謎の佐田さん
「ニコ、恥ずかしくないか?何かの袋に入れるとか」
クラウス先輩はあきれてる。
「これですか?別に?恥ずかしくはないですけど。
”布絵本の会”に渡すときは、何かに包んだほうがいいのかもしれない。
「先輩、やっぱりこれが欲しいでしょ」とんでもない と先輩は、全否定。
ともかく、僕たちは サンタランドから東京へ向かった。
僕の持ってる”これ”とは、イチゴの形のクッション。
ちゃんと種もヘタもつけてある。
先輩がイチゴが好きと聞いたんで、恩返しにと渡したんだけど、
受け取ってもらえなかった。
クラウス先輩、イチゴ好きだって聞いたんだけどな。
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佐田さんも、このクッションを見て、眼を見開いて驚いてた。
大きさも普通のクッションなみだし、何かへんかな?
「これニコが作ったんだ。いやいや、たいした才能だね。
ミシンなしで、短期間で丁寧に作ってある。愛情を感じるね。ははは。
で、これを持って、電車に乗って、この事務室まで来たんだ。」
佐田さん、笑いをこらえてる。お腹が震えてるのがわかる。
そんなにおかしいかな?
「クラウス、ニコは本当にアカデミアの1年生だったよね。
もしかして”女の子”で、小学生って事は、ないよね」
「佐田さん、僕は正真正銘、アカデミアの1年生男子18歳です」
って、あれ?今、佐田さんが”アカデミア”って言ってたけど、
こっちにも、そういう名前の大学があるのかな?
「佐田さん。ニコはこういうやつなんですよ。呪文もつかわずに風に乗る事が
出来るし、人の嘘がわかる。ただ能力は不安定のようですけどね。
呪文どころか、古語も知らないのにですよ。
これだけの能力があるのに、本人、これですから。
サンタクロースの基礎知識もまったくなかったし。
俺は、毎日、胃が痛くなる思いですよ」
先輩、いいんですか?僕らの事、バラしちゃって。
まあ、突飛すぎて誰も、信じないと思うけど。
「先輩、あのあの、サンタは秘密で、僕ら偽装パスポートで・・」
「落ち着け、ニコ。佐田さんは、俺の2年上の先輩の 元サンタクロースだ。
物好き、いや人間の女性と結婚するのに、人になった」
ええええ・・だって、人間の世界は汚染されててサンタの健康に悪いって。
寿命だって100年以上も僕らのほうが長いのに、どうして?
何故、人間になろうと思ったの?
体が具合悪くならないのかな?
戸籍ってのは、どうしたんだ。
ここでも200年生きる事が出来るのか?
なぜ、”ボランティア活動”というのに熱心なんだ
僕の頭の中は、こんな疑問がグルグル状態で、体が固まったまま。
「はははは、ニコ君、ごめんね。別にだますつもりはなかったけど、僕は
もう人間だから。言う必要もないかなって。
はい、落ち着いて、椅子に座って、水、飲む?」
ちょっと我にかえって、
「佐田さん、具合悪くないですか?人の世界は汚染されてて、サンタランドの
者には、キツいって・・・」
そう、僕もクラウス先輩も、こちらのものは、極力食べないようにしてるし、
僕が熱を出して寝込んだのも、こっちの空気の悪いせいだって言ってたし。
「心配ありがとうニコ。でも、僕は、ありったけの魔力を使い人間になったんだ。
もうこっちの環境に適応できる体だよ。ま、寿命は半分以下になったけどね」
ははは、って佐田さん、軽く笑ってる
確かにサンタランドは、人間の世界に比べれば、
いろいろ科学的な面で遅れてるけど、それでも平和で病気もない幸せな国だと
僕は思うんだけど。
「ニコ、佐田さんのマネはするなよ。お前には200㌫無理。
この世界では、せいぜい詐欺のカモになるくらいだ。」
「クラウス、大丈夫だよ。僕の奥さん以上の女性が、現れない限り、
人間になろうなんて馬鹿な考えは、思いつかないだろう」
「僕の理想は、地下アイドルの時のミシェル先輩。可愛いし素直だし」
この僕の言葉に、佐田さんも先輩は、大笑いでとまらなくなった。
佐田さんの奥さんは、年末に抱きだしで一緒になった、副リーダーの
女性だそうだ。きさくな人でなんでもテキパキこなす行動力のある人だった。
どちらかというと、”母ちゃん”って雰囲気の・・そうか、佐田さんの好みって・・
佐田さんに。二人の出会いについて話してもらったら、
途端に顔がニコヤかに。そして存分に惚気話を語った。
正直、ちょっと疲れた。
ちなみに、佐田さんは、前にクラウス先輩のサンタ実習の指導役を務め
