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ホスト亭主の浮気シーズン1

作者: 岩本翔

これもばらばらだった物語を編集し、一編の短篇に仕上げました。よろしくお願いしますm(__)m

ホスト亭主実践編





シーズン1





惚れてはいけない客に惚れてしまい、ホスト亭主が苦悩する。





家族を持つホスト亭主は客に惚れる行為はタブーとされる。





妻はホスト亭主の浮気を、生活費の確保という名目で許容出来る範囲内で許している。





「あなたの仕事で浮気をするのは仕方ないけれど、本気になって家族に持ち込まないでよ」




妻が言う本気とは、営業上の擬似恋愛のことであり、それから逸脱して、プライベートに被るような本気にはなって欲しくないと言うことを、常日頃妻は言っているのだ。





「分かっているよ。俺はそんなに馬鹿じゃないから」





ホスト亭主は妻の前では、妻に余計な心配をかけまいと、そう意気込むが、実際問題、営業上の擬似恋愛には、本気になってしまいそうな落とし穴が、無数にあるのをホスト亭主は熟知している。





今回の浮気騒動は、妻にはまだ伝えてはいない。





しかし、本気指数がかなりボルテージを超えているのだ。





相手は世間で言うところのブスだ。





目も一重で黒縁眼鏡を掛けており、体型はポッチャリ型。





目立たず、風采が上がらない、何処にでもいそうなOLなのだが、その控え目で大人しい性格にホスト亭主は惚れてしまったのだ。





ホスト亭主はその客にこう言った。





「トイレに行って、誰か先に入っていたら、催促のためにノックはする方ですか?」





客は答えた。





「しません。私、待ちます」





ホスト亭主は笑い、そして恋心が芽生えた。




その客が何回か来店し、ホスト亭主に身の上を打ち明けた。





「私は母子家庭の娘で、母さんは、アパート経営をしていたのですが、私がいるお陰で、母さんは好きな人とも一緒になれず、一週間前程に苦しんだままガンで亡くなったのです。母さんがガンになったのは私のせいなのです」





