セインズ村の“賢者” その1
「あんたたち、村を救ってくれてありがとうね」
「ノブナガって強いんだね!家を出て行った時はどうしようかと思ったよ」
外が静かになり、家から出てきたチヨ村長は村人の話を聞くとノブナガの所にお礼を言いに来た。
村中の人が襲われたのもあり、ケガをしている村人はたくさんいた。
何度もお礼を言ってくるチヨやクレハを落ち着かせ、ケガ人に“天回”のアーティファクトを付けて廻るのを手伝ってもらった。
さっき陰でこっそりと作った、即席で量産したアーティファクトをノブナガとエリーナ、ザン、それにチヨとクレハにも手伝ってもらい、ケガをした村人に付けていった。
魔物が侵入してきた場所だが、木製の砦が吹き飛ばされていた。
きっと、あのゴリラがぶっ飛ばしたのだろう。
これ以上侵入されないように、ノブナガが“錬成”で4メートルほどの壁を構築し、さらに[+錬金]でプレートする。
まだ無事な柵にも[+錬金]してプレートにしていく。
すべてが終わった時には、ノブナガのMPが半分ぐらいになってしまった。
ノブナガが村長の家に帰ると、そこにエリーナやザンがすでに帰っており、村人に配ったアーティファクトも回収したようだ。
村に来た時はまだ日が高かったはずが、もう太陽がオレンジ色に輝いている。
クレハがノブナガたちに夕食を振舞ってくれるようだ。
夕食を待っている間、特にやる事がないノブナガたちは山の頂上から炎魔法を放った男について聞いて見ることにした。
「チヨさん。村の南の方にある山の頂上に、人が住んでいるんですか?」
「あぁ、いるさね。それがどうしたんだい?」
「俺たちが大きな魔物と戦っている時に、魔法を放って助けてくれたんです」
「……あぁ。そうなのかい……」
ノブナガがそう言うと、チヨは少し遠い目をして言った。
そのチヨの反応に、ノブナガは目を細める。
チヨはどこか悲しそうな表情を見せながら、頰を緩めて懐かしそうに笑っている。
「助けて頂いたので、お礼に伺いたいと思っていまして……お名前や詳細をご存知でしたら、お聞きしたいのですが」
「そうさねぇ。名前は……ベリンじゃ。理由はよくわからんが山に住んでいるんじゃよ」
「そうなんですか……天紋はご存知ですか?」
「天紋はーーーー“賢者”じゃよ」
**********************
「“賢者”、ですか?」
「昨日の炎を放って来た人の事?」
「はい。名前はベリンさん。聞いた話によると、10年前にセインズ村にやって来て、それっきり山に家を作って暮らしているようです」
セインズ村に着いた翌朝。
ノブナガは昨日、夕食前にチヨから聞いた事を2人に話している。
村の仕事を手伝うと言う事で、ノブナガは昨日壊れた建物の修理に、エリーナとザンは農作の方に向かう事になった。
そこに向かうまでの道のりで、ノブナガたちは話していた。
「“賢者”……協力してくだされば、頼もしいですね」
「そうですね」
“賢者”は魔法の達人である上級紋。
全属性の魔法が使えるのは当然の事、その他に理を操る魔法が使えると言われている魔法使いの頂点のような天紋だ。
そんな天紋の持ち主を味方にできれば、味方として頼もしい者はいないだろう。
「でも、いつ会いに行くの?わたしたち、今から村の仕事を手伝いに行くんでしょ?」
「チヨさんが夕食を詰めてくれるそうです。それをお見上げに持って行ってくれ、と言われたので仕事が終わった後に行きましょう」
「りょーかーい」
「わかりました」
そこで分かれ道にたどり着き、ノブナガたちは分かれた。
ノブナガは村人が住む住宅が並ぶ場所にやって来る。
そこにはもう男女2人が魔物に壊された家の修理をしていた。
それを見て、慌てて駆け寄るノブナガ。
