セインズ村の未来 その2
「ただいま〜」
「只今、戻りました」
「あ、お帰りなさい!」
「おぉ、帰って来たかい」
村長の家に帰って来たノブナガたち。
もうすっかり遅くなり、エリーナが洗い物をしていた。
チヨとクレハは机でお茶をしていた。
「随分と遅かったじゃないか?何かあったのかい?」
「えぇ、まぁ。少しありまして……」
帰りが遅かった事に、チヨが疑問に思う。
ベリンの病気の事やノブナガの前世の記憶の事で遅れたので、なんとも言いづらそうに言う。
それを深刻に受け取ったのか、チヨが心配そうに聞いてくる。
「……ベリンに何かあったのかい?」
「はい」
真っ先にベリンの名前が出て来た事に少し驚くノブナガだったが、間違っていないので肯定する事にした。
すると、ガタンッという音を立てて立ち上がるチヨ。
その顔はわかりやすく青ざめている。
「べ、ベリンは無事なのかい?」
「大丈夫です。治療もしましたし、しっかり息もしていました」
「そ、そうかい……」
ノブナガの言葉で安心したのか、溜まった息を吐き出して着席するチヨ。
その行動に、ノブナガたちが不思議そうに眺めている。
(そう言えば……)
ノブナガはふと何かを思い出したかのようにクレハを見る。
クレハの両親はいないと聞いている。
クレハの叔母であるチヨと一緒に暮らしていると。
もし亡くなったという事ではなく、文字通りのいないだとすれば。
そうだとすれば、ヤンが呟いていた通りなら、クレハの両親は3年前に国に連れて行かれた。
チヨ、そして孫のクレハ。
それに、ベリンとチヨの親しい関係。
(もしかして……)
ノブナガの頭の中に浮かんだ仮説に信憑性が増す。
「チヨさん。少しお話があります」
「なんだい?」
「その、クレハさんに聞かせたくない話でして……」
「私に、ですか?」
不思議そうに首を傾げるクレハ。
「はい。ですが、決して隠し事というわけではありません。辛い事を思い出ーー」
「クレハ、今日はもう寝な」
「お、おばあちゃん?」
ノブナガの言葉を遮り、チヨはクレハにそう言う。
さすがのクレハも、驚愕の視線をチヨに向ける。
ノブナガが何を話したいのか、だいたい察しがついたザンはクレハを連れて寝室の方へ行った。
急な空気の変化に戸惑っていたが、後ろ髪を引かれながらもその後にするクレハ。
その場には、ノブナガとエリーナ、チヨの3人だけが残った。
「これでいいかい?」
「すみません。結局、クレハさんを傷付けてしまう所でした。ありがとうございます」
「私もあんたの配慮に感謝するよ。それで、話ってのはなんだい?」
ノブナガも席に座り、エリーナが淹れてくれたお茶を受け取る。
そして、エリーナも席につき話を始めた。
「ベリンさんの事です。ベリンさんが病気な事、ご存知だったんですね?」
「まぁね。私とベリンは仲が悪いってわけじゃなかったからね」
「それでは、病気について何かご存知ないですか?」
「さぁね。何度も“治癒師”に回復魔法をかけて貰ったそうだけど、結局治らなかったと聞いているよ」
回復魔法は、要は回復力を加速させる魔法だ。
傷そのものを回復させる魔法をあるが、それが出来るのは“聖女”だけだ。
そんな回復魔法をかけても治らないという事は、ベリン本人の回復力に問題があるのかもしれない。
(“ヒーリング・リング”を渡したのは失敗だったな。治っても、また痛みを味わうだけだ)
腕輪に付与された“天回”が傷付いた内臓を治しても、病気の根源を断たなければ苦しみは続く。
死ぬ恐れはなくなったが、苦しみ続ける事には変わりない。
(せめて、病気が何なのかわかればいいんだが……)
「それが私に話したい事かい?」
「まぁ、それもあります。後は、クレハさんのご両親について、です。3年前の事は、聞きました」
「そうかい。聞いたか」
話はこれからと、ノブナガは話を切り出した。
チヨは下を向いて俯いた。
3年前の事を未だ知らないエリーナは、重くなった空気に首を傾げる。
「あの、何かあったんですか?3年前に」
