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奇跡の終演

■それはとても夕日が綺麗な日でした


 長老が家に来てから半年余りが過ぎた、季節は春から秋にかわり、今の時間は夕刻。


 僕は、バイトを早めに切り上げ駆け足で帰宅をする。

 コンビニと自宅の短い距離が、とても長く感じる。


 僕は一秒でも早く帰りたい、その理由は、

長老が、ここ3日ほど食事を取っていない。

 ぐったりとしていて、ずっと横になっている。

 息も浅くて早い、とても苦しそうだ。


 もちろん動物病院には連れて行ったが……

 『老衰』と獣医さんに、言われてしまった。

 『もう何も出来る事はない』と獣医さんに、言われてしまった。


 本当は学校も休んで、付きっきりで看病をしたかったが、長老に怒られてしまった、

『普段どうりの生活をしなさい』と。



 家に帰ってくると、僕は真っ先に長老のいる玄関を空ける。


「長老、大丈夫ですか」


長老

「待っておったぞ、なんとか持ちこたえたわい」


 ぐったりとしているが、なんとか起き上がろうとする。


「無理をしないで下さい」


長老

「いや、すまんが、外に出しておくれ」


 外にはみんなが何故か集まっていた。



長老

「もうそろそろじゃな」


マックス

「いままで世話になったな」


長老

「たいした事はしておらんぞ」



ドラ太

「長老、ありがとな」


ヒゲマユゲ

「さみしくなるな」


「ああ、また喧嘩するなよ」


ミケ子

「分ってるわよ」



カー太郎・カー次郎

「お疲れ様です」


長老

「お疲れ様」



 一人一人、長老と言葉を交わしていく。


「どうしたのみんな、そんな最後の挨拶みたいな事は辞めてよ」


長老

「最後の挨拶じゃよ」


「そんな……」


 僕は否定したかった、『まだ死なない、死なせはしない!』

 そう言い切りたい、だけど、この時は言葉が口から出てこない。


 歪んでいく僕の顔を見て、長老が声を掛ける。


長老

「そんな顔をするでない、笑って送り出しておくれ」


 僕はなんとか笑顔を作ろうとする。


長老

「そうじゃ、これから先も笑顔でいておくれよ」


 僕の笑顔を見た長老は、安心した様に見えた。


長老

「さて、天国や地獄といったものがあるかは分らんが、向こうで待っているぞ」

「我ながら良い最後じゃったわい」


 そう言い残すと、静かに、とても静かに息をする事を辞めてしまった。


マックス

「逝ったか、安らかな寝顔だな」


ミケ子

「ええ、そうね」


マックス

「……さあ、みんな、帰ろうか」


 僕は、うなだれて泣いている。

 僕は、ただ、ただ、泣いていた。



クロ

「ちょっと集まってくれ、みんな話がある……」


 この時、僕の知らないところで、何らかの計画が動き出した。




■霧が掛った朝


 朝が来た、外では雀が「チュンチュン」と鳴いている。


 昨日の夜は泣いていた、泣いている間に寝てしまったらしく、

枕がぐっしょりと濡れていた、信じられないくらいビショビショに濡れていた。


 一晩たったら、少しだけ、ほんの少しだけ、落ち着いた。

 ベットの上で、色々と思いにふけていると、クロがやって来た。


クロ

「にゃー」


「ん、どうしたクロ?」


クロ

「にゃー」


「喋れない? いや僕が言葉が解らなくなった?」


 混乱していると、クロが少し離れてから振り返る。

 その視線から、なんとなく連れていきたい場所があるように感じたので、

僕は、クロの後を付いて行く事にした。



 クロの後を付いて行くと、前に長老が話していた神社に付いた、

神社には祠があり、祠にはささやかなお供え物、

木の実やドックフード、猫缶などが供えられていた。



ここで長老から聞いた話を思い出してみる。


--------------------------------------------------

 むかしむかし、働かないで遊んでいるだけの、駄目太郎という人物がおったそうじゃ


 神様は働かない駄目太郎に、罰として動物の下で働く様に命じた


 駄目太郎は、動物の言う事を聞ける様に、動物の言葉が解る様になった


 駄目太郎は改心して、働き、神様にお供え物を捧げた


 すると(かせ)としての罪が消え、動物の言葉は聞こえなくなった


 真面目に働いた駄目太郎は、その後は財産を蓄えて、幸せにくらしたそうじゃ

--------------------------------------------------


