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奴隷からはじまる下克上冒険  作者: 明石 遼太郎
セインズ村編
22/123

セインズ村の未来 その3

 ベリンは山を走りながら降りて行く。

 病気を患っている身体にも関わらず、木の枝で引っ掻かれた切り傷すら気にする事なく降りて行く。

 そして、等々山の麓にたどり着くベリン。

 そこで索敵の風魔法を発動する。


「涼風・澄み渡る・探知ーー“エア・レーダー”!!」


 ベリンが放った微力な風が周囲の様子を教えてくれる。

 ガンタとナンナの位置は、山の頂上で見た時と位置が変わっていないようだ。

 ベリンは入り口から入るという思考が怒りで吹っ飛んでいて、村を囲むプレートに向かって魔法を放った。


「火炎の風よ・燃え盛る渦は・竜巻の業火ーー“フレイム・トルネード”!!」


 ベリンの研究成果である炎風属性魔法“フレイム・トルネード”。

 あのゴリラの魔物を屠った魔法である。

 炎の渦が、ノブナガが建築したプレートに放たれ爆発する。

 プレートの欠片と熱風が周囲に飛び散る。


 狭い村故に、ベリンが起こした爆発は村中に広がり注目された。

 まだ煙が上がっている中をベリンは進み、村に入る。

 そこに居たすべての村人と騎士、それに黒翼の少女も煙から現れたベリンに注目していた。


 ベリンが現れ、皆が目を剥いて驚いている中、黒い翼を広げて宙に浮いている少女だけがニヤリと口端を釣り上げて笑う。


 ベリンは周囲の視線を気にした様子はなく、黒翼の少女に歩み寄る。

 ベリンの表情はずっと皺を作った状態で、全身から怒気を溢れ出している。


「こんにちは。やっと現れてくれたわね」

「……ガンタとナンナを返してもらう」

「ごめんなさいね。それは無理よ。この2人はもちろん、あなたにも軍に入って貰うんだから」

「素直に返して貰おうなどと思っていない」


 ベリンは杖を構える。

 それに反応して、いつの間にかベリンを包囲していた騎士たちが各々の武器を構える。


「実力行使?わたしに勝てるの?」

「以前の私と一緒にするな」

「そう?でも、ごめんなさいね。今回の相手はわたしじゃなくて、彼にして貰う事になってるの」


 黒翼の少女は自身の下を指差す。

 そこにはガッツリとした鎧を纏い、右手に身体全体を隠せるほどの盾を持っている大男がいた。

 兜を被っていて顔はわからないが、体格からして男である事は間違いない。


「それじゃあ、後はお願いね。アルバー」


 少女がそう言うと、無言のまま頷いた鎧男ーーアルバーが一歩前に踏み出す。

 一言も発しないアルバーが盾を構えるのを見るベリンは詠唱を開始しようとする。

 しかし、そこに彼女たちがやって来た。


「ベリンっ!」

「お爺ちゃん!!」

「ッ!!」


 ベリンを包囲する騎士たちの外から、ベリンを呼びかける声が放たれる。

 ベリンは声だけで誰かを察知し、声のした方を振り返る。

 そこに居たのは、もちろんチヨとクレハだ。

 2人は去年と同じように家に籠っていたのだが、ベリンを見た村人がチヨたちの下にやって来て知らされたのだ。

 そして今、ここに駆けつけて来たのだ。


「お願いだよっ、ベリン!逃げておくれ!!」

「……危険だ。下がっていろ」

「お爺ちゃん!!」


 チヨの願いはベリンに届かなかった。

 クレハが呼びかけるが、ベリンはアルバーから目を逸らさなくなった。

 そして、ベリンは詠唱する。


「青炎・槍・一突き・放つ・燃えるーー“ブレイズ・ランス”!!」


 [+省略詠唱]で唱えた中級魔法。

 青い炎が槍に凝縮し、アルバーに放たれる。

 “ブレイズ・ランス”は鉄板すら容易く溶かして貫く魔法。

 魔法の防御なしにこれを止める事は出来ない。

 しかも、“賢者”の魔法である事から威力も相当なものである。


 そんな魔法を前に、アルバーは盾を前に構えらだけだった。

 対応を見誤ったのかと思われた瞬間、アルバーの全身が魔力の鎧に纏われた。

 スキル“金剛”である。


 “ブレイズ・ランス”が盾に直撃し、巨大な爆発が起きる。

 内臓が揺れる感覚に耐え、煙が晴れるのを待つ。

 そして、煙が晴れて現れたアルバーはーー


 ーー無傷だった。


「チッ。ならば、これならどうだ!」


 血が上っていたベリンは相手の異常性に気付く事が出来なかった。

 たとえ“金剛”を使ったとしても、“賢者”の魔法をそれ1つで受け止め切るなど余程MNDが高くなければ不可能だ。

 “賢者”のINTをスキル1つで無傷で防ぐ事ができる天紋……それはーー


