“調理師”の母と元奴隷の息子 その次章
ギギギという擬音が聞こえてきそうな動作で、振り向いたエリーナとアリンカが見たもの。
そこにはーー
ーー目を点にしたノブナガがいた。
「ターサさんの息子さんが……俺?」
ザンがゲロった台詞を完全に理解しているノブナガ。
ノブナガはライデンからターサが未亡人である事は聞いていたし、12年前に紋無しの子供が奴隷に連れ去られた事も知っている。
だから、ザンの言葉にしっくりとくるような納得感があった。
「あぁ。10年近く前に奴隷にされた子供って、俺のことだったのか。へぇー、確かに年齢的にも一致するなぁ」
「「え?」」
想像していたのと違う反応が返ってきて、エリーナとアリンカは目を点にした。
驚愕なんて言葉では生温いような事実を知ったというのに、ノブナガの反応はなんとも軽かった。
「あ、あの……それだけですか……?」
「それだけ、とは?」
「じ、自分を産んでくれた母親が目の前にいるのよ?」
「それが?」
「なんかあるでしょ?一生会えないかもしれなかったお母さんがすぐ近くにいるのよ?何かあるでしょう」
「何か、って言われてもなぁ」
エリーナとアリンカがそう言うが、やはりノブナガの反応はイマイチだ。
なんの念も抱いていないようにも思える。
いや、きっとそれが普通なのだろう。
「俺は物心つく前から奴隷だった。母親……ターサさんの事は何も覚えていないし、探そうとも考えた事もない」
前世の記憶が蘇ろうとも、赤ちゃんの時の事までは覚えていない。
母と認識するものがなかったノブナガにとって、例え現物があったとしても実感がないのだ。
母親に念を抱いた事が1回もなかったのだから、何かが湧いてくる事なんてない。
ノブナガは、そういう子供にとっての当たり前を、過酷な奴隷生活で失ってしまった。
「じゃあ、せめてターサさんには正体を明かしませんか?ターサさんは今でもノブナガさんが奴隷にされたトラウマが残っています。せめて、元気な姿だけでもーー」
「そうしてあげたいのは山々ですけど、俺がターサさんの息子である事は言わないでおきましょう」
「「え!?」」
「えー?なんでー?」
驚きの声を上げるエリーナとアリンカ。
ザンは不満そうにノブナガに問いかけていた。
「単純にパニックになるから。それと俺に問題があるから」
「ノブちゃんに問題?」
「そう。俺たちは国を敵に回している“奪還者”だ。せっかくターサさんも落ち着いてきたのに、また心労をかけるわけにはいかないだろ」
「そ、それは、そうですけど……」
「それに……自分の息子が化物だなんて、知りたくないでしょ」
自分を自虐するような、ノブナガらしからぬ笑みを浮かべて、そう言った。
「アンタ、なに言ってんの?アンタが化物なわけーー」
アリンカが怒りを露わにさせながら言うが、言い切る前にノブナガがステータスプレートをエリーナたちに見せつけた事によって阻まれた。
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ノブナガ 12歳
天紋:剣士・暗殺者・投術師・拳闘士・槍術士・斧術士・水術師・闇術師・錬成師・魔法剣士・魔導師・治癒師・魔弓士・魔闘士・魔術師・精霊術師・守護師・賢者・勇者・召喚師・蜚蠊 レベル:62
HP:65590/65590
MP:50625/60640
PP:34438/34438
PHY:66150
STR:57900
VIT:57260
INT:65510
MND:59100
AGL:63460