「はい。実はーー」
知らないエリーナに、ノブナガが3年前に起きた事件を話す。
最初はノブナガと目を合わせて話を聞いていたエリーナ。
だが、その視線は次第に下がっていき、等々俯いてしまった。
「そんな、事があったんですね……」
「そうさね。3年前、クレハの両親ーー私の息子と義娘が連れて行かれた。それに……」
チヨの視線は自然と後ろの棚の方へ。
ノブナガたちもそっちを見ると、そこには指輪があった。
その指輪を目を細めて懐かしそうに見ている事から、その指輪がチヨの物だとわかる。
そこで、ノブナガの頭の中で立てられた仮説が正しかった事が証明される。
「やっぱり、ベリンさんとは夫婦だったんですね」
「ッ!!」
「え?」
最初からチヨとベリンの関係は気になっていた。
チヨから与えられたベリンの情報は細かく、ベリンはチヨと名前を出しただけで誰だがわかっていた。
そして、今日見た2人の指輪だ。
「ベリンさんも同じ物を持っていました」
「そうだったのかい……指輪を付けている所なんて見た事ないから、てっきり捨てたもんだと思っていたよ……」
チヨの目に涙が溜まっていく。
今にも泣きそうなのを必死に抑えているようだ。
「チヨさんはさっき、息子さんたちが連れて行かれたと言いましたけど……生きているんですか?」
「あぁ、生きているよ。いや、あれを生きていると言えるのだろうか……」
「……どういう事ですか?」
正直、チヨの顔は辛さでいっぱいだった。
思い出したくもない事を思い出しているのだから当たり前だ。
ノブナガもこれ以上聞く事をやめたいと思う。
しかし、ここは踏み込む所だと、ノブナガは聞いた。
「ベリンを助けた息子ーーガンタと義娘のナンナは騎士たちに連れて行かれたよ。あいつらにとって、“賢者”であるベリンは喉から手が出るほど欲しいらしい。だから、ガンタとナンナに利用価値を見出したのさ」
「……人質、ですか?」
「……そうさね。連れて行かれた1年後、また騎士の奴らが来た時にガンタとナンナも居たのさ。その時に見た姿だけでも……」
国にとって、“賢者”を取り入れれば強大な戦力になる。
ベリンを取り逃がした事が惜しいと思うのも当然だ。
そんなベリンを誘き出す餌が、そのガンタたち。
息子たちを餌にされたら、間違いなくベリンは現れるだろう。
だが、そこには誤算があった。
ベリンはガンタたちが死んだと思っている事だ。
山に籠っているベリンはガンタたちが生きている事を知る由もない。
よって、今までにベリンは姿を見せた事がない。
「去年も来たらしいんだが……私は見たくなくて、家に籠ってしまった……」
「……ベリンさんは息子さんたちが亡くなっていると思っています。伝えましょうか?」
「やめておくれ!」
急に大きい声を出され、ノブナガとエリーナは身を引いて驚く。
「ガンタたちが命懸けで助けたんだ……もしベリンまで連れて行かれたら、私は……」
「…………勝手な事を言って、すいません」
チヨの言葉がしみじみと伝わってくる。
ノブナガも想像してしまったのだ。
もしエリーナが国に連れて行かれたら、と。
胸の奥がギュッと締め付けられた。
痛いと感じてしまうほどに、ギュッと。
「決してベリンさんには言いません。約束します」
「……よろしく頼むよ」
それからノブナガは席を立ち、寝る事にした。
今日聞いた色々な事が、頭の中で巡り続ける。
最近重たい話ばかり聞いているせいか、ノブナガの頭の中はすでに容量オーバーだ。
(ダメだ、考えるな。中途半端な同情は、残酷しか生れない)
そんな事、奴隷だったノブナガには十分にわかっている事だ。
だが、ノブナガの頭の中で誰かが否定する。
誰なのかわからないけど、その気持ちがすごく大事なモノだったような、そんな気がするのだ。
結局、ノブナガはその正体を見つけられず夢の世界に旅立った。
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ノブナガたちがセインズ村にやって来て、7日目。