「天上の炎よ・白く燃え上がり・激しく爆ぜろ・獅子の咆哮・万物は溶け・空間は燃え・すべてを焼き払えーー“ボルカニック・ストライク”!!」


 そんな事に気付かないベリンは、今ベリンが使える中で最も威力の高い上級魔法を発動させる。

 白い炎が奔流となって、アルバーを襲う。

 掠ってすらいないのに地面が溶け、空気すら焼く炎がアルバーに迫る。

 しかし、そんな炎を前にしても、ただ盾を前に構えているだけ。


「ーーーー」


 アルバーが何かを呟いたかと思うと、次の瞬間に“ボルカニック・ストライク”が衝突する。

 爆発も先ほどの比ではなく、火山が噴火したような爆発が起こる。


 だが、そこから出てきたアルバーは無傷だった。

 さすがに驚きで思考が停止するベリン。

 上級魔法を無傷でやり過ごされるとは、思えなかったようだ。

 そして、ようやく冷静になった頭で考えたベリンはアルバーの天紋を導き出した。


「……“守護師”、か」

「うふふふ。正解よ」


 ベリンの呟きに、黒翼の少女が上機嫌に笑う。

 “守護師”は唯一防御に特化した天紋。

 上級紋に属する“守護師”は自身の防御力はもちろんの事、周囲の人たちの盾となるスキルも持っている。

 そして、“守護師”しか持つ事ができないスキル“盾術”を突破する事は“剣聖”すらも困難を強いられる。


 そんな防御に特化した天紋の持ち主が、一発の破壊力を強みとする“賢者”の前にいる。


「“賢者”のあなたには厳しい相手よね?」

「はんっ。上等だ!!」


 たとえ相性が悪かろうと、ベリンは止まらなかった。

 上級魔法を使ってMPが大幅に減ったが、まだ残っている。

 ベリンが最も得意な属性が炎であっただけで、それ以外が使えないわけではない。


「絶対零度の氷よ・鋭く吹き荒れ・冷徹に沈め・白狼の雄叫び・生命は止まり・空間は凍てつく・すべてはゼロに還るーー“ヘルブリザード”!!」


 氷の上級魔法“ヘルブリザード”が発動される。

 肉体は疎か精神すら凍らせる冷気がアルバーに襲いかかる。

 その冷気はアルバーだけに留まらず、周りにいる騎士たちも巻き込んでいく。

 ベリンがどうにかコントロールし、村人の所にはいかないようにする。


「ーーーー」


 またアルバーがボソリと呟く。

 “ヘルブリザード”を受けながらも、やはり微動打にしないアルバー。

 しかし、冷気が晴れた後に残ったのは無傷のアルバーだけだった。

 ベリンを囲んでいた騎士たちはしっかりと“ヘルブリザード”の効果を受けているというのに、アルバーだけが何事もなかったかのように立っている。


「うふふふ。無駄よ。あなたがどんなに頑張っても、アルバーに傷をつける事はできないわ」

「やってみなければわからないではないか」

「無理よ。“守護師”には一瞬だけあらゆる攻撃を無効化するスキルがあるの。知らなかった?」

「ふんっ。一瞬だろ?なら……炎・劫火球・燃えろーー“フレイム・ボール”!10門!!」


 一瞬の効果に弱点を見出したベリン。

 炎の球を10個出現させると、着弾を1つ1つズレるように放つ。

 確かにそれならば無効化するスキルは突破できるだろうが……

 中級魔法ですら“金剛”だけで防がれたのに、初級魔法で突破するなど不可能である。

 そんな事にも気付かないほど、今のベリンは頭に血が上っているのだ。


 そして、その代償はすぐに訪れた。


 アルバーが前に構えている盾が魔力に包まれる。

 その盾にベリンの魔法がーーーー反射した。


「ッ!?」


 爆発するでもなく、球体の状態を保ったまま跳ね返ってくる“フレイム・ボール”。

 反射した炎球は次に命中するはずだった炎球と衝突し、爆発する。

 その爆発がさらに後ろに控えていた炎の球を爆発させ、それが連鎖していく。

 そして、ついに10個目の未だベリンの前にある炎球も爆発する。


「ッ!?」


 予想外の爆発に身動きができなかったベリンは、至近距離の爆風に襲われる。

 声にならない悲鳴を上げ、氷漬けになった騎士たちに衝突する。


「くっ」


 爆風も収まり、杖を支えに立ち上がろうとするベリン。

 しかしーー


「ゴホゴホッ……ゴホッ!!」


 立ち上がろうとしていたベリンは咳き込みながら倒れ込んでしまう。

 咳とともに吐き出てくるのは真っ赤な血。

 ダメージを受けたせいか、今までよりもたくさんの血が吐き出される。


 ダメージを受けたのだけが原因ではない。

 病気があるにも関わらず、ベリンは山を全力で駆け降り、全力で魔法を行使したのだ。

 もうベリンの身体は限界なのである。


(クソッ……ここまでなのか……)