スキル:簒奪[+殺奪]・投擲術[+即擲][+連擲][+感応操作]・剣術[+二刀流][+身体強化][+武器強化][+振動両断]・歩法術[+立体移動][+無拍移動][+無法移動][+縮地移動]・短剣術[+二刀流]・気配探知[+特定探知]・格闘術[+身体強化][+振動粉砕]・錬成[+鉱物鑑定][+遠隔錬成][+錬金][+収束錬成]・水魔法[+遅延発動][+並列発動][+氷魔法][+省略詠唱]・闇魔法[+遅延発動][+並列発動][+省略詠唱]・隠形[+影狼]・遠目・属性付与[+武器強化][+遅延発動][+複数付与][+遠隔付与]・槍術[+武器強化][+身体強化]・斧術[+身体強化][+武器強化]・金剛・剛力・生成[+術式鑑定][+複数生成][+術式構築]・全属性魔法[+遅延発動][+並列発動][+省略詠唱]・回復魔法[+状態看破][+状態自己回復][+遠隔回復][+自己自動回復]・夜目・魔力探知[+特定探知]・風読・弓術[+連放][+放矢操作][+魔矢]・豪腕・空間魔法・盾術[+衝撃反射][+魔力反射][+冷熱反射]・毒呪耐性・重力魔法・豪脚・追跡[+標的固定]・先読・分身[+多重分身]・空踏・魔法構築・結界構築[+局所展開]・全武具術[+身体強化][+武器強化]・召喚魔法[+主従契約][+幻獣召喚]・魔力変換・高速魔力回復・限界突破・精神魔法・時刻魔法・高速自己回復・分解魔法・魔素再生・腐蝕[+腐蝕耐性][+腐纏]・気配遮断・風刃[+飛刃][+三叉刃]
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「天紋がこんなにあって、こんなステータスをしている奴が人間に見えるか?」
人間を遥かに超えた人外の力。
人が扱え切れるとは思えないほどの技の数。
これを見れば、誰もが人間というものを疑う。
「こんな化物が息子だなんて言われるの嫌でしょ?だから、言うわけーー」
ぱんっ
そこで乾いた音が鳴り響いた。
その音の発生源を目にして、ザンとアリンカが目を剥いた。
ザンたちの視線の先では、いつの間にかノブナガに近づいていたエリーナが右手を振り抜いていた状態で立っていた。
ノブナガは驚いたように目を剥き、右を向いた状態で固まっていた。
そう、エリーナがノブナガに平手打ちをしたのだ。
いつものエリーナでは、絶対にしない事にその場の時が止まったような静寂が流れる。
“聖女”であるエリーナの平手打ちは、ノブナガになんらダメージを与える事が出来ない。
それでも、痛く重たいものをノブナガは感じた。
「化物なんて言わないでください……」
俯いていたエリーナが顔を上げると、その目は潤っていた。
小さい肩も小刻みに震わせ、手をギュッと握っている。
「誰がなんと言おうと、ノブナガさんは化物なんかじゃありません……例えノブナガさんでもっ、私は許しません!!」
店内に木霊のように響き渡るエリーナの声。
エリーナの顔を見るノブナガが目を見開いて固まっている。
ノブナガが化物である事は周知の事実だと思っていたからだ。
ノブナガと対峙した者全員がノブナガを『化物』と評する。
だから、ノブナガも自分が化物であると認知していた。
認めた方が、楽だったから。
傷つかずに済むから。
だから、驚いている。
それを本気で怒って、否定しているエリーナに。
「あ、あの……すいません。2度と言いません……」
どこか唖然としたまま、ノブナガはコクリと謝った。
「あ」
そこで、我に帰るエリーナ。
自分がした事を振り返り、慌てふためく。
「すっ、すいません!大丈夫ですか!?」
「い、いえ。俺が悪いんだと思います。本当にすいませんでした。それと、ありがとうございました」
声を掛けてくるエリーナに申し訳ない声で返すノブナガ。
そして、なぜかお礼を言う。
「え?」
「なんて言うか、その。エリーナさんの言葉がズンと刺さったと言いますか……凄く救われた気がして」
胸の中に暖かいものを確かに感じながら、ノブナガは言葉を紡ぐ。
その顔は、年齢相応の少年の笑みを浮かべていた。
ノブナガが今まで見せてきたどの笑顔とも違う、ノブナガの笑顔。
それは信長なんて関係のない、今のノブナガが紡いで出来た笑みなのだろう。
「ぅぁ」
それを真正面で受けたエリーナは目を離す事が出来なかった。
心臓の鼓動がばくばくと速まっていくのを感じながらも、その笑顔に吸い寄せられるかのように晒す事が出来ない。
「だから、ありがとうございました」
「いい、いえ……」
ノブナガを叩いた時の気迫はどこへやら。
ノブナガが頭を下げた事でようやく目を離す事が出来たエリーナは、顔一杯に赤くして俯いてしまった。
その光景をニマニマと眺めるザンと居心地が悪そうに見てるアリンカ。
