私の前世は悪女でした。
私の前世は最悪だった。
なにが最悪だったかって?私自身の性格だ。
前世の私の名前はマリア。マリアは裕福な家の生まれで、顔の造りも大変よく、俗に言う美少女ってやつだった。ただそんな家と容姿に生まれたせいなのか、彼女の性格は悪女そのもので、恰幅のいい父や化粧の濃い母に媚び、使用人は気に入らないやつはクビにさせ、気に入らない令嬢にもいつも嫌味ばかり言っていた。そのため周りにはお金や顔目当ての取り巻きしかおらず、信頼できる人なんて出来たことさえなかった。
マリアはその容姿から、沢山の男に言い寄られていた。そしてマリアは顔がよければ誰とでも付き合った。そのためマリアのその男遊びはすぐに噂になり、18になった頃にはやや遠巻きに見られる存在となっていた。
しかしそんなマリアも容姿と地位のおかげで年頃になればお見合いの話は後を立たず、その中から一番地位が高く顔が良い人を選んだ。
その人の名前はユキト。容姿だけでなく頭も良いというまさに優良物件だった。
結婚式も終え、このまま男遊びは落ち着くだろうと皆が思っていた。しかし、前世の私は違った。あんなイケメンな旦那がいながら、マリアは他の男と不倫していたのだ。
不倫相手の名前はカナタ。カナタはユキトとは違い、平凡な顔をした執事見習いだった。カナタは顔こそよくないものの、物腰が柔らかく誰にでも優しい性格であった。マリアはすぐにカナタのことが気に入った。
そもそもあんなに男遊びが激しかったマリアがたかが結婚でそれを止められるわけがなかったのだ。それに夫のユキトはマリアにベタ惚れで束縛も激しく、マリアをあまり外に出さないようにしていたようだった。
もちろん内緒にしていたカナタとマリアの関係はすぐにユキトにバレてしまう。しかも最悪なタイミングで。
その日はユキトは遠くに出張しており、帰ってくるのは来週だと言っていたため、マリアとカナタは同じベッドで甘い一夜を過ごしていた。そこに出張でいないはずのユキトが帰ってきたのである。
今思えばあんなに早く帰ってきたのは、薄々マリアの不倫に気付いていたんだと思う。むしろ束縛が激しくマリアにベタ惚れならば、気づかない方がおかしいだろう。
3人が寝室に居る場面は正に修羅場。しかもマリアとカナタの姿は明らかに主人と執事の関係ではなかった。
もちろんユキトは怒り狂い、カナタに掴みかかった。油断していたのかカナタは大した抵抗もできずに3階にある寝室から突き落とされ、恐怖で動けなかったマリアはそのままユキトに殺された。その時のユキトの顔はたいへん恐ろしく、今でも夢に出てくるほどだった。
こうして私の最悪な前世は幕を閉じ、マリアが私になったのだ。
私は前世の報復なのか、特に秀でた所もない平凡な少女になっていた。そして先日18歳になり、前世より長く生きてやると心に誓ったのは記憶に新しい。
さて、前置きが長かったが、ここから今世の話をしよう。私がいきなり前世の話を始めたのには理由がある。
なんだと思う?