ホスト亭主は問い質した。





「ガンで死んだのが何故貴女のせいなのですか?」





客が瞼を伏せ、苦悩を湛えつつ答えた。





「私が悩ませてばかりいたから、母さんはそのストレスでガンになり、幸せも掴めず、死んで行ったのです」





ホスト亭主が反論した。





「でもそれは貴女のせいではありませんよね?」





「いえ、私が親離れ出来なかったから、母さんは女の幸せも掴めず、ガンにもなり、死んで行ったのです。それは全部私のせいなのです」





ホスト亭主が明るい感じで客の話を笑い飛ばし言った。





「貴女が親離れしなかったから、お母さんはガンになったのですか?」





客が頷き、涙ぐみながら答えた。





「私のせいです。私が親離れしないで、いつまでも母さんに心配掛けたから、母さんはガンになってしまったのです。間違いありません」





その迷信とも言える健気な思い込みに、ホスト亭主は逆の意味で想いを募らせて行った。




「そんなの迷信ですよ。貴女の母さんがガンになったのは運のせいであり、貴女のせいではないと僕は思います」





「私が親離れ出来ないから悪い運を持ち込んだのです。だから私、ここで遺産を全部遣ったら、母さんの後を追い、天国で詫びようと考えているのです」





所謂後追い自殺。





その話を聞いた後、暫くこの客は来なかった。





死んだのではないかとホスト亭主は気を揉み、月日が経って行った。





不思議なものだ。





そぞろ、客の安否を気遣う余りに、ホスト亭主の恋心はどんどん募って行った。





ホスト亭主は自問自答する。





何故あんな客に自分が惚れなければならないのかと。





自分には家族がおり、稼業であるホストは、明らかに生計を維持するためにやっているのだ。





だから客に惚れてしまうのは、本来的にタブーと言える。





ましてや、母の後追い自殺を目論んでいる客に惚れるのなんか以っての外と言って良い。




「一緒に死にたいのか?」と、ホスト亭主は自問自答を繰り返す。





「一緒に死にたいのではない。安否が気になるだけだ…」





「何故、安否を気遣うのだ。それが惚れている証拠ではないか?」





「俺はあんな風采の上がらない、デブ女になんか惚れちゃいないぞ」





「本当に惚れてないのか?」





「分からない。ただ生きているかどうか、それを心配しているだけさ」





「本当か?」





「本当だとも…」





そんな自問自答を繰り返していたある日、その客は忽然と現れた。





久々の来店にホスト亭主は緊張しながら、接客をする。





疲れ切った表情をして客が言った。





「すいません。私どうしても一人では死に切れないのです。あなた、私と死んでくれませんか?」





客の申し出に、ホスト亭主は愕然として、思わず笑ってから答えた。





「本気で言っているのですか?」





客が憔悴し切った感じで微笑み、答えた。





「嘘です。すいません」




間を取るようにホスト亭主が微笑み、客の前に置かれているタンブラーに細やかな手つきで水を継ぎ足し、言った。





「例えば後追い自殺をするにしても、死んだお母さんは喜びますかね。何度も言いますが逆に悲しむと思いますよ」





客が答える。





「でも私社会不適合者だし、母さんがいないと何も出来ないし、もう寂しくていられないのです。どうしていいのか分からないし…」




「何かの仕事をなっさってみてはどうですか?」





客が涙ぐむ。





「母の事務所を手伝っていただけで、私には他の仕事なんか出来ません」





戸惑いつつも、ホスト亭主は客を励ます。





「生きる道を探しましょうよ。死んだら一巻の終わりじゃありませんか?」





小声で客が答えた。





「でも、それしか道が無いのです…」





ホスト亭主が軽く息をつき続ける。





「お母さんは、あなたが力強く生きる事を望んでいると絶対に思いますよ。何か生きる目的、例えば恋愛とかをして、生きて行きましょうよ?」





客が顔をしかめた。





「私は恋愛なんか、そんな大それた事出来ません」





ホスト亭主が笑った。




「そんな事はありませんよ。この世には一部を除いて恋愛出来ない人なんかいませんから」





「私がその一部ならば到底出来ないでしょう。それともあなたが私の恋愛相手になってくれますか?」





立場上、ホスト亭主は擬似恋愛の申し込みを断るわけにはいかないので、演出としてのスマイルを湛え、頷いた。





「分かりました。今日営業が終わったら、飲みにでも行きましょうか?」




2




カウンターバーに移動、酒席が変わり、リラックスした感じで二人が語り合う。





ホスト亭主が切り出す。





「はっきりと言えば、僕は所謂仕事で貴女と付き合うわけです。だからある一線は越えられません。その一線を越えない範囲内で、僕は貴女に生きて貰うつもりで付き合うのです。だから僕は貴女と一緒に死んだりはしません。それが一線を守ることに繋がりますから」





カクテルに口をつけてから、客が尋ねる。





「ある一線と言うのは家族を守ると言うことを言っているのですか?」





ホスト亭主が頷いた。




「そうです」





客が黒縁の眼鏡をかけ直すように片手で眼鏡を矯正してから、言った。





「では、私はあなたに一緒に死んで貰うように付き合います」





意外な展開にホスト亭主が思わず笑った。





「生きる対死ぬの闘いが、僕等の擬似恋愛と言うことになるのですね。それならば…」





「それならば、何ですか?」





「ならば貴女は客で、僕はホストですから、貴女は僕に貢いで下さい。そして僕は貢いでくれた、その恩返しに貴女を生かしますから」





客が会話を楽しむように微笑み、言った。





「私はあなたに死を貢ぎます」





ホスト亭主が幾分気負った感じで言う。





「生活はある意味、めり張りをつけたけじめで成り立っていると僕は思うわけです。つまり横線に対する縦線ですね。やることをきちんとやらないと、生活は成り立って行きません。だらし無い人間には、社会は冷たく、生存競争にも勝てないわけです。だから僕は生きるために仕事をし、めり張りの効いた生活を優先しているのです。だから僕は死ぬわけにはいかないのです。家族の為にもね」





客が答える。





「私はだらしなく、生きる価値が無いから、死の代表たる横線であり、その横線たる私が、縦線であるあなたを死なせるのですから、あなたはやがて横線になるのですよ。きっと」