「遅れてすいません!俺も手伝います!!」
「あ、ノブナガさん!!」
ノブナガが駆け寄ると壁の修理をしていた青年が振り返って言った。
その青年は昨日村長の家に駆け込んで来た、ユウベイである。
そのユウベイの声に、屋根に登って修理していた女の子も振り返る。
「昨日は村を救って頂いて、ありがとうございました!!」
「い、いえ。お礼なんていりません。泊めてくださるのに知らんぷりは、できませんから」
「そ、それでもですよ!!」
そこに屋根から降りて来た女の子が言ってきた。
「私、昨日魔物に襲われている所をノブナガさんに助けて頂いたんです!ノブナガさんに助けて頂けなければ……私は魔物に潰されていました」
(潰され……ゴリラの時か。あれはベリンさんが居なきゃ危なかったしな……)
どうやら、ノブナガが“錬成”で助けた中に居たようだ。
ノブナガはゴリラを抑えるのに必死で全然わからなかったが……
「では、お礼の言葉受け取らせていただきます。でも、俺の方が年下なので敬語じゃなくていいですよ?」
「え?あー、そう?じゃあ、そうさせて貰うよ」
「ちょっ、ユウベイ!」
「いいじゃん。ヤンもそうさせて貰えよ?」
「できるわけないでしょ!?ノブナガさんは恩人なのよ!?」
女の子ーーヤンが気軽なユウベイを叱る。
正直、ノブナガの精神衛生上的にはそれぐらいであってほしかったりする。
「それより、作業を開始しましょう」
「いやいや、ノブナガは休んでいてくれよ。俺たちでなるから」
「泊めてもらっているんです。働かざる者、食うべからず、ですよ」
「?なんですか、それ?」
「あ。えっと、俺の故郷の言葉です。働かない者に食う飯はない、って意味です」
「へぇ、そんなのがあるんですね」
ノブナガのことわざにヤンが感心したように呟く。
「はい。まぁ、そういう事で……“錬成”」
ノブナガが家に手を付くと“錬成師”の必須スキルを発動させる。
穴が空いた壁と屋根が塞がり、新品のように家が修理された。
「こんなんで大丈夫でしょうか?」
「……」
「……」
ノブナガが振り返り、ユウベイとヤンに確認を取るが、2人共口をポカンッと開いてノブナガが直した家を見つめている。
固まっている2人を見て、ノブナガはギョッとする。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、すごいなぁと」
「私の知っている“錬成”と違う」
なんか、そんな事を呟いたユウベイとヤン。
それに、さらにギョッとするノブナガさん。
(あれ!?これ普通じゃないの!?)
そりゃそうだ。
だって、一般の“錬成師”は[+遠隔錬成]を覚えるレベルまでいかないもん。
とりあえず、これ以上ポカンとされる前にポンポンと住宅を修理していく。
結局、50件ぐらいの住宅をノブナガ1人で直してしまった。
「ノブナガさん、マジパナイっす」
「ノブナガさん、マジチートっす」
「ユウベイさん、ヤンさん、戻ってきてください!」
魂が口からポワンと出している2人をどうにかするのが1番時間がかかったと、のちにノブナガは語った。
**********************
初日の仕事を終えたノブナガたちはチヨから詰めた夕食を頂き、山に向かった。
入り口は村の西にあるので、ここはショートカットする事になった。
ノブナガが山の近くの砦に触れ、「“錬成”」した。
開けた穴から外に出、また“錬成”して塞いだ。
まだ夕方なので、山の中がそれなりに見える。
そこにノブナガたちは入っていく。
ノブナガが先頭に立って進んでいき、魔物の警戒はエリーナに任せた。
場所はわかっているので、整備された道を通らずに進んでいく。
昨日の事でいなくなったのか、魔物に襲われる事はなかった。
