セインズ村の“賢者” その2
今、ノブナガたちは“賢者”ベリンが建てたログハウスにいる。
ベリンの早とちりで一時は戦闘になりかけたが、どうにか話を聞いて貰える事になり、ベリンの家にお邪魔しているのだ。
「紅茶だ。味は期待しないでくれ」
「ありがとうございます」
暖炉の側に置かれたソファにノブナガたちは腰を下ろし、前のテーブルに紅茶を置いてくれた。
ベリンもノブナガたちと向かい合うようにソファに座る。
「俺はノブナガと言います」
「私はエリーナです」
「ザンでーす」
とりあえず、自己紹介から始める事にしたノブナガ。
続きて、エリーナやザンも名乗る。
「エリーナ?」
「はい。どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
ベリンはなぜかエリーナの名前に反応するが、特に何もなかったのか、そう言った。
「私はベリンだ。それで、私になんの用だ?」
「まず、こちらを。夕食の持ってきました。よかったら、召し上がってください」
「すまん。私はもう夕食を済まーー」
「チヨさんに用意して貰いました」
「……頂こう」
チヨから預かった夕食。
それを済ませたはずなのに頂くベリン。
(やっぱり、ベリンさんとチヨさんは知り合い……いや、随分と仲のいい関係だったんだな)
ノブナガがチヨと言っただけで誰かわかった事や、なんの疑いもなく受け取った事からノブナガはベリンたちの関係を看破した。
それでも、今は探りを入れるつもりはない。
「昨日は村が襲われている所を助けて頂き、ありがとうございました」
「そんな事、気にするな。私が魔法を放つ前から、誰かが魔物の動きを止めてくれなければ被害は大きかっただろう」
「いえ、俺たちだけじゃ魔物を倒せませんでした。あの時、あなたが魔法を放ってくれたおかげで俺も助かったんです」
「……そうか。あれを食い止めていたのはお前たちだったか。しかし、わからんな。魔法を使えるお前たちなら、抑えるどころか倒せたはずだ。なぜ、倒さなかった?」
このログハウスに着いた途端に起きた戦闘?。
そこでノブナガとつザンは魔法を使った。
初級魔法の防御だけだったとしても、魔法を使える事はその時にバレている。
「……その事で、お話があります」
「…………聞こう」
「ノブナガさん。ここからは私が」
「わかりました。お願いします」
ノブナガはエリーナにバトンパスする。
エリーナ自身、自分から始めた事なので自分の口から説明したいという想いがあったのだ。
エリーナは深呼吸1つすると、話し始める。
「私たちは……かつてのアンディエル帝国を取り戻す、奪還者です。私たちは協力者を求め、旅をしています」
「……かつてのアンディエル帝国、と言うだが。それは、3年前のあの制度が作られる前の事か?」
「はい。今の王はおかしくなってしまいました」
「王がおかしくなってしまったとは、また随分の言い切るのだな」
エリーナのやけにハッキリとした物言いにベリンは確信があるのか、目を細めてエリーナに言った。
エリーナは懐に手を入れ、懐からステータスプレートを取り出すフリをして“ストレージ”から本物のステータスプレートを取り出した。
それをテーブルの上に滑らせて、ベリンの前に差し出す。
「私は……現王の娘、エリーナ・アンディエルです」
「……やはりか」
テーブルに置かれたステータスプレートを見て、ベリンはそう呟いた。
「!私のことを知っているんですか?」
「これでも、私は10年前まで軍にいたのでな」
「それじゃあ……」
「……君が生まれた時、私は王の側近だった」
「そうだったんですか」
ノブナガとザンはエリーナたちの会話をジッと見ている。
いや、ザンは暇そうに足をぶらぶらさせながら家の中を見回している。
そんなザンが隣に居ながらも、シリアスな話は続いていく。
「あの王が、戦争を進んでするなどあり得ん。君の言うように、王はおかしくなった」
「ではーー」
「だが、私はそれに協力できない」
王の行動に納得がいかないと言う、ベリン。
しかし、協力できないと言った。
「どうしてでしょうか?」
「……私には、守らなければならない者がある」
ベリンの重たい言葉が室内に響き渡る。
年老いた者の目には衰えたようには見えない、意思が宿っていた。
エリーナもノブナガも、その目を見て思う。
この人の意思は本物だ、と。
「わかりました。無茶な申し出をしてしまい、すいません」
「いや、謝るのはこちらだ。早とちりで攻撃してしまった事といい、力になる事ができなくて、すまない」