随分と村の仕事にも慣れて来たノブナガたちは、等々明日やってくる行商人から水や調味料を買い足すと、この村とはお別れである。
ノブナガはあれからベリンの家に通い続け、魔法について勉強した。
ベリンの本もあって、ノブナガは多重属性魔法が使えるようになった。
今はノブナガも術式を作ったりして楽しんでいる。
エリーナもザンも随分と村に馴染んでいるようで、村人たちからも懐かれたようだ。
それにエリーナの料理の腕も上がり、旅の楽しみが増えた事に喜ぶ、ノブナガとザン。
充実した日を過ごし、4日が経った今日がやって来たのだ。
朝から昼の仕事を終えたノブナガたちは、ベリンの家がある南の山を登っていた。
理由は、お世話(主にノブナガ)なったお礼とお別れを言いにである。
それにノブナガは、ベリンから借りた本も返さなくてはならない。
「あ〜あ、明日でこの村ともお別れか〜。この一週間、早かったよねぇ」
「そうですね。とても楽しかったです」
「俺もそう思います。この旅が終わった時に、また来ましょう」
「うん!」
「はい」
ノブナガたちは何が楽しかった、何が面白かったなどを話しながら山を進み、頂上に到着する。
ログハウスの扉をノックする。
ベリンがやって来る間に、ノブナガは“気配探知”と“魔力探知”を解除しようとする。
この山を登る際はずっと発動させている“気配探知”と“魔力探知”。
ここに通い詰めている間、野獣に襲われる事があったノブナガは常に発動させているのだ。
鍛錬にもなると思い、発動させ続けた。
その探知を切ろうとした瞬間ーー
「ッ!?」
突然、何かに突き動かされたかのように振り返るノブナガ。
ノブナガの背後に控えていたエリーナたちは、急にこちらを振り向かれてギョッとする。
しかし、ノブナガの視線はエリーナたちに向いていない。
ノブナガの目は、エリーナたちよりも遠くを見ている。
ギィィイ
「来たか。……どうした?」
扉が開き、そこからベリンが顔を覗かせてそう言うが、それにすら反応しないノブナガ。
さすがにおかしいと思ったエリーナとザン、それにベリンは、ノブナガが見る山の下ーーセインズ村がある方を向く。
「「「ッ!?」」」
セインズ村を見た瞬間、エリーナたちは目を剥く。
そこで目にしたのはーー
セインズ村に入っていく、銀色の奔流。
それ明らかに、銀色の鎧を着た騎士たちであった。
なぜ、騎士が?
そんな疑問が頭を過ぎったが、すぐに答えが浮かび上がった。
つまりーー戦闘系の天紋集めだ。
(くそっ。気付くのが遅れたっ。探知範囲外スレスレをずっと歩いていたんだ!!)
“気配探知”も“魔力探知”も術者を中心とした範囲で探知されるスキルだ。
術者が動けば当然、探知可能範囲も変わる。
ノブナガがこの山を登って村から離れるにつれて、逆に村に近づいていた騎士たちが引っかからなかったのだ。
この山は村をよく見渡せる。
騎士たちが村に入っていく所も、バッチリと見えている。
「ッ!!あいつはッ……!!」
ベリンは村の様子を愕然と見ていたが、1人の宙に浮いた少女を目にして言った。
ノブナガも自然とそこに視線を向ける。
そこには黒い翼を広げて飛んでいる黒ドレスの少女がいた。
その少女の纏うオーラはこの世の物とは思えない闇だった。
異質と言える、次元違いの存在がそこに居たのだ。
ノブナガがその少女に気を取られているうちに、ベリンは村の様子を見渡している。
さっきも言ったが、ここは村全体を見渡せる場所だ。
村全体が見える、良い景色の場所。
しかし、今回はそれが仇になってしまった。
「ッ!!………………ガンタ、ナンナ……」
「ッ!?」
見つけてしまったのだ。
騎士が跨る馬に引かれている檻の中に入れられた息子たちを。
ノブナガはそれに反応して、“遠目”でその場所を見る。
そこには別々の檻に入れられた男女。
2人共、全身が痣だらけで着ている服もボロボロ。
両手両足は鎖で繋げられ、目にハイライトはない。