平穏な足取りで山の中を進んでいく。
30分進んでいくと、急に立ち止まるノブナガ。
そんなノブナガに、問いかけるエリーナ。
「どうしたんですか?ノブナガさん」
エリーナが問いかけるもノブナガはキョロキョロと周りを見渡すだけで、何も答えない。
エリーナとザンはお互いに顔を合わせて、首を傾げる。
そして等々、口を開いたノブナガ。
「やっぱり、そうだ」
「?なにが?」
「ここ、さっきも通りました」
「え?でも、ずっとまっすぐ進んでましたよ?」
エリーナの言う通り、目的地に向かって一直線に進んできたのだ。
同じ所に戻ってくるなんてあり得ない。
しかし、そのあり得ないを否定するノブナガ。
「いえ、あそこにある折れた木はさっきも見ました」
「違う木なんじゃないの?」
「その下に黄色い花が咲いていたので、間違いないと思います」
「た、たまたま同じ物があったんじゃないですか?」
「頭上に赤い果実があるのも、たまたまですか?」
「……」
「……」
さすがにそこまで来ると、信憑性を感じるエリーナとザン。
ノブナガがさっきしていたようにキョロキョロと周りを見渡す。
ノブナガは“魔力探知”を発動させた。
エリーナの“気配探知”のメガネに反応がないって事で“魔力探知”を発動させたのだ。
すると、この空間全体に魔力の反応が感じられた。
「ここ、なんか変ですね。魔力がここ全体に満ちています」
「え?どう言う事ですか?」
「つまりね、エリちゃん。魔力が空間全体に満ちているって事は、空間全体になんらかの魔法をかけているって事なの」
「そ、そんな魔法があるんですか?」
「普通はないよねぇ。けどーー」
「例外はあります」
空間全体に干渉できる魔法を使える天紋は、“賢者”しかいない。
つまり、これは山の頂上にいるベリンが仕掛けた魔法だという事だ。
ノブナガはまた周りを見渡す。
「あー、ダメですね。[+術式鑑定]じゃ、わからないです。多分、この魔法を管理している場所じゃないとわからないでしょうね」
「それじゃあ、どうするの?」
「ザン。ザンガルドに」
「はいはーい」
ノブナガはチヨから渡された夕食を“ストレージ”に仕舞い、ザンに呼びかける。
ザンは光の粒子となり、ノブナガの手に再構築される。
その手には銀色の聖剣が出現する。
ザンが聖剣になるっている間は通力を消費するらしい。
ザンの通力は随分とあるが、無限に聖剣になれるわけではないようだ。
ノブナガは握ったザンガルドに通力を流し込む。
ノブナガの通力を聖剣に溜め込み、聖剣を振るう。
風のように通力が巻き上がり、空間全体の魔力が吹き飛ばされる。
瞬間、空間が歪み、さっきまでの景色が一変した。
(へぇー、通力の操る力がついてきたじゃん)
(まぁ、それなりに練習しましたから)
ノブナガとエリーナは顔を合わせて頷き合い、また歩み始める。
ザンは人型に戻り、3人で歩む。
さっきのように同じ道を歩む事なく、10分で頂上にたどり着いた。
頂上には1件のログハウスが建っているだけだった。
“気配探知”が遮断されているのか、気配を掴むことはできなかったが、光が漏れ出しているので中に人がいるのは間違いない。
ギィィイ
ノブナガたちがログハウスの見える所までやって来ると、ログハウスの扉が開き中から人が出てくる。
年老いた白髭の男は、間違いなく昨日ノブナガたちを助けたベリンだ。
ただし、ベリンが纏う雰囲気は歓迎するにしては随分と緊張感がある。
「私の魔法を破壊したのはお前たちか?」
「あの変な魔法でしたら、俺たちです。俺たちはあなたにお礼と話をしに来ました」
「ふんっ、どうせ軍に戻れとかそんなだろ。私は絶対に軍には戻らんからな!!」
「?軍?」
なぜそこで軍という言葉が出て来たのかわからないノブナガ。
