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『僕』が『私』になれるまで  作者: ときひな
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プロローグ 『私』の今と『僕』らの思い出

「ーーさーん。ーー悠希さーん」


春の陽気のせいか、疲れていたのかうとうとする。ガヤガヤとした病院の喧騒がまた心地いい気もする。このまま寝落ちてもいいとさえ思ってしまう。

病院のソファーの柔らかさに体を預けてしまいたかったが、そのようにはならなかった。


「悠希、呼んでるよ。」


体を軽く揺すられ、自分が呼ばれていることに気づく。

もっとも呼んでくれている看護師さんではなく、たまたま病院で鉢合わせて付き添ってくれた幼馴染の声で気が付いた。

目を擦り、あくびをひとつする。


「ん、ありがと佳奈」


本当は寝てしまいたかったのだが、重い体を起こし、受付窓口へ。佳奈が、いってらっしゃいと手を振り送ってくれる。


「次はまた、4週間後の検診です。体調が悪くなったらすぐ言ってくださいね」


会計を済ませ挨拶し、佳奈のとこへ戻る。佳奈はもう荷物をまとめて、こちらの方へ近づいていた。


「ごめん、待たせたかな」

「ううん、好きで待ってたんだし、大丈夫だよ」


佳奈とは家が未だに近いので、結構頻繁に会っているのだが、ここ最近はお互いのタイミングが悪く、病院なんて待ち合わせもしないような場所で出くわしたのだった。

ちょっといい?と一言添えて、佳奈の手がお腹へと伸びる。


「お腹出てきたよね。大丈夫?辛かったりしない?」


お腹を撫でながらそんな事を訪ねられる。

病院に来ている理由は、この出ているお腹の定期検診のためだ。お腹が出ているといってもメタボリックになったとかそんなわけではなく、このお腹の中に、もう一人分の命が宿っているからである。

自分自身こんなことになっているなんて想像もしたことなかったが、人間慣れるものであり、今ではこう……母性本能だろうか?このお腹の子がとても愛らしくある。まだ顔も見ていないのに不思議なことである。


「ここ最近は安定してるから大丈夫だよ。それよりも、佳奈はなんで病院に?」


ここは総合病院なので、産婦人科以外の窓口もあるのである。ふと、お世話になったーーついさっきも会ったけれどーー脳外科の先生のことを思い出しつつ、佳奈が変な病気だと嫌だなぁなどと考えを飛ばすが、


「悠希と同じ産婦人科にね。……2ヶ月だったんだ」


不意をつかれたため、言葉がでなかった。いろんな思いが駆け巡り、だけど行動には移せた。

お腹に負担をかけないよう、佳奈に抱きつく。佳奈の方が身長が高いので抱きしめてはあげられなかった。


「月並みだけど、おめでとう」

「ふふっ、ありがと」


ぎゅー、っとお互いに抱きつき合う。昔から見ると信じられないかもしれない感情表現の方法なのだが、慣れたものである。かといって長時間は他の人の目が気になるのですぐ離れるけれど。

一頻り喜びを分かち合った後、お互いの予定を確認し、ちょっと早めのランチをとろうということになった。


病院近くで見つけた小洒落たカフェに入る。優柔不断なのでメニューを見て悩んだけれど、好物のミートソースのスパゲッティを選んだ。佳奈はツナや卵のサンドイッチのセットだ。


「サンドイッチだけで足りるの?あ、でもつわりがキツい?」

佳奈は見かけによらず、意外と食べるので、いつもより少ない食事に心配になる。


「うーん、ちょっとキツいのはあるかな。それより悠希こそ全部食べれるの?」


意地の悪い笑顔で問いかけられる。予想してなかった反撃に少し狼狽えたけれど、

「お腹の子の分も食べないといけないからね。大丈夫だよ」


フォークをクルクル回しスパゲッティを食べる。……美味しい、ここの店は覚えておこうと思う。

食事をとりながら、思い出話に花を咲かせる。小学校の時のこと、中学校の時のこと、高校の時のこと、その後のこと。

佳奈とは高校卒業までいつも一緒にいた。嬉しいこと、辛いこと、悲しいこと、いつも一緒に分かち合ってきた。幼馴染だから、といえば話は簡単だけど、それだけじゃなく。

いつも一緒にいてくれるかけがえのない親友だ。それだけは昔も今も変わらない、これから先も変わらない事実だ。

話しながら食べてるから、すごく食べるのが遅かった。行儀が悪いとかは見逃してほしい。

ふと、佳奈から話しかけてきた。


「でもさ、悠希に先越されるなんて思わなかったなー」

「またその話?」


ちょっと悪態をついて答える。

妊娠したことを伝えた頃から何回も言われているのだが、会うたびに「先越されたー」と言われてるのだ。悪態もつきたくなる。

結婚は向こうが先だったから良かったのか、それとも結婚が後だったのに妊娠が先だったからなのか、考えても仕方がない。

少し思考を飛ばしてると佳奈が、


「だってだよ?私の方が10年近くも女の先輩だったのに出産は悠希が先輩なんてねー」

……なるほどそっちだったのか。


「……そればっかりは運だったりとしか……」

「そうなんだけどさ、自分もやっと同じ立場になってみて感慨深くなってね」


……わからなくはないかな、とお茶を濁す。感慨深くなってるのはいいんだけど嫉妬もあるよなぁと思わなくない。

でも、あの日々からもう10年近くたっているのだ。感慨深くなるのも頷ける。


「今度匠も誘ってお祝いしよっか。上手くいけば匠のとこの子と3人で同学年だし」

「私たちみたいに仲良くなれるといいね」


そんなことを言い、佳奈がこちらに微笑みかける。

匠は佳奈と一緒で保育園からの幼馴染だ。高校を卒業するまでずっと一緒にいた、大切な幼馴染達だ。

でも、高校の時はちょっと、いやかなり?一悶着があったのだけれど、今でも連絡とって仲良くやっている。

産まれてくるこの子たちも、同じように仲良くしてほしいと思う一方、自分のようにはならないでほしいと思う。

そんなふうに思い、顔をうつむかせそうになるのを堪える。


「『僕』みたいにはなって欲しくない……とかそんなこと考えた?」

……バレたかと落胆する。


「……さすがだよね。顔に出てた?」

「いや?……でもわかるよ、悠希の考えることなんかさ」


ふぅ、と1つため息をつく。敵わないなぁ、と思う。

いつだって佳奈には考えることがバレバレで、匠にはいつも助けられて。

2人がいなかったらどうなっていたんだろか。……あんまり考えたくはないな。そんなこと考えてるのも佳奈にばれたら面倒くさそうだ。


思い出話をしたついでに、せっかくだから思い返してみよう。

あの時何があったのかとか。どうして今こうなっているのかとか。今のこの時は正解だったのかとか。

答え合わせをしてみよう。

匠と佳奈との関係を。今の両親との距離感を。もう一人の幼馴染の彼女のことを。

4人で遊んだあの頃と、3人で遊んだあの頃を思い出して。

『僕』が『私』になるまでの、青春のモラトリアムを。

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