ホスト亭主が笑った。




「僕を食い破るというのが、貴女にとって人生の目的になるのならば、僕は大いに世間を代表する縦線となり、貴女の横線、つまり死に対抗します。悪しからず」





客が愉快そうに微笑み言った。





「私はあなたを死なせます」





ホスト亭主がやはり微笑み返し断言する。





「僕は死にませんよ。絶対にね」





酒の勢いを借りて、ホスト亭主と客は身体を繋げた。





ホスト亭主にとってはプロセス的に物珍しい性体験となる情交は、ひたすら客が受け身を取り、だらしなく淫らで一人官能に酔い、喘ぎ、行ってしまう身勝手でお粗末な官能の形となった。





だが情交が終了した後、異変が起きた。





そのだらし無いだけの情交をホスト亭主は素晴らしいものだと感じたのだ。





別段いつも取り交わす別の女性との情交と、さほど変化は無い筈なのに、客の淫らでだらし無いキャラクター故に、ホスト亭主はその情交の虜になってしまった。





酒のせいかもしれないと、ホスト亭主は考えるが、恋心は益々募って行った。





「すいません。つまらなかったでしょう。私経験も浅いし。何も出来ないから」





ホスト亭主が本音を隠し、さりげなく感想を述べ立てる。





「まあ、こんなものですよ」





客が頭を下げ謝罪した。





「すいません。こんな私とここまで付き合ってくれて」





ホスト亭主がかしこまり、反射的に会釈を返した。





「いえ、こちらこそ、有り難うございました」




3





客は来店しては消息を絶ちの繰り返しだ。





消息を絶つ、その行いには、当然死のにおいが漂う。





その死のにおいに、言わばホスト亭主は安否を気遣い惚れているのであり、それは死に神に惚れていることと同義だと言って良いだろう。





三つ子の魂百まで。





人の心と言うのは不変のものと言ってよい。




変えようとしても、変わらないのが人の心なのだ。





だがホスト亭主は自分の情熱で、相手の心が変わると思い込んでいる自己認識がある。





それが客に対する自分の愛の表現だと思っているのだ。





だが客は、その情熱を逆手に取って、寂しいだけの自分の死にホスト亭主を巻き込まんとしている。





不変の心は力学的に見ても、心を変えようとする情熱よりも強い筈だ。





だから。





ホスト亭主は蟻地獄のような恋愛の中で、もがいている縮図が、なす術もなく浮き彫りになるのだが、ホスト亭主自身、憐れにも、それに気がついていない節がある。





親を慕って後追い自殺を計ろうとしている娘。





それは言わば依存心に端を発した甘えにしか過ぎない。





だがホスト亭主にしてみれば、恋する者の弱み、その甘えが健気さに見える。





独り立ち出来ない子供のようなただ甘えた心に、ホスト亭主は親心よろしく惚れてしまっているのだ。





憐れみに対する慈しみのごとく思慕なのだが、それも恋愛感情には違いなく、ホスト亭主は切々と胸を痛めている日々が続いている。




客は鬱状態になるとメールや、電話を受け取らない。





それがホスト亭主を益々心配させる。





不意をつき客が又しても来店した。





少し強い口調でホスト亭主が客を詰る。





「何故いつも電話やメールに応じないのですか。わざとやっているのですか?!」





客が俯き答える。





「私、躁状態では電話やメールの受け答えは出来るのですが、鬱になると何も出来なくなってしまって、すいません…」





そう言われるとホスト亭主は何も言えなくなり、絶句してしまった。





そんなホスト亭主を窺うように、客が言って来る。





「あの、良かったら、今度私と一緒に海を見に行きませんか?」





ホスト亭主が答える。




「海ですか。海に行って何をするのですか?」





客がもじもじとしてから答える。





「心配しないで下さい。けして一緒に死んで欲しいとかは言いませんので。ただ普通の恋人同士のように、手をつないで歩いてみたりしたいだけですから」




ホスト亭主が腕を組み、おもむろに頷いてから応じた。





「分かりました」





4





客が全く消息を絶った。





ホスト亭主は狼狽する。





心配で食べ物も喉を通って行かない。





