サンタの能力と占い
上野公園の出口から、サンタランドのアカデミアに帰ってきた時には
もうとっくに夜は明けていた。
僕は、少し休んでからクラウス先輩の”説教付き講義”を たっぷり受けた。
まずはサンタクロース公会議の内容から。
・第一回サンタ公会議では、サンタクロースが子供に、プレゼントを
渡す事の意義と目的。そして、組織づくりが話し合われた。
・第二回サンタ公会議では、社会の仕組みと価値観の変動にともない、
サンタの仕組みや仕事が大幅に変えられ、今のサンタクロースの形になった。
僕は二回目の公会議で、サンタクロースが劇的に変化したことすら
知らなかったんだ。
”あのな、社会が豊かになっていくにつれ、当初の”プレゼントを贈る”という
役目は、早々に終わったんだ。サンタの存在自体、疑われだしたしな。
それで、2回目の会議以降、サンタはプレゼントを直接作らなくなった。
プレゼントも、人間から調達する事になったんだそうだ。
まず、俺たちサンタは、”人から心からの感謝の気持ちや言葉”などを、
受ける。その時に、その心や言葉は2~3cmの小さな包みや箱に変換する。
で、クリスマスには、それをプレゼントとして世界中にばらまく。
いいか、世界中にだぞ。だから1年中、プレゼント集めに奔走する事になる。
例えば、昨日のようにな”
先輩二人が呆れるはずだ。
サンタ養成コースにいながら僕は何も知らなかったのだから。
実は実家は、貧しい農家で、僕は大学が行くつもりがなかった。
ところが、村の長老に、”アカデミアのサンタクロース養成コースなら、生活費と奨学金が
もらえ、しかも返済不要だから、行ってみなさい”と強く勧められた。
僕は勉強より、生活費が出るのは魅力だった。
それに、就職の心配なくなるし。
ところが、入ったものの サンタ養成コースは休止状態。僕は勉強する機会も
あまりなかったんだ。言い訳になるけど、サンタの現状がそんなんだとは、
まったく思ってもみなかった。
人からの感謝の言葉をもらえばいいんんだな・・
確かに、昨夜、包みがポケットに出現した時、あのおじいさんから
お礼の言葉をもらった。
だけど、あのおじいさん以外にも、お礼をいってくれた人も
多かったはずなのに、その時は、包みは出現しなかった。
心からの感謝の言葉じゃなかった?それとも僕の渡し方に問題があった?
昨夜の事を僕は、思い出し考えてるうち、僕はいつのまにか寝ていたらしい。
”おきろ ニコ ”と いう言葉が、頭にふってきた。
「さあ、今晩も頑張るぞ。お前、口元、よだれの跡ついてるから
顔を洗ってこい」
ふぁ? クラウス先輩に頭を叩かれて、僕はあわてて顔を洗いにいった。
えっと、今、午後4時。帰ってから一休みして先輩の講義をうけてから
ウトウトして、実質、5時間も寝てないじゃないか。
ー・-・-・-・--・-・-・--・-・-・
「今日は新宿についたか・・、じゃあ、あれを使ってみるか」
と先輩は、パっと女性になった。
昨日のミシェル先輩のように、魔法で変身したんだ。
クラウス先輩は、全身黒づくめの衣装で、顔も半分ベールに隠れてる。
普段の先輩より背は低いけど、スラっとした神秘的な美女?なのかな。
先輩は、すばやくテーブルとイスをセット。
看板は黒に虹色の文字が光ってやつだ。
「先輩、今夜は何をするつもりですか?」
「今日わね。水晶占いの店を出すのよ」
ふふふ と笑う先輩。実像が、がさつで言葉遣いも荒いのを知ってるから、
おかしくて、僕は吹きだしそうになった。必死で止めたけど。
「ニコは、今日は黒猫さんになって頂戴ね」
と先輩は、指をクルっと回すと 僕は黒猫になり、先輩の膝の上にいた。
僕だって”占い”って仕事のお手伝いしたいです。
と、必死に抗議したけど、出る言葉は、ニャーニャーと猫そのもの。
新宿の夜、働いてる人、酔って騒いでる人、ただ単に歩いてるだけの人もいた。
最初に占いの店にやってきたのは、やたら高そうなスーツに派手な色のネクタイの
30前半の男性。若い女の子を二人連れてる。
「占いなんて、大抵は当たり障りのない事をいうだけで、まあ気休めだよ
試しに僕が受けてみようか」
派手派手30男は、連れの若い女性にそう笑いかけた。
「いらっしゃいませ、過去、現在、未来が水晶玉で見る事ができますよ」
先輩は 多少、ひきつりながら営業スマイルで話しかけた。
「ね、おばさん、あ、ごめん。おねえさん。はは。
僕の成城の実家の様子、ってわかる?しばらく帰ってないし」
その言葉を聞いた瞬間、僕はすごく嫌な気分になった。
魚の腐ったニオイに包まれたような。
僕は、先輩の膝の上で、ニャーニャー訴えた。
”その男、イヤな感じがする”って。必死さが通じたのか、
先輩は、”わかってる”ってアイサインで送って来た。
「そうですか、ご実家には、だいぶお帰りになってないのでしょうか?」
「そうだな。かれこれ1年は 帰ってないな。
仕事が忙しくて、仕事が終わったらマンションに帰るだけの日々だから」
「お仕事、忙しくて大変そうですね」
「一応、社長だけど 会社も小さいからね。部下にまかせられない仕事もあるし」
この30男の言葉を聞くたびに、僕は胸が悪くなっていった。
出来るなら、ひっかいて追っ払いたい。
「水晶でちょっと見てみますわね。」
先輩は まじないをかけるように、水晶玉の上を手で覆い、
それから、おもむろに手をあけ水晶を見せる。
あ、見えた。これって漁村かな。港も舟もあるし。
海は綺麗な青色だった。空の青とも少し違うインディコブルーの海。
崖に囲まれたせまい平地に 集落があった。
「あら、失敗したかしら。見えるのは青い海と緑の崖だけなのですけど、
これは、どちらかの別荘地なんでしょうか?」
30男はあっけにとられてた。
「・・うん、そうそう。伊豆の別荘かな。そういえば、伊豆へ静養へいくとか
この間、メールがきてたんだ。はは」
30男は連れが”私も占いしてほしかったのに”という言葉を無視して、
1万円、見料としておいて、おつりももらわず、足早に立ち去った。
「先輩、さっき見えたのが、伊豆ってとこですか?」
やっと人型にもどしてもらって、すかさず先輩に聞く。
「違うわ。どこかの貧しい漁村ってとこね。伊豆じゃないわ。
それにあの男の実家は、高級住宅地の成城なんかじゃないし。
嘘の言葉ばっかり。でもあの場で本当の事を言っても何もならないしね、
今回はあちらさんの顔をたてたけど。
水晶の映像はあの男の脳内の記憶を映し出したものだし、
映像を見て向こうもびっくりしたかも。
まあ、さっきの1万円は、佐田君の所に寄付するしかないわ
おツリの7000円、わたせるといいのだけど」
きっとっていうか絶対、あの男は来ないね。
最初から俺たちをだますつもりだったんだし。
それにしても先輩、もうその女装の魔法、解きましょう。
身についてとれなくなりますよ。