あぁごめん、今シンキングタイムを設けるほどの時間はないんだ。悪いけど正解を発表させてもらうね。
正解は目の前にカナタの生まれ変わりが現れたからだ。
容姿は前世と全く違ったが、一目でカナタだとわかった。別に愛とかそういうのじゃない、断じて。
前世は平凡な容姿だった彼は、前世が不幸な人生だったからなのか綺麗な顔立ちをしていた。カナタはしばらく私を見つめた後、優しく微笑んだ。その笑い方は前世とすごく似ていて、彼がカナタだと確信するのには十分だった。
カナタはゆっくりとこちらに向かってくる。隣にいる友人は頬を染めてカナタに見入っていた。それほど今世のカナタの容姿は整っていた。一方私は、「(もしかして私がマリアだって気づいてるかもしれない。)」と思いつめていた。あと5メートルほどの距離になった時、耐え切れずにカナタから背を向けて走り出した。
もし彼が私がマリアだと気づいていたら何をされるかわからない。恨み言や暴言なら黙って耐えよう。しかし暴力やいじめ、最悪の場合殺されたりするかもしれない。そんなの嫌だ。でも殺されてもおかしくないくらいにマリアは最低最悪な女だったのだ。
悪いのはマリアであって私じゃない!そう叫びたい衝動に駆られながら、必死に足を動かした。
後ろも振り返らずに無我夢中で校舎内を走り続け、もう走れないと限界を感じて入ったのは人気のない音楽準備室。
さすがにもう追ってこないだろうと思いながら床に座り込み、震える体を抱き必死に小さくなろうと体を丸めた。
人気のない所に隠れて見つかったらどうなるかなど、走って疲労しきった頭の中では考えられるはずもなかった。そのことに気がついた時にはすでに遅く、カナタはもうすぐ近くまできていた。
まるでかくれんぼをしているかのように楽しそうに私の名前を呼ぶ彼の声から逃れるように教室の隅で丸くなる。しかしこんなことをしてもあともう何分後にはカナタに見つかってしまうだろう。
そしてとうとうカナタの足音が音楽準備室の前まできた。私は現実逃避をするかのように目を瞑った。
しかしいつまでたっても扉は開く気配がない。何事かと思い、扉の方を見る。するとそこには確かにカナタがいたが、誰がと話しているようだった。ガラスがくもっていてカナタともう一人の表情は見えなかったが、会話の内容から察するにカナタは教務室に呼ばれているようだった。
「あとで行くからお前は先に帰ってていいよ。」
「いいから行けって。お前が教務室行かねえと俺が怒られるんだよ。」
「すぐに行くよ。でも今じゃなくていいだろ。」
「いいや今じゃなきゃダメだ。それにお前こんなところで何してんだよ。」
「…探しものだよ。」
びくりと肩が震える。カナタは私がこの教室にいることがわかっているんだ。だから逃すまいとしているんだ。しかし話し相手もなかなか引き下がらない。どうやら不審な行動をしているカナタを怪しんでいるようだ。
「こんなところに探しもの?おまえこの校舎ほとんど来てないだろ?」
「うるせーな、お前には関係ないだろ。」
「いいから行け。探しものなら俺が探しておいてやる。」
「いいよ!教務室いきゃあいいんだろ!俺が言ったrお前もすぐ帰れよ!」
「なんだ、はじめからそう言えよ。」
どうやら話し相手のほうが勝ったようだ。ほどなくカナタはとぼとぼと扉の前からいなくなった。そしてそれに続いて話相手もいなくなるのかと思いきや、そのまま扉の前に立っている。どうかしたのだろうか。早く帰ってくれないと私も帰れない…と内心悪態をついていたほんの数秒前の自分をぶん殴りたい。
突如開いた扉の向こうにいたのは、カナタ以上に知っている人物だった。
「ユキト…。」
「やっぱりここにいたんだ、久しぶりだなマリア。」
「やっぱり…って。」
「カナタがあんなに必死に探してて、あんなに必死にこの扉を隠そうとするからさ、まさかと思ったけど…。」
ユキトはジロジロと私を見る。そして昔と変わらない笑みを浮かべるのだ。私のことが可愛くて仕方ないって笑顔。でもそれは前世の私が見まごうことなき美少女だったからであって今の私は平凡なお世辞にもかわいいといえる容姿ではない。