妻がそんなホスト亭主の身を案じる。





「どうしたの、風邪?」




ホスト亭主が首を振る。





「いや、大丈夫だ。心配無い。少し胃をやられているだけだから」




「お医者さんに診て貰ったら?」





「いや、大丈夫だ。心配ない」




「余りお酒とか飲むと、胃だけではなく、肝臓がやられちゃうわよ」





ホスト亭主が頷いた。




「分かっているよ。気をつける」





自分の部屋に戻り、ホスト亭主は横になり、瞼を閉ざし寝ようとするが、なかなか寝付けない。





乱心とも言える自分の懊悩をどうすることも出来ない。





自分の心を制御する理性のたがが、恋心によって押し込まれ、散り散りになってしまっている。





ホスト亭主は深くため息をつき、煙草に火を点けた。




駄目元でもう一度客に電話するが、留守録にしかならない。





ホスト亭主はその留守録に、うろたえる心のままに、連絡を下さいとメッセージを入れた。




全てを投げ打ち、妻や子を棄てて、死地に赴くわけにはいかない。




だが客の消息が気掛かりでならない。









叫び出さんばかりの懊悩に、ホスト亭主は眠れず気もそぞろになり、ベッドの上でてんてんとするばかりの状態が続く。





妻との離婚が妄想のように頭を駆け巡り、ため息をついてはそれを打ち消して行く。





懊悩のしじまから滲み出る自問自答。





「妻と離婚する」





「離婚などしてどうするのだ。あの客と死ぬのか?」





「いや、死にはしないが、一緒にいてやりたいのさ」





「そんな事出来るのか?」





「…出来る」





「本当に出来るのか?」




「…出来ない」




「出来ないならば、あんな客のことなど考えるな?」





「それは無理だ。どうしても心配でならない」




「お前が家族を捨てたら、家族は滅びるぞ!」





「分かっている。分かってはいるのだが、どうすることも出来ないのだ」





「整理をつけろ。あんな客の事は忘れるんだ」




「…それは出来ない」





「ならばどうするのだ?!」





「…自分でもどうしていいのか分からない」



5





最近指名率が落ちたことに、ホスト亭主は改めて気が付いた。




客は敏感なのだ。





ホスト亭主が接客をしていても、上の空なのを腹に据えかね、客がオーナーに告げ口したのだ。





どの客なのかは分からない。





だが、それは間違いない事実だとホスト亭主は思う。



仕事をおろそかにしていた事実。





それは厳然とたちはだかっている事実なのだ。





色恋沙汰にうつつを抜かし、仕事をおろそかににしていれば、やがてその色恋沙汰に殺されかねない。





嫉妬だ。





ホストは絶対に客に惚れてはならないのだ。




掟を破り、一人の客に惚れてしまえば、顧客管理のバランスが崩れ、命取りになりかねない。





ホスト亭主は深くため息をついた。





そんなホスト亭主に追い撃ちがかけられた。




顧客を他のホストにとられてしまったのだ。




文句は言えない。





生存競争は熾烈を極めているのだ。





少しの油断も命取りになりかねない。





他のホストに盗られた客が来店し、ホスト亭主の方に恨めしげな視線を送る。





ホスト亭主はその流し目に自分の視線を絡めようとはしない。





油断をして指名獲得競争に後手を引いたのは間違いない事実なのだ。





ホスト亭主は己の恥じるべき恋心を唾棄し、がむしゃらに接客に集中した。





だが時既に遅しで、顧客はホスト亭主の焦りを嘲笑うかのように、次々と離れて行った。




妻が訝る。





「どうしたの。指名の数が落ちているじゃない?」





ホスト亭主は給料明細書を妻に見せるのが慣わしだ。それを妻が見て不審がっているのだ。





ホスト亭主は苦しい弁解をした。





「体調が悪くて、精彩を欠いたようだな」





「胃の調子が悪いの?」




ホスト亭主が頷いた。




妻が心配そうに忠告する。





「お酒を控えなさいよ?」





ホスト亭主が頷いた。




「分かっている。それは承知しているのだが、酒を飲むのが仕事だからな…」





「でも身体を壊したら元もこもないじゃない?」





ホスト亭主が一度けだるそうに息を吐きだしてから頷いた。





