紋無しの始まり
人は生まれた時から宿命が決まっている。
神が与えし紋ーー天紋によって、人が歩んでいく運命が決まる。
剣士、治癒師、魔法師、拳闘士などなど。
運命の強い者の中には、勇者や賢者もいる。
しかし、この世には天紋を持たずに生まれた物がある。
その者は、運命を持たない者ーー紋無しと言われるようになった。
運命を持たない者は運命を持った者の道具にされ、その人生の一生を終える。
それが、この世界のルール。
それが世間の普通なのだ。
「だから、お前たちは俺に一生従って生きるしかねぇんだ。この天紋を持つ!ランファン家のダニアンにな!あははははは!!」
小太りな奴隷の主人は、高笑いをしている。
小太りな男、ダニアンは目の前で建築に使う重い物を運んでいる奴隷たちを語りかけている。
だが、奴隷たちは誰一人としてダニアンの方を向かないし、聞いていない。
向いて手を止めれば、逆に鞭打ちされる事を知っているからだ。
なんとも理不尽な事だが、周りの人たちは誰一人として文句を言うことはない。
それほどまでに、紋有りと紋無しの溝は深いのだ。
だから、誰も言わない。言えないのだ。
「チッ。ちょっとは反応しやがれよ。これだから紋無しはよぉ」
反応すれば鞭打ちされ、反応しなければ罵声を浴びせられる。
「おい、三十五番。お前、こっち来いよ!」
「……」
番号で呼ばれた少年、ボサボサな黒髪が長々としていて表情が見えないが、作業を止めてトボトボとダニアンの下へと行く。
「相変わらず、気色悪い髪しやがって!こんなもんを俺に見せたんだ!俺に詫びろ!!」
罵倒を浴びせるなり、左手で髪を掴んで目を合わせる。
そして、握りしめた拳を振るって三十五番の頭を殴りつけた。
ダニアンの天紋は剣士。
その筋力は拳闘士ほどではないにしても、紋を持たない者にとっては相当なダメージを受ける。
「ッ!!」
現に、殴られた三十五番は簡単にHPを1まで削られ、地に伏せる。
「ふんっ。これだから、紋無しは。おい!今日はこれぐらいにしてやる!!さっさと檻に入れ!!」
そう言うと、さっさと踵を返して立ち去ってしまうダニアン。
そのせいで、ダニアンは気づくことはなかった。
地に伏せている三十五番の口端が、釣り上がっていたことを。
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二日が経ち、一ヶ月に一回のステータス検査がやってくる。
紋有りを奴隷にしていないかを検査するのだ。
前科のない紋有りを奴隷にするのは、法律によって厳重に禁止されている。
バレれば重い刑を定められ、自分が奴隷となってしまう。
そんな厳しい検査がある事で、紋有りを奴隷にするような商人はほとんどいない。
現に、ダニアンも紋有りを奴隷にした事はない。
自分が奴隷になるなんて真っ平御免と思うからだ。
そうして、国から派遣された騎士が奴隷一人一人に円状の岩板を差し出して手を乗せさせ、ステータスを確認されていく。
あの円状の岩板は、“フーネル盤”というステータスを表示するアーティファクトの省略板だ。
紋とレベルだけが表示されるようになっている。
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名前 年齢
天紋:○○ レベル:○○
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と表示される。
そして、三十五番の番がやってきた。
他の奴隷たちと同じように岩板の上に手を乗っける。
そこから光が立ち上がり、光が三十五番のステータスを表示する。
「「ッ!!」」
三十五番の表示されたステータスを目にし、騒めく騎士二人。
険しい顔になり、これから起こるであろう事をまったく予想していないような平気顔をしているダニアンに話しかけた。
「これはどういう事かな、ダニアン殿」
「は?どうもこうも紋無しですよ?」
「……これを見ても同じ事が言えるか?」
「はぁ?なにがーーッ!?」
差し出された三十五番のステータスを見て、目を見開いて驚愕するダニアン。
そのステータスはこうだ。
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三十五番 十二歳
天紋:剣士 レベル:1