どっからどう見ても、満身創痍の状態だ。
顔を顰めるノブナガ。
メガネの“遠目”で確認したのか、エリーナも両手で口を押さえている。
だが、ベリンはそんな程度ではなかった。
顔に皺がより、全身から怒気を溢れ出している。
ベリンは勢いよく扉を開ける。
扉にぶつかって倒れるノブナガに見向きもせず、家を飛び出して行った。
向かう方向はもちろん、セインズ村だ。
「ベリンさん!!」
追いかけて止めようとするノブナガ。
しかし、そこで待ったがかかる。
「ノブナガさんっ、ダメです!!」
「ッ!?どうしてですか!?」
「村の周りから異常なほど魔物が集まって来てます!放置すればっ、村が全滅してしまいます!!」
「ッ!?」
エリーナに腕を掴まれ、そう言われた事で初めてノブナガも気付いた。
この山からも、それに西の山、北の森からも魔物が集まって来ている。
あまりに異常な集まり方に目を剥くノブナガ。
「どうするの?正直言って、アレはヤバいよ」
「……あの黒翼の少女がですか?」
「アレは精霊だよ。なんで人間界にいるのかわからないけど、わたしと同等の力を持った精霊なのは間違いないよ」
「精霊……」
黒い翼を生やしているから人ではないと思っていたノブナガだった為、驚きはなかった。
逆に“賢者”のベリンが勝てなかった理由に納得する。
だが、今はそんな事どうでもいい。
(どうする?相手には精霊がいる。でも、村を見捨てるわけにはいかない。でも、危険を伴う。でも、ベリンさんたちにはお世話になった。でも、でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも)
ノブナガの頭の中で巡る思考。
容量オーバーしていた頭に限界が来て、もう考えが纏まらなくなってしまった。
でも、という言葉だけが頭の中をぐるぐると回っている。
ついに、ノブナガの視界が暗くなっていく。
まるで、暗闇に落ちていくような沈んでいく感覚。
「ノブナガさん」
完全に沈み込む前に、ノブナガの手に暖かい感覚が伝わってくる。
ハッと我に返ると、自分の手がエリーナさんに握られている事がわかったノブナガ。
自然とエリーナを見る。
「ノブナガさんが私の為に頑張って下さっている事はすごく嬉しいです。ですが、私はノブナガさんにそんな顔をさせてしまう事がすごく心苦しいです」
エリーナの手から温もりを感じる。
その温もりがノブナガの全身に溶け込むような、心が落ち着くような感覚がノブナガを包み込む。
「すべてノブナガさん1人で抱え込まないでください。もともと私が抱えるはずだったものです。だから、私にも抱えさせて下さい。ノブナガさんの抱えているものの半分くらい、私にも抱えさせて下さい」
「エリーナさん……」
「あの時、ノブナガさんが言ってくれた事を今度は私が言います」
ナルマ街のダンジョン前、ノブナガがエリーナに言った言葉。
「1人じゃできないなら、仲間を頼ってください。私もノブナガさんの目的の為に全力を注ぎます!!」
「わたしも入れば、抱えるものは3当分できるよ?わたしだって、ノブちゃんの望みを叶える。その為の精霊だよ」
「エリーナさん……ザン……」
ノブナガは自問する。
自分の望みはなんだ、と。
エリーナさんを望みを叶える事?
(それもある。だけど、今俺がしたい事は……)
思い出す。
セインズ村にやって来た初日に賑わった夕食を。
思い出す。
ユウベイとヤンと一緒にした狩猟を。
思い出す。
ベリンに教えてもらった魔法の講義を。
すべて大切な思い出。
これを簡単に捨てられるか?
答えはーー
(否だ!!)
なら、すべき事は1つだ。
「騎士たちと戦い、追い払います。2人共、手伝ってください」
「はい!」
「うん!」
ノブナガの言葉に、二言返事で返してくるエリーナとザン。
「まずは集まって来ている魔物を殲滅します。行きましょう!!」
「はい!!」
「りょ〜かい!!」
ノブナガたちは駆け出した。
もちろん場所はーーーー戦場だ。




