ティーパックに見る心の変遷
よっちゃんが羽生さんと破局した…というニュースを聞いた。付き合ってみたけど、何となく合わなかったらしい。付き合った当初はラブラブに見えたのにねえ。人間の恋とはわからないものだよ。
「なあ、野菊…付き合わね?」
「はあ?」
私は唐突に目の前に現れたよっちゃんに交際を申し込まれた。4ヶ月前なら1も2もなくオーケーだったけど、今は答えを出すのに躊躇してしまった。
「お前となら上手く付き合っていける気がするんだ。なんか彩美と一緒にいるより、野菊と一緒にいるときの方が楽しかった気がするんだ。」
ふとよっちゃんに抱いていた恋情が疼いたような気がした。
「……わかった。」
私は了承の返事を出した。
お昼を誘いに来た和泉先輩に「よっちゃんと付き合うことになった。」と告げた。和泉先輩は苦笑した。
「そっか。じゃあ、僕は寂しく一人ご飯するよ。」
和泉先輩は怒るでも悲しむでもなく去っていった。
引き留められなかった……なんだかそのことに空虚さを覚えてしまう。和泉先輩は別に私のことが好きだったわけではないのだろうか。「足跡をつけさせて」とか言ってたくせに。
一人で蟠りを抱えつつよっちゃんとの交際をスタート。
***
小さな頃から一緒で、何もかも知り尽くしたよっちゃんとのお付き合いだったが、あまり上手くはいかなかった。
何だかすべてがキラキラしていないのだ。
「それでさ、俺が『勉強とアタシ、どっちが大事なの!』ってふざけて言ったら隆が…」
よっちゃんのヒロイックサーガの主人公はいつでもよっちゃんだ。俺が、俺が、……少し前まではそれを小さな英雄のように感じてドキドキ憧れていた。私のヒーローはまごうことなくよっちゃんだったから。よっちゃんがキラキラ輝いているのを見るのも聞くのも好きだった。でも今はそれだけじゃ、何となく満足できない。一緒に食事をしていても和泉先輩なら「美味しい?」って私に聞いて、私が喜んでる表情を見て一緒に喜んでくれた。よっちゃんは美味しいものを私と奪い合う、子供の頃と同じ素振り。ちょっと前までは好物の奪い合いが、その些細な戯れが、なんとも楽しく感じていたけど、今は少し子供っぽいと感じてしまう。
ファミレスで一緒に食事をしていてもなんとなく気が乗らない。
「その肉もーらいっ!」
私のお皿に載っているハンバーグの最後の一切れを奪い取っていったよっちゃんに溜息をつく。
「…美味しい?」
「ふめえ。」
もごもごと口を動かしながら肉を噛んでいる。昔ならここでよっちゃんのお皿にある獲物を狙ったものだが、もうそんな恥ずかしい真似はしない。
「私、紅茶とってくるね。」
ドリンクバーのティーパックの紅茶を入れた。一口口にしてみて思った。ティーパックの紅茶も悪くないし、それなりにいい香りがするが、あの香りを飲んでいるかのような芳しい紅茶を知ってしまった後だと幾分興覚めである。私は紅茶は一杯だけでやめておいて、抹茶ラテに切り替えた。
よっちゃんはその様子をじっと見ていた。
「……なんか昔、お前の髪形がツインテールからポニーテールになった時のことを思い出した。いつもツインテールだったお前が、ポニーテールにしてきて、少し大人っぽくて、なんだかそれが嫌で、お前の髪に巻いていたリボンを奪って喧嘩したよな。」
「そうだね。でもずっとツインテールではいられなかったんだよ。あれは子供の髪型だから。」
ツインテールの年頃の女の子なんて二次元にしか存在しない。探せば三次元にもいるのかもしれないけれど、私の周りにはいない。
よっちゃんは黙り込んだ。
「……なんか、お前、変わったよな。」
「……そうかもね。」
どうしてよっちゃんとの日々がキラキラしなくなってしまったのか。その原因は私の方にあると思う。よっちゃんの足跡だらけのよっちゃんの庭だった私の心には白い雪が降り積もって、和泉先輩の足跡がついている。いつの間にかよっちゃんの庭はよっちゃんのものではなくなってしまったのだ。そのことを感じている。お互いに。
「……よっちゃん、別れよっか。」
「…ああ。…今の野菊とは、きっと上手くやれない。」
よっちゃんはあっさり同意した。
「ねえ、よっちゃん。でもね。私はちょっと前までよっちゃんのことが大好きで仕方なかったんだよ。私の初恋はよっちゃんだった。小さい頃よっちゃんの傍にいると毎日がキラキラしてた。すごく楽しかった。……もう、今は違ってしまったけれど。よっちゃん、私に初恋をくれて、ありがとう。」
「……どういたしまして。」
よっちゃんは一瞬クシャッと顔を歪めた。
私の住む家はよっちゃんの家のすぐ脇で、帰り道も一緒だったけれど、よっちゃんはあまり喋らなかった。気まずいのかもしれない。よっちゃんの気持ちはよくわからない。どんな気持ちで羽生さんと付き合ったのか、どんな気持ちで羽生さんと別れたのか。どうして私と付き合おうと思ったのか、そして今どんな気持ちなのか。私は既によっちゃんの庭の住人ではない。よっちゃんの庭にもいつか雪が降って、誰かがそこに足跡をつけていくのかもしれない…そんなことを思った。