修行の始まり
「ニコル君、誠に申し訳ないのだが、アカデミア”サンタクロース養成コース”は、
休講することになりました。再開は未定。
とりあえず、再開するまでの間、現役のサンタクロースの師匠について、
その業務の補助をすること。寮での生活と必要経費は保障します。
頑張って、現場での経験を積んできなさい。」
「へ?あの・・」と言いかけた僕を制して、白髪で色ひげでガリガリの老校長は、
有無も言わさぬ態度で、別棟の3階の会議室へ行くように、命じた。
僕の通うアカデミアは、いろんなコースがある大学で僕はその一年生。
在籍してるのはサンタクロース養成コース。残念ながら、このコースは不人気だ。
1年生は定員も満たず、他の学生たちは、途中で転科していった。
養成コースで残ったのは僕一人。
しょうがない。
サンタクロースという職業が、キツイ、キケン、キュウカナシと
評判が悪く、サンタを統括する評議会は、ブラック企業とまで言われている。
僕が、最後までその養成コースに残ったのは、希望とか自分の意志ではなく、
ノンビリしてたし、まさかコースが休止になるとは思わなかったから。
とにかく、会議室に行ってみた。10数人のサンタが論議をしている。
「とにかく、紛争・天災特別地域担当のサンタチームから、我チームに
厳しい要求が来ておるのじゃ。プレゼントが足りないとな」
中でも一番太ったサンタが、二重顎をさすりながら、熱弁をふるってる。
「北米や欧州地域も、同じく厳しい要求をうけておるが、サンタ制度が受け入れられて
200年たってない我らの担当地区・日本では、要求された数値を達成するのは
無理じゃな」
今度は、赤ら顔のサンタが、紅茶を飲みながら怒った顔で気勢をあげる。
会議の真っ最中じゃないか。
僕、部屋を間違えたのかな・・
ドギマギしてると、あの太った二重顎サンタが、声をかけて来た。
「おっと、君が養成コースのニコル君だね。養成コース休止は、まったく
けしからんことだな。ワシは、チーム長のマックスだ。よろしく。
うちらのチームは、日本を担当サしておる。君の事は学校長から頼まれてる。
先輩のサンタクロースのそばで、業務の補助をしてくれたまえ。
え・・と東京担当のクラウス君。よろしく頼むよ」
僕は若いサンタの側に連れていかれた。
「1年生なので、補助としてなんとか、使ってやってくれ」
そうチーム長が頼んだとき、その人は”チっ”と、あからさまに嫌そうな顔をした。
「さあ、もう勤務時間はおわりだ。会議は明日に持ち越し」
そういうと、若いサンタと僕以外は、みな帰っていった。
「まあったく、面倒な地域を押し付けて、会議では愚痴ばかり。
たまには、額に汗して働けよな、じじ・・大先輩サンダ様様め」
足を机の上にあげ、若いサンタは途端に不機嫌になる。こっちが本当の顔か。
ドアを叩く音がした。
「あは、すみません。遅れました」
開けてはいってきたのは、同じく若いサンタ。スレンダーで金髪巻き毛で青い目。
きっと女の子にもてるだろう。
「お前はまた、わざと、会議に遅れて来たな。ミシェル」
「はは。僕も約束がいろいろあってね。そういえば、クラウス、
補助に若い子がつくんだって?」
僕の事だ・・じゃあ、このふてぶてしい態度で机に脚をあげているのが、
クラウス先輩だ。
「あの、僕、ニコルっていいます。まだ何も出来ませんが、よろしく
お願いします。一生懸命働きます」
ここで追い出されたら、僕は路頭に迷ってしまう。
クラウス先輩に丁寧にあいさつした。
「よろしく、ニコ。俺は下働き・補助を使わない主義だが、チーム長の命令だから
しょうがない。ちょうど、これから担当地区の東京に行く所だ。
一緒についてこい。」
そういうと大股で会議室を出ていこうとする。僕は慌ててついて行った。
すれ違いざまに、金髪のミシェル先輩に、
「クラウスは不愛想だけど、いいやつだからよろしくね」
やさしい声、やさしい言葉。僕、ミシェル先輩につきたかった。
「ニコ。ここが東京との出入り口、ここを通ると人目がつかず、いろんな公園に
出ることが出来る、どこにでるかは、その時次第だ、行くぞ」
”行くぞ”って先輩、そこは壁で絵がかかってるだけですが・・
質問する間もなく、僕は手をひっぱられ、なぜか絵の中に入る事ができて、
足をついた先は、もう見知らぬ場所だった。
「ほうほう、今回は上野公園についたか。じゃあ、炊き出しのおこぼれが
もらえるかな。おいニコ、晩飯はトン汁とお握りだ」
は?ああそういえば、おいしそうなニオイが奥からしてくる。
先輩と僕は、ニオイをたどっていくと、”炊き出し”というのの現場についた。
前には2個の大鍋に汁物、お椀に汁をいれて渡してる。
気のせいだろうか、並んでる人は、どちらかというとみすぼらしい人が多いような。
行列の最後尾に並らぼうとしたら、先輩から怒られた。
「並ぶなっつうの。俺たちは、炊き出しの手伝いに行くんだ、ばか」
バカって。ひどいやクラウス先輩。そりゃ僕は、馬鹿だけど、
先輩、何も教えてくれないじゃないですか。
僕は心の中で力いっぱいさけびながら、先輩の後をついて、列の一番前に行く。
「よ、佐田君、お疲れ。何か手伝えることはないかな?」
佐田と呼ばれた若者と、先輩とは顔見知り。
そうか、この炊き出しのお手伝いをして、そのかわりに、食べる事が出来るのか。
「クラウス、今年も手伝いに来てくれたんだ。ありがとう。
さっそくだけど、豚汁の量が、足りなくなりそうなんだ。
豆腐とネギをかってきてくれるかい?肉はないけど、まあ、
体は温まるから、それで我慢してもらおう」
「お握りのほうは?」
「女子軍団が、今、会館のほうで必死で握ってる」
「今年は不況なんだな。人数が多い上に若い人も多いな」
「今年は、冬になるっていうのに、急に大企業の工場でリストラがあってね。
多くの派遣の若者が、寮を追い出され路頭に迷う事になった」
二人は 今年の経済状況とやらについて、何やら難しい話しをしだす。
楽しい気分や雰囲気は、そこの場所にはなかった。
つい2日前はクリスマスだったのに。
「ニコ、買い物行くぞ」
いや、サンタは買い物じゃなくて、プレゼントをあげる仕事です。
それとも、労働奉仕がプレゼント?
僕の頭の中は、疑問符で一杯だった。