「いえ。では、私たちはここで失礼します」
エリーナはそう言って、立ち上がる。
ノブナガとザンも立ち上がり、家を出て行く。
しかし、ノブナガは家を出る瞬間に立ち止まって振り返った。
「すいません。俺たちの事なんですけど、出来れば誰にも言わないでくれませんか?国側に知られると厄介なものでして」
「わかった。断った身だ。口外しない事を約束しよう」
「ありがとうございます。それとなんですけど」
「まだ何かあるのか?」
「いえ、これは俺個人のお願いなんですけど。俺に魔法について教えてくれませんか?」
ノブナガは前置きをしてから言った。
「なぜだ?」
「俺、魔法は独学なんですけど。それだと限界がありまして……俺が魔法を使える事を知っているのは、仲間以外ですとベリンさんだけなんです。教えて頂けませんか?」
「……わかった。またここに来るといい」
「ありがとうございます。またチヨさんの夕食、持ってきます」
「…………楽しみにしている」
「はい。それでは、お邪魔しました」
ノブナガは最後に挨拶をし、家を出た。
(よし。とりあえず、また会う約束はした。初回はダメだったが、これから交流を深めてまた勧誘すればいい)
魔法の知識が欲しいという理由は確かにあったが、ノブナガの本当の目的はベリンと交流を深める事だった。
断られてしまったが、ノブナガは諦めていなかった。
協力はして貰えなくても、何かあった時に味方になってくれれば、ノブナガ的には十分だと思っている。
3人は夜になって暗くなった森の中をゆっくりと降りて行く。
「ねぇ、あの人の事は諦めちゃうの?」
「仕方ないですよ……それに、わかるんです。ベリンさんの気持ち、大切な者を守りたいって思う気持ちが」
エリーナがチラッとノブナガを見ながら言う。
「俺も、わかります。大事な者を危険には晒したくないという気持ちが」
(そう。だから俺は、ベリンさんを説得できない)
自分が思っていない事を相手の心に届かせるのは至難の技だ。
それがその人にとって重要な事であればあるほど、口先だけの想いを心に伝える事はできない。
だから、ノブナガは協力を諦めた。
夜の山道は危険なので、急いで村に戻ったノブナガたち。
村長の家に着くと、チヨに色々と心配されたが、無事にベリンさんと会えた事を伝えると驚いていた。
どうも、あの山は『迷いの山』として村で有名らしく、誰も頂上に着く事ができなかったとか。
それはベリンが張った結界が原因なのだが、ノブナガたちは知らないフリをする。
色々と聞かれれば、説明できないからだ。
こうして、“賢者”勧誘は失敗し、セインズ村2日目を終えたのだった。
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セインズ村、3日目。
ノブナガはユウベイとヤンと一緒に村の西側にある山にやって来た。
その理由は、狩猟である。
この山には魔物は出ないらしく、魔物と戦えない村人にとっては最高の狩り場らしい。
狩りに使う武器は弓矢のみ。
魔物を捌く時に使われるナイフ以外は装備していない。
一応山に入るので、ユウベイとヤンは丈夫な服と分厚い靴を履いている。
ノブナガは旅服を着ているだけだ。
狩猟が始まる前、ノブナガは弓を使った事がないので狩りができるのか不安だったのだが、ちゃっかり“魔弓士”の天紋を持っているノブナガさん。
遠くに見える兎や鳥を的確に射抜いていく。
調子に乗って、“弓術”の派生スキル[+放矢操作]を使い、あり得ない曲がり方をさせてしまった時は「しまった!?」と顔を若干青ざめたが、2人はノブナガの事を“もうなんでもあり”だと思っているのか、「すごーい」としか言わなかった。
その台詞が遠い目になって棒読みだったのは否めないが……
「だいぶ潜ったな。2人とも、ちょっと休憩しようぜ」
「はーい」
「わかりました」
ユウベイの言葉で、休憩する事になったノブナガたち。
手頃な岩を発見し、そこに腰を下ろして休憩する。
「ふぅ。結構、狩れたな」
「ノブナガさんがほとんど仕留めてるけどね」
「泊めてもらっている身ですから、熱が入ってしまって……」
「やっぱり、旅をすれば上手くなるもんなんですか?」
「旅をすれば上手くなる、というわけではない気がします。適性がなくても、経験で補う事はできますから」
「確かに、そうですね」
それから3人は他愛のない話に花を咲かせる。
その話をしながら、ノブナガはふと思った。
(なんで、こんな若い子たちで狩りをさせているんだ?)