 力の入らない四肢に内心悪態をつきながら、ベリンは自分の限界を思い知らされた。


「あら?もうおしまい?」


 未だに宙に浮いている黒翼の少女は吐血しているベリンを見下ろして挑発的に言う。

 四肢に力が入らないベリンにできた事は、ただ少女を睨みつける事だけだった。


「ベリン!!」

「お爺ちゃん!!」


 氷漬けにされた騎士たちの隙間を縫って、チヨとクレハがベリンに駆け寄る。

 ベリンの口から零れる血を目にし、驚愕する2人。

 どうにかベリンを連れて逃げようと試みるが、まともに動けない人を運ぶのに2人の女性では力不足。

 さらに、包囲していた騎士たちを避けて行かなくてはならない為に、移動する足取りはカタツムリのように遅い。


 それを見下ろす少女はつまらなそうにため息を吐く。


「はぁ……“賢者”って聞いて期待したのに……とんだ期待外れだわ。あれだけのダメージで終わっちゃうなんて……」


 黒い翼を広げる少女はゆっくりと移動しているチヨたちに左手を向ける。

 纏うオーラに反した美しい声で呪文を唱える。


「ーー“ダーク・ボム”」


 瞬間、チヨたちの背後に黒いピン球ほどの球体が出現する。

 魔法の才能がある者であればすぐにでも気が付くが、“薬剤師”と“作農師”であるチヨたちは気付くことができなかった。

 しかし、“賢者”であるベリンは違う。


 黒い球体が魔力を高め、爆ぜようとした瞬間ーーベリンは両側で肩を貸してくれているチヨたちを前に押し倒し、その上に覆い被さった。

 至近距離の爆発。

 爆発をもろに受け、服の背中の部分をぶち破って肌を抉った。

 耐えられない痛みに倒れ込むベリン。


「べ、ベリンっ!!」


 倒れ込んだベリンを必死に揺さぶるチヨ。

 クレハは目の前で酷い怪我を負った祖父を目にして、口を両手で押さえる。


「あら、まだ動けたのね」


 魔法を放った張本人はチヨたちを庇ったベリンを見て、不意を突かれたような声を漏らす。

 しかし、目的の“賢者”をどうにかしたのだから結果オーライと内心納得する少女。


「さて。“賢者”も終わったし、今度はあなたたちとそこ男女を処理しましょうか。いつまでもゴミを置いておけないからね」


 もう一度、チヨたちに左手を向ける少女。

 また闇の魔法を詠唱する。


「ーー“ブラック・バレット”」


 またもや黒い球体が出現する。

 しかし、出現した場所は黒翼の少女の左の手の平。

 その黒球をチヨたちに飛ばす。

 高速で放たれたそれに、非戦闘系の天紋であるチヨたちは反応すらできない。

 当然、その後に待っているのはーーーー死だ。


 瞬きをする暇すらなく迫り来る黒球。

 チヨたちが見る光景がスローモーションになる。

 過去の記憶が脳裏に過ぎるチヨたち。

 これが走馬灯か、などと思いながら、チヨたちは自分たちの死を受け入れた。


 が、スローモーションになった世界で黒球とチヨたちの間に割り込む者がいた。

 それはーーーー全身の痛みに耐え、気力だけで意識を保っているベリンだった。

 魔法も唱えられない身体で、黒翼の少女が放った“ブラック・バレット”をその身で受ける。


「かはっ!!」


 もう限界だったベリンの身体がさらに悲鳴を上げ、口から派手に血を吐き出す。

 だが、決して膝はつかない。

 気力だけ保っている意識の中で、ベリンは意地で立っている。


 ベリンはそこまでする理由。

 簡単な事だ。

 守りたい者を守る為に立っている。

