元奴隷の戦い その1
「エリーナさん。今から俺はエリーさんに説教します」
ノブナガが振り向いて放った第一声。
それにエリーナはポカンと口を開いて、首を傾げる。
部隊の者たちも「え?」と言ったような顔をしている。
つまり、「え?お前助けに来たんじゃないの?説教しに来たの?」と戦場に相応しくない静寂の風が吹く。
「ノ、ノブナガさん?説教、ですか?」
「はい。説教です」
振り返って来たノブナガの目を見て、エリーナは思った。
「あ、これマジだ」と。
「はぁ……とりあえず、相手を片付けてくるんで正座して待っていてください」
「せ、正座?あ、あの、せめて回復魔法をかけさせてーー」
「正座」
「は、はい!」
ノブナガのガチトーンにエリーナは太ももに刺さった矢など知った事か!と正座した。
ちょっと血管が締まったので、これはこれで応急処置になった。
後は、[+自己自動回復]で治るだろう。
「さて」
正座するエリーナを見届けたノブナガは、ノブナガたちのやり取りをポカンと見ている軍人の方を向く。
人数を確認し、それぞれの武器も確認する。
(この場にいる奴全員が中級紋だろうな。となるとあの素手が“魔闘士”、奥の素手が“魔術師”。弓を持ってるのは“魔弓士”か。じゃあ、奥にいる2人は?)
視野を広くし、戦力を分析する。
ダンジョンの入り口から動いていないという事は、戦闘に参加できないのだろうと踏んだノブナガ。
そして、部隊の者たちに向かって言う。
「あんたらには悪いが、早く終わらせてもらうぞ」
「……君が何者かは知りませんが、いいんですか?君が庇っている少女は反逆者なんですよ?今、我々と戦えば君も反逆者の仲ーー」
「そんな事は知っている。知っていて、ここに立っている。返答はこれでいいだろう?」
「……あぁ、十分さ」
戦場に緊張感が帰ってくる。
引き締まった空気が流れ、時間を忘れてしまいそうになる。
緊張感が流れる中、最初に動き出したのは“魔闘士”だった。
“魔闘士”は身体強化をかけ、一気にノブナガとの間合いを詰める為に駆ける。
それを迎撃する為に拳を構えるノブナガ。
「光・散弾・撃ち抜けーー“フォトン・バレット”!!」
“魔術師”が[+省略詠唱]で魔法を発動させ、さらにノブナガの死角を狙うように“魔弓士”が誘導した矢が襲ってくる。
それに対してノブナガは、左手を光の散弾に向けてフィンガースナップ。
派生スキル[+遅延発動]で闇の障壁を展開する初級魔法“ダーク・シールド”を発動させる。
[+遅延発動]はあらかじめ詠唱しておいた魔法を決められた動作で発動するスキルだ。
待機中は魔法を使えないのが難点なのだが、ノブナガの場合は“闇魔法”と“水魔法”が使えるので、“闇魔法”を待機させて置いて“水魔法”を使う戦術を組んでいるのだ。
“フォトン・バレット”を“ダーク・シールド”で防ぐと、次は“金剛”を発動させる。
ノブナガのVITが急上昇し、ノブナガを貫くはずだった矢はカンッと鉄に当たったような甲高い音を立てて落下した。
ダメージを負うと思っていた“魔闘士”と“魔術師”と“魔弓士”は2つの攻撃が防がれた事に驚愕する。
しかし、止まる事は許されなかった“魔闘士”はそのままノブナガに襲いかかる。
「我が拳に宿れ雷。その手は煌めく稲妻の拳ーー“サンダー・ナックル”!!」
“魔闘士”が属性付与を発動させる。
振りかぶられた拳に雷が纏わり付き、ノブナガに殴りかかる。
それにノブナガは、“格闘術”の派生スキル[+身体強化]を発動させ、身体中に魔力を行き渡らせる。
顔を狙って放たれた稲妻の拳をしゃがんで躱し、逆に懐に入り込む。
そして、強化された拳を顔面に打ち込むノブナガ。
ただでさえステータスが高いのに、強化された拳などまともに受ければ痛いでは済まない。
“魔闘士”は吹き飛び、痛覚の限界を超えて気絶した。
その光景を驚いたように見ている残りの4人。
ノブナガはそこでようやく剣を抜く。
その際、“剣術”の派生スキル[+身体強化]を発動させる。
“剣術”と“格闘術”の[+身体強化]が乗され、通常ステータス2倍のところが4倍になった。
4倍になったノブナガのステータスに前衛の天紋を持っていない者が目で追えるわけがない。
ノブナガが“魔術師”に向かって駆ける。
“魔弓士”が瞬発的に矢を放つが、射抜いたのは残像。
“魔術師”も魔法を放とうとするが、[+省略詠唱]ですら間に合わない速度で接近されればどうしようもない。
腹に拳を入れられ、気絶する“魔術師”。
さらにノブナガは[+無拍移動]で“魔弓士”の懐に入り、“魔術師”と同じように腹を殴って気絶させる。