 状況から見ると、みんなが、お供え物をしたんだと思う。

 たぶん、僕が泣いている様子を見て辛そうに見えたのだろう。

 おそらく、もう辛い思いをさせない様に、こういう事をしたんだと思う。


「……そっか、心配してくれたのか、ありがとうクロ」


クロ

「にゃー」


「もう大丈夫だよ、長老の為にも、僕はしっかりしないとね」


こうして僕に起こった奇跡は終演を迎えた。




■ランチタイム


 午前中の授業を終え、真理子さんとのランチタイムを迎えようとしている。

 ブルとカー太郎、カー次郎が居る。


真理子さん

「森川くん大丈夫、目が腫れているけど……」


「昨日に愛犬が死んでしまってね、でも大丈夫だよ」


ブルとカー太郎、カー次郎が心なしか心配そうな顔をしている。


「もう大丈夫だから心配しないでおくれ」


ブル(森川の腹話術)

「わかった、ではマッサージを頼む」


カー太郎(森川の腹話術)

「では、餌を下さい」


カー次郎(森川の腹話術)

「餌をくだせえ」


真理子

「久しぶりの腹話術だね」


「そうだっけ?」


真理子

「うん、でも大分内容が変わった気がする。

前はファンタジー作品の中みたいな、現実離れした感じだったけど、

今日の腹話術は、本当に動物たちが喋りそうな感じがする」


「そうかな? そういえば、そうだったかも知れないね」


そうか、変わったのか。

動物たちの本音と触れた事で、変わったのかも知れないな。


真理子

「午後の授業がんばってね」


「うん、がんばるよ」




■葉矢水


午後のつまらない授業が始まる。


「久しぶり」


葉矢水

「久しぶり、うわ、目が腫れているどうしたんだ?」


「愛犬が死んでしまって、大変だった」


葉矢水

「大丈夫かよ?」


「うん、もう大丈夫だよ」


葉矢水

「本当に大丈夫か? こういう時だからこそ笑っていろよ、死んだ愛犬が安心できないぞ」


「うん、そうだね、しかし同じような事を言うね」


葉矢水

「だれと言う事が同じだって?」


「い、いや、なんでもない、ところで葉矢水は動物と喋れたらどんなだと思う?」


葉矢水

「うーん、どうだろう、でも奴らは基本的には、

飯と寝る事ぐらいしか考えてないんじゃないかな」


「おっ以外と鋭い」


葉矢水

「以外は余計だ」


「まあまあ、ところでなんでそう思ったの」


葉矢水

「俺がそうだからな、だいたい動物も同じもんだろ」


「……そうか、うん、そうだね、そうだよね」


葉矢水

「あっ、お前馬鹿にしてるな」


「そんなこと無いよ、おっと教授が来た」



そして授業が始まり、終わる。



葉矢水

「何か遊びに行くときは付き合うぜ、たまにはストレス発散しないとな」


「ああ、その時は連絡入れるよ」


葉矢水

「じゃあまたな」


色々と心配を掛けてしまったかな?

僕は葉矢水と別れて、コンビニのバイトへと向かう。




■バイト


 コンビニに入ると、田所さんがレジに立っていた。


田所さん

「どうしたの森川くん、目が腫れているけど」


「昨日、愛犬が死んでしまいました」


田所さん

「大丈夫なの?」


「大丈夫です」


田所さん

「そう、でも今日はあまり無理はしないでね」


 僕は、普段道理にテキパキとバイトの仕事をこなしていく。

 その様子を見ていた田所さんも、あまり落ち込んでいない僕を見て、すこし安心した様だ。



 バイトの時間も終えて上がろうという時に田所さんが声を掛けてきた。


田所さん

「悪いんだけど、私、今日は遅くなりそうだから野良猫達に餌をお願い出来ないかしら」


「ええ、任せてください」


田所さん

「ではお願いね」


 そいうって猫の餌の入った紙袋を渡された。

 そうそう、クロの餌がもう切れるハズだ、買って置こうかな。

 僕は、社員割引の価格で、猫缶をゲットした。



 野良猫公園にやって来た。

 田所さんから渡された餌を、ドラ太、ミケ子、ヒゲマユゲに振る舞う。


 彼らは心配そうな顔で僕を見ていた。



「大丈夫だよ、いつまでも落ち込んでいたら長老に笑われるからね」


ミケ子(森川の腹話術)

「そうか、あまり無理しないでよ」


ヒゲマユゲ(森川の腹話術)

「ほどほどにしとけよ」


ドラ太(森川の腹話術)

「そのうち時間が癒やしてくれるさ」


「うん、そうだね」


よし、家に帰ろう。




■帰宅


帰宅するとクロがやって来た。


クロ(森川の腹話術)

「おっ、帰ってきたか」

「おっ、帰ってきたか」


ん? なんだか声が重なって聞こえたぞ、空耳かな?