その縁で東京担当のサンタの手助けをする事になった。
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佐田さんの所を出て、公園を歩きながら、先輩が佐田さんについて、
情報を、いろいろつけたしてくれた。
佐田さんは、年末の炊き出しなど、ホームレスの人の福祉全般の世話をしてる。
その活動に賛同してくれる人達の中には、他のボランティア活動をする人も多く、
結果、今のようなボランティアの知り合いが、増えたそうだ。
「決して、人間の世界にいるサンタの手助けをするために人になったわけじゃない。
結果的にそうなっただけだって、本人の話しだ
純粋に奥さんにベタ惚れしたんだな。
それよりニコ、いつまでそのイチゴクッションをぶらさげてる」
あ、しまった。会に送るのに、佐田さんに住所を聞くの忘れた。
「余計なお世話かもしれないけど、人の世界でもサンタランドでも、その手の物を
むき出して持って歩いてるのは、せいぜい10歳程度の女の子までだな。
それ以外は、変人にみられるかもしれん。
どうだ?恥ずかしくなったか? ・・・なってないみたいだな・・」
このイチゴクッションは、眼の不自由な子供のために、作ったもので
恥ずかしくなんか全然ない。あれ?じゃあ、僕は、変人なのか。。
今日は、病院の中の図書館の本を、修繕するボランティアの予定だ。
病院で、療養してる人のための本は、意外と痛みが激しい。
現場までは、交通費を浮かすため、歩きだ。ちょっと疲れてきたので
道端のベンチで一休みしてた。
座ると、突然に、クッションを強引に引っ張られ、誰かに持って行かれそうになった。
「これ、頂戴、私、欲しい。頂戴」
クッションを持って行こうとするのは、小さな女の子ではなくおばあさんだった。
シワシワの顔にシミができてる。腰も曲がってる。サンタランドでいうと、評議会の
長老クラス、180歳くらいかな。
服は運動服で、そこにネームがはりつけてあるのが、不思議だ。
「すみません、ちょっと目を離した空きに・・」
ベージュのエプロンをしたノーメークの若い女性が、慌ててかけてきて謝った。
「おかあさん、私、これ欲しい」おばあさんは、若い彼女に駄々をこねてる。
おばあさんにとっては、おかあさん=エプロン姿の若い女性らしい。
”人のものだからだめよ”という彼女の説得に、”絶対ほしい”と泣きだした。
「泣かないで」って僕が、おばあさんの肩に触った時、
瞬間、小さな女の子の姿がダブって見えた。
「いいですよ、はいどうぞ。大切にしてね」と、僕が渡すと
おばあさんは、イチゴのクッションをだきしめ、”ありがとう”とニパっと笑った。
「すみませんすみません。あの、お金払います」
恐縮する若い女性に、僕は”趣味で作ったものだからいいです”と固辞した。
女性は、頭をさげさげ、おばあさんの背中を押して帰って行った。
「いいのか?ニコ。布絵本の会に寄付するんじゃなくて?」
「人の役にたつならそれでいいんだ。あのおばあさん、うれしそうだったし、
あういう顔を見ると、こっちもうれしくなる」
僕のズボンのポッケに、”一個、プレゼント”が、入った。
「人は年をとると、ああいうふうに、子供に戻るような人もいるんだ。
認知症といってな。多分、そういう人達の面倒をみる施設の人だろう。
これもまた、難しい問題になってる」
「あの女性は、施設の職員なのかな。
そういえば、さっき、おばあさんに触れたとき、一瞬、
小さな女の子の姿がダブって見えた」
先輩は、またガックリきてる。
「お前のそういう”能力”は、サンタには、まあ、あれば便利なんだけどな。
絶対必要というわけでもないし、第一、制御がきかないと不便どころか危険だ。
この間ミシェルと教授とも話した。
これから”現場での実地”より先に、能力の制御の力をつけることを優先する。
明日からはそっちの特訓中心でいくから。あいてる時間は講義な」
ところで、僕の能力って、風にのることくらいだけど?
僕の言葉に先輩は、
「魔法の初歩の初歩からやりなおし。」と
痛くなるくらい僕の頭を拳骨でグリグリした。
あーあ。東京での”実地”は、楽しかったのに。
ありがたいけど、感謝してるけど、実地のほうが楽しいんだけどな。
そうだ、イチゴだ。あのクッションを感謝と少しの嫌味をこめて、先輩に送ろう。
結果、先輩の部屋には飾られる事なく、
食堂とホールはイチゴのクッションだらけになった。
 