「マリア、やっぱりお前は可愛いな。顔が前世と違ってもわかるよ。顔以外はまったく同じだ。笑顔も仕草も癖も匂いも全部。なぁ、カナタを殺した俺が怖いか?お前を殺した俺が怖いか?あぁ顔に書いてある、俺が怖いって。それでも俺のこと愛してるだろ?だって夫婦だもんな。俺達は夫婦のまま死んだんだ。ってことは夫婦関係は今世も有効だよな?だって離婚してないもんな。カナタのことはもう怒ってねえよ。俺がかまってやれなかったから悪かったんだ。もっとかまってやればよかったな。ごめんなマリア。だから今世でやり直そう?カナタはマリアは自分のことが好きだと思い込んでるみたいだけど違うよな?マリアは俺のことが好きなんだよな?」
この男は何を言っているのか。自分を殺した男を今もなお好きでいられると思っているのだろうか。前世の時からやばいと思っていたが今世でも相当やばい。
「そ、もそもどうしてカナタと仲がいいの?」
「どうして?仲がいいっていうか監視してたんだよ。俺より先にお前のこと見つけたとしてもすぐわかるようにな。案の定先に見つけられちまったけど、こうして捕まえたのは俺が先な訳だし?」
「やっぱりな、そんなことだろうと思ったよ。」
ちなみに言っておくが今の言葉は私が言ったわけではない。扉の前には教務室に行ったはずのカナタが立っていた。若干肩を弾ませていることからきっと走ってきたのだろう。
「ずいぶんと早かったなカナタ。」
「あぁ探し物が気になって戻ってきたんだよ。」
そう言ってカナタの目は真っ直ぐ私を射抜いた。まるで蛇に睨まれた蛙。ただただ彼に食べられるのを怯えながら待つしかないような状態だった。
「俺の探し物も丁度今見つかったんだ。」
「へえ、奇遇だなユキト。俺もたった今見つけた。」
「ひっ…」
ゆっくりと二つの手が私の頬を撫でる。それだけのことなのに体が震えてしまう。前世はむしろ私から触っていたのに、全くおかしな話だ。
「もうこの際だからマリアにもう一度言ってもらおう。」
「あぁそうだな。お前は今誰を愛しているのか、まぁ俺だろうけどね。」
「そんなこと言っていられるのも今のうちだぜ。」
二人の手は頬や首筋を優しく撫でる。しかしこの手がいつ私の首を絞めあげるのかと考えると二人の会話なんてまるで聞こえていなかった。
「で?マリア、どっちなんだ?」
「ど、どっちって…」
なんのはなしだ?どちらに殺されたいかという話だろうか。そんなのどちらも変わらない。どちらでもいいがなるべく楽に殺して欲しい。できれば死にたくない。
「素直にカナタがいいと言ってくれてかまわないんだよ。ユキトなんかより僕の方が君を愛してる。どうか僕だと言ってくれマリア。」
「この自惚れに言ってやれ。ユキトが一番だと。そうすれば優しくしてやる。誰よりもお前のこと愛してるんだわかるだろ?」
愛の告白ともとれるが、これは死刑執行人選出の演説だ。どちらを選んでも私は死ぬ。でも言い方によっては楽に殺してくれるかもしれない。でもここで下手をすればもしかしたら裏社会にでも売られてしまうかもしれない。それはいやだ。でもどうしようもないこの状況では、2人が我慢の限界に達する前に答えを出すことしかできなかった。
「どちらも、選べません…」
怖くて声が震えて涙も止まらない。やはり死への恐怖ははかりしれない。顔を上げて2人を見ると目を見開いて固まっていた。まずい、これは選択肢を間違えたとしか思えない。
2人はふいにお互いに目を合わせ、なにやらアイコンタクトをとるとどちらともなく頷いた。
そして何を言うでもなく私の腕を引いた。しかし私は恐怖で腰が抜け立てずまた座り込んでしまう。すると何を思ったかユキトが私を抱き上げ、スタスタと教室を後にした。もちろんその後ろをカナタがついていく。時折私の頬を愛おしそうに撫でるのが逆に怖かった。
私はこれからどうなるのだろう。
どんなふうに社会から抹消されるのだろうか。それは苦しいのだろうか。どれくらい辛い思いをしなければならないのだろうか。
いろんな考えが頭を巡ったが、わかることは一つしかない。
私は今世でも2人に殺されるのだということだった。
続き?後日談?書く予定です。