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「て、て、天紋!?剣士!?」
ダニアンが声を上げて驚愕する。
その言葉を聞いて、三十五番と一緒に檻に入っている奴隷たちが騒めき始める。
何ヶ月も一緒にいたのだ。
今までの検査で、彼が紋有りだなんて出てきた事がないのだ。
どういう事かと、騒がしくなっても仕方がない。
「あ、あの……」
「ん?なんだね?」
控えめな声で、岩板を持つ騎士に話しかける三十五番。
「あ、あの人……本当は紋無しなんです……」
「な!なにを言っている、貴様!!」
突然見覚えのない事を言われ、泡を食ったように叫ぶダニアン。
逆にそれが怪しく感じたのか、騎士たちが眉を顰める。
「ダニアン殿。この板に手を乗せてくれないか。拒否は……できるとは思うまい」
すでに紋有りを奴隷にしている時点で重罪だ。
国に派遣された騎士の言葉に従わない選択肢はない。
「い、いいだろう。そいつが言っている事が嘘である事を証明してやる」
ダニアンの額に青筋を浮かべながらいう。
ヤケになったのだろう。
岩板に置く手の力が若干強かったのはそういう事なんだろう。
置かれた手の所から光が浮かび上がり、ステータスが表示される。
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ダニアン・ランファン 二十九歳
天紋:なし レベル:19
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「なっ!こ、これは間違えだ!!アーティファクトが壊れているんだ!!」
「はいはい。言い訳は牢獄でも聞いてやるから」
ダニアンがジタバタと暴れる所を一人の騎士が取り押さえ、連行されていく。
そして、もう一人の騎士が檻を開けて三十五番を檻の中から出してくれた。
「さあ、辛かっただろう。事情を聞きたいんだ。不自由な想いはさせない事を約束する。どうか、付いて来てくれないだろうか?」
紋有りなのに奴隷にされ、辛い想いをしたと思っている三十五番を気遣ってくれる騎士。
「は、はい」
三十五番もどう答えたらいいのかわからない、といったように言う。
しかし、しっかりと了承を得た騎士はホッとしたように頷く。
「そうか。じゃあ、付いて来てくれ」
「は、はい」
騎士は踵を返し、先に連行されたダニアンと騎士を追うように早歩きする。
そのせいで、気づく事が出来なかった。
後ろを付いて来ている三十五番が、ほくそ笑んでいた事を。
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三十五番が生まれたのは、今から十二年前の事だ。
生まれた時、身体のどこかに紋が出ていなければ奴隷となる。
それ故に、三十五番には名前がない。
紋無しは奴隷として一生を終える。
それが世界のルール。当たり前なのだ。
しかし、三十五番は違った。
紋無しでありながらスキル、しかも先天性スキルを持って生まれてきたのだ。
そのスキルは“簒奪”。
自分と同等以上の天紋を奪う事が出来るスキル。
使用条件は奪う対象にトータルで一分間触る事。
そして、“簒奪”する際は目を合わせなくてはならない事。
使用条件は厳しいが、使用できれば相手を地に落とす事だって可能なのだ。
自分がこんなスキルを持っている事に気がついたのは、三十五番が十歳の時。
それから、ずっとこのスキルを使うタイミングを見計らっていた。
そして、その機会が訪れたのだ。
自分の主人ダニアンの天紋を“簒奪”し、“剣士”の天紋を得る事ができた。
これで、自分は奴隷ではなくなったのだ。
そして、月に一度のステータス検査の日がやってきた。
そこで奪った天紋を表示させ、ダニアンを落とす事ができた。
三十五番の計画通り、三十五番は解放されたのだった。
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「さて、これで君は奴隷から解放される。これは、君を奴隷にしていた家から巻き上げた謝罪金だ。受け取りたまえ」
「ありがとうございます」
三十五番が檻から解放されてから、さらに二日が経った。
この二日間、ダニアンは何かの間違いである事を主張し続けたが、身体のどこを探しても天紋がなく三十五番にはあるのだ。
結局ダニアンは重罪をかけられ、しかも紋無しである事から奴隷の最下層の犯罪奴隷になった。