その視線にようやく気がついたノブナガは咳を一つ。
「こほんっ。俺の事はともかく、ターサさんにこれ以上の心労をかけるのは良くありません。ターサさんに自分の事を打ち明けるのは、時期を見計らってからにしましょう」
「そうですね。わかりました」
「オッケー」
「わかったわ」
「じゃ、この事は後でカレンにも言っておくよ。とりあえず、ターサさんが目覚めるまで交代で様子を見よう」
という事になり、ノブナガたちはレプランに泊まりでターサの様子を見る事にした。
時刻は少し周り、外はすっかりと日が沈んでしまった。
レプランの扉には『閉店』という看板が掛けられているにも関わらず、店内には明かりが灯っていた。
店内のテーブル席にはノブナガとザン、それにカレンがいた。
エリーナとアリンカにはターサの様子を見てもらっている。
ノブナガは1つのテーブルの上で、鉱石やらを取り出して黙々と作業していた。
その手は迷いなくテキパキと動いているが、ノブナガの目はどこか考え込んでいるような目をしていた。
そんなノブナガを少し離れたテーブルから眺めているザンとカレン。
ノブナガとターサが親子である事については、ノブナガから話したので知っているカレン。
ノブナガの事をターサに話すタイミングについてもちゃんと聞いたのだが、なぜかその時からずっと難しい顔になっている。
その視線がノブナガに向いている事から、それがノブナガに対する何かである事は見当がつく。
が、カレンはカレンでタイミングを見計らっているのか、難しい視線を送る一方で話しかけようとしない。
普段のノブナガであれば、そんなカレンの視線に気づいていただろうが、今のノブナガは心ここにあらずの状態であるが為にまったく気づいていない。
そんな時間をかれこれ数時間同じ空間で過ごしているザンは、どこかげっそりとした顔になっていた。
この気まずい空気、どうしてくれようか……
そんな心の声が聞こえてきそうである。
ただ、カレンがノブナガに何か言いたそうなのは確かなので、ザンは「仕方ないなぁ〜」とでも言うかのようなため息を吐き、行動に移った。
「んっー、わたし眠いから寝るねぇ。お休み〜」
「え、精霊って寝なくていいんじゃなかったっけ?」
「お休み〜」
急にザンがそんな事を言い出し、その声で我に帰ったノブナガが素早くツッコムが強引に押し倒してソファの上に横たわった。
ご丁寧に“ストレージ”から野宿用の掛け布団まで取り出して。
ノブナガがマジで何やってるんだ?とジト目でザンを射抜く。
が、掛け布団を被ったザンは知らんぷりでワザとらしい鼾をかき始めた。
そんなザンにため息を漏らすノブナガ。
「はぁ……カレンは寝なくて大丈夫なのか?」
「じ、自分はまだ大丈夫ッス」
「そうか。しばらくは騒動もないだろうから、今のうちに休むんだぞ?」
「わかったッス」
カレンがコクリと頷くのを見たノブナガは、また作業に戻る。
また静寂が訪れるかと思われたが、カレンが今度こそ勇気を出してノブナガに話しかけた。
「あのっ、1つ話してもいいッスか?」
「?1つと言わず話してもいいぞ。なんだ?」
カレンに自分の正面に座るように勧めながら、ノブナガは問いかけた。
ノブナガの正面に座ったカレンは、ちょっと遠慮したように言う。
「ターサさんにノブナガさんの事を言わない事、なんスけど」
「ああ。それは、ターサさんに追い打ちをかけるような事はしたくないからな」
「それ、単なる建前ッスよね?」
「ッ!?」
あっさり否定された事に……否、見抜かれていた事に、ノブナガは驚いたように視線を手元からカレンへと向けた。
「本当は、拒絶されるのが怖いんスよね?」
「はぁ……初めて会った時にも思ったけど、カレンって本当によく見てるよな。普段があんなに哀れだから忘れてたよ」
「あ、哀れってなんスか!?」
さらりと毒を吐いてきたノブナガに抗議の声を上げるカレン。
そんないつものカレンに頬を緩ませながら、ノブナガはあっさりと告げる。
「そうだ。俺は、怖いんだよ。拒絶されるのが」
「ノブナガさんが言ってた、化物云々の事ッスか?」
