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四人の部族長

 両開きの扉を開いて外に出ると、そこには先程この部屋にいた四人がずらりと並んで立っていた。


「貴方達……盗み聞きしていたんですか?」


 険しい視線を向けるミルヒエルだが、彼女達はまるで気にした様子もない。

 ラミアーの女性が一歩(というのも変な話だが)進み出て悪びれもせずにいう。


「そんなはしたない真似しないわよぉ。ただ、折角お呼びしたニンゲン様ですもの。自己紹介もしないのは失礼でしょお? だから話が終わるまで待ってたんじゃなぁい」


 あまり険悪な雰囲気になられても堪らないので、ケイは一歩進み出て頭を下げた。


「ええと、お待ちいただいてありがとうございます。僕は竜宮ケイと申します。よろしくお願いいたします」


 ごく普通の挨拶だが、彼にとってはこれでも結構勇気が必要だった。

 差し当たって、彼は腰を低くして彼女たちに接していこうと考えていた。深い理由は無い。怖いから。


「ふうん。中々礼儀正しい奴じゃねえか。気に入ったぜ。

 あたしはボルティマ。見ての通り、ヒッポケンタウロスだ。よろしくな、ケイ」


 下半身が馬の女性が進み出た。見事な栗色の毛並みが生えそろっており、まさに美しい馬のようだ。

 ワイルドな顔立ちに茶色のベリーショートの髪型が似合っており、綺麗と言うより格好いい雰囲気。

ケイはその差し出された腕を少し背伸びして握る。握力が強くて少し痛かった。


「あたしはン・ケセラ。ラミア族の代表よぉ」


 次に出てきたのは、下半身が蛇の女性。

 正確にはわからないが、全長はすごく長そうで、もしかしたら3m近くもなるかもしれない。

 上半身は割と日本人に近い顔立ちをしており、長い黒髪も相まってとても綺麗だ。

 とまあ、綺麗なルックスをしているのだが、ケイの一番の感想は、「言いにくい名前だなあ」だった。



「ルナルーンですわ~♪ ハルピュイアですの~♪」


 歌う様に喋るのは、腕の代わりに羽、足の代わりに爪を生やした少女。

 ふんわりとしたウェーブのかかった桃色の髪と、穏やかな顔つきが特徴的だ。

 ルナルーンは握手のつもりだろうか、その羽を差し出してきた。

 ケイは躊躇いながらも、その羽を軽く握る。すると、彼女は満足そうにその羽をひっこめた。どうやら正解だったらしい。


「おい、リルリット。寝てんじゃねえよ、お前も名前ぐらい言ったらどうだ」


 下半身に植物がまとわりついたような小柄な少女が、ボルティマに小突かれて前に進み出た。よく見れば下半身だけでなく、腕にも植物の弦のような物は巻き付いていた。質素な緑色の服と相まって、何処までが体なのかが分かりにくい。

