北の迷宮』のボス戦についての情報が≪掲示板≫に書き込まれるようになっているらしい。
「まぁ、誰も彼もが僕たちみたいに『昇格』なんかでレベルを減らしたりしないよね」
そう苦笑して告げるダイチくんに曰く。クラン『薔薇園の守護騎士』の拠点で視れる専用の≪掲示板≫でも、まだアーテーの『レベル15開始ダンジョン』こと『アーテー北の迷宮』の走破報告は無いようじゃが……それでも無理やりにでも最上階である30階に突撃するプレイヤーが現れ。ボスモンスター他、お付きのモンスターの情報が書き込まれ始めているというのじゃから、もはや時間の問題か。
……なんなら、今から儂一人で突撃でもするか? なんて短絡的な思いつきも脳裏を過ったりするが、仮にそれで『誰より先に最難関ダンジョンを走破した』と知れ渡っても困るし。聞くところによれば、公式ホームページには各迷宮の走破に関しての情報が逐一載せられているらしいからの。迷宮攻略専門クランであるところの『薔薇園の守護騎士』のメンバーとしては間違っているのかも知れんが……今は焦らずダイチくんたち『ヒーローズ』のレベル上げを優先するべきじゃろう。
おそらく、このまま順調に進められれば、今回の合同レベル上げ期間中――現実世界で翌朝4時までには『アーテー北の迷宮』の走破も可能じゃろうし。……そもそも、今回、ここまでレベル上げに足踏みさせられている感があるのも彼らの自業自得なところもあるし、と。わずかにざわつき出した心を密かに宥めていると、
「ちなみに、ボスは完全に初見のモンスターらしいよ」
ちぃお姉ちゃんは儂の頭を撫でながら告げる。
曰く、ボスモンスターの姿はヒト型で。イベントボス戦を含めて完全なる未見のものであり。回復魔法でダメージを負った素振りが無かったことから『死霊系モンスター』ではないことだけはわかっているが、詳細は不明。……もっとも、不特定多数の閲覧が可能な≪掲示板≫に書き込んでいないだけで、あるいは【看破】持ちなどがパーティに居れば容易に種族名ぐらいであれば読み取れるじゃろうし、あえて秘匿しているだけかも知れんが。
さておき。ボスモンスターはお供として『スケルトン・ウォリアー』が4体に『スケルトン・ソーサラー』2体と同時に出現するようで。問題のボスモンスターを合わせれば合計で7体もの敵を相手にさせられるということじゃが……未知のモンスターの怖さも勿論じゃが、さすがに魔法を放てる『スケルトン・ソーサラー』が2体も居ては、今すぐダイチくんたちと突撃する、というわけにもいかない。
なにせ、かの骸骨魔法使いは範囲攻撃の魔法が使えるからの。儂一人であれば防げないまでも、それだけで落とされることはないんじゃが……今のダイチくんたちの装備とレベルでは一撃死もありうる。
ゆえに、
「方針の変更は無しで。やはり、今しばらくは『回復薬』投げでレベル上げをがんばってもらおうかの」
にやり、と。あえて勝ち気な笑みを浮かべ、眼前のお姉ちゃんぶっておる少女を安心させるためにそう言ってやれば「そんな~」と、彼女はわざとらしくガクッと肩を落とし。
そんな儂らの遣り取りに笑う彼らだって――あるいは、彼らの方こそ焦燥感を抱いているのじゃろうが――あえて、みんなで楽しもうとしていた。
急がば回れ、と。
急いては事を仕損じる、と。自分たちに何度も言い聞かせて。
果たして、現実世界の23時には就寝時ログインにて再びAFOの世界に戻ってきた狐耳令嬢も巻き込み。……さり気に、この時点では妹の方が自分よりレベルが高かったことで兄が見たこともない愕然とした表情になったりもして。
総勢七人でのレベル上げの途中でアキサカくんたちに依頼していた武装が完成し。秘密裏に用意した真紅の巻き髪令嬢用の新装備なども渡して、またワイワイと騒ぎ。笑いあって。
そして、
現実世界の23時57分。そろそろログアウトすると言う少女を見送るため、皆で転移結晶まえに出ていたときに――
[ただいまAFOにて、イベント限定ボスモンスター『堕ちた太陽の申し子』の初討伐が確認されました]
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――と、そんな『全世界一斉告知』を報せるインフォメーションが視界の隅に流れ。世界に激震が、走った。