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悪魔フィフィラティ

「ああ! あまりショックを受けないでください! 帰る方法は必ず私の方で準備させて頂きますから!」


呆然とするケイに、慌ててミルヒエルが告げる。


「帰る、方法?」

「ええ。ケイ様が元いた世界に戻る方法です。一刻も早くお戻りになりたいでしょうから」

「…………」


 そう言われてみて、ケイはここに来る直前に自分が何をしたかに思い立った。

 自殺。あれは誰がどう見たって自殺だった。召喚されるなどと言う、常識では考えられないミラクルが起こらない限り、自分は確実に死んでいた。

 今思えば衝動的にやってしまったことだとは思うが、だからと言って生きていたいと素直に思えるかと言うとそうでもない。

 もしこのままこのミルヒエルに送り返してもらったとしてだ。自分はもう一度死を選ばないと言えるだろうか? そう考えると、ミルヒエルに手間をかけるのが申し訳なくなる。


「ケイ様? どうしたのですか?」


 そんなケイの様子を怪しんで、ミルヒエルが覗き込んでくる。


「ニンゲンが来たんだって!?」


 そんな静かな空気をぶち壊して、一人の女性が飛び込んできた。


「も~、ミルヒエルったらずるいよ~、何一人で楽しんでるのさ~」


 そのまま女性はケイに抱き付いて来る。


「え、あの、ちょ!」


 小柄な割に豊満な体躯。無遠慮に押し付けられる体に、女性に免疫のないケイはアタフタしてしまう。


「フィフィラティ! 何をやっているんですか! 貴方は! 離れなさい!」

「ええ~、良いじゃん。ちょっとぐらい。フィフィ、ニンゲンって見るの初めてだし。ちょっとぐらい味見したって~」

「駄目です! 兎に角離れなさい! 彼はなぜ自分がここにいるかも良くわかっていないのですよ!」

「ちぇ~。つまんないの~」


 しぶしぶといった様子で女性が離れる。


「ま、いいや。えっと、君。ヨロシクね! フィフィラティだよ!」


 コロコロと変わる表情が魅力的な女性だ。ミルヒエルが何処か厳しさや真面目さを感じさせるのに対し、こっちの女性は奔放さやおおらかさを感じさせる。美しいというより、可愛らしい感じだ。赤い髪の毛や薄黒い肌と相まって活発な印象を与える。

 当然彼女も人間ではなかった。ミルヒエルとは違い、その背中には黒い羽が生えており、頭には二本の短い角が生えていた。


「見ての通り、彼女は悪魔です。テキトーな生き物です」

「ちょっと説明酷くない? ま~本当の事ではあるけどさ~」


 その口調などから、ミルヒエルがあまり彼女を好いていないことは窺えた。天使と悪魔が仲良しと言うのも変な話なので、正統と言えば正統だが。


「兎に角、今は彼、ケイ様にこの世界に連れて来られた経緯をご説明しているのですから、口を挟まないでくれますか?」

「へ~、君、ケイっていうんだ~」


 聞いちゃいなかった。


「……フィフィラティ。 私の言ったことを聞いていましたか?」

「うん、聞いてる聞いてる。で、ケイ君はどんな女の子が好きなのかな~? 真面目な方? 不真面目な方? 悪魔な方?」

「え、えっと、あの……」

「フィフィラティ! いい加減にしなさい!」


 返答に窮するケイを庇うように、ミルヒエルがフィフィラティを遮った。


「何だよ~。ミルヒエルは気にならないの?」

「気になるとか気にならないとか、そういう問題ではありません。物事には順序と言うものがあるんです。ここがどういう世界かもわからないのに、一方的に質問されたって困惑するだ


けでしょう」

「ちぇ~。わかったよう。でも、手短にね。フィフィ、ニンゲン見るの初めてだからいっぱいお話ししたい!」

「善処しますから。黙っていてくれますか?」

「は~い」


 短いやり取りではあったが、ケイには何となく二人の性格や立ち位置がつかめた。その上で、現段階ではミルヒエルの方が信用できそうな気もした。あと、フィフィラティみたいな少女は何となく苦手だった。