残りは後衛の女性2人となり、剣先を向けるノブナガ。
「降参しろ。見ての通り、俺は命を奪うつもりはない。あんたらが俺の邪魔しないでくれるなら、俺はあんたらを傷つけない事を約束する」
「……」
「……」
ノブナガは勧告する。
ここまで戦闘に参加しなかったという事は、彼女たちが戦闘できない天紋であると思ったからだ。
もちろん、襲われれば返り討ちに合わせるが、敵意を収めてくれるなら力を振るわないと考えているのだ。
「わかったわ。降参する」
「わ、私も降参します」
数秒考えた後、2人共降参してくれた。
杖や武器を預かり、仲間と纏めて拘束させてもらった。
ロープは部隊が持ち歩いている物を使い、一纏まりにしてそこら辺の木に繋げた。
後は、自力で逃げ出さないように天紋も奪う。
これで、“剣聖”率いる部隊は無力化した。
サッと振り返るノブナガ。
もちろん、向く方はエリーナの方である。
まだ正座しているエリーナに、ノブナガは無言で歩み寄る。
「エリーナさん。どうして俺が怒っているか、わかりますか?」
「い、いえ……」
ノブナガの問いに、本当にわからないと答えるエリーナ。
ノブナガはため息を吐き、エリーナに言う。
「エリーナさんは、我儘を言わなさ過ぎます」
「……へ?」
ノブナガの言葉の意味がわからない、と言った声を漏らすエリーナ。
我儘を言い過ぎて怒られるならまだしも、まさか言わな過ぎて怒られているとは思わなかったのだろう。
人生で我儘を言わない事で怒られた人の方が希少である。
「どうして、自分1人で解決しようとするんですか?自分1人じゃ解決できない事はわかっているのに?」
「そ、それは……私の都合で、ノブナガさんを危険に晒したくなくて……」
「……」
エリーナに説教しながらも、ノブナガはエリーナの気持ちがわかる。
他人に迷惑をかけたくないと、他人を傷つけなくないと。
だからこそ、ノブナガは言いたいのだ。
「それじゃあ、エリーナさんはエリーナさんのお母さんの想いを無駄にしたいんですか?」
「ッ!?そんな事言ってないです!!」
「でも!エリーナさんは無謀に出ました。勝てる可能性のない無謀に。しかも、死ぬとわかっていて」
エリーナは自分が死ぬとわかっていたからこそ、ノブナガに手紙を残した。
「エリーナさんはお母さんの生きて欲しいという想いを、今回無駄にしようとしました」
「で、でも……そうしなければ、この国が……お母様が愛した国がめちゃくちゃになってしまいます……」
エリーナは今にも泣き出しそうな顔になる。
エリーナは悩んでいたのだ。
“聖女”というか戦えない天紋で何ができるか?と。
肝心な時に何もできず、ただ後ろで戦いを見守る事しかできない天紋に何ができるか?と。
それでも何かできるのではと、ずっと考えていた。
この場に立てば、何か見つかるんじゃないかと。
しかし、それが見つかる事はなかった。
部隊の者には見つかり、ノブナガが助けに来なければ完全に死んでいた。
結局、自分は何もできないのだと、自覚させられただけだった。
それでも、この国を救いたくて、諦められなくて。
「……なら、頼ってください」
「!」
ノブナガは言った。
頼って欲しい、と。
「1人じゃできないなら、人に頼る。それって、人にとって当たり前の事だと思います」
「そ、それじゃあ……迷惑をかける事に……」
「俺は迷惑だなんて思いません。むしろ、嬉しいぐらいです」
奴隷だったノブナガにとって、自分という1人の人間として頼ってくれるのが、なによりも嬉しいのだ。
人として認めてもらえるのが、なにより。
「俺たちは旅をする仲間です。それに、自分の目的を見つけるまでエリーナさんの目的を手伝うって言ったじゃないですか?なら、俺はエリーナさんの目的の為に全力を注ぎます」
「ノブナガさん……」
「だから、言ってください。エリーナさんがしたい事を。俺にしてもらいたい事を」
エリーナは考える。
自分が何をしたいのかを。
自分が何を求め、何を手にしたいかを。
我儘は……目の前の少年が許してくれる。
(なら、吐き出そう)
自分の欲望すべてを、理想を。
何1つ残さず、すべてを求めよう。
「ノブナガさん。私はこの国が好きでした。他国に怯えられながらも、笑顔が絶えないこの国が大好きでした。だから……」
涙を拭い、ノブナガと目を合わせて言う。
「私は取り戻したいです。私とお母様、それにお父様が大好きだった国を。これは、その為の第一歩です。ノブナガさん、私の願いを聞いてください!」
「はい!」
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一方その頃、アンディエル帝国の“剣聖”ハルサーマンは1人ダンジョンの中を歩く。