ダニアンの父親のランファン家の当主が、三十五番に謝罪金に金貨100枚を払ったそうだ。
騎士の言い方からして、国の方が強引に払わせたのだろう。
「もう君は解放されるが、その前に色々と説明しなければならない」
「はい」
「まず、君のこれからのことだ。どうするつもりかね?」
三十五番は生まれた時点で奴隷となった。
だから、両親の顔も知らないし出身がどこなのかもわからない。
奴隷という呪縛を解いたのはいいが、三十五番には何もないのだ。
「これと言った予定はありませんが、旅に出ようかと思っています」
「旅に。そうか。道中は気をつけてな」
「はい、ありがとうございます。ノッタさん」
ノッタさんは騎士の名前だ。
そのノッタは、なんだか嬉しそうな顔をしている。
三十五番はそれを不思議そうに見ている。
実はノッタは入籍していて、子供もいたりする。
その子供が三十五番と年齢が近く、自立する少年を見て自分の子供と重ねたのだ。
親心を全開にしているノッタである。
「それと、これを」
ノッタから金属のカードが差し出された。
金貨の入った皮袋を片手で抱えて、差し出されたカードを受け取る。
「ステータスプレート、ですか?」
「そうだ。紋有りの者なら、四歳の時に貰える。君も持っておきたまえ」
ノッタから受け取ったのは、新規のステータスプレートだった。
ステータスプレートは奴隷を検査した時のような“フーネル盤”の省略板とは違い、“フーネル盤”と同じように登録した者の名前、年齢、天紋、レベル。
それにステータスも表示してくれる、持ち運び可能なアーティファクトだ。
まだ新規な為、何も載っていない。
「名前を唱えれば、自動で魔力を読み取ってくれる。あ、そうか、名前がないんだったな」
三十五番は生まれた時から奴隷だったので名前がない。
奴隷は番号で区別されるのが普通なので、主人にも番号で呼ばれていた。
「名前……ですか」
「ん?その反応は、もう決まっているのか?」
「まぁ、はい」
決まっているのか、というノッタの問いに三十五番は微妙な反応をする。
なんせ、今から言う名前は自分で決めたものではない。
深い記憶の中で、呼ばれていた名前なのだから。
「ノブナガ」
三十五番ーーノブナガがステータスプレートにそう名乗ると、ステータスプレートが自動でノブナガの魔力を分析してステータスを表示する。
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ノブナガ 12歳
天紋:剣士 レベル:1
HP:100/100
MP:30/30
PHY:150
STR:90
VIT:90
INT:60
MND:60
AGL:90
スキル:簒奪
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天紋が剣士の癖に剣術がないのが変だが、奴隷だったのだから仕方がない。
これから身に付ければいい。
「行けるか?」
「はい。レベルはこれからですが、どうにかなるでしょう」
ノブナガがそう言うと、またノッタが嬉しそうな顔をしてノブナガが不思議そうに見ていた。
「それでは、自分は行きます。お世話になりました」
「おう、気をつけてな」
最後の別れをし、ノブナガは騎士の詰所を出た。
外に出たのは久しぶりだ。
服も奴隷の時と違うからか、心なしかノブナガの表情が晴れ晴れとしていた。
詰所から街道までを独り言もなしに淡々と歩くノブナガ。
一人街道まで辿り着いた。
「はぁ……」
そこでようやく口を開いたかと思うと、口から出たのは声ではなくため息だった。
「あー、疲れた……奴隷人生もそうだけど、詰所の事情聴取も気を引き締めすぎて疲れた……」
急に雰囲気を変えたノブナガさん。
ピンとしていた身体から力が抜け、猫背になりながら進んでいく。
この世に“簒奪”のスキルを持って生まれは少年、ノブナガ。
その正体はーー
地球の日本という国で生きた羽倉信長の前世を持つーー転生者だ。
量が少なくてすいません。
作者です。
知らない方のようが多いと思いますが、自分はこれの他にもう一つ小説を出しているのですが、そっちがまだ終わっていないのに書いてしまいました……
仕方ないんです。
インスピレーションが抑えられなかった。
なので、こっちの方はちょっと少な目にしていこうと考えています。
ちょくちょく投稿します。
どうぞ、よろしくお願いします。