「ええと、何処まで話しましたか……。ああ、そうでした。元いた世界に戻る方法の話です」

「ええ~! ケイ、君帰っちゃうの~!?」


 三秒で約束を破り、フィフィラティが大声を出した。


「フィフィラティ…………。いえ、貴方に黙っていろなどと言った私が悪いんですね、きっと。いいですか、フィフィラティ。このような四次元的な干渉は互いの世界にとって好ましいものではない、これぐらいはご存知かと思いますが?」


 ケイはよくわからなかったが、恐らく自分がこの世界に来たのは良くない事だと思われているらしいという程度の理解は出来た。


「それは天使の都合でしょ~? 悪魔はそこまで厳格じゃないも~ん」

「これだから悪魔は……。大体、考えてもみてください。いきなり異世界に連れて来られるなんて、迷惑極まりない話ですよ。責任をもって送り返して差し上げるのが筋と言うものでしょう?」

「う~ん……言いたいことはわかるんだけどさあ……」


 フィフィラティは少し真面目なトーンでケイに語り掛ける。


「ケイ君はどう思うの? ミルヒエルが言うみたいに、元いた世界に帰りたいと思う?」

「僕、僕は……」


 さっきも思ったことだ。ここで送り返してもらうことは、自分の望むことなのだろうか?


「わ、わからない……」


 ケイの口から出たのは、そんな言葉だった。そして、それは彼の偽らざる気持ちでもあった。


「わからない? どういうことでしょうか?」

「そのまんまの意味だと思うよ。大体さあ。こっちの世界のことも良くわからないのに、判断しろっていうのが無理な話なんだよね」


 自分が質問したことを棚に上げて、フィフィラティは偉そうに語り始めた。


「何にせよ、判断材料ってのは必要なんだよ。ねえ? ケイ君?」

「え、あ、はい」

「……理解しかねます。自分の世界で生きることこそ正当だと、私は思うのですが」

「ま、フィフィやミルヒエルがヒトの気持ちを理解しようと思うこと自体ちょっと無理な話だしさ? 諦めてこの世界のことを教えたげよーよ」

「そ、そうですね。お願いします。ミルヒエルさん」


 便乗するような形ではあるが、この世界に来てから初めて意思表示が出来たケイである。


「はあ……ケイ様に仰られては仕方がありませんね。では、手短に。

 まず、見てお分かりかと思いますが、この世界はケイ様が以前住んでおられた世界とは違います。ケイ様の世界では神話などの中にしか存在しえないマーメイドやラミアなどが普通に存在しています。

 それど……先程も申しあげましたが、ケイ様のような所謂『ニンゲン』の類はこの世界には存在しません」

「一人も……いないんですか?」

「はい。ですので、ケイ様はこの世界における唯一のニンゲンになります」


 モンスターがいることにも衝撃は受けたが、本当に人間が存在しないとは……。

 だが、そう説明を受けるとこれはこれで疑問が湧いてくるものだ。


「でも、じゃあなんで僕を召喚したり……いや、それ以前にどうして人間の存在を知って……」


 要領を得ない発言ではあるが、ミルヒエルはケイのことを場を汲み取ってくれた。


「何故ニンゲンの存在を知っているか、というご質問については、後ほど回答いたします。その方が説明しやすいですから。

 そして、なぜあなたが召喚されたかということについてですが……」

「子作りするためだよーん」

「えええ!?」


 フィフィラティが突然話に割り込んできた、いや、それ以上にその言っている内容がとんでもなかった。


「フィフィラティ……」

「何よー。本当の事じゃないのよー」

「そう考えている輩がいることは認めますが、それだけではありません。何より、伝え方というものがあるでしょう!」

「え? じゃあ、フィフィラティさんの言っていることは本当……?」


 恐る恐る尋ねるケイ。ミルヒエルは溜息交じりに答えた。


「ええ。現在この世界で起こっている問題の解決策として、人間との交尾を提唱している者がいることは事実です」

「な、何で?」

「何でってそりゃ、子供を増やす為に決まってるでしょー?」

「……フィフィラティ。少し黙っていてください」

「ぶー」


 それでも聞くあたり、結構素直なフィフィラティである。


「順を追って説明いたします。

 まずこの世界の、というよりこの世界で文明を持つ種族の間で起こっている問題についてです。これは大まかにいうと『種族としての衰退』と言えばよろしいのでしょうか。

 ニンゲンの世界の言葉で言うのなら、『ショウシカ』とかいうのでしたか」


 ショウシカ…………少子化? 

