平穏な日
■平穏な朝
朝が来た。
あの日、長老の手術の日から、6日ほど立った。
幸い、長老の体は回復してくれている。
昨日様子を見に行った時は、普通の餌が食べれるくらい回復していて、
「量がすくない、味が薄い」
などと文句が言えるほどだった。
うん、良かった、良い方向に向かっている。
クロ
「おっ、今日は起きているのか」
「クロ、おはよう、ちょっと長老の事を考えていたんだ」
クロ
「まあ、あの様子だと、ひとまずは、大丈夫だろう」
「それより、長老の今後の事なんだけど……」
クロ
「また、家で引き取るとか言う気じゃないだろうな」
「ギクッ」
クロ
「図星か」
「クロは嫌?」
クロ
「まあ、構わんよ、主がそれでいいならな」
「やったぁ」
クロ
「それより親父さんの説得が必要だろ」
「そうなんだよね、そこが問題なんだろうね」
クロ
「まあ、頑張れよ」
「うん、頑張る」
手早く朝食と身支度を済ませて、大学へと向かおう。
お隣の庭は…… 平和だ、平和そのもの、楽園そのものだった。
色々と、本当に色々と、苦労をした甲斐があったな。
■平穏なランチ
いつもの様に、真理子さんとのランチだ、
いつもの様に、ランチが終わるかと思っていたら、飛び入りゲストが来た。
???
「旦那、昼飯ですかい?」
声を掛けてきたのは、カラスのカー太郎と、カー次郎だ。
そばに降りてくる、彼らもランチタイムなのだろう。
真理子
「危ない」
「あ、大丈夫だよ彼らなら、餌やったらなつかれちゃって」
真理子
「本当? 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、サンドイッチの残りだけど食べるかな?」
カー太郎
「ごちそうになりやす」
「味はどう」
カー次郎
「人間用だと、しょっぱいです」
味はあまりお気に召さないらしい。
でも、カラスは怖くない、という事を真理子さんにアピールしなくては。
「ほらね、平気でしょ」
真理子
「そ、そう、私はちょっと怖いわ」
「とりあえず、ブルと同じおやつも食べてみるかい?」
カー太郎
「犬の餌なんて食えませんぜ」
ブル
「俺の餌を食うなよ」
カー太郎
「犬は黙ってろ」
ブル
「なんだと」
「揉めないで、餌なら沢山あるから」
カー太郎
「旦那が言うなら、しょうがねぇ、ここは一端、身を引きます」
カー次郎
「ところで、犬の餌ってどんな感じです」
「これだけど」
と言って犬用のビーフジャーキーを差し出す
カー次郎
「どれどれ……、(一口食べる)うんまぁい~」
カー太郎
「俺にも、うまぁ、これはうまいわ」
「気に入ったようで何よりです」
カー太郎
「犬もいつも、こんな贅沢してるのか」
ブル
「お前ら普段はどんなモンくってんだよ」
カー太郎
「まあ、腐りかけで酸っぱくなった、人間の残飯かな」
カー次郎
「あと、カビが生えた、人間の残飯とかだな」
ブル
「……お前ら大変だな」
カー次郎
「腹壊して、死にかけることもあるぜ」
カー太郎
「犬は気楽だろ? 餌と住居に関しては、人間に面倒をして貰えるんだから」
「いや、そうでも無いよ、例えばトイレが一日1回とかに制限が掛るよ」
ブル
「この間は2日我慢させられたわ」
カー次郎
「クソも自由にできないのか」
「クソだけでなくて、小便も禁止だよ」
カー太郎
「マジか、犬も大変なんだな」
カラス達と、ブルが少しだけ、わかり合った気がする、
本当に少しだけだけど。
真理子
「森川くん、何をやっているのかしら?」
真理子さんには、このカラスと犬のやり取りは、奇妙な光景に写ったらしい。
ここは僕が、この僕が、なんの違和感もなく真理子さんを、説得して見せよう。
「大丈夫です、よくある世間話ですから」
真理子
「あら、そうなの?」
ちょっと納得いかない様だが、説得は出来たと思う。
説得できてないかな、納得していないかも?
まあ、そこは、うん、まあ、大丈夫だ、たぶん。
■葉矢水に聞いておこう
つまらない必須授業で、いつものごとく、葉矢水と会う
「久しぶり」
葉矢水
「おう、ところでバイトの方はどうよ?」
「なんとかなってるけど、結構きつい」
葉矢水
「そうだな、でも慣れだよ慣れ、そのうち楽になるさ」
「ところで、葉矢水は、前に犬飼ってなかった?」
葉矢水
「飼ってたけど、それがどうした?」
「いや、今度飼う事に、なるかもしれなくてね」
葉矢水
「お前が、飼いたいだけだろ?」
「ばれたか、まあそうなんだけど」
葉矢水
「うーんそうだな、飼い方については、いくつかサイトを教えてやるよ
あと気にすることは、時間のあるときでいいから、出来るだけ構ってやる事かな」
「そうか、がんばって出来るだけ構ってやらなきゃ」
葉矢水
「いや、お前に関しては、その心配はいらなそうだけど」
「どうして?」
葉矢水
「時間の許す限り、構うだろ」
「そうだけど?」
葉矢水
「それで十分だ」
「それだけで十分なの?」
葉矢水
「むしろ構い過ぎないか心配だよ、犬が嫌がり始めたら辞めろよ」
「分ってますって」
葉矢水
「本当に分ってるのかな……
おっ、教授がきたぞ」
そして授業が開始され終了する。
葉矢水
「じゃあ、後で犬に関するサイトのアドレスを、メールで送るわ」
「ありがと、見てみるよ」
葉矢水
「それより親父さんの説得が必要だろ」
「そうなんだよね」
葉矢水
「まあ、頑張れよ」
「じゃあまたね」
お父さんを、説得できるかな?