「それもある。まぁ、それが1番大きかったんだけど、今はなんていうか……根本的なところで拒絶されるのが、怖いんだよ」
「根本的なところ、ッスか?」
「自分に息子なんていない、とか言われそうでな」
手元でしていた作業を完全に止め、困ったような笑みを浮かべながら言う。
ターサは赤ん坊の頃のノブナガを知っているが、ノブナガはターサについて何も憶えていない。
ターサのノブナガの印象がわからないせいで、どういう反応が返ってくるのか想像ができない。
まったく想像できない事が、すごく怖い。
「……自分、パピィとマミィの事は尊敬してるんス」
「待って。カレンって、両親の事をパピィ、マミィって言ってるの?」
急にカレンが語り始める。
しかし、ノブナガはカレンの両親の呼び方が気になって仕方がない様子。
どうして、ギャグ漫画のチャイナ服ヒロインと同じなのか、ノブナガさんは非常に気になるご様子である。
「家出した時は、ぐちぐち言ってくるパピィマミィに嫌気がさして飛び出して来たッスけど……優しいパピィマミィなんス」
「ねぇ、なんでそのネタ知ってんの?ねぇ?」
「特にマミィは村を束ねる“炎龍”なんスよ?パピィは“炎竜”なんスけど、それでもとっても強いんス!」
「……」
カレンは喋るのに夢中なのか、ノブナガの声がまったく届いていない。
まるで、都合のいい時だけおじいさん並みの難聴になるギャルゲーの主人公のようだ。
「パピィは引くような贈り物をしてくるし、マミィは勉強はしたのかとうるさいんスけど……とっても、自分の事を想ってくれてるのは、わかるんス」
「……そっか。なら、早く魔族らをぶっ潰して、故郷の世界に帰らないとだな」
「はいッス!!」
ノブナガの手が優しい手つきでカレンの頭を撫でる。
気持ち良さそうに目を細めながら、元気いっぱいの返事をするカレン。
が、ハッという声を漏らし、忘れていた事を思い出したかのように目を見開いた。
「そ、それでその……自分の家族ッスけど、参考になったスか?」
「?参考?」
「はいッス。ノブナガさんとターサさんじゃないッスけど、他の親子がどういう感じなのかわかれば、少しぐらいはノブナガさんの怖いを取り除けるかと思ったんスけど」
想像できないなら、他から持って来ればいい。
すべてが一緒でなくても、想像の足しにはなるだろう。
それがカレンの気遣いだった。
ノブナガの心境を看破できたカレンだが、ノブナガが抱えているものをどうにかする言葉が出て来なかった。
自分がわからない心を、わかったように言われるのが1番腹が立つ事を知っているから。
それでも、ノブナガが抱えているものを少しでも解消できればと、その想いで。
その言葉には、ノブナガも驚きを隠せないでいた。
どこまでも哀れなカレンだが、こうして自分の重みを減らそうとしてくれた事に。
驚きの顔も一瞬の事で、次の瞬間には口端を釣り上げていた。
その笑みは、嬉しいような恥ずかしいような、明るい笑みだった。
「ありがとうな、カレン。俺は仲間に恵まれてるよ」
「お礼なんていいッスよ。仲間なんスから」
そんな事を笑顔で言い合う2人。
良い仲間を持った事に感謝しながら、ノブナガは途中だった作業に戻った。
その顔は、さっきまでのような考え込んでいるような目は一切なかった。
それを見て、ホッと安心したように小さく息を吐くカレン。
話したかった事が話せてスッキリしたのか、すぐにテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
そんなカレンに仕方がないなぁ、とでもいうかのように優しい目になりながら、“ストレージ”から出した掛け布団を掛けてあげた。
それから夜が明けても、ターサが目覚める事はなかった。
平穏な朝を迎えたノブナガたちはレプランの厨房を借りて朝食をとる事になったのだが……
「ノブナガくん。マズイ事になった。君の力を貸して欲しい。頼む」
朝早くに、警備騎士団団長ガルアークがやって来て、ご飯を口にしているノブナガたちにそう告げた。
ーーどうやら、事件はノブナガたちを休ませてはくれないようである。




