“聖女”の過去
「私の名はエリーナ・アンディエル。この国の王ーーアブリー・アンディエルの娘です」
「王の娘……どうして、旅を?」
王の娘と聞いて、まず初めに思ったのはそれだった。
なぜ、エリーナは旅をしているのか。
その目的はなんなのか。
いろいろと聞かなくてはならない事があるかもしれないが、そんな事が頭に浮かび上がってくるのだ。
「それを話す為に、ここに来ました。聞いてくれますか?」
「……もちろんです」
簡単に聞いてはいけない事なのかもしれないが、ノブナガには旅をする仲間として知りたかったのだ。
エリーナがどうして、裕福な王城を出て旅をするのかを。
その想いを。
「私の父は、優しくて争いが嫌いな人でした。アンディエル帝国は昔から軍事国家だったのを、他国との友好関係を築く事で戦争をなくそうとしていました」
薄紅色の口から懐かしそうに話すエリーナ。
目も細くなり、思い出を楽しそうに語っていた。
しかし、次の瞬間にエリーナの声のトーンが落ちた。
「ですが、“王”の天紋を持つ者が現れ、王城に住むようになってから父はおかしくなりました。今まで友好的な関係を築き上げていたのに、他国と戦争するようになりました」
エリーナは語る。
優しかったはずの王は軍を使って戦争を仕掛け、争いを激しくした。
今まで希望者しか軍に入れなかったのを、国内すべての戦闘向けの天紋を強制入隊させる制度を作ったりしたそうだ。
それに猛反対するエリーナと王妃(“王妃”という上級紋を持った女性)だが、そんな事は知らんと勝手に広めてしまった。
王妃が王侯貴族に訴えるが、誰も耳を貸す事はなかったようだ。
エリーナの声などもってのほか。
「“王”の天紋を持っていない私の声なんて、誰も聞き入れてくれませんでした。その時ほど、自分の無力さを痛感した事はありません」
天紋こそがすべて。
それが天紋至上主義であるこの世界の当たり前である。
「そして、事件が起きたんです」
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ある日の朝。
エリーナは母の姿が見当たらない事に気がついた。
城にいる使用人に聞いても、知らないという。
城の中を探し回るが、見つける事ができなかった。
残るは謁見の間しか、探すところがない。
いざ、謁見の間に行ったエリーナ。
すると、そこから“王”の天紋を持つ次代王と付き人たちが出てくるのを見かけた。
謁見の間に父がいるのだろうか?とエリーナはソッと扉を開けて中を覗いた。
しかし、そこには父どころか誰もいなかった。
そのまま謁見の間に入り、母を探す。
しかし、母はいない。
もう一度城全体を探そうと思った瞬間、風が吹いている事に気がついた。
室内にも拘わらず、吹くのはおかしい。
そう思ったエリーナは、風が吹いている方へと歩み寄る。
風が吹いていた場所は玉座がある左側の壁だった。
近づいて見てみると隙間ができていて、そこから風が入って来ている事がわかった。
なんとなしに、壁に触れて押してみた。
するとーー
ギイィィィィ
その壁は回転し、奥に階段が現れたのだ。
隠し通路がある事は父や母に教えてもらっていたエリーナだったが、この階段については何も聞いていない。
エリーナは子供ながらに冒険心が湧き上がり、階段を下った。
随分と降りただろう。
暗くて永遠に続いているのではないかと思われた先には、大きな扉があった。
それを見たエリーナは何かわからない圧力を感じた。
ただ、本能が開けてはならないと言っている気がした。
だが、エリーナはその本能に従わず扉を開けてしまった。
扉の先は地獄だった。
謁見の間と同じぐらいの広さを埋め尽くすほどのーー屍の山。
地面や壁には変色した黒い血が飛び散っていて、所々に内臓が転がっている。
ムワッとする悪臭もあって、この場からすぐに立ち去りたいエリーナ。
部屋を出ようと踵を返した瞬間ーー
「え……エリ……ナ」
「ッ!?」
素早い動きで振り返ったエリーナ。
声のした方を向くと、そこには天井から吊るされた鎖に両手を吊り上げられている裸体の女性だった。
最初見た時は、もう死んでいると思っていたエリーナはまだ生きている事に驚いているようだ。
しかし、その驚きは序章に過ぎない。
その吊り上げられた女性の容姿を見ているうちに、ふと目に付いてしまった。
紅い血でほとんどが染まっているがその隙間から見えた、銀色を。
エリーナの母譲りの綺麗な銀髪と、同じ色を。
「お……お母、様」
「エ……リ……ナ」
「ッ!!」
吊り上げられている女性がお母様だとわかると、どうにか母を降ろそうとするエリーナ。
しかし、どうやって吊り上げられたのか。
鎖は吊り上げている部分しかなく、降ろそうにも降ろす事ができない。