 ポニーテールにした髪も緑色で、その上に花の冠なども付けているために全身が緑色に見える。


「ん……むぅ」


 その少女は眠そうな表情ながらもケイの目を見つめ、


「リルリット……ドライアド……」


 とだけ言った。事前知識が無ければどっちが固有名詞だがわからなかっただろう。


「さて、自己紹介も終わったところだしぃ。ケイ君を誰が預かるか決めなくちゃあねぇ」

「預かるって……?」

「だぁって、貴方、この世界じゃあまだ住む場所も無いわけでしょお? そりゃあ、後々は専用の家ぐらい建てさせるけどぉ、取りあえずの住所を決めないと」

「そういうのは普通、呼び出す前に立てるものです」

「そんなことやってたら、貴方に召喚の儀式するってばれるじゃなぁい」


 つまり、ケイを呼び出したのはかなりの見切り発車だったということか。


「しかしなあ、特定の種族が預かるっていうのはどうなんだよ?」

「あらぁ、じゃあボルティマ。貴方どこかいい場所でもあるのぉ?」

「ここじゃ駄目なのかよ?」


 ここ、と言うのは文字通り今いるこの建物と言うことだろう。


「あなたねぇ? 正気なのぉ? ここは儀式用の建物よぉ? ニンゲンに住んでもらうにはみすぼらしすぎるでしょぉ?」


 言われてケイも辺りを見回してみる。

 石造りの建物のようで、武骨な印象を受ける。ここから見えるのは外に繋がっているような扉と、先程出てきた部屋のみ。

 確かに、住居としてふさわしい建物ではないようである。


「でもなあ、特定の種族のもとに身を寄せるってのは賛成しねえ。公平じゃねえよ。話し合いの末ってならまだ理解できなくもないが、今はユルメリカとセンメイがいない」

「んん? この場にいない方が悪いのよぉ。審議拒否よ審議拒否ぃ」

「さすがにそれはまずいだろ!」

「も~、二人ともちょっと落ち着きなよ~。こーいうときに大事なのは当事者の意見でしょー? ね、ケイ君?」

「え?」


 急に話を振られた。

 先程のミルヒエルの言葉を聞いた通りだと、自分の身を権力を得るために利用しようと考えている種族がいるのだろう。そう考えるとボルティマの考え方は理解できた。

 それに加えて、今はまだどの種族の下に行くとかそういう積極的な判断を下せる状況でもないと思った。


「そうですね……僕はボルティマさんに賛成します。それに、僕はまだどなたの下に行くか決められる状況じゃありません。もう少し時間をもらえたら、と思うんですけど」

「妥当な判断かと」


 ミルヒエルが同調してくれたことで、ケイの発言の力も増したらしい。


「ま、そういうことだな。出来るだけ早くこの状況は何とかするからさ。ちょっとだけ我慢してくれよ」

「そうねぇ。明日にでも種族会議を開いて、ケイ君の居場所を決めるべきよねぇ」

「うんうん! ケイ君もそれでいい?」

「えっえっ」


 自分が一発言するたびに十ぐらい話が進んでしまう気分。まだ世界に馴染めていないケイにこのペースはきつい。


「ケイ様。共同体の種族及びその代表はこの場にいるのが全員ではありません。まだ、マーメイドのユルメリカと、アラクネー、つまり半人半蜘蛛のセンメイと言う女性がいます。

明日その二人を加えて会議を開き、そこでケイ様の意見を交えつつ今後のことを決めようということです」

「あ、有難うございます、ミルヒエルさん……」


 ミルヒエルがいてくれて本当によかったと思った。


「僕はそれでかまいませんよ」

「よっし、決まりだな!」

「では、早速あの二人に事の動向を伝えなくてはいけませんね」

「で? 誰が伝えに行くぅ?」


 一同、沈黙。譲り合いの精神ではなく、押し付け合いの精神が存分に発揮されているようだ。


「ユ、ユルメリカに教えに行きますわ~♪」

「ず、ずるいぞ! ルナルーン!」

「早い者勝ちですわ~♪ それでは~♪」


 ルナルーンは勝手に言い捨てて、飛び立ってしまった。


「あいつめ……じゃあ、誰かがセンメイに教えに行かなきゃいけねえのか……」

「私は嫌よぉ」

「フィフィも嫌!」

「あたしだってやだよ……」

「私も……」


 さっきまで寝ていたくせに、リルリットもわざわざ起き出して拒否している。そんなにもセンメイという人に会いたくないのだろうか?


