ウォーキングデッド
「お帰りなさい舞ちゃん、どうしたの?浮かない顔して…」
「ほっといてよ…どうせ私なんか、浮きたくても浮き上がれたためしがないんだから」
学校から帰ると、お母さんがパタパタと空を飛びながら玄関を開けてくれた。私はお母さんの背中ら生えた羽をできるだけ冷めた目つきで睨みながら、逃げるように自分の部屋へと向かった。カバンを下ろし、柔らかいベッドの上に身を投げ出す。歩き続けた両足が、くたくたに疲れていることを今更のように伝えてきた。
あなたは、この世に「空を飛べない人間がいる」と言われて、信じるだろうか?
嘘だと思うかもしれないが、実は私がその一人だった。
私は生まれた時から、背中に羽が生えてない。お医者さんに聞いたら、先天性のナントカという遺伝子の異常らしい。もちろん世界中探してもそんな人間は珍しかったから、今までずっと好奇の目で見られ続けてきた。羽の生えた同級生のみんなが鳥のように学校に飛んで通うのを地面から見上げながら、私はひたすら両足をバタバタさせながら追いかけていたのだ。そりゃあ目立つに決まってる。
空を飛べなくて不便なこと?もちろんたくさんあったけど、別に3百階建の友達のマンションに遊びに行くのがきつかったとか、そんなことじゃあない。それよりも、仲間に入れてもらえなかったこと…一緒に「空鬼ごっこ」で遊べなかったり、「遠羽」が一人だけ「遠足」だったり、そっちの方がもっと辛かった。
「はあ…」
部屋でベッドに横たわりながら、自然とため息が漏れた。
どうして、私の背中には羽が生えていないんだろう?みんなが当たり前にできていることが、どうして私にはできないんだろう?最近、友達に遊びに誘われることも滅多になくなってしまった。そりゃそうだ。みんな自由に空を飛び回り、空中で待ち合わせしているんだから。いや、それどころか、このままじゃあ就職も結婚もできないかもしれない。これから先、私は一体どうやって生きていけばいいんだろう…。
見えない不安に押しつぶされそうになって、私はぎゅっと枕に顔を埋めた。
「おはよう、舞ちゃん。どうしたの?浮かない顔して…」
「おはよう…ううん、別になんでもないの」
次の日、帰り道を歩いているとクラスメイトの裕子ちゃんが飛んできた。昨日は結局眠れなかった私は、重たい足を引きずりながら何とか苦笑いを返した。背中から白い羽を生やした裕子ちゃんは、まるで天使のように可愛らしくて、こうして飛べない私にも優しくしてくれる。裕子ちゃんはふわふわと私の隣を飛びながら、一緒に途中までついてきてくれた。私は代わりに裕子ちゃんのカバンを持ってあげた。
「ありがとう」
「別に…どうってことないよ」
ひょいとカバンを持つ私を、裕子ちゃんが羨ましそうに眺めた。
「いいなあ舞ちゃんは…手足があって」
「そう?」
私は歩きながら首を傾げた。私だったら、みんなみたいに手はなくても羽が生えてる方が、足も疲れないし断然いいと思うけどな。そう呟くと、裕子ちゃんは頭を振った。
「そんなことないよ、手があれば物は持てるし、足があれば狭い道だって歩けるし」
「これで羽があれば、空も飛べるんだけどね」
なんだか私たちは、お互いないものねだりをしているようだ。それから分かれ道まで来て、私は手を振った。裕子ちゃんは羽をパタパタさせた。最後に裕子ちゃんのカバンを肩にかけてあげると、彼女は重そうに体をよろめかせた。裕子ちゃんが飛んでいくのを見送って、私もくたくたに疲れた両足でまた歩き始めた。