ハルサーマンは50代ぐらいの髭を生やした男だ。
顔は老けたように皺が多いが、纏っているオーラは幾千の戦場を乗り越えてきた雰囲気をしている。
当初は“剣聖”が率いる部隊全員でダンジョンに潜る予定だったのだが、ダンジョンの前に着くなりーー
「ここから私1人で大丈夫だ。お前たちはダンジョンに誰も入らないように、ここで見張っていろ」
と言い、1人でダンジョンに入って行ったのだ。
実際、ダンジョンの魔物はハルサーマンの足元にも及ばず、歩く足を止める事なく屠っている。
ハルサーマンは時たま立ち止まり、手に持っているダンジョンの地図を見ながら進んで行く。
そして、等々ダンジョンの最深部にたどり着いた。
「あれか」
最深部は開けた部屋になっており、ドーム状の広場のようになっている。
そこで、ふと一点を見つめボソリと呟いた。
ステージのようになっている所に登り、そこにある古びた扉の前に立つ。
この扉は、このダンジョンを調べ尽くした時から存在し、誰も誰も開ける事ができないでいた。
しかし、違うダンジョンから見つかった古書に、この扉の事が書いてあり、扉の奥に聖剣が眠っている事がわかった。
その古書には、“剣聖”の天紋を持った者しか開ける事が出来ないと書いてあり、ハルサーマンは国の命令でここにやって来たのだ。
「聖剣など……私にはそんな物がなくても戦える」
そう思うハルサーマンだが、命じられてしまった以上やるしかない。
気分が乗らない想いを抱きながら、ハルサーマンは扉に触れる。
瞬間、古びた扉が光を放ち、ゆっくりと扉が開かれる。
逆光につい手で目元を翳す。
次第に光になれ、扉の向こう側に目を向ける。
そこは洞窟の中とは思えない空間が広がっていた。
王城の謁見の間ほどある広さが、すべてコンクリートでできていた白い世界。
1番奥に目を向けて見れば、階段で登った所に台座があり、そこに刺さっている古びた剣があった。
「あれが聖剣か」
聖剣に歩み寄り、台座の前に立つ。
ハルサーマンが開けた扉は、ハルサーマンが入った瞬間に閉まってしまい、部屋にはハルサーマン1人だ。
ハルサーマンは聖剣の柄に手をかけ、目を閉じる。
目をパッと開けると、一気に聖剣を引き抜いた。
聖剣はあっさりと抜けた。
「なんだ。こんな大それた所に飾っているから、何かあると思っていたんだが……とんだ拍子抜けだな」
ハルサーマンは抜いた聖剣をまじまじと眺めて、そう呟く。
聖剣にしては軽く、なにより錆びているようで切れ味が悪そうだ。
どう見ても、聖剣として相応しくない剣である。
聖剣っぽくない事に、眉を顰めるハルサーマン。
そこにーー
ガチャッ
「ようやく聖剣の場所に到着しましたね」
「い、いや。あんな反則技で進んでおいて、ようやくはどうかと思いますよ……?」
いきなり聖剣の部屋に入って来た者たちがいた。
扉を閉め、2人で楽しそう?に話している。
「何者だ!?どうやって、この部屋に入って来た!?」
そんな2人に、ハルサーマンは真っ当な疑問を口にする。
そもそも、この部屋は“剣聖”の天紋を持った者しか入る事ができない場所だ。
現にハルサーマンが入った後、扉は確かに閉まった。
「え?扉からに決まってるでしょ?」
そんなハルサーマンに、ノブナガは「こいつ、何聞いてんの?」と言いたげな顔で言った。
(いや、確かにそうなんだが!!)
ノブナガの返答に内心、苛立ちを覚える。
ハルサーマンが聞きたかったのは、そこではないのだ。
ハルサーマンはノブナガたちから目線に右にズラす。
そこにはーーハルサーマンが入って来た扉があった。
(なんで!扉が2つあるんだ!?)
ハルサーマンが聞きたかったのは、その扉はどうしたと聞いていたのだ。
まぁ、そんな事はノブナガもわかっていることである。
これはただの悪ふざけであり、挑発である。
「簡単な話だ。扉がなければ作ればいい、てな」
「いや、何を言ってるのかまったくわからない。てか、貴様は何者だ!?」
ノブナガはただ“錬成師”の必須スキル“錬成”で扉を作っただけなのだが……
まず、“錬成師”が剣を持っているという発想がないハルサーマンにとっては、十分意味不明な言葉だっただろう。
それもわかっていたノブナガは、話を続ける為に何者かを名乗る事にした。
(何者……そうだなぁ。……うん、これだな)
「俺たちが何者か。なら、名乗ろう。俺たちはーー」
ノブナガは名乗る。
エリーナが好きな国を取り戻す為の組織の名を。
かつての国を取り返す為に集う者たちの名を。
「ーー奪還者だ」