そんなノブナガなど無視し、ベリンは話を進める。
「私の結界を破壊した事は褒めてやる。だが!私を取り戻したければっ、実力でかかって来い!!」
「ち、違います!私たちは軍の人間ではありません!!」
「戯け!今のこの国に、私の魔法を破壊できる天紋を持っている者すべてが軍の所属ではないか!!私の息子だって……」
もう日は暮れ月明かりしかないが、その時確かにベリンは顔を歪ませた。
そんな顔に、ノブナガはなぜか引っかかった。
だが、ノブナガを置いて事態は動き続ける。
「もう言葉など不要だ!さぁ、行くぞ!!」
杖を持つ右手とは逆の左手を突き出し、ノブナガたちに向けてフィンガースナップ。
[+遅延発動]され、昨日見た炎の渦がノブナガたちを襲う。
ノブナガはエリーナたちの前に飛び出し詠唱する。
「清水・飛沫・防壁ーー“リキッド・ピラー”!!」
[+省略詠唱]で発動された“リキッド・ピラー”。
[+省略詠唱]は発動を大きく速める事ができるが、MP消費は通常の倍消費する。
しかし、ノブナガのMP量にかかれば、倍など造作もない。
ノブナガの目の前の地面から水が吹き出し、ベリンの炎の渦を押さえ込んだ。
それに少し驚いたような顔を見せるベリン。
「俺たちはあなたと戦う気はありません!攻撃をやめてください!!」
「うるさい!私は絶対に軍などに戻らんぞ!!」
「ですからっ、私たちは軍の人間ではーー」
「炎・劫火球・燃えろーー“フレイム・ボール”!10門!!」
エリーナの言葉に耳を貸さず、ベリンは魔法を発動させる。
宙に炎の玉が10個出現し、ノブナガたちに迫る。
「ノブちゃん。どうするの?」
ザンがノブナガに問いかける。
戦うのか、と。
(話をするのに戦うのは論外だ。戦わないで、ベリンさんを止める!)
「ザン!魔法で自分とエリーナさんを守ったください!!」
「え!?」
「お願いします!!」
「もぉ!わたし、魔法は苦手なのに!!……光・阻む・防壁ーー“ライト・シールド”!5門!!」
[+省略詠唱]で唱えた魔法を[+並列発動]させる、ザン。
ザンの前に5つの光の壁が出現する。
それを確認したノブナガは迫り来る10の劫火球と向き合う。
次の瞬間、ノブナガは地を蹴って走り出した。
炎玉に向かって。
「ッ!?」
自殺行為のように見えるノブナガの行動に、ベリンは目を剥いた。
しかし、その後ベリンはさらに目を剥く事になる。
「なっ、なに!?」
なんと、ノブナガはベリンの炎の玉を避けながら近づいて来ているのだ。
ノブナガの目の前に隙間なく放った“フレイム・ボール”を、前に進みながら。
これはノブナガのスキル“風読”という、風の動きを読むスキルを使ったからだ。
炎玉が風を切って迫るのを読み取り、軌道を完璧に読む事ができたノブナガは自身のAGLを使って危なげなく躱しているのだ。
もちろん、躱せば後ろにいるエリーナたちに“フレイム・ボール”が当たるが、ザンがしっかりと防御してくれているのでなんの心配もない。
そうして、すべての劫火球を躱したノブナガは一気にベリンに詰め寄り、“ストレージ”から右手に転移してきた短剣をベリンの喉元に突きつけた。
「お願いです。俺たちはあなたと戦う気はありません。どうか、俺たちの話を聞いてください。お願いします」
ノブナガは突きつけた短剣を収め、ベリンに頭を下げる。
そんなノブナガを戸惑った様子で見るベリン。
どういう事だともう2人の方を見ると、エリーナもノブナガと同じく頭を下げていた。
ベリンは数秒考えると、口を開いた。
「……どうやら、私の早とちりだったようだ。わかった。話を聞こう。中に入るといい」
「ありがとうございます」
こうして、どうなるのやらと思われた“賢者”との対話が叶った。




