まだ冒険には出れません その4
今日の1時頃と5時頃にも更新しているので、読まれているない方は前のページに戻ってください。 作者より
ノブナガは1人宿の部屋のベッドに寝転がっている。
エリーナが小刻みに震え、怯えている様子だったのでノブナガは1人で夕食を食べて現在に至る。
(この国の“剣聖”……てことは、エリーナさんの知り合いだよな。エリーナさんにとっては嫌な再会ってわけだ)
今日、喫茶店から“剣聖”を見た時の事を思い出す。
あのオーラは本当にヤバい。
普通の奴なら、威圧だけで殺されてしまいそうだ。
コンコンッ
「エリーナです」
扉がノックされ、向こうからエリーナの声が聞こえてくる。
ノブナガは扉を開け、エリーナを部屋に招き入れた。
エリーナの表情は少し暗い。
「大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫です」
ノブナガがそう聞くと、エリーナは少し力無いように答える。
「夕方の“剣聖”ハルサーマンについて……お話ししたくて」
「……聞かせてください」
「私が元々このナルマ街を目指していたのは、南東にあるダンジョンに用があったんです」
「ダンジョン……」
(そういえば、“剣聖”もそのダンジョンに用があるって話だったな)
ダンジョンと聞き、ノブナガは2日前に換金所の酒場で聞いた男たちの話を思い出した。
「そのダンジョンって、低級のダンジョンなんですよね?どうして、そんな所に“剣聖”が?」
「実はそのダンジョンには……聖剣が隠されているんです」
「?聖剣?」
いまいちピンと来ていないノブナガ。
聖剣は特殊な力を持った剣の事で、この世に同じ物がない唯一無二の剣である。
他にも魔剣という物があるが、それはまた別の時に話そう。
そんな聖剣が、南東の低級ダンジョンに眠っているのだ。
「その聖剣を取られれば、この国の軍事力はまた強くなります。もしそんな事になれば……他国を攻め始めるかもしれません」
聖剣を持った“剣聖”。
そんな者に勝てる者がいるとは思えない。
どうしても、それだけは阻止しなければならない。
「だから、私は聖剣を取られないようにやって来たんです」
「そう、だったんですか」
エリーナの事を知った、ノブナガ。
エリーナの今までを聞いた時にも思ったが、やはり強大な力に立ち向かっているんだ。
「なので、私は明日ダンジョンに行って阻止しようと思います」
「……エリーナさんじゃ止められません」
「大丈夫です。ハルサーマンは昔からの付き合いですから、話せばわかってくれると思います」
「…………本当にそう思っているんですか?」
「………………はい」
「……」
2人の間に、静寂が流れる。
「そういう事なんので、明日は1人で狩りに行ってください。すいません。それでは」
エリーナが口早に話を終わらせ、部屋を出て行った。
1人、木製の椅子に座りっぱなしのノブナガ。
「はぁ……」
ため息を零し、立ち上がってベッドに寝転がる。
不意に拳を振り上げて枕を殴った。
それから微動だにもせず、眠った。
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翌朝。
起床したノブナガは、寝間着から旅服に着替えて酒場で朝食を食べようと扉を開けた。
「?」
寝惚けながらも、扉を開けた床に何かが置いてある事に気がつくノブナガ。
そこには皮袋が置いてあり、その下に小さな紙があった。
拾い上げ、皮袋の中身を見てみる。
皮袋の中には銀貨や大銅貨といったお金が入っていた。
「?なにこれ?」
皮袋の中身の物に身に覚えがなく、次に紙の方を見てみた。
そこには、書き出しに「ノブナガさんへ」と書いてあり、最後に「エリーナより」とあったので、どうやらエリーナからの手紙のようだ。
昨日の事もあり、眉を顰めながら読むノブナガ。
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ノブナガさんへ
