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『僕』が『私』になれるまで  作者: ときひな
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『勇気』が『悠希』になれるまで 3

最初に目覚めてから一週間が過ぎた。僕はというと、まだ身体を起こすことすらままならないでいた。

リクライニングのベットで起きることはできるけど、自分の意思で身体を持ち上げられなかった。

事故の衝撃や、ずっと寝たきりだったこと、難しい手術の後遺症など色々なことが重なり、全身の筋肉が固まってしまっているようで、なにより声も出すこともできないのだ。自分の意思を伝えられないというのは予想以上に辛いものがあった。

執刀医の女医さんは無理をする必要はないと言ってくれているのだけれど、何もできない歯痒さに、フラストレーションが募るばかりだ。


点滴の注射のついた腕を持ち上げてみる。僕の腕はこんなに白くて細かっただろうか。いや、元の僕の身体だってそんなに太かったり色黒だったりしたわけではなかったのだけど。それでもこの、女の子のような腕が自分のものである認識を持てずにいた。

ベットの横にある備え付けの鏡を見る。腰まであるんじゃないかと思うほど長い、綺麗な黒く澄んだ髪。パッチリとした目元、愛らしい小顔、僕のよく知る幼馴染の顔がそこにある。僕がニコッと笑顔を作ると、鏡に映る幼馴染もニコッと笑う。あぁ、と。この身体は僕が動かしているのだと、鏡に映る自分と同じ動作をする幼馴染を見ることでようやく認識できるのだった。


今の僕の体は、東山悠希(とうやまゆき)の身体なのだから。女の子の身体であることに間違いはなかった。

先日、どういう状況なのかの説明は受けていた。両親が死んだこと。悠希(ゆき)が死んだこと。僕も死にそうだったこと。悠希(ゆき)の身体を使ってなんとか生きていること。執刀医の女医さんと悠希(ゆき)の両親が説明してくれた。

脳移植だとか難しい話は、はっきり言って当時の中学生の僕は理解できなかった。今現在でも完全な理解は難しいだろう。だから、僕の魂が悠希(ゆき)の身体に入って、悠希が僕の代わりに死んじゃったんだと解釈した。……今にして思えば、思い上がりも甚だしかったんだろう。

僕は淡々と話を聞いていた。この頃は、感情にブレーキがかかっていたのだと思う。自分の話をされているのだけれど、どこか他人事のように、小説の設定でも聞くように、ただ話を聞いていた。

両親の死も、幼馴染の死も、中学2年生の僕が受け止めるには重すぎる事実だったのだから。

もしかしたら今にも父さんと母さんが、病室のドアを開けて出てきてくれるんじゃないかと。そこにひょっこりと悠希(ゆき)もついてきて。悠希(ゆき)が意地悪な笑顔で「おどろいた?ねぇ、おどろいたでしょ?」っていつものように出てくるんだと。そうなって欲しいと思ってしまう。そんなことはありえないと、今の鏡に映る自分の顔を見るたびに嫌でもわかってしまうのに。


悠希(ゆき)のお母さんは、僕の心が死んでしまったのではないかと今にも泣き出してしまいそうだった。いや、すでに泣いていたと思う。目元には大粒の涙が見えるのだから。

悠希(ゆき)のお父さんは、「まずは身体をしっかり治そう。考えるのはゆっくりでいい」と言ってくれた。

僕はこれからどうしたらいいのかと質問をしたかった。でも、まだ喋ることができず、どう頑張っても「あ……う……」と声にならない声を出すばかりだ。それに体力がなくなってしまっているのかもう眠たい。

先生から、「今日はここまでにしようか」と言われ、僕はまた、意識を手放した。


それからは、ベットで出来るリハビリの日々だった。

ベットの上で、両手をぐーぱーしたり、声を出す練習してみたり。でもこの幼馴染の女の子の身体は(寝たきりの身体で体力が無いのはわかった上で、それでもなおこの時はそういう風にしておきたかった)、すぐ疲れてしまうから、窓から空を見上げてることが多かった。

窓からは、眺めのいい透明な青空と、1本の大きな木が見えていた。もう9月だというのに青々とした木は、とても優しいもののような気がした。今の僕の生活スペースであるリクライニングのベットからじゃそれしか見えないのだけれど、起き上がれたらもっと色々見えるのだろうか。当面の目標として、あの窓の景色を見ようと考えた。


お昼過ぎくらいには、悠希(ゆき)のお母さんが毎日お見舞いにくる。「調子はどう?」とか、「今日はこんなことがあったのよ」とか、取り留めもない話をしてくれる。空と木しか見えないこのベットの上にいる僕としてはそれだけでとても楽しい気がしていた。僕も少しずつ話したいと思い、まだ少ししか話せない口を懸命に動かし、「あり、がと」と短く伝える。それだけで悠希(ゆき)のお母さんは今にも泣きそうになってしまい、「勇気くんも疲れたでしょう?今日はもう帰るね」と帰ってしまった。僕としてはもっとお話して貰いたかったので非常に残念だった。

ほとんど動いていないというのに、不思議とお腹は空くものだった。ただ、話すことができないように、口の筋肉がほとんど動かないので、お粥のような流動食だった。

足りない栄養は点滴で補っていた。病院の食事なんて元々美味しくないのだけれど、3食お粥は流石に飽きる。

違う物をねだったところで食べられないし、そもそも話せないからねだることすらできないのだけれど。

そもそも看護師さんや悠希(ゆき)のお母さんに食べさせてもらっているのに何様なのかと問いかけたい。

最初に目覚めてからは、強制的に寝落ちることが多かったのだけれど、最近は逆に眠れなくなっていた。寝てしまったら僕も消えてしまいそうで怖かったのだ。それでも、夜中の1時にでもなればいい加減に寝落ちてしまうのだから本当にこの身体は体力が無いのである。


昼はリハビリして、疲れたら空を見て、毎日お見舞いにくる悠希(ゆき)のお母さんと、少しずつだけれどお話をして、夜は限界まで起きて強制的に寝落ちる、とそんな生活スタイルになっていた。

それでも、1週間もたてば声も出るようになり、腕も上がり、スプーンを使って食事も取れるようになった。何よりも少しずつ話せるようになってきたのは嬉しかった。だんだんと回復してる気がしていった。身体の回復に心が置いて行かれてる気がしていた。

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