まあ、考えても仕方ないか。
さてと、バイト先へ向かいますか。
■噂のおばさん
店に入ると、店長とおばさんが仲よさそうに話している。
誰だろう、知り合いかな?
僕の事に気がついた店長が手招きをしてきた、なんだろう?
店長
「お、森川くん、こちら紹介していなかったよね?」
「はい、どちら様でしょうか?」
店長がおばさんを手のひらで示しながら
「こちらは、オーナーの田所さん、
そしてこちらは、今度、新しく入った森川くんです」
田所さん
「よろしくね、森川くん」
店長
「今までギックリ腰で入院してたけど、回復してきたから、
これからは色々と手助けをして頂けるよ」
「あっ、餌をくれるおばさんですね」
店長・田所さん
「???」
「あっ、失礼しました、猫に餌をあげている方ですよね?」
田所さん
「そうですけど」
「猫から聞いてます」
田所さん
「猫から?」
「あっ、いえ、うちの母親から、猫に餌をしている人が居ると聞いてます」
田所さん
「そうね、いつもあげているわね」
「すいません、オーナーの前で、緊張してしまって」
田所さん
「そんなに緊張しなくても平気よw」
危ない、あっぶなかった、何とかごまかせた
今度から発言には少し気をつけよう、ほんの少しだけ……
……はい、これからは気をつけます、かなり気をつけるように心がけます。
「ところで、オーナーが今回みたいに入院した時、
何かあった時は、猫に餌を僕が上げてもよろしいでしょうか?」
田所さん
「あら、本当、助かるわ」
「もし何かあった時は、携帯の方へ連絡を下さい」
田所さん
「ありがとう、でもあの猫たち人見知り激しいから大丈夫かしら」
「その点は大丈夫です、いつも猫用のおやつを上げていて、
近寄れるくらいには、覚えて貰っていますから」
田所さん
「ではお願いね、これで一安心だわ」
「分りました」
店長
「そういえば、ここ最近、ペットフードの売り上げがやたらと増えたけど
もしかして森川くんが大量に買っている?」
「たぶん、僕でしょうね」
店長
「バイトだから社員割引が利くよ、オーナーの許可が必要だけど」
田所さん
「もちろんOKよ」
「本当ですか、助かります」
これで、田所さんが体調を崩した時には、僕が野良猫達に餌を上げることになった。
野良猫達も田所さんも一安心といったところかな。
しかも、餌を安く買えるようになったっぽい。
これからは、より多くの餌が、より高い餌が買えるようになったぞ。
いや~、バイト初めて良かったな。
■動物病院へ
バイトも終り、家に帰る途中に動物病院に寄る。
長老の体調を確認する為だ。
病院に入ると、長老はゲージですやすやと寝ていた。
獣医
「今日も来たか」
「はい、この犬の体調はどうでしょう?」
獣医
「だいぶ落ち着いてきた、そろそろ退院もできるが、どうする?」
「少しだけ待って下さい、家族を説得して、うちで引き取ります」
獣医
「うむ、まあ、頑張れよ」
「はい」
長老はぐっすりと寝ていたので、わざわざ起こす必要もないだろう
僕はそっと病院を後にした。
■家族の説得
家に帰ってきた、今日はここからが本番だ。
難しい仕事が残っている。
父親を説得させて、長老を引き取る許可を取らなければならない。
ここは、小細工なしで、正面突破で説得しよう。
他に方法も思いつかないし、当たって砕けろだ!
「お父さん、お話があります」
お父さん
「なんだ、どうした改まって」
「犬を飼うことを許可して頂けないでしょうか、世話は僕が全てやります」
お父さん
「どんな犬を飼うつもりだ」
「実は、行き先の無い老犬を引き取ろうと思っています」
お父さん
「老犬の世話が大変なのは分ってるんだな」
「分っています」
お父さん
「お前が死ぬまで世話をするんだぞ」
「はい、そのつもりです」
お父さん
「はあ…… まあいい、許可をしよう」
「本当?」
お父さん
「お前はガンコなところがあるからな、止めても無駄だろう?」
「やったぁ!」
お父さん
「どうせ、引き取る犬も、もう決めてあるんだろう」
「はぁ、図星です」
母さん
「私はあまり賛成できないけど」
お父さん
「反対するんだったらアレを(といって森川くんを指さす)
説得してみろ」
母さん
「無理ね、説得はあきらめるわ……」
お父さん
「そうだろう、全く誰に似たんだか……」
「やったぞ、成功だ」
父親の説得に成功した、半ばあきれている様にも見えたが、気にしないでおこう。
よし、まず動物病院へ明日、長老を引き取る事を伝えなきゃ
あと、葉矢水からもらったサイトを全て、目を通しておかないと。
ふふふ、明日は忙しくなるぞ。




