『勇気』が『悠希』になれるまで 11
「ねー、おねーちゃんおにんぎょうごっこしよー」
「えほんよんでー」
「おねーちゃんかみさらさらー」
たくさんの子ども達に引っ張られたりくっつかれたりで、全く身動きが取れない僕。本当……どうしてこうなった……。
「やぁやぁ勇気ちゃんや、元気してるかな?」
紗枝さんが病室に入ってくる。いつもは夕方頃にくるのに、午前中にくるのは珍しい。なので素直に質問してみる。
「おはようございます、紗枝さん。午前中にくるのは珍しいですね、サボりですか?」
「勇気ちゃんはつれないなぁ、今日はお願いがあってね。あと、リハビリは今日はお休みだよん」
む。まだ足が全然動かないのにリハビリできないのはちょっと気持ち的につらいものがある。
「まぁまぁ、そんなに落ち込みなさんな。1週間の内、1、2回はお休み挟むからね。後は様子見つつこっちの判断で決めてるから、無茶なことはしないように」
なんか、すごく見透かされている気がするけれど、こればっかりは仕方がない。
「わかりました。で、お願いってなんですか?」
できないものはできないので、それについてわがままを言うほど僕は子どもではないと思う。それよりもお願いというのが気になった。
「うんうん、お願いというのはだね、ちょいと病棟の子ども達と遊んでやってほしいのだよ」
「子ども?いましたっけ?」
基本病室から出られないので周りの状況がわからないけれど、子どもなんか見たことないし、声も聞こえてきたこともない。果たしてこの人は何を言っているのだろうかと考えると、
「そりゃー、別の階の子達だからね。小児科病棟の退院まじかの元気を持て余してる子とか、うちの職員の子どもとかの相手をお願いしたいんだよねぇ」
「うーん、いいですけど。逆に僕でいいんですか?動けないから役に立たないと思うんですけど」
「大丈夫大丈夫。来てみればわかるよ。じゃあ早速行こうか!」
慣れた手つきで、車椅子に乗せられ、その子ども達がいるという病棟へと、連れて行ってもらうのだった。
連れて行ってもらった先は、まるで託児所のような光景だった。ぬいぐるみやおままごとをして遊ぶ女の子。積み木やブロックなんかで何かを作って遊ぶ男の子。絵本を読み聞かせてる少し年が上の子など。年季がはいったおもちゃで遊ぶ子ども達。
小児科病棟の中にある、共有の遊び場には入院中とは思えないほど元気に遊ぶ子ども達がいた。
少し様子を見ていたかったのだけれど、そんなことはかまうもんかと紗枝さんが車椅子から僕を持ち上げ、その遊び場の真ん中に僕を放る。当然ながら立てない僕はその場にへたり込んでしまう。普段ベットで足を伸ばしてたから気が付かなかったけれど、へたり込んだ僕の今の姿は、所謂女の子座りというやつだった。その正座を崩したような姿勢があんがい楽なことに、また1つ身体が変わっていることを実感していると、いつの間にやら子ども達が集まってくる。大体3歳ぐらいから小学校低学年ぐらいの子達なのだろうか。知らない人がいきなり現れたのだから警戒しているのだろうか。じろじろと見られ様子を伺われる。その中に紗枝さんが割って入ってくると、子ども達が、「しおみせんせーだ!」と紗枝さんに集まってくる。もしかしてこの人小児科もやってるのか、それともここにもサボりに来ているのか、疑いの視線を向けるも、そんなものは気にも留めず紗枝さんは子ども達に向けてこう言った。
「よしよし、今日はこのゆうきおねーさんが一緒に遊んでくれるからね!でもゆうきおねーさんは怪我で歩けないから、無茶はしたらだめだぞ?いいかい?」
そんなことを言うと、子ども達ははーい!と大きな返事をして、僕の元に集まってくる。そして、さっきの状況になっているわけだ。
残念なことに、僕は小さい子どもと接する機会はなかったので、当然ながらそのようなスキルを持っているわけもなく、どのようにすればいいのかわからず非常に混乱している。わたわたとしている間に、何人かの子ども達が喧嘩まで始めてしまった。
「おねーちゃんはわたしとおにんぎょうさんであそぶのー!」
「ぼくがおねーちゃんにえほんよんでもらうんだもん!」
と、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまう。足が動かない僕はそれを止めることすらできない。紗枝さんに視線で助けを求めてみるも、にまにまと見ているだけで助けてくれそうにない。どうにかしなきゃと考えるほどに混乱してしまう。そんな時だった。
「こら!あんまりその姉ちゃんを困らせんな!」
小学校6年生くらいの男の子だろうか、子ども達の中では身体の大きい男の子が、というよりも今の自分よりも大きいかもしれない男の子が、喧嘩している子達の中に割って入る。子ども達をなだめ、慣れたようにこう言った。
「じゃあじゃんけんで順番決めな。負けても文句は言わないこと。時計のおっきい針が次の数字になったら交代な。姉ちゃんもそれでいい?」
テキパキと指示を出すその子に僕はこくこくと頷くことしかできなかった。
ひとしきり子ども達と遊んだけれど、ものすごく疲れた。
こっちはほとんど移動できないというのに、御構い無しにくっついてきたり、引っ張ってみたり。絵本読みは好評だったけれど、お人形さん遊びは恥ずかしすぎて、下手くそだといわれたり。一人称に今までと変わらず『僕』を使っていたら、女の子達に「『僕』は男の子の言葉だから『私』って言わないとダメだよ」と一人称を『私』にすることを強要されたり。やっと解放された僕を尻目に、紗枝さんはニヤニヤとこちらを見ている。
「いやぁ、なかなか可愛らしかったよ、勇気おねーさん?」
そのにやけ面を止めろと反論したいけれど、そんな元気もない。
「お疲れの様子だねぇ、まぁ『あれだけ動き回れば』仕方ないか」
「……え?動き回ってってどういう……」
僕は立って歩いてなんてそんな真似できないから、紗枝さんのその台詞はおかしいものに聞こえる。
だけど、僕に構わず紗枝さんはこう告げた。
「ん?気づいてなかったのかい?勇気ちゃんは今日、おもちゃや本を取るのに、はいはいのように足を引きずって移動していたじゃないか。いやー、これをきっかけに足がもっと動くようになるといいねぇ」
ふと思い返してみると、確かに立って動いてはいなかったけれど、足を引きずって数センチぐらいの移動はしていた。でもほんのちょっとだから、動いたとは言い難かったけれど、確かに今までから見ればかなりの進歩だと言ってもいい。
「というわけで、小児病棟での子守体験はリハビリメニューに追加だね。いやー、勇気ちゃんが楽しそうで何よりだったよ。リハビリとはいえやっぱ楽しくないとねー」
「いや……めちゃめちゃ疲れただけだったと思うんですけど」
そう言うと、紗枝さんは無言でケータイの画像を見せてくる。
それを見ると、笑顔で子ども達と遊ぶ、1人の女の子の姿が写っていた。