これを読まれている頃には、私はダンジョンに着いている事でしょう。私はそこでハルサーマンと話をします。ですが、ノブナガさんが言ったようにハルサーマンは私の言葉に耳を貸さないと思います。
おそらく、私はそこで死ぬでしょう。
なので、ノブナガさんに手紙を残す事にしました。
袋の方は見てくださいましたか?そこに借りたお金が入っています。会って間もない私にお金を貸していただき、ありがとうございました。
野盗に襲われた時だって、見ず知らずの私を助けてくださって、ありがとうございました。
ノブナガさんにはたくさんのご恩があります。
それを直接言う事ができなかった事を、今心苦しく思います。
短い間でしたが、本当にありがとうございました。
エリーナより
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「……」
エリーナからの手紙を読んだノブナガは無言だった。
ギュッと手紙を握り締め、部屋に戻る。
部屋に入り、手早く剣や短剣を武装して宿を飛び出した。
街中にも拘わらず、全力疾走。
向かう場所は、南東のダンジョンだ。
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エリーナはナルマ街の南東にあるダンジョンの入り口から離れた木の陰にいた。
“剣聖”が率いる部隊が進んで行く後ろを尾行していたので、魔物に襲われる事なくここまでやって来られた。
ダンジョンに着いた部隊は“剣聖”ハルサーマンだけがダンジョンに入って行き、他の者はダンジョンの前に待機している。
(どうしましょう……これでは、ダンジョンに入れません)
全員がダンジョンに入るものだと思っていたエリーナは、ハルサーマンを追う事ができず木の陰に隠れて動けない状態なのだ。
(入り口の前に待機しているのは5人。多分、全員中級紋でしょうから振り切るのは難しいです……)
エリーナはどうにか入る事ができないか考えるが、思いつかない。
(ノブナガさんが居てくれたら……)
ふと、そんな事を考えるエリーナ。
自分よりも年下で、頼りになる少年を思い出し、首に下げているネックレスを握り締める。
(ノブナガさん、手紙読んでくれたでしょうか……)
エリーナはノブナガに別れの手紙を置いて来た。
借りていたお金も返して、自分がやり残した事をした。
直接お礼を言えなかった事には心苦しいが、伝えないよりはマシだと思った。
それに、優しいノブナガの事だ。
エリーナが行く瞬間に居れば、自分も行くと言うに違いない。
(だから、これでよかったんです……)
「おい!そこにいる奴、出てこい!!」
「ッ!!」
エリーナが考え込んでいると、不意に声を掛けられた。
部隊の中にいる中級紋“魔術師”が索敵の魔法を使った事で、エリーナの存在がバレてしまったのだ。
「早く出てこい!さもないと、お前のいる場所に魔法を打ち込む事になるぞ!!」
“魔術師”から勧告を受ける、エリーナ。
バレてしまった以上、隠れていても仕方がないと思ったエリーナは木の陰から出る。
「お前、何者だ?」
「……旅人です」
「旅人にしちゃあ、魔法の杖を持ってんのはおかしいだろ?」
「……」
エリーナはどうにか逃れようとするが、自分が持つ杖が魔法の杖である事が見抜かれ、冷や汗を流す。
「私は……現王の娘、エリーナ・アンディエルです。武器を納めてください」
エリーナは自分の正体を明かした。
もちろん、こんな時にそう言われて「はい、そうですか」と信じる奴はいない。
「あぁん?そんなもん言われて信じるわけねぇだろ?」
「いや、彼女が言っている事は本当だ」
“魔闘士”の男がエリーナの言葉を否定したが、それをさらに否定した“魔術師”。
“魔闘士”はもちろんの事、他の“治癒師”と“魔導師”、“魔弓士”も驚いた顔をする。
「ちょっと!それ本当なの!?」