 突然飛び出した現実的な単語にちょっと驚きを覚えるケイである。


「確か、『シュッセイリツ』と言う、ええと、子供が生まれる割合でしたか。それが下がっているのが今のこの世界の現状です。そうなると当然、種族としての力は衰えます。それにより、ドラゴンやオークなどの外敵に対抗する力も無くなっていきます。

 そうして単一の種族での生活が今後困難になる恐れがある、ということでラミアやマーメイド、ケンタウロスやハルピュイアなどの高い知能を持つ種は結託して共同体を作ることにしたのです。

 ここまではよろしいでしょうか?」

「はい」

 

ドラゴンとかオークとかとんでもない言葉が飛び出したのは気にかかるが、話自体はさして難しいものではなかった。


「しかし、我の強い種族ばかりですから、共同体を作ると言ってもそうそう上手くいくものではありません。そして、肝心のショウシカに対する解決策は見つからない。そんな状況を打破するために『ニンゲンを召喚しよう』と、一部の種族が先走って行動を起こしたのです」


 自分がここに呼ばれるまでの経緯はわかった。しかし、なぜ自分なのかがわからない。


「どうして人間を呼ぶことがその状況を解決することになると思ったんですか?」

「そりゃ、あれだよ。ニンゲンは小作りが上手いからだよ!」


 またしてもフィフィラティが口を挟んできた。しかし今度はミルヒエルも遮ったりしなかった。


「どういうことです?」

「ニンゲンはね。どんな種族とでも子供が作れるんだよ!」

「ええ!?」


 『どんな種族とでも』。それは白人と黄色人でも子供が出来る、とかそういう話ではないだろう。

この世界でそんな話をするということは、つまり先程この部屋にいたようなラミアだとかハルピュイアだとか、そういう種族とも子供が作れると考えるのが自然だ。

 俄かには信じがたい話だ。ケイはついつい確認するようにミルヒエルの方を見た。

 ミルヒエルは無言で頷く。肯定と取っていいだろう。


「その……どの種族とでも子供が作れるのって、人間だけなんですか?」

「う~んと……ちょっと難しいな。ミルヒエル、お願い!」

「はいはい……。ケイ様の疑問はもっともです。その質問に対する答えは、『厳密にいえば違う』となるでしょうね」

「どういうことです?」

「どの種族とでも子供が作れる種は、もう一種類だけいます。それがオークです。 ですが、オークとの交配によって生まれる子は、母親がどのような種族であろうともオークとして生まれる。種の繁栄には繋がりません」

「母親がオークという場合は?」

「ありません。オークに雌はいませんから」

「ついでに言っとくとさー。オークみたいな汚い種とヤりたいって娘はまずいないんだよね。オークとの交尾なんて、ほぼ十割『襲われた』が理由だし」


 かなり生々しい話になって来た。こういう話に免疫のないケイには少し辛い。

 話を変えようと、ケイは適当な話題を口にした。


「じゃあ、人間と他種族の間の子供はどうやって決まるんです?」

「オーク以外の種類だと、基本的には母親の種族に依存しますね」


 ケイは男だから、他種族の女性を孕ませた場合、生まれる子は全てその種族と同じである。これならケイが呼ばれた理由も、一応納得できた。


「じゃあ、僕がこの世界に呼ばれた理由は、その……小作りをさせるためなの?」

「それは理由の一つです。もう一つ大きな理由として、共同体のリーダーとなってもらう為です」

「え!?」


 さっきから驚いてばかりのケイだが、これが一番驚いた。

 こっちの世界に来てから既に六の種族と会っているが、どれも人間より強そうだった。


「何でそんな話になったんです? どう考えても人間という種は弱いのに……」

「その質問に簡単にお答えするなら、『彼女達はそう思っていないから』になりますね」


 ますます訳が分からない。何故会ったことも無い人間を強いと思ったのか。


「これだよ。こ~れ」


 そう言ってフィフィラティがケイの目の前に差し出したのは、一冊の本。


「ライトノベル?」


 と言ってもカバーがついておらず、さらにボロボロで色落ちしているのでわかりにくい。かろうじて読み取れたタイトルは、ケイの生まれる二十年近く前に流行ったらしい作品だった。ケイは読んだこととは無かったが、ちょっとディープなオタク趣味を持っているのタイトルぐらいは知っていた。


