ミシェル 地下アイドル引退
僕が寮の食堂へ昼、行くと、窓際のテーブルでミシェル先輩が、
撃沈してた。秋の日を浴びて、金色の巻き毛が透き通ってる。
絵のように様になってるけど、本当は食べ過ぎでお腹でも痛いのかもしれない。
「ミシェル先輩、どうしたんですか?体調悪いのですか?」
声をあっけたけど、ミシェル先輩は、テーブルにつっぷしたままだ。
やっぱり具合悪いんだ。
「すぐ、病院へ行きましょう」
先輩の手をとろうとする僕に、クラウス先輩が止めた。
「いいんだ。ミシェルは、体調が悪いわけじゃない。自己嫌悪で
落ち込んでるだけだ。ま、自業自得だけどな」
同輩だけに、クラウス先輩は、ミシェル先輩に容赦がない。
「違うよ。落ち込んではいない。思ってたより辞めるのがはやくて
ちょっと寂しいだけさ」
ミシェル先輩が、やっと顔をあげた。憂鬱そうではあったけれど、顔色は悪くなかった。
「どうしたんですか?ミシェル先輩。いつものキラキラオーラがありませんけど」
いつも明るく自信満々で、速足で闊歩する先輩が、今はテーブルでデロデロしてる。
「キラキラオーラね・・さすがに、今は、元気でないかな」
ミシェル先輩の弱気発言も初めて聞いた。
「ニコ。ミシェルが地下アイドルなる怪しげなものを、東京でやってる事は
知ってるよな」
そうだ、ミシェル先輩が、女の子になって、歌やダンスなどを公演をするんだっけ。
「そのミシェルは、自分の地下アイドルグループから、抜ける事になったそうだ
まず、基本、週2回とはいえ、練習などふくめて、午後4時から12時まで、
っていうのが、そもそもキツいんだ。
辞める事になって、よかったじゃないか」
クラウス先輩の口調は、いたって真面目で、前から心配してたようだ
「ミシェル先輩、どうしてグループを抜けないと、いけないのですか?
何か、失敗したとか?」
「ニコ、みくびってもらっちゃ困るな。僕は完璧にアイドルを演じたよ。
歌もダンスもそこそこに上手く、愛嬌だけは人一倍をモットーにね。
でも、僕のいるグループ”アクア”に、プロデビューの話しがきててね。
スカウトの目にとまったのは、僕だと思う。
やっぱり、才能や魅力は、隠してもあふれ出てたみたいでさ・・」
よかった。ミシェル先輩、いつもの先輩らしくなった。
クラウス先輩が、眉間に皺をよせた。
「やっぱりプロデビューは、アウトだな。そのグループからは逃げるしかない。」
僕たちは、サンタランドの国籍はあるけど、地球のどの国に属してない。
当然、サンタランドなんて、誰も知らないから、例えば東京にいるときも、
身元を詳しく聞かれるような事をしてはいけない。
パスポートはあるけど、こちらで偽造したものだし。
これは、最初にクラウス先輩に厳命された事だった。
「最初は、”趣味の地下アイドル”って話しだから、グループ組んだけど、
プロデビューの話しになった途端、急に路線変更さ。
”プロにはならないって事じゃなかったの”って聞いても
”いいじゃない。せっかくの話しならプロに挑戦しても。正直、まるっきり
プロデビューを考えてない地下アイドルなんていないと思うよ”
だってさ。”信念もって、地下アイドルやります”なんて言ってたのに
女の子の言葉は、信用できないね。」
メンバーとの会話は、先輩の女性の声での再現だけど、
その様子がおかしかった。でも僕は我慢した。クラウス先輩は大笑いしたけど。
「で、上手くやったんだろうな?後々、恨まれると面倒だぞ」
「そこはぬかりなくね。俺たち3人、僕とアリサ、リアの中では、もめたけどね。
今日の夜は、僕の引退公演とニューメンバーをいれての新しいグループでの公演
豪華2本立てだ。君たちも来てほしいな。
僕の可愛いく歌う姿も これが見納めかもしれないしね。」
・・・微妙に 行きたくない。ただ、地下アイドルの世界なんて
これを逃したら、見る事もないかも。
そう思うと、最後ならと、ミシェル先輩に 公演を見に行くことを約束。
クラウス先輩は、”俺はいかないぞ”って、ふんぞりかえってる。
「クラウス、ニコを僕に貸してくれないか?