「あぁ。僕がまだ下っ端だった時、確かにエリーナという娘がいたのを覚えているよ」
「ゲッ!じゃあ、本物なの!?」
「そうだね。でもーー」
“魔術師”は声のトーンを下げて言った。
「その娘は、王に叛旗を翻して逃亡中。そう聞いているけどね?」
「ッ!!」
エリーナは目を剥き、その額には冷たい汗が流れる。
その反応を見た“魔術師”はニヤリと笑った。
「どうやら、本当みたいだね」
「つまりは、殺っちまっていいんだよなぁ?」
「そう言う事よねぇ」
部隊の5人は敵意を剥き出しにする。
エリーナは危機を感じ、1歩下がった。
その瞬間、“魔術師”が右手をエリーナに向けてフィンガースナップする。
直後、炎の玉が出現しエリーナに襲いかかる。
魔法の派生スキル[+遅延発動]だ。
エリーナは横に跳んで炎の玉を回避。
しかし、爆風に巻き込まれて吹き飛んでしまう。
「きゃ!」
何度も地面をバウンドし、ようやく止まったところで立ち上がる。
すると、“魔闘士”が起き上がってきた直後のエリーナに右ストレートを放つ。
咄嗟に杖でガードしたエリーナだったが、受け止めきれずにまた吹き飛ばされる。
HPが減るが、エリーナの派生スキル[+自己自動回復]が発動して少しずつ回復していく。
だが、部隊の者たちのラッシュは止まらない。
“魔弓士”が弦を引いて矢を放つ。
また横に跳んで回避を試みたエリーナ。
しかし、矢はエリーナの太ももに命中した。
(どうして!?確かに避けたはずなのに!?)
“魔弓士”と出会った事がないエリーナは知らないが、中級紋“魔弓士”は放った矢に見えない魔力の糸を繋げる事で、放った矢の軌道を操る事ができるスキルを持っているのだ。
「風・収束・毀つーーエア・バレット!!」
そこに“魔術師”が風を圧縮した不可視の玉を放つ。
無詠唱に近い発動速度は“魔術師”の派生スキル[+省略詠唱]が原因である。
足をやられたエリーナにこれを躱す事はできず、真っ正面から魔法を受ける。
「かはっ」
まともに受け、大きく吹き飛ばされるエリーナ。
立ち上がる事もできないエリーナにトドメを刺そうと、“魔術師”が詠唱する。
「青炎・槍・ 一突き・放つ・燃えるーーブレイズ・ランス!!」
“魔術師”が突き出した右手に槍状に凝縮された青い炎が出現し放たれる。
その一槍は一般の狂いなく、エリーナに迫る。
青炎が迫ってくる光景がスローモーションになるエリーナ。
エリーナの頭には今まで生きた13年間の記憶が走馬灯のように映し出される。
母のような人を、もう二度と起きないようにと思って旅に出た記憶。
絶体絶命のところにノブナガが助けてに来てくれた時の記憶。
ノブナガと一緒にご飯を食べた時の記憶。
ノブナガと一緒に街を廻った時の記憶。
(あぁ、私の旅もここまで……なんですね。最後に、ノブナガさんの顔を見たかったな)
スローモーションになった世界。
そして等々、エリーナに青炎の槍が直撃する。
ーーその一瞬前
バコーーーーーーーーーン!!!!
「くっ!な、なんだ!?」
“魔術師”が放った魔法が爆発した。
これに“魔術師”が驚愕の声を漏らす。
その場にいた全員が、爆発した場所を見ている。
爆発で舞い上がった砂埃が薄れていくと、エリーナの前に立ちはだかっている人影が見えた。
次第に砂埃が晴れ、人影の容姿がハッキリとする。
黒い髪。黒いコートを羽織っているような旅服。
背には剣を携え、手には銀色に輝く手甲を付けている。
そして、怒っているかのように部隊の5人を睨み付けている黒い双眸。
エリーナはその後ろ姿を見て、目を剥いた。
なぜ、ここにいるのかわからないから。
なぜ、自分の前に立っているのかわからないから。
なぜ、今このタイミングなのかわからないから。
エリーナのエメラルドグリーンの瞳に涙が滲む。
それでも、エリーナは自分の命の恩人の名を呼ぶ。
「ノブナガさん!」
「エリーナさん。今から俺はエリーナさんに説教します」




