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『僕』が『私』になれるまで  作者: ときひな
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『勇気』が『悠希』になれるまで 2

1度目覚めてからまたすぐに意識を失っていたらしく、次に目を覚ましたのはその日の夜だった。悠希(ゆき)の両親や看護婦さんの姿も見当たらなく、かなり遅い時間なのだろうかと思い、とくに何もせず頭が上手く働かないのでただ天井を見つめていた。


だんだん頭が回り始め、そういえばとベットの横に備え付けられた鏡を見てみる。さっきのは夢か幻か、できれば現実であって欲しくないという思いも虚しく、鏡は真実を映し出す。

あの事故に一緒に巻き込まれた幼馴染が、気だるそうな顔をしてベットに横たわっていた。

身体が上手く動かないので、自分の首を少し動かしてみる。鏡の中の幼馴染が首を少し動かす。幼馴染は僕とまったく同じ動きをする。

考えたくはないことだったけれど、どうやら自分の身体が幼馴染のものになっているらしいことに、この時初めて気がついたのだった。


東山悠希(とうやまゆき)は俗にいう美少女だった。黒く澄んだ髪を長く伸ばし、愛らしい小顔、パッチリとした目元、ぷるっとした唇、柔らかいほっぺた、日焼けせず白い肌、同年代から見ても高くはない身長、それでいて出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。完璧とも言える美少女であったと言えよう。……見た目だけは。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花なんていうけれど、彼女を花で表すなら、鈴蘭が相応しい。小さく白く、可憐なその花は、内側に強い毒を持っているのだから。

その毒は性格に如実に表れていた。自分の味方に対しては優しく頼りになるのだけれど、1度敵に定めた相手には容赦なく、遠慮なく、躊躇なく向かっていく。自身の見た目を理解した上で、周りの敵に噛み付いていく。今だから言えるけれど馬鹿だったんじゃないかと思う。そんな悠希の事を格好良く思っていたことも否定はできないけれど。僕に出来ないことをやってのける彼女が、とても眩しくて、憧れていたのだ。だけれども、流石に武勇伝とか事件とかで騒がれるようなことをやるのは自分には無理だな、なんて悠希(ゆき)がどんな事をやっていたか、ふと思い返してみる。


小学校6年の頃だったか。僕と佳奈はクラスが違い、直接の関わりがなかったので後から悠希(ゆき)や匠から聞いた話なのだけれど、どうも悠希(ゆき)はそのクラスの女の子グループからいじめを受けていたらしい。らしいというか、気の弱いタイプの子なら間違いなくいじめになっていた。理由はこれまた厄介なことに匠が悠希(ゆき)とよく話しているのがずるいなどという女の子特有の恋愛っぽい理由だったけれど、この時ほど匠に同情したことはなかった。ぶっちゃけた話、匠は何も悪くないのだから。

発端としては、匠のことを好きだという女の子がそのグループの中にいて、小さい頃から今までずっと遊んでた匠が悠希(ゆき)に「一緒に帰ろーぜ」だの「今日勇気の家行こうぜ」だの他の女の子には対して話しかけないのに、悠希(ゆき)にはやたら話しかけるから悔しかった、と端的に言えば嫉妬だった。


そんなことが積もり積もったある日、その女の子グループが悠希(ゆき)の筆箱を隠したという。実行したのはお昼休みで、悠希(ゆき)が気がついたのは5時間目が始まる前だった。その女の子達は悠希(ゆき)の様子を見てニヤニヤとしていたようだが、先生が授業のために教室に入ってくるやいなや、悠希(ゆき)の一言によって教室は地獄へと変わる。


「先生、私の筆箱が盗まれました」


筆箱がありません、や見つかりません、ではなくはっきりと盗まれたと言ったのだ。その発言に教師もどもってしまう。何とか紡ぎ出した言葉は、「み、見つからないの間違いじゃなくて?」としどろもどろになりながら言うと、


「私は4時間目の終わりに鉛筆と消しゴムをしまい、机の中に筆箱をしまいました。」

とそこまで言った時に1人の女の子が突然声を荒げて叫ぶ。


「机の中に筆箱なんてなかったわよ!!」

教室がしんと静かになる。その中でにやりと笑う少女が1人。


「あぁ、机の中じゃなかったかも。佐藤さん、私の筆箱はどこにあったのかしら。あなた知ってそうだから教えてくれない?」


じりじりと近づいて、佐藤さんを追い詰める悠希(ゆき)

他の女の子の中には泣き出している子もいる。男の子達はどうしていいかわからずその場で俯き、教師も固まってしまって動かない。

その中で1人の男の子が攻め立てる女の子を止める。


「落ち着け悠希(ゆき)。もういいだろ」

「……匠。離してくれない?」

「何もしないんだったらな。お前まだ何かやらかすつもりだろう」

「……わかった。何もしない。だから離して。後痛い」

「ん。悪りぃな、力いれすぎたわ」


この馬鹿力と悪態つきつつ、佐藤さんの方へ振り向き、「筆箱。返して貰える?」と笑顔で言い放つ。

匠は呆れて溜息をつくけれど、その筆箱が返ってこないと事件は終わらないのだ。だから匠もこう言うしかなかった。


「佐藤がやってないんだったらいいんだけど、悠希(ゆき)がここまでやらかすんだったらお前がやったのかもな。さっさと筆箱返してやれよ。こいつには何もしないように俺から言っとくから」


それが止めとなったのか、佐藤さんは自分の机の中から悠希(ゆき)の筆箱を取り出し悠希(ゆき)へと返す。


「……ごめんなさい」

「あら、筆箱が見つかって良かったわ。先生、筆箱が見つかったので授業を始めましょう?」


悠希(ゆき)は屈託のない笑顔でそう言ったが、授業が出来る空気ではなかったのと、その教師がその場から逃げ出したかったようで、この時間は自習にします、と言い残しその場を去っていった。

他の生徒たちも、どうしていいかわからずに、何かの罰のようにただ自分の席に座っている。

この異様な空間で勝ち誇った顔の女の子が1人、ただ席に座っていた。


と言うのが僕が聞いた中で1番えげつない事件だったと思う。

他にも大なり小なり悠希(ゆき)の言うところの武勇伝はあるけれど、もういいだろう。

あの豪胆で馬鹿で人の言うことを聞きもしない、それでいて見てくれは儚げな美少女だった彼女は、鈴蘭のように可憐な毒持つ彼女は、もう二度と帰ってはこないのだから。


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