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和泉先輩の約束

3日後の昼休み、私はお礼のチョコレートのボックスを手に2-1の教室を覗いた。和泉先輩はすぐに見つかったけれど、ここは2年の教室。私の知り合いなど居ない。どう呼び出してもらおうか立ち竦んで誰にも声をかけられない。気付いてもらえないかとうろうろと教室の扉の周りで足踏みする。


「お。1年の子か?誰かになんか用か?」


親切な男子の先輩に尋ねられた。


「えっと…和泉東吾先輩に…」

「ほっほお。東吾も隅に置けませんな。今呼んでやるよ。東吾~」


呼ばれて気付いた和泉先輩がやってくる。


「野菊ちゃん。いらっしゃい。」


野菊ちゃんって…和泉先輩は名前で女の子を呼ぶ派なんだね。チャラい感じは全然しないけれど。寧ろちょっと生真面目そうな雰囲気だ。


「あの…先日はハンカチ有難うございました。…これ、お礼です…慰めてもらったから。」


私が差し出したのは『さり気ない贈り物』をコンセプトとしたひと口大のチョコレートボンボンが6つ入った小さな商品だ。重すぎず、ささやかなお礼には丁度良かろうと思って。


「おお。東吾。贈り物か~?いいなあ、可愛い後輩ちゃんからの贈り物。」

「からかうなよ。真面目にお礼をしてくれてるんだから。」


和泉先輩が友人をしっしと手で追い払った。


「ねえ、野菊ちゃん、放課後空いてる?」

「え?はい…」

「気晴らしに、ケーキでも食べに行かない?ストレス溜まってるんじゃない?」


確かに言われてみると失恋して以来、何かをちゃんと味わった覚えがない。私の人生においては確かに重大事件だったけど、ちょっと気を取られ過ぎていたような気もする。


「ご一緒させていただきたいです…」

「決まり。放課後、校門の前で待ち合わせね。」


トントン拍子に予定が決められてポヤポヤと羽の生えたような気分で授業を受けた。後から見直すためにノートはしっかりとったけど。

放課後、校門前には和泉先輩が来ていた。


「ごめんなさい。待ちましたか?」

「ううん。うちの担任少しHR短めなタイプなだけ。」


和泉先輩は優しく微笑んだ。


「向こうに美味しいケーキショップがあるんだ。」

「甘いものお好きなんですか?」

「……おかしいかな?」

「そんなことないです。」


よっちゃんは甘いものはさほど好きじゃなくて、毎年のチョコレートもビターな感じのを作っていたよ。甘党の男の人ってちょっと新鮮。

和泉先輩が連れてきてくれたのは、可愛い感じのケーキショップだった。子犬の置物なんかが置いてあってメルヘン。だけど窓を広くとってあって光がたくさん入って開放感がある。

席に座ってケーキを選んだ。レアチーズケーキにした。紅茶もたくさん種類があって悩んでしまったが、基本のダージリンにしておいた。和泉先輩は苺とカスタードのタルトと、アッサムだった。

ケーキが揃って二人で食べ始める。ぷるぷるのレア感が堪らない。濃厚なチーズの味とさっぱりとした酸味が良く調和している。上にかかっているブルーベリーソースを絡めて食べると甘酸っぱく、また違う味わいを見せてくれる。すごく美味しい。


「美味しい?」


和泉先輩が笑って見ていた。私が美味しそうな顔で食べているのを鑑賞していたらしい。少し恥ずかしい。


「美味しいです…」


美味しいケーキを味わいながら、和泉先輩に尋ねた。


「和泉先輩はどうして優しくしてくださるんですか?」


和泉先輩はふふっと笑った。


「約束だからかなあ…」


和泉先輩が少し遠い目をする。


「?」

「僕も去年失恋して、まさに君が泣いてた階段の踊り場で泣いてたんだよ。失恋もつらくて、苦しくて、涙ばっかりが出て、心の中がぐちゃぐちゃで…そんな時、僕にハンカチを差し出してくれた女性がいたんだよ。隣に座って、僕のつまらない失恋話に相槌打ってくれて…辛くてどん底だった気持ちが少しだけ軽くなったんだ。その女性と約束したんだ。いつか自分のように泣いている人がいたら、話しを聞いてあげて欲しいって。」


和泉先輩は少し恥ずかしそうに、話してくれた。和泉先輩がその女性のことを語る口調は優しくて、もしかしたらその女性のことが好きになっちゃったのかな?と思った。


「その女性とは…?」

「内緒。」


付き合ってるわけじゃないのかな?和泉先輩は穏やかに微笑んだ。

和泉先輩は楽しそうな話ばかりをした。昼休みに中庭の穴場で食べるお弁当は最高に美味しいとか、図書室にはリクエストを出すと本を入荷してくれる可能性があるだとか。美術の彫刻の授業ではオリジナル判子を作れるだとか。中3になれば受験もあるから勉強も頑張らないといけないけれど、楽しむべきことはきちんと楽しんでおいた方が悔いが残らないよ、と。


「ねえ、良ければ明日、一緒に穴場でお弁当を食べない?」

「あ…はい…」


にっこり微笑まれて優しく誘われると頷いちゃうんだけど。たったの一歳違うだけなのにすごく落ち着いて見える。


「じゃあ、明日の昼休み、野菊ちゃんのクラスまで、迎えに行くよ。」

「わかりました。」


紅茶を飲むと、これまた温かくて香りが良くて、すごく美味しい。まるで香りを飲んでるような濃い香りがする。我が家で淹れているティーパックの色付きのお湯とは雲泥の差だ。


「美味しい?」

「はい。とても。香りが濃くって癒されます。」

「暑い時期になるとアイスティーなんかも美味しいよ。気に入ったならご贔屓にしてあげて。」

「はい。すっかり気に入ってしまったので、また来ると思います。」


お茶もケーキもすっごく美味しいのに、お値段も結構良心的だし。通学路に近くて通いやすい。周囲を見回すと私と同じセーラー服を着た女の子二人組がケーキをつついているのが見えた。楽しそうにお喋りに花を咲かせている。私と和泉先輩もあんな風に楽しそうに見えてたのかな。




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