クロ

「にゃー」


空耳だよな。


近寄ってきたクロをしっかりと抱きかかえる。


「今日は大変だったよ、長老が死んでショックでさ」


クロ

「にゃー」


「クロの餌を買い忘れちゃった」


クロ

「に、にゃー」


「今日くらいは、餌なくても大丈夫だよね」


クロ(森川の腹話術)

「ああ、一日くらい食べなくても平気だ」


 コンビニで買ってきた荷物をするりと落とす。

 中からは猫缶がゴロゴロと転がり出る。


クロ

「あるじゃないか!」


「……さてと、クロ喋れるよね? どういう事なのかな」


クロ

「あっ」


「説明してもらいましょうか」



クロ

「いや、あまりに落ち込んでいたからな、

しばらくはそっとして置こうと、みんなで決めたんだ」


「なるほどね」


クロ

「怒っているのか、(あるじ)?」


「いや、クロはクロなりに心配してくれたんだろう?」


クロ

「そうだな、昨晩は酷かったからな」


「確かに酷かったかも」


クロ

「それで我々と少し距離を置いた方が、良いと考えた」


「もう大丈夫だよ、長老も『笑顔で居てくれ』って言っていたし、

いつまでも落ち込んでは居られないよ」


クロ

「そうか、安心した。 では、ちょっと裏庭の方に出てくれ」


裏庭にはマックスが待っていた。


マックス

「ワン」


クロ

「いや、もうバレてる」


マックス

「……もうバラしたのか? 早いな」


クロ

「いや、バレてしまった、変な所で勘が鋭いからな」


マックス

「『主を騙すのなんて簡単すぎる』とか言ってたじゃないか」


クロ

「まあな」


マックス

「『あんな馬鹿を騙すのなんてチョロすぎる』とも言ってたじゃないか」


クロ

「……」


「どういう事かな、クロ?」


クロ

「ま、まあ良いじゃ無いか…… そういうお前だって、心配でココまで来たくせに」


マックス

「な、違うぞ、たまたまココを通りかかっただけだ」


「そんなに心配してくれるなら、僕の家の犬にならないか?」


マックス

「またか、でもどうやら、いつもどうりに戻ったな」


クロ

「ああ、そのようだ」


「さてと」


クロ

「???」


「これからも、よろしくお願いしますね」


クロ

「ああ、こちらこそよろしく頼む」


「マックスもよろしくね」


マックス

「ま、まあ、よろしく頼む」


クロ

「こいつ、ちょっと照れてるぞ」


マックス

「う、うるさいな」


「さて、マックス君には、マッサージの練習台になって貰いますか」


マックス

「え、そんな話は聞いてないぞ」


クロ

「まあ、良いじゃ無いか、付き合ってやれよ、騙したんだし」


マックス

「じゃあ、少しだけな」


「はいはい、では行きますよ」


マックス

「うお、ちょっと、お前、上手いな、うお、うおおぉ」


クロ

「やれやれ騒がしいな」


「まあ、良いじゃ無いの」


こうして、賑やかな日々は、まだまだ続いて行くようだ。




■ふと思い出す事がある


 時々、長老が『笑顔でいてくれ』と言っていた意味を考えている。

 そのままの意味で、笑顔で居るだけで良いのか、何か他の意味があるのだろうか。


 笑顔で居られるにはどうすれば良いのか?

 素晴らしい出来事に遭遇すれば笑顔になれるんじゃないか?


 答えはまだ出ないただ、素晴らしい出来事に遭遇する答えだけは分っている。


『進んで行こう』


 少なくとも長老は止まっている事よりも進んでいく事を望むハズ。

 あまり難しい事は考えずに、僕は進んでいけば良いだけなのかも知れない。


 何も考えずに、行き止まりにでも突き当たったら……

 まあ、その時はクロにでも相談しますかね。

 そう、クロが何とかしてくれるでしょ。



クロ

「……最後の締めくらい、自分で何とかならんのか?」


「まあ、良いじゃない」


クロ

「全く世話の掛る(あるじ)だな」


「それでは、ここまで読んでくれた、みなさん」


森川・クロ

「ありがとうございました」

ここで森川くんのお話は一端終了します。

最後までお付き合いただいて、ありがとうございます。

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