「見せてもらっていいですか?」

「いいよん」


 受け取って、パラパラと中を眺めてみる。

 びっくりするぐらい普通の小説だ。ライトノベルらしい軽妙な文体と、作品を彩る挿絵で構成されて……日本語で書かれていた。


「あの……これ、誰が書いたんですか?」

「知らな~い。っていうか、表紙とかに書いてない?」


 確かに書いてあった。だが、そこにあったのは普通の日本人の名前。


「ケイ様、その小説はこの世界の種族が書いたものではありません」

「そうなんですか?」

「うん。ドライアド達が住んでる森で見つかったらしいよ」

「何でそんなところにライトノベルが?」

「フィフィに聞かれても知らないよ。でも、本が見つかったのは森だけじゃないよ。ラミアの洞窟とか……マーメイドの入り江でも見つかったらしいよ」


 自分より前に召喚された人がいたのだろうか? その人が大層なオタクで、本をいっぱい持ち込んだとか……。ケイはそうして無理やり自分を納得させた。


「それより、フィフィラティさんはこの本読めるんですか?」

「なーにー? 馬鹿にしてるの? 読めるに決まってんじゃん」

「ご、御免なさい。そんなつもりじゃあ……。ただ、この世界で日本語を読めるヒトがいるのが意外で……」

「っていうかさ、ケイ君は何語で話してるつもりだったの?」

「えっ……」


 大きな声では言えないが、ケイは言語が通じることを疑問に思っていなかった。何というか、『召喚された際に言葉も通じるようになった』とかそういうマジカルでファンタジカルな力が働いたのだろう、と勝手に納得していたのだ。

 しかしそうではなかったらしい。ケイとミルヒエル達は何らかの手段で意思の疎通を図っていたのではない。純粋に同じ言語で喋っていたのだ。


「何でこの世界の共通言語が日本語なんです?」

「何でって聞かれてもねぇ……。フィフィがこの世界に来た時には既にみんな日本語を喋っていたよ」

「私もですね。私がこの世界に来た時には、共通言語は日本語でしたよ」


 やはり自分の前に誰か、日本人がこの世界に来ていたのではないか。その思いを強めたケイである。


「話が逸れましたね。

 あらすじを読んでいただければわかると思うのですが、その話はニンゲンが主人公で、色々な世界を冒険するという内容です。そしてその中で出てくるのですよ。ラミアだとかアラクネーだとかの種族が」


 ミルヒエルの言う通りだ。この小説はファンタジー世界が舞台であり、主人公たちパーティはラミアやアラクネーなどを退治しながら冒険を続けていく。


「もうお分かりかも知れませんが、そのような小説を読んだ種族の一部が『ニンゲンという種族は強い』と思い込み、それが噂のように広まったのです。

 今や『ニンゲン』と言う種族は『想像上の生き物だが、とても強い』と言うような考え方が通説となっています」

「あ、あはは……」


 ケイはもう引き攣った笑いを浮かべるだけだった。

 彼の世界ではラミアやアラクネーこそ『想像上の強い生き物』である。まさか彼女達に逆の扱いを受ける日が来ようとは……。


「ただ、一つ留意しておいてください。彼女たち全員が全員そう考えて貴方を召喚したわけではありません。彼女達の中には、ニンゲンを非力な存在だと判断し、傀儡のように操ることで共同体の中心に収まろうと考えている者もいます」


 厄介な話になって来た。全員が人間を強いと思っているのなら、そっちの方がやりやすかったことだろう。


「まーなんにせよさ。この小さな部屋でうだうだ言ってても大したことはわからないって。実際にあの娘たちと会って話してみたらどう?」

「そうですね。それに関してはフィフィラティの言う通りでしょう。行きましょうか。ケイ様」

「え、いや、まだ心の準備が……」


 小心者のケイにとって、また異形の彼女達と対面するのは気が重い話である。


「もー、そんなこと言ってたら話が進まないでしょー」

「あ、ちょ……」


 しかし、フィフィラティに無理やり引っ張られた。意外と力強く、抵抗できない。

 ケイは、扉の外に連れ出された。

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