 意地でもこの先に魔法は通さない。

 身体じゃなく、本能で突き動いている。

 なんて事のない願いの為に。


「ベリン……」

「はぁはぁはぁ…………下がっていろと……言っただろ……」

「お爺ちゃん……」


 全身はボロボロ。

 なれど、目には確かな熱を帯びている。

 ベリンの諦められない願いを諦めていない証拠である。


「仕方ないわね。それじゃあ、これが最後ね」


 倒れる様子のないベリンを見て、黒翼の少女は長い詠唱をする。

 それは闇の最上級魔法。


「ーー“デス・ダークネス”」


 少女の頭上に直径10メートルはくだらない黒い球体が出現する。

 “デス・ダークネス”は一切合切を消滅させる最上級魔法。

 かつてもベリンも使った事がある、殲滅魔法だ。


「じゃあね、“賢者”さん」


 少女の細い指が動かされると同時に、球体がベリンに向かって落下する。

 その迫力は強く、並の人間では足が竦んで動く事ができないだろう。


 だが、ベリンだけはその迫力に呑まれず、両手を広げている。

 その姿からは何としても守り切ってみせるという想いが伝わってくる。

 ベリンの後ろにいるチヨたちにもそれは伝わっている。


 だから、チヨたちはベリンの隣にやって来た。

 2人に両手を掴まれた時、2人の姿を見てベリンは目を剥いて驚く。


 チヨとクレハだって、ベリンと同じなのだ。

 死んで欲しくないと思うからこそ、ベリンの気持ちがよくわかる。

 その願いは叶わないけど、せめて一緒に死のう。

 それが、スローモーションの世界で願った、チヨたちの最後の願いだ。


 そしてついに、10メートルある巨球がベリンたちを呑み込むーー


 その1秒前に


 バコッーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!


 “デス・ダークネス”が爆発した。


「「「「「ッ!?」」」」」


 予想外の爆発に、その場にいた全員が驚愕する。

 ベリンたちに襲うはずの爆風はなぜかやって来ない。

 その理由を知ったのは、爆発が収まってからだった。

 爆発でまった砂埃が晴れ、そこから姿を現したのはーー


 右手に剣を持つ茶髪の少年。

 杖を持った水色の髪の少女。

 なぜか右手で顔を覆っている桃髪の少女。


「病気持ちのお爺ちゃんがカッコつけ過ぎですよ、ベリンさん」

「お前は……」


 剣を持つ少年はベリンの方を振り向くと、戦場には似合わない親しげな笑みを浮かべる。

 他の少女2人も、今のベリンたちの格好を見て一瞬ギョッとしたが、状況が想像できたのか優しい笑みを浮かべている。


「へぇ……最上級魔法を防ぐなんて。あなたたち何者?」

「俺たちが何者かって?なら、こう名乗ってやるよ」


 空で翼を広げている少女の問いに、少年は振り返って不敵な笑みを浮かべる。

 少年の後ろにいる桃髪の少女が水色の髪の少女にコソコソと何か言って、水色の髪の少女がアタフタとしているのが気になるが、少年は名乗った。


「俺たちはーー“奪還者”だ」


 剣を持つ少年ーーノブナガが宙に浮く少女に向かって剣先を向けて名乗った。


 その後ろでエリーナが杖を構え、ザンが右手で顔を覆っている香ばしいポーズをとっているのが、何よりの謎だったと、後にベリンたちは語った……

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