「お母様っ、待っていてください!今、助けを呼んで来ますから!!」
「ダメよ!!」
自分1人じゃどうにもならないと思ったエリーナは、地上に戻って助けを求めに行こうとする。
しかし、それに待ったをかける王妃。
もう満身創痍のはずなのに、それでも全身の激痛を堪えて叫んだ。
「エリ……ナ……に……げな……さい」
「に、逃げるなんて!?」
「こ……こは……きけ……ん……なの。いま……す……ぐに……この……し……ろ……から……にげ……るの」
「え?」
その言葉で、エリーナは思い出した。
エリーナが謁見の間に入る前、次期王が出てきた事を。
この部屋の階段が隠された、謁見の間から。
「ッ!!」
「サン……スを……た……よりさ……い。……ち……から……に……な……てく……れる……はず……よ」
「で、ですがっ、お母様を見捨てるわけには!!」
「わた……し……は……もうだ……め。あ……なた……だけで……も……いき……て」
「そ、それでもっ」
「いいから行きなさい!!あなたがこの国を変えるのよ!!」
全身を痛めながらの、王妃の叫び。
それを成し遂げたのは、こんな目に合わせた次期王に仕返しをする為ではない。
王妃など関係ない、1人の母としての声。
ただ娘に生きて欲しいと願う、純粋な母の声だった。
エリーナの目には涙が浮かんでいた。
王妃を見捨てる事など、エリーナにはできない。
だが、母の想いを汲み取った今は自分が何をしなければならないのか、よくわかった。
「お母様!必ずっ、必ずです!!私がこの国を変えてみせます!!だからっ、見ていてください!!」
そう言って、踵を返して部屋を出るアリーナ。
もう目を開ける気力すらない王妃は、それを耳に入ってくる音で感じ取った。
「どうか……どう……か……おね……が……します。あ……のこ……が……しあ……わ……に……いきて……ーーーーーーーー」
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「それから私は、私が小さい頃から執事をしていたサンスの協力の下、隠し通路から城を抜け出す事ができました。しかし、私が抜け出す情報が漏れて、追っ手を食い止める為にサンスは……」
「……」
すべてを話し終わったエリーナは目端に涙を浮かべていた。
当時の事を思い出したのだろう。
いや、思い出さない方が変である。
「それで、エリーナさんはこの国を変える為に旅を?」
「はい、2年前から」
(2年前……俺が前世の記憶と“簒奪”に目覚めた時期と一緒だな)
自分の意思が目覚めた時と同じ時期だった事に、内心親近感を湧かせる。
と言っても、あまりいい傾向とは思えないが。
「私は“聖女”ですから。正直、自分1人では無理だと思っています。だから、一緒に国を変えてくれる人を探しているんです」
「なるほど、それもそうですね」
「それで、お願いがあります」
「なんですか?」
この話の流れからして、頼まれる内容は明白である。
しかし、何事も早とちりはよくないと思うノブナガさん。
「私と一緒に、国を変えてくださいませんか?」
「……またスケールの大きいお願いですね」
「……」
茶化した風に言うノブナガだが、無言のエリーナに迎撃された。
エリーナは至って真剣なのだ。
それを汲み取ったノブナガも、深呼吸1つして真剣な顔をして答える。
「保留にしてもいいですか?」
「……え?」
間を置いて言った、ノブナガさん。
間があって緊張した、エリーナさんは肩透かしを食らった声を上げる。
もし、ここに第三者が居れば思っただろう。
今の間はいらないだろ?
むしろ、その真剣な顔いらないだろ?と。
「スケールが大きくて、まだ俺の心の整理がつかないんです。今後、エリーナさんと旅をしていく中でちゃんと考えますんで……」
「わ、わかりました。今日のところは、ここまでにします」
「すいません。絶対に答えは出しますから」
それで、2人の話は終わった。
今後の予定を話し合って、自分の部屋に戻って行ったエリーナ。
1人になったノブナガは、ベットにダイブ。
エリーナの話を改めて振り返った。
(エリーナさん……10歳で旅に出てるなんて、大変だろうなぁ。お母さんの死ぬ寸前を見るなんて……)
エリーナが経験した出来事に、なんとも言えない気持ちになるノブナガ。
そんな気持ちになるんなら、ヘタレな事を言わずに了承すればいいと思うのだが……
(次期王の謎、かぁ。疑問はたくさん残るが、どうして地下で人を殺していたのだろうか?)
この国を軍事国家にするのを反対した者を始末したのか。
はたまた別の理由があるのか。
(やめよ……最近、考える事がありすぎて頭が疲れた……もう寝よう)
最後、投げありになりながら瞼を閉じるノブナガ。
明日こそは……平穏である事を願って。