大丈夫、ステージじゃなく、裏方の物品販売のほうを手伝ってもらおう。
ニコ、電卓は使えるよね?お金の数え方はわかるよね」
クラウス先輩が”是”と言う前に、ミシェル先輩は、どんどん話を
すすめてしまった。クラウス先輩は仕方ないって苦りきった顔をしてた。
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ミシェル先輩のグループ”アクア”は、必死に最後の練習をしていた。
ツインテールで、ちょっと茶髪のミシェル先輩。
黒いロングヘアで 日本人形みたいなリアさん。
ポニーテールのアリサさんは、この中で一番年上に見える。
ここは、東京、秋葉原のとある地下ホール。
ステージといっても、台が置いてあって20cmだけ高くなってるだけ。
僕は、”ミシェル先輩の従妹の女子高校生”っていう設定。
今回は、ミシェルの引退公演とニューグループの発表をかねてなので、
お客さんが入るだろうと、ホールの人が助言してくれた。
僕は、物品販売の係りを仰せつかった。
CD、Tシャツ、コンサート用のライト、なんかいろいろあるな。
Tシャツには、かわいい3匹のウサギが、印刷されていた。
アクアのイメージキャラだそうだ。
こういう物品販売による収入は、次回公演へのむけての貴重な資金で、
品物はメンバー自らが奔走して、手配したものだそうだ。
僕はステージ横の目立たない所で、品物を整理しながら、値段別に並べる。
なんでも自分でやる感じが、いいのかな?
先輩を含めたアクアのメンバーは。
そういえば、ステージの音響セッティングも、3人でやってた。
でも、どう考えても、それがサンタの仕事に結びつくとは思えないな。
やっぱ、これはミシェル先輩の趣味なのかも。
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公演は、最初からテンション、あがりまくり。軽快なテンポの曲で、ステージも
お客さんもリズムにのってる。
お客さんは、アクアメンバーの声にあわせて、一斉に掛け声をかけ、手をあげ、踊る。
メンバーはタイミングよく掛け声かけながら、汗だくで動きまわってる。
中でも、ミシェル先輩、めいっぱい、動いてるていうか中心的存在だった。
これは、メンバーと観客のパフォーマンスなんだ。
やがて、ミシェルが引退する話しになって、悲鳴にも近い声がかえってきた。
「私、ミシェルは、家庭の都合でフランスへ行くことに
なりました。今日をもちまして、アクアは引退します。ファンの皆さま、今まて
本当にありがとうございました。」
そういって、先輩は、深々とお辞儀をした。いつのまにか他の二人が
別な衣装で二人が左から登場、最後に、新しく入る子が入ってきた。
お客さんは、興味津々で見守ってる。
「この子が、私の妹分、サーシャです。私以上にサーシャの事、
かわいがってください。サーシャ、後、よろしくね」
とミシェル先輩は、サーシャの肩を抱く。
ミシェル先輩、半分、泣いてる。そこまで好きだったんだ。地下アイドル生活。
後半、新しいメンバーの入ったグループで 公演が始まった。
観客は、相変わらずの熱気だけど、気のせいか、前半のほうが、
なんていうか、もっと熱気があったきがずる。
着かえた(無論、可愛い女の子の恰好)ミシェル先輩が、僕と一緒に物品販売の
にまわった。
「あの~先輩。地下アイドル生活がすごく好きなら、評議会にかけあって
なんとかしてもらえないもんなんでしょうか?」
僕としては、大真面目で聞いたのに。
「出来る訳ないじゃない。馬鹿ねニコ。確かにこういう一体感のある公演は
楽しいけど。サンタ生命をかけるほどじゃないわ」
と、軽くどつかれた。イタ!言葉と行動があってない。
公演が終わったとの物品販売は、アクアメンバーとの撮影会もあり、
お客さんでごったがえした。
中には、すごい金額の買い物をする人もいて、僕はびっくりした。
だって、同じCD10枚買って、どうするんだろう。
(後で聞いたら、CD一枚で30秒、メンバーと握手できて話しができるとか)
素直に分かれを惜しんでくれるファンもいれば、”失望した”って言って
帰る人もいた。混乱しながらもなんとか物品販売も終了。
撤収作業もほぼ終わりに近づいたとき、その中年男性に僕は気がついた。
うすっぺらいコートを着ても目立つお腹、メガネも黒縁。
鞄を持ってるから会社帰りだろう。
「あのう、すみません。もう公演は終わりました。すみません。」
僕が そばに行って頭を下げると、その男性は感慨深げに僕の顔をジっと見た。
え?なんだろう?怪しい人だ。
「ウチの、私の娘も生きていれば、君くらいの年頃かな。
小さいころから歌が好きでね。将来はアイドルになるって、真剣に話してたんだ。
10歳で病気で死んでしまったけどね。
ここくると、娘が生きてどこかで歌ってる気がしてたんだ。
ミシェルちゃん、引退だって?それは、寂しい。私がここに来るのも最後かな
今までありがとうって、伝えてくれるかな」
”今、ミシェルさん、呼んできます”の僕の声に、後ろをむきで”いやいい”と手を
振って、行ってしまった。
”地下アイドル公演”を見る人には、こういう人もいたんだ。