「な、なあ、ミルヒエル」


 縋るような目でミルヒエルを見つめるボルティマだが、


「知りませんよ。ケイ様を勝手に呼び出したのはあなた方です。貴方達の誰かが行くのが筋と言うものでしょう?」

「そうなんだけどよぉ……」


 ミルヒエルにすげなく断られてしまう。

 活発な印象があるボルティマがこんな反応を示すとは。


「あ、あの。その、センメイさんと言うはそんなに怖い方なんですか?」


 恐らく明日会うことになる相手である。出来れば否定してほしいという願いを込めて、ケイは聞いた。


「怖いっていうかさ。頑固……面倒なんだよな」

「自己中なのよぉ、あの蜘蛛は」

「加えて、センメイはニンゲンを召喚することに一番反対していましたからね。かなり怒ると思いますよ」


 部屋の中の沈黙は一層重くなる。


「ま、私は無いわよねぇ。あの蜘蛛だって私と会いたくないでしょうしぃ」

「何だよ、ン・ケセラ。逃げるのかよ?」

「まあねぇ。貴方だって本心ではわかってるんでしょぉ? 私は人選ミスだってぇ」

「開き直んなよ……」


 ン・ケセラに便乗するような形で、リルリットも口を開く。


「私も、無理」

「何でだよ?」

「足、遅いから。ボルティマが行く方が合理的」


 確かに、見るからにボルティマの方が速そうではある。


「じゃあ、あたしが乗せて行ってやるよ。お前説明しろ」

「それは、無駄にも、程がある」

「ぐっ……」


 ボルティマは最後の希望、フィフィラティに目を向ける。


「やめといた方が良いわよぉ。こんなの派遣したらセンメイ、余計に怒るじゃなぁい」

「そのとーり!」


 どう考えても貶されているのだが、フィフィラティはなぜか誇らしげに胸を張っている。


「ほらほらぁ、往生際が悪いわよぉ。早くいってきなさいな」

「はぁ……気が乗らねえ」


 グダグダ言いながらも、ボルティマは建物を出てセンメイの下へと向かった。


「便利な、奴……」

「ほぉんと。単細胞で助かるわぁ」

「それがボルティマの長所だよ!」


 なんだか酷い言われ様だ。


「それでは、こちらはこちらで準備を始めましょう」

「準備って、何をするんですか?」

「寝床の準備ですよ。幾らなんでも、ケイ様に石の床に直接お休み頂くわけには参りません」

「じゃ、あれを持ってくるのねぇ?」

「そうですね。四人で運べば一回で十分でしょう。リルリット、起きてください。寝床の準備をしますよ」

「んん……」


 今気が付いたが、リルリットはまたいつのまにか寝ていたようだ。


「フィフィラティも。いいですね?」

「はいはーい!」

「それでは、行きましょうか」

「あ、僕もなにお手伝いを……」

「ニンゲンにそんなことさせるわけにはいかないわぁ」

「ですね。大丈夫ですよ、ケイ様。暫しお待ち下さい」

「そ、そうですか?」


 確かに勝手のわからない自分がいたって仕方がないかも……。そう考えたケイは大人しく待つことにした。

 しかし、『あれ』とは何だろうか。寝床の準備だから、恐らく寝具だとは思うが。

 ベッドだろうか。でも、人間がいない世界にそんなものあるか? 彼女達は大きさも様々だし。それなら、布団的な物の方が現実的かもしれない。

 色々と思考を巡らせているうちに、ミルヒエル達は戻って来た。


「お待たせいたしました」


 ミルヒエル達が持ってきたのは……藁だ。


「あんまりたくさんは準備できなかったけどぉ……ケイ君はまだ小さいしこれぐらいで良いわよねぇ」


 部屋の片隅に、藁が敷き詰められていく。

 確かに昔は藁の上で寝るのが普通だったと聞くが、まさか自分が体験することになるとは思わなかった。


「よーし! 準備は終わり! ケイ君! どっかに遊びに行こうよ!」


 自分の持っている藁を敷き終るなり、フェフィラティがケイに迫って来る。


「フィフィラティ。今日はもう夜ですよ。ケイ様にじゃれ付きたいなら明日以降にしなさい」


 ミルヒエルの発言はケイにとってなかなか驚きだった。この世界に召喚された時は昼間だったのだ。

 こちらに移動するまでの間に時間が掛かったのか、それともケイの世界とこっちの世界の昼夜がずれているだけなのか。


「そうねぇ、ケイ君も慣れない事で疲れてるかもしれないしぃ。私たちはそろそろ退室しましょうかぁ」

「つまんなーい!」

「聞き分けなさい。フィフィラティ。行きますよ」


 ミルヒエルはフィフィラティを部屋から押し出して、さらに寝ているリルリットを抱えて部屋を出て行った。最後に、


「今夜は私達もこの建物の中で休みますから。何かあったら仰ってください」


 とフォローするのも忘れない。

 ケイは天使に会うのは当然初めてだが、あらゆる意味で天使とはこういう存在なのだと納得させられるものがあった。


「ふう」


 四人が部屋を出て行って、ようやく一息つくことが出来た。なんだか妙に疲れたので、ケイは敷いてもらった藁の上に横になった。

 想像よりも柔らかく、寝心地は悪くなさそうだった。掛布団が無いのは落ち着かないが、余った藁を利用すればそれも解決できそうた。

 色々と考えた方が良いことはあるのだろうが、なんだか頭がうまく動かない。やはり非現実的な世界にいきなり飛ばされたことが効いているのだろう。

 ケイは少し休憩しようと思い、その瞳を閉じた。

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