ノブナガも含めて子供だが、ユウベイとヤンは15歳と子供である。
それに天紋は2人とも“錬成師”である。
非戦闘系、それも女の子に狩りをさせている村人たちの考えがわからなかった。
というかーー
(よく考えたら、この村ってーー)
「どうかしましたか?ノブナガさん」
「あ、いえ。少し考え事を……」
自分の世界に入り込み過ぎてしまい、ボーッとしてしまったノブナガ。
それに気がついたヤンが、声をかける。
せっかくだから、とノブナガは聞いてみる事にした。
「あの、この村って若い方が少ないと思うのですが、なぜなんでしょう?」
「え、ああ……」
「そうですね……」
疑問に思った事を聞いた、ノブナガ。
2人の反応は良くなく、少し俯いて暗い顔になる。
そう、セインズ村に若者が少ないと。
いや、正確には10代以上の少年少女が少な過ぎると。
10歳に満たない子供はたくさんいるが、逆にそれ以上の年齢の人が少な過ぎる。
「あ、すいません。聞いちゃいけない事でしたか」
「あ、いや。そうじゃないんだ。ちょっと、な」
また微妙な反応をする、ユウベイ。
それを見越したヤンが、ユウベイの代わりにノブナガに説明する。
「ノブナガさんは3年前に国が定めた制度を知っていますよね?」
「はい。戦闘系の天紋を持った者は強制的に軍に入れられる、っていう」
「そうです。すべては、それが原因です」
ヤンは語った。
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3年前までは、辺境ながらも幸せな日々を送っていたセインズ村。
しかし、ある制度が定められ、国中の戦闘系天紋が軍に入れられた。
今まで戦いなど無縁だった者も強制的に。
国から派遣された騎士が、村にやって来た。
村中を隈なく探り、10歳未満で戦闘系の天紋を持っている者は全員連れて行かれた。
ヤンやユウベイの友達、家族も。
抵抗すれば、その場で殺された。
その人だけじゃなく、見せしめに家族も。
それから1年毎に、国から派遣された騎士が来るようになった。
10歳になった戦闘系の天紋を持った子供を連れて行くようになった。
どこに隠れても、すぐに見つかり連れて行かれる。
もちろん、抵抗すれば殺される。
子供を連れて逃げようとした人がいたが、騎士に捕まって親の方は殺されて子供の方は連れて行かれた。
こうして、若者が少ない村が出来上がった。
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「……そんな事が、あったんですね」
すべてを話し終えたヤンは完全に俯いてしまった。
ノブナガも前向きな言葉が出てこない。
ただユウベイだけが、肩をブルブルと震わせている。
「あぁ、すべてはアイツらのせいだ。そのせいで、姉ちゃんが……」
「……そうよ。あんな制度が無きゃ、クレハは……」
「……」
その呟きで察したノブナガは、それ以上聞くことはなかった。
3人の空気が重くなる。
「今日はここまでにしましょう。帰る途中に出会う奴も含めれば、村の皆さんも喜ぶ量になりますよ」
「そうだな。よしっ、帰るか」
「そうね」
これ以上の狩りは無理だと悟ったノブナガ。
これでは、いつか致命的な失敗をしてしまいそうだった。
村に戻る間に出会った獲物を狩りながら進んで行く。
その間、3人共無言だったが連携は取れていたので問題なかった。
こうして、重い空気のまま狩猟を終えたのであった。