「分かった。酒を控えて、巻き返してみるよ。だから心配しないでくれ」




だがそうは言っても、恋は盲目であり、消息を絶った客の事が心配でならない。





その気遣いはどうしても変えることは出来ない。




仕事に入った時は無心に仕事に励むが、終了すると心が塞ぎ、まるで鬱病のごとく状態になってしまう。





悶々とする気持ちをどうしても抑えられない。




もう一度会って、声を聞きたい。





そう思うと、ホスト亭主は切なくなり、独り涙ぐんだ。





誰にも見せられない涙を、誰にも見せられないままに手の甲で拭い、ホスト亭主はしゃくりあげた。





そして絶対に身を結ばない恋に、ホスト亭主は胸を痛め、悲しみに暮れて行った。





とにかく恋を忘れようと、ホスト亭主は考えた。




生活を元に戻し、業務に徹するしか道は無いのだと、自分に言い聞かせる。





そんな矢先、唐突に客からメールが入った。




(さようなら)





それだけのメール。





携帯電話を持つホスト亭主の指は小刻みに震え出した。





ホスト亭主は返信する。





(今、何処にいるのですか?)





返信は無い。





ホスト亭主はやみくもに(今、何処にいるのですか?)メールを繰り返した。





だがどうあっても返信は無い。





さようならの意味はイコール死という最悪の形が予測されるので、ホスト亭主の心は果てしなく乱れて行く。





居所さえ掴めればという焦りが擡げ、ホスト亭主の身体を震わせている。





咄嗟に思い付いたアイデアをホスト亭主は実行に移した。





ネットで命の電話関連のサイトを見つけ、そこに電話をかけた。




「個人情報の問題もありますし、当方はその人本人の電話しか受け付けない方針を取っておりますので」





その返答にホスト亭主は食って掛かった。





「でも相手は自殺を図ろうとしている鬱病患者なのですよ。事は緊迫を要しているのです。電話で注意を促す事位出来るでしょう?!」





「失礼ですが、あなたは身内の方ですか?」




ホスト亭主は一度口ごもった後、言った。





「いえ、違います」





「それならば余計個人情報の問題が絡みますね」





ホスト亭主が怒鳴った。





「こうして話している間にも死んでしまうかもしれないのに、もういい!」





ホスト亭主は電話を叩き付けるように切り、客に再度電話したが、やはり出ない。





怒りを飲み込むようにホスト亭主は深く深呼吸をした。





例え命の電話サイドから電話が掛かっても客が出なければ無駄だ。




その考えに至り、ホスト亭主はやるせなく笑い、一人ごちた。





そして携帯電話のGPS機能を使えば良いという考えが閃き、その足でホスト亭主はショップへと向かった。





「親戚の者だけれども、家出人なので、この番号の者の居所を知りたい」





と申し出ると、話はスムーズに通り、パソコンによる検索が始まった。





「駄目ですね。電源が切られています」





落胆し肩を落として、ホスト亭主はショップを後にした。





途方に暮れるホスト亭主。




乱れる心は客の面影を偲び、涙となって滴り落ちて行くばかりだ。




客の死を覚悟した時点で、ホスト亭主の頭は真っ白になった。





何も考えられない。





虚ろなままホスト亭主は海へと向かった。





電車に乗り、一度滲んだ涙を拭い、そのまま車窓から流れ行く景色を眺める。





幾つの駅に停車したのか覚えられない状態のまま海辺の駅に辿り着き、電車から降りた。




海を見た途端ホスト亭主の目頭にもう一度大粒の涙が溢れ出した。




一緒に死にましょうと言った客の声が脳裡に甦って来る。





立ち止まり、ホスト亭主は人目を憚らず嗚咽した。





そしてもう一度手の甲で涙を拭い、ホスト亭主は砂浜に向かって歩き出した。





砂浜に辿り着き、ホスト亭主はうずくまって号泣した後、客の電話番号を、吹っ切るように消去して、立ち上がり、狂ったように笑い続けた。

最近、心洗われるような命懸けの熱い恋を見掛けなくなったから、無い物ねだりで書いた作品です。(笑)通読有